59 メッセンジャー
ラナシャとヨハネイは、カグルマ捜索の為に奔走していた。
時折、頭に手を当て神経を集中させながら走るヨハネイ。その後ろを走るラナシャの頬に冷たい雫が当たり弾ける。
汗だ。ヨハネイの全身から異常とも言える汗が吹き出しているからだ。
ラナシャは、ヨハネイを気遣い声を掛けようしたが思い止まる。反響する足音でさえ、ヨハネイの五感、特に聴覚を刺激し、狂いそうな程の情報を脳が処理をしているはず。
何故なら今、五指感勘の数値を2に合わせている為だ。
さらに10分以上、走り続けていが、その間、魔生物等の外敵に遭遇していない。定かではないが、これがヨハネイの感覚による力であれば、世界でも類を見ない空間把握師かも知れない。
不謹慎だが、ラナシャは高揚感を抑えられなかった。
――やがて両側に壁面のある、薄暗い通路前に2人は辿り着いた。
ヨハネイは足を遅め、ラナシャに右腕を上げる。カグルマの存在を捉えた合図だ。通路の先には光源があり、僅かに周辺が照らされている。逸る気持ちを抑え、ここからは警戒して進む。挟撃されれば、無事ではすまない。
前方をヨハネイが、後方をラナシャが警戒する。
光源を過ぎた辺りでヨハネイが足を止め振り返ると、青ざめた表情でラナシャのさらに後ろを見つめる。
「五指感勘を使った僕が気づかないなんて……」
ヨハネイの言葉に反応してラナシャが振り返ると、5mほど後ろに若い男が立っていた。
異様な雰囲気を漂わせた男は、ゆらりと足音も立てず近づいて来る。まるで、そこに存在していないかのように。
「ヨハネん、先に行って」
ラナシャは言葉を強めに吐き捨てた。それでも躊躇するヨハネイに続けて、今度は苛立つような感情を滲ませ叫ぶ。
「ヨハネイ! 行きなさい!!」
一瞬、身体を強張らせたヨハネイは、自分に見向きもせず、男を見据え続けるラナシャの後ろ姿を見て、状況の危うさを察した。
徐々に遠ざかる足音を聴き、深いため息を吐くと、ラナシャは素早く身構える。
「そう殺気立つな」
見かけによらず老けた声を発する男だ。そして常に両手を握ったり、開いたりを繰り返すのも目につく。
「何者?」
自身の脅威となりうる存在。ラナシャは、相手を知るため名を尋ねた。もちろん、ここで死ねば意味はないが、ラナシャも死ぬ気は毛頭ない。
「ユッカ・イスノキだ」
「ユッカ・イスノキ? ハジメ・イスノキではなくて?」
「あぁ、この身体の持ち主の事か」
ユッカは、胸にぶら下がっていたアクセサリーを引きちぎり、放り投げると、ラナシャはそれを掴む。
「警戒するな。確かめたいのだろう?」
それは認識票であり、力天使の紋様とハジメ・イスノキの名が刻まれていた。
「……どういう事?」
「簡単な事だ。器に入っていた水を捨て、新たに水を注ぎ込んだだけの事」
悪寒が走った。言っている事は理解したが、そんな事が可能なのか。禁呪でもなければ、失われた技術でもない。元々そんな方法は、この世界に存在しないからだ。
「ユッカのおっさん、あまり喋り過ぎんなよ」
ユッカの後ろから、新たに若い男が現れる。
「アカシア……フェイクス……」
もう1人の男は、王都両立育成学校2年生、アカシア・フェイクスだった。剣術大会では古代魔法を駆使し、圧倒的な強さを見せ優勝した生徒だ。
「おっさん、あまり時間はないぞ? エリカの方も終わりそうだしな」
「わかっている」
「ならいい。俺はサカキの所に戻るからな」
アカシアは側面の壁に手をかざすと、アンティーク調の鏡が現れ、その中に入っていく。
(転移魔法?!)
転移魔法は約2000年前に、魔導師の祖、“バラキエル”が構築した魔法だ。長い歴史の中でバラキエルの名を継いだ者だけが伝授される秘匿魔法だが、200年前に潰えたとされている。
「貴方達は、一体何をしようとしているの?」
「先程の男は、玩具箱のようなこの世界をひっくり返したいそうだ。そしてイスノキは、滅亡に追いやった国々への復讐を果たし、復興を目的としている」
どちらにしても、世界を混沌に落とし入れる思想だ。
「そんな事が、簡単に出来るとでも思っているの?」
「事を急いでいるワケではない。ただ、それまでに何かしらの対策を講じて置くんだな」
そう言ってユッカは、ラナシャを警戒するわけでもなく、アカシアの発現させた鏡へと向かう。
「ま、待ちなさい!」
こちらは侵入者だ。冒険者を死人に変え、既に7人もその手に掛けている。しかし何故、何もせず立ち去ろうとするのか。
ラナシャは思わず引き止めた。
「……お前達は私達のメッセンジャーだ。この事を自分の腹に収めるのも、国々に触れ回るのも自由だ。好きにしろ」
「……その為に、私達を生かそうとしてるの?」
ユッカは口角を僅かに上げ、ほくそ笑み、鏡の中へ消えていく。今追えば、同じ転移先に辿り着けるが、ラナシャは追うことが出来なかった。
何故なら、カグルマの叫びが、通路の奥から響き渡ったからだ。
いよいよボスらしき者が現れました。
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