4 シオン・ラナンキュラス
訓練場の場所は5つの校舎の中央にあるドーム形の建物だ。
場内は中央に大きな闘技舞台があり、壁を隔てて2階席まで観客席あった。
受験生に解放されているのは2階にあるトレーニング施設。
フリースペースと称された扉を開くと、学科試験を終え、既にウォーミングアップを始めている受験生もいた。
「ユズハ、とりあえず打ち合いしようぜ」
「了解」
互いに備え付けてあった木剣を手に取り、上段、中段、下段と剣を合わせていく。
打ち合いとは、上段から下段、中段から上段と変則的に合わせることで反射神経や動体視力を鍛える訓練法だ。
「ギアを上げるぜ」
そう言ってカルティは剣速を1段階上げる。今まで芯で捉えていた木剣のぶつかり合う音が徐々に変わり始めた。
僅かにユズハの剣が遅れてくる。必死に喰らい付こうとするがカルティの動きに合わせるのが精一杯になった。
「おお!」
不意に背後から歓声が聞こえてくる。
一旦打ち合いを止め、声のする方へ目を向けると、男と女の受験生が激しく木剣を合わせていた。
「へぇ、シオンの剣速に合わせられる奴がいるのかよ」
いつの間にか側にいたヴィネがカルティに話し掛ける。
「お、居たのかヴィネ。」
「おう。しかし、バカみたいに速ぇな」
「速さ……だけじゃないよな?」
「さすがだなユズハ。シオンの剣は速さだけじゃないぜ」
シオンの剣筋は清流のように静かで綺麗だった。
シオン・ラナンキュラス。
大陸東部を治める騎士国家“スキュラ”から王都両立育成学校に入学するため王都を訪れていた。
騎士国家スキュラは、初代騎士王と呼ばれる“グロリア・スターチス”が建国した最も歴史の古い国家だ。
国に仕える騎士風情が国を興すなど僭越だと非難されたが、騎士王は逆境を跳ね除け建国に至る。
しかし、現在のスキュラは都合のいい騎士道を解き、圧政で国民を苦しめている状況に陥っていた。
騎士の家系に生まれたばかりに、両親も2人の兄も体裁だけを気にして何一つ行動を起こさない。
黙って過ごしていれば保護され、子供たちは騎士団への入団を約束されていると信じている。
何の努力もせず約束された道標を辿るような真似はしない。
シオンもまた自由騎士を目指し、仕えたい国の騎士になると心に決めていた。
そんなシオンの前に、茶髪に黒い瞳、穏やかな顔立ちをした優男が現れる。
「何かようか?」
「いや、君がこの中で一番強そうだなと思って」
「私が強そう? 強いの間違いじゃないか?」
「はは、それは失礼。俺は“カズヤ・ヒイラギ”君に打ち合わせを申し込みたい。いいかな?」
「私はシオン・ラナンキュラス。受けて立つ」
カズヤはシオンの剣に上手く合わせてくる。
むしろ、合わされる場面もあるほどだ。
この時はまだ、シオンにも余裕が見られた。
他の受験生が興味を持ったのか、2人の打ち合いを見ようと、いつの間にかギャラリーが増えていた。
そしてその中に見知った顔を見つけたシオンは、一瞬、剣から目を逸らしてしまう。
僅かな隙を抜け目なく突くカズヤに思わず剣技、蛇閃を放った。
蛇剣・蛇閃。
木剣はまるで蛇のようにうねり、相手の剣をするりと抜け握り手を襲う。
カズヤの木剣は叩き落とされた。
「はは、参った、降参だ」
「精進しろ、貴様には伸びしろがある」
「ありがとう」
「ふむ」
その場を離れたシオンは、見知った顔の元へ歩き出す。
「お、おい、シオンの奴こっちに向かって来るぞ?」
ポニーテールで纏めた鮮やかで艶のある金髪を左右に揺らしながら、凛として歩いてくるシオンを見てヴィネがたじろぐ。
「あ、危なかったぁ! 見てたなら止めてよね!」
「いや、余裕だったろ?」
「余裕なもんか! あの男、かなり強いんだから」
シオンは気を許した相手に対し、かなり砕ける性格のようだ。
「そうだ。彼は何者?」
「ユズハ・アイオリア。あのアイオリア夫妻の息子で、俺らのダチだ。な? カルティ」
「ああ」
「へぇ、あの連撃が雑なアイオリアさんのねぇ」
エギルの二つ名が、別の意味で有名になっていた。
「カルティとヴィネの友達ということは、私とも友達ということね! シオン・ラナンキュラスです」
「改めて、ユズハ・アイオリアです。よろしく」
「私はユズハって呼ぶから、ユズハはシオンって呼んでね!」
その後、食堂で晩飯を食べる話になったが、カルティとヴィネは逃げるように遠慮し、シオンと2人で食べることになった。
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