58 消せない灯
“この声を知っている”
カグルマの脳裏に、ノイズにまみれた少女の姿がフラッシュバックする。
過度なストレスがカグルマを襲い、激しい動悸に息切れ、吐き気を催し、両膝を付き胸元をぐっと握り締めた。
「沢木……英梨花……」
「そうだよ、静にぃ」
後頭部から首筋にかけて激痛が走り目の前が真っ暗になる。
カグルマの脳が自己防衛のために、意識を故意に飛ばしたからだ。
暗闇の奥底で、廃棄物のように壊れていた記憶の断片が形を成していく。
――出会いは俺が中学3年、彼女が小学2年の時だ。
「ありがとう、お兄ちゃん」
擦りむいた膝に絆創膏を貼ってあげると、少女は涙目になりながらも、しっかりとお礼を言った。
その少女が隣の家に住む、沢木英梨花だった。
英梨花は俺によく懐き、やがて家族ぐるみで付き合うようになる。
一緒に公園で遊んだり、ゲームをしたり、文房具を買いに行ったり、時にはお泊まりもしに来た。
そして4年が経ち、英梨花が6年生、俺は高3になった。
「静にぃ、お土産は何がいい?」
翌日、英梨花は修学旅行のため、東京から京都に行く。特に欲しい物はなかったが、英梨花が俯いてしまい、思わず香港で活躍しているアクションスターのポスターを頼んだ。
「それっぽいの、買ってくるね!」
俺を思う気持ちから出る、英梨花の最後の笑顔が、ずっと忘れられなかった。
修学旅行当日、英梨花を乗せた高速バスが事故を起こし、横転、炎上した。乗員、生徒の命、未来を全て奪い去り、俺の心も壊した。
ニュースでは車載カメラの映像が公開され、転倒直後の映像では、英梨花が頭を強く打ち、ぐったりした瞬間が映しだされる。
映像を目の当たりにした俺は、叫び声を上げながら胃の中の物を全て吐き出し、吐物を気管に詰まらせ、病院に運ばれた。
病室で意識が戻っても、頭の中はヘドロをかき混ぜたように、ぐちゃぐちゃだった――
ゆらゆらと揺れる視界の中に、ぼやけたシルエットが浮かぶ。ふわりと吹く風が汗を冷やし、カグルマは意識を取り戻した。
両腕に力を込め身体を起こすと、そこは荒れ果てた中庭だった。
「おはよう、静にぃ」
フードを下ろした黒いローブを全身に纏い、少し大人びた英梨花が、カグルマを見据えて立っていた。
「どうして! ……生きて……」
「静にぃは、どうやってこの世界に来た?」
「召喚……?」
「そうだよ。こことは別の世界だけどね。その世界から、私は4つの別の世界を救い、1つの世界を壊した」
「救う……壊す……?」
英梨花は左手の人差し指を立て、カグルマを指す。その瞬間、足に火傷したような熱いものを感じる。
確認すると、カグルマの右足の甲が靴の上からでもわかるぐらい、大きく腫れ上がっていた。
カグルマは声にならない悲鳴を上げ、片膝を付き両手て甲を押さえる。
「これでわかったでしょ? 私は……世界を壊したという事は、数えきれない人間を、種族を殺してきたの」
意識を戻した時から、英梨花の狂気を孕んだ感情を肌で感じ取っていた。もうあの頃の英梨花で無いと頭では理解している筈だった。
しかし、心はどうあっても否定し続けた。許さなかった。声が、笑顔が、生きていたという喜びが、小さな希望を灯し続けていたからだ――
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