34 足枷
夏期休暇に入り、天都カゲロウにあるクラウンズ家に戻った俺とヴィネ。着いたのは夕暮れ時だった。
「お帰りなさいませ、カルティ様、ヴィネ様。」
「ただいまフヨウさん。」
俺達を迎えてくれたのは、使用人のフヨウ・サツキ。屋敷の家事や身辺整理など、幼少の頃からお世話になっている人だ。
「ベイン伯父さんは?」
「ベイン様なら訓練場におられます。」
「この時間に?」
「はい。只今、ラグラス様とご一緒に来られた青年をご指導なさっています。」
「カルティ、行ってみよーぜ。」
「だな。」
荷物をフヨウさんに任せ、俺達は訓練場へ向かう。しかし、伯父自ら指導するなんて珍しい。
訓練場に近づくに連れ、模擬刀のぶつかり合う音が聞こえてくる。芯と芯を捉えているのか、綺麗に響いている。
訓練場の扉を開くと、そこにはリュリ・ラグラスと青年が撃ち合いをし、それを見つめる伯父がいた。
(アイツ……カズヤ・ヒイラギか?)
カズヤ・ヒイラギ。模擬試験の時、ユズハと対戦した男だ。なぜ、ここに?俺は伯父に近づき声を掛ける。
「おう、カルティ、ヴィネ。戻ったか。」
「はい、たった今。……あの青年、カズヤ・ヒイラギですか?」
「知っているのか。」
「学校の模擬試験の時に。」
「そうか。……かなりの逸材と見るが、どうだ?」
剣速、反応、どれを取っても頭一つ抜けている。正直、嫉妬する程の才能を持っているようだ。しかし……。
「手合わせしても良いですか?」
「ほう、珍しいな。別に構わんが?」
「ありがとうございます。」
「リュリ!うちの甥がヒイラギと手合わせをしたいようだ。」
「分かりました。カズヤ、相手を。」
撃ち合いを止め、こちらに居直るヒイラギ。何かに気づいたようにニコリと爽やかに笑う。嫉妬に駆られてか、少し嫌味に見えたが――
“今はもう、どうでもいい”
「ヴィネ、カルティの心境に変化でもあったか?」
「あぁ、ちょっとな。」
二人の会話を後ろに、ヴィネに言われた言葉を思い出す。それは王都・紅必を発つ前夜の事だ。荷造りを終えた俺はヴィネに呼び出され、寮の屋上へと向かった。すると、いつになく真剣な眼差しで俺に問い掛ける。
「カルティ、なんで戦略科なんか選んだんだ?」
「子供の頃、約束しただろ?お前が剣の指導で、俺が戦略の指導だって。」
「それは今からする事じゃねーだろ。剣の道はどーすんだ?」
「それは才能のあるお前に任せる。」
「あん?才能もクソもねーだろ。もしかして、そんなもん気にしてんのか?」
才能のある者からして、無い者の劣等感を理解するのは難しいだろう。俺は少しため息を吐くと、それが癇に触ったのか、いきなり胸ぐらを掴まれる。
「呆けてんじゃねーぞカルティ。」
「お前には分からねぇよ。」
「あぁ、分からねーな。目指したもんを才能の良し悪しなんかで諦める心境なんてな!」
「あのなぁ、冒険者は死と常に隣り合わせだ。才能のない者は足手まといにしかならない。そのせいで死人が出たらどう責任をとる?!」
「じゃぁ、何か?今、冒険者になってる奴らは全員、才能があるっていうのかよ?!」
「話を大きくすんな!俺はなぁ、お前やシオンらの足手まといになりたくねぇんだよ!」
「……くだらねー。自分より秀でた奴、全てに才能があると思ってんのか?才能ってのはなぁ、自分で決めるもんじゃねー、“他人が勝手に思ってるだけだ”。お前が俺をそう思ってるようにな。」――――
俺達は同じように剣の鍛練を繰り返した。それなのに俺を除く二人の成長速度は明らかに違っていた。そこで初めて才能という言葉を覚える。
怖かった。自分が目標とした地点を軽く踏み抜いて行く二人を見て、いつか振り向きもせず、俺を置いてどこかへ消えてしまうんじゃないかと……。
「ヴィネ、俺は怖い。どんどん差を付けられる現実が……。」
涙が抑えられない。今まで溜め込んでいた不安が一気に溢れ出す。膝を落とし、すがり付くように泣き崩れる俺を見て、ヴィネは優しく肩に手を当てたまま、落ち着くのを待ってくれた。
「あー、泣いた泣いた!」
「少しはすっきりしたかよ。」
「あぁ、ありがとなヴィネ。」
俺にとって才能という言葉は、剣の道を諦める為に必要な、都合の良い言葉だった。夢や希望もそうだ。聞く者によっては響きの良い言葉でも、時として自身の足枷となるかも知れない。
なら俺は、そんなものはいらない。
一度目を閉じ深く呼吸をする。剣を中段に構え、そしてゆっくりと目を開きカズヤ・ヒイラギを見据える。
(それに俺は、才能という言葉に縛られながらも、一時足りとも剣の鍛練を怠ってはいない……!)
そして、素早く踏み込み剣を振り下ろした――――
――――気がつくと俺は自室のベッドの上だった。身体を起こそうと力を込めると左肩から鎖骨辺りまで激痛が走る。
「痛っ!」
「よう、カルティ。見事なやられっぷりだったな。」
「……そういうお前も、頭に包帯巻いてんじゃねぇか。」
「仇をとってやろうと思ったんだけどな。ありゃ勝てねー。」
「くっ!くははっ!」
「ばっ!バカやろう!笑ってんじゃねーよ!」
お前が居て本当に良かったと思う反面、自分の身を厭わないヴィネの性格は、いつか身を亡ぼすんじゃないかと不安にさせる時がある。
「なんだよ人の顔見て、気持ち悪ぃな。」
「いや、何でもない。」
この日を境に俺達は、ヒイラギと共に鍛錬を積む事になった。




