61 儀式屋
カグルマは怒りと悲しみが入り交じった叫び声を上げた――
喉の奥が切れ、口元を血で滲ませながら、しゃがれた声で怒鳴りつける。
「お前の狙いは俺だろうが!」
その問いに、英梨花は呆れたように言葉を返す。
「勘違いしてるよ。静にぃはさ、一国の王でもなければ、世界を救うような救世主でもないの。殺す理由ある?」
いったい何を言っているんだ。カグルマは唖然とした。その姿を見下しなが、英梨花はさらに言葉を続ける。
「静にぃ達がこの領域に入って来た時、私にとって、その女が少し厄介だったからね。静にぃには、餌になってもらったの。でも良かったじゃん? 殺す価値はなかったけど、利用価値があってさ」
殺そうと思えば、いつでも殺せたような口振りだった。しかし、気を失ったカグルマをこの場へ運んだのも、わざわざ跳弾で時間を稼いだのも、全て、最初からヨハネイを潰すためのものだったのだ。
何だこれは。全て俺の所為じゃないか。「あ、あ……」と短い言葉を発するヨハネイを見て、自分の情けなさに涙と笑いが込み上げてくる。英梨花はまだ、何かを話を続けていたが、もうどうでも良かった。
しばらくしてラナシャに助け出されたが、カグルマには、その間の記憶が残っていなかった――
「報告は以上よ」
ギルドの応接室。ラナシャは経緯をアイオリアに告げ、テーブルに拾い集めた認識証を静かに置く。
「ありがとう、ラナシャ。お前も疲れただろ、今日は休んでくれ。俺は今回の件を書類に纏めて後日、王城に行ってくる」
「手伝おうか?」
「いや、1人でいい。……余裕があるなら、カグルマ達の傍に居てやってくれ。特にカグルマが危うい」
「わかった。無理しないでね」
応接室を出て行くラナシャを確認すると、アイオリアは椅子から、うなだれるように転げ落ちた。
「くそ……」
そう呟き、静かに嗚咽を漏らした――
王都の医療施設でカグルマは目覚める。外は暗く、個室になっている病室は、水を打ったように静まり返っていた。周りを見渡すと、右足と左腕はギプスで固定され、右側にある小さなテーブル棚の上には飲料水が置かれいた。
この世界にもギプスが存在するんだな。医療技術は日本と変わらないかも知れない。不意に日本が恋しくなる。
ホームシック?馬鹿らしい、今さらだろ。
「ん……うん」
しばらく物思いに耽っていると、閉ざしたカーテンの向こう側から、悩ましい声が漏れた。誰かいるのか?と声を掛けると、ガタガタと物音を立てながら返事がくる。
「カグルマ君、目が覚めた?」
その声はラナシャだった。
「はい」
「そっち行っていい?」
「どうぞ」
静かにカーテンが開くと、ラナシャの姿が現れた。服装はまだチャイナ服のままだ。夢じゃなかった。この期に及んで、まだ夢であってほしいと、都合の良い事を考えている自分に嫌気がさす。
「体を起こそうか?」
「お願いします」
カグルマの背中とシーツの間に腕を差し込み、ゆっくりと体を起こす。
「……ヨハネイの容態はどうですか?」
「命に別状はないわ」
その先の言葉が詰まる。ラナシャは迷った。希望を持たせるか、現実を告げるか……。何故なら、カグルマは酷く疲弊し、今にも自ら命を絶ちそうな雰囲気を漂わせていたからだ。
カグルマは、ふっと柔らかく微笑む。
「精神状態は戻ってないんですね」
「……そうよ」
「俺のせいですよね」
「それは違う」
「違わないですよ」
右手を強く握り締め、小刻みに震えていたカグルマの肩に、ラナシャはそっと手を乗せた。
「その悲しみ、私にも背負わせて。カグルマ君、言ってくれたでしょう?」
抱えきれない悲しみがあるなら、少しでも誰かに背負ってもらえばいい。カグルマがラナシャに伝えた言葉だ。カグルマは嗚咽を飲み込むように、大きくため息を吐いた。
「俺……この世界の人間じゃないんです」
ラナシャはそれを聞いても顔色を変えず、カグルマの目を見つめていた。
カグルマはこの世界に来た当時から、今までの事をラナシャに告げる。そして対峙した敵が、死んだと思っていた同じ世界の女の子だった事。異世界を渡り歩き、底知れぬ強さを秘めている事。ヨハネイを標的にして、自分が利用されていた事を。
「……言われたんですよ。俺は一国の王でも、救世主でもない。殺す価値もない男だって。だから、こうして生きてるんです。失っちゃいけないヨハネイの変わりに」
涙をながし右手で顔を覆うカグルマを、ラナシャは優しく抱きしめた――
4日後、カグルマに車椅子が用意される。それから数週間、車椅子に乗っては、ヨハネイのいる精神病棟へと通い続けていた。
病棟内は一般病棟とは打って変わり、木目を基調とした病室で統一されている。ヨハネイが入室している部屋は、重度の精神病患者が収容される、隔離部屋だった。
部屋に入れないため、通路の窓越しからヨハネイを眺める。時より赤ちゃんのような動きを見せるが、肌つやもよく、特に変わった様子もない。
しばらく眺めていると、通路で立ち話をしている看護師の会話が耳に入った。
「今朝、儀式屋による被害者が運ばれて来たらしいよ」
「また謎の紋様痕があったんだ」
「そうみたい」
“儀式屋”
突然、激しい頭痛に襲われ、失っていた記憶が朧気によみがえった――
「静にぃまで壊れちゃったかな? 聞こえてるか判らないけど、今から話すことは、修学旅行のお土産だと思って聞いてね。その女、儀式屋なら助けられるかも知れないよ。」
その後に、まだ言葉を続けていた気もするが、英梨花は確かに儀式屋と言った――
この日から数日後、カグルマは消息を絶った。
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