30 夏期休暇
夏期休暇前、最後の授業を終え寮に戻り身支度を整える。隣室のヴィネが挨拶に来たが、どこか寂しげだった。そんなヴィネを見て、クラウンズ家に遊びに行く事を伝えると、パッと明るくなり肩を叩かれる。
「絶対、遊びに来いよ!」
「了解!」
ヴィネ達は明日の早朝、紅必から馬車に乗りクラウンズ家のある天都カゲロウまで約2日の長旅に出る。
そう考えれば俺なんて約40分、楽なもんだ。シオンは王都ある宿屋に一泊し、訓練場の空予定を記した用紙を渡した後、寮に戻る事になっている。
用意を済ませ、正門を出るとシオンが待っていた。定期便の大馬車に乗り込み家を目指し道中を進む。ガタガタと揺られながら、しばらく流れる景色を見つめていると、思い出したようにシオンが話し掛ける。
「そういえば、ユズハは師匠とかいるの?」
「いるよ。ミカ・ユリノキって知ってる?」
「えっ!あのミカ・ユリノキさん?!」
どうやらシオンにとって、女性で唯一の十熾天剣、リュリ・ラグラスとミカさんは憧れの存在だったようだ。
リュリ・ラグラス。神都シャダイに生まれ、幼少期から類まれなる剣の才能を持ち、僅か22歳で冒険者階級、熾天使になった天才剣士だ。ミカさんとの付き合いも長く。曰く「リュリは酔うと笑い上戸なる。」そうだ。
「くしゅん!」
「どうした?リュリ。」
「……何でもない。」
二人の名はスキュラまで届いて、ミカさんが片腕を失くす重傷を負った時は、国内にあるギルドが騒然となったらしい。それからも話は尽きることなく、俺達は王都に着くまで二人の話題に花を咲かせた――――。
「じゃぁ、宿に手続きしてくるね。」
「うん、ギルドで待ってるよ。」
停留所に到着しシオンとは一旦別れ、両親が経営する冒険者ギルドへ向かうことにした。場所は商業区の中間辺りにあり、大剣と長剣が交差した看板が目印だ。
「ただいま!」
「おう、お帰り。ちょうどピークが過ぎた所だ、ちょっと待ってろ。」
親父は雑に纏められた書類を整え、受付カウンターから出てくる。その姿はあまり寝ていないのか少し疲れて見えた。
「何か手伝う事ある?」
「大丈夫だ。それより疲れてんだろ?部屋に行ってろ。」
「わかった。母さんは?」
「ユイは買い物に出掛けてるが、もうすぐ帰ってくるはずだ。」
「そっか。とりあえず荷物置いてくるよ。」
受付カウンターの横の通路を奥に入ると、右側に自室に戻る階段があり、さらに奥へと進むと訓練場へ続く扉が突き当りにある。
自室に戻り、抱えた荷物を降ろしてベッドに倒れ込む。懐かしい布団や枕の感触をしみじみと実感していると、訓練場から風を切る音が聞こえてきた。気になって窓から覗くと、そこにはミカさんの姿があった。
――――(やはり片腕だけで太刀を扱うには、少し難があるな。)
袈裟斬り、横なぎ、逆袈裟。小気味よい風切り音を奏でてはいるが、重心が少しぶれる。しかし不思議な刀だ。
リラさんから受け継いだ霊光の太刀。刀身は青白く、私には見えないが何かを纏っているかのように少し暖かい。普段はズシリと重さを感じるが、魔力を通すと軽くなり、扱いやすくなる。
「ミカさん、ただいま!」私を呼ぶ声に振り向くと、ユズハが走って来た。
「お帰り。学校はどうした?」
「明日から夏期休暇なんだ。」
「そうなのか。」
「うん。てか、今日は雰囲気が違うね?」
「だろうな。」
今の私は和服じゃなく、黒のキャミソールに薄手の白いカーディガン、それに足首辺りまであるデニムのジーンズと黒と白のスニーカーを合わせている。
実はこの格好、師匠が考案し服の仕立て屋に注文した物だ。特にこの“デニム”という素材にこだわり、投資までして流行らせたかったみたいだが、ほとんど売れず「在庫が残ってしかたがない。」と今も仕立て屋は嘆いている。
まったく、陰で世界を救ったとはいえ、なんて影響力の少ない男なんだ師匠は。
――――「すみません、ユズハ君はいらっしゃいますか?」私に背を向け、テーブルを丁寧に拭いている男性に声を掛ける。
「ん?お嬢さん、息子の知り合いか?」
「はい。ユズハ君のクラスメイトで、シオン・ラナンキュラスと言います。」
「これは、ご丁寧に。俺はユズハの父親で、このギルドの経営者エギル・アイオリアだ」
「貴方があの連撃がざっ……!」
「ざっ?」
「いえ、連撃のアイオリアさんなんですね!」
「久々に俺の二つ名を聞いたな……。あぁ、息子に会いに来たんだったか?」
「はい。」
「さっきドタドタと階段を下りて行ったから訓練場かもな。そこのカウンターの横を奥へ進むと少し大きな扉がある。その向こうが訓練場だ。」
「入ってもいいですか?」
「どうぞ。」
危ない……思わず連撃が雑なアイオリアさんと言いかけてしまった。失礼しますと一声かけ、カウンター横の通路を奥へと進む。
事務所や書斎、待合室などのネームプレートの付いた扉を横目に歩いて行くと、少し大きな扉が見えてきた。
コンコンとノックをし扉を開くと、訓練場の中央辺りにユズハと女性の姿が見え、開いた扉の音に気づいた二人は、こっちを振り向く。
「あ、シオン!」
ユズハが大きく手を振り駆け寄ってくる。奥に居る女性に一礼をし、私も駆け寄る。
「待たせてゴメンね?」
「大丈夫だよ。それより、あの人が俺の師匠のミカさん。ミカ・ユリノキだよ。」
「えっ?本当に?!」
首元まである綺麗な黒髪をなびかせて、ミカさんが向かって来る。その風貌は思っていたより小柄だけど、歩く姿は凛々しく、そして魅力的な人だった。




