22 実技訓練
「ユズハ、右側に回り込めるか?」
「やってみる。」
木の陰に身を隠し、俺達は魔物の動向を注意深く見守る。どうしてこんな状況に陥ったのか。それは前日に遡る――――。
「さて、明日は実技訓練です。その為に今日は各自、五人一組の即席パーティーを組んでもらいます。」
俺達のクラスを担当するミスティ教官は、入学試験にも使用された箱を教卓の上に置き、生徒達はその中に手を入れる。剣、鎧、盾のシンボルが刻まれた丸い玉を取り出し、同じシンボル同士がパーティーを組む事になる。
1クラス15名だから三組のパーティが出来上がる。俺が手にしたのは盾のシンボル。教室内をざわざわとさせながら、お互いのシンボルを見せ合うクラスメイト。残念ながらシオンとは別のシンボルだった。
しばらくすると一人の男子生徒が、盾のシンボルを見せながら話し掛けてきた。“ヤシラ・マルキス”だ。マルキスとは何度か訓練場で会っていて、手合わせをした事もある剣士だ。
そして立て続けに盾のシンボルを見せてきたのが、魔導師の“リノ・クインス”と“ライア・ハートシード”、回復を得意とする支援魔導師の“ミスティ・シネラリア”の女生徒三人だった。
「皆さんパーティーは組めましたか?それでは初めに、実技訓練の内容を説明します。」
俺達の通う学校は学区領コキアにあり、北部には標高800mほどの“花簪山”がそびえ立つ。その麓は広大な森林に覆われていて、その森林を抜け麓に辿り着く事が第一目標、第二目標は、再び森林を抜け元の集合場所に戻る事だ。
さらに麓へのルートは3つに分かれていて、行きと帰りはまた別のルートが指示される。道中には2箇所のチェックポイントがあり、通過した証明となる赤い木札が用意されている。その木札を二つ所持していないと訓練放棄と見做され、後日再訓練を課せられる。
「いいですか?この訓練は、盗賊の拠点破壊や魔物の巣の破壊、または救援などを想定し、それを少人数で行う遊撃行動を目的としています。くれぐれも気を抜かないように。」
「教官、魔物や魔生物との遭遇は考えられますか?」
「滅多に無いと思います。当日は私の他に3人の教官が立ち会い、皆さんの安全の確保に努めますからね。」
――――まさか、滅多に遭遇しないだろうと説明されていた魔物と遭遇するとは思いも寄らなかった。……しかも木札のある場所で。
その魔物はコボルト、狼の頭に人間の体を持つ魔獣だ。古びた胸当てを身に付け、両手には自然に出来たとは思えない鋭い爪を持っている。体格は細身だが、身体能力は高く耳も鼻も利く。当然、俺達が発見した距離ならすぐさま襲われてもおかしくない。
しかし幸いにも俺達が遭遇したコボルトは、鼻と目が潰されている。唯一残された耳は物音に反応で来ても、鼻が利かず距離感は容易に掴めていないようだった。
そこで作戦を立てる事にした。内容は、ライアとリノが風魔法で木々を揺らし聴覚を混乱させ、その隙に俺とマルキスが左右から飛び掛かり攻撃をする事。これを提案したのは戦闘軍略科を選択科目としているミスティだった。
最初の案は、風魔法には“風斬”という魔力を風をも切り裂く刃と変え、対象を切断する魔法がある。殺傷能力が高く、これでケリをつけようと話し合ったが、ミスティはある事に気づいていた。
それは鼻と目を潰されているにも関わらず、なぜ生存出来ているのか?という点だ。
重要な嗅覚を潰されていながら生き延びている事を考えると、普通の個体より身体能力が高い可能性がある。何故なら、聴覚による場所の特定だけで生き長らえるほど甘くない。それは魔物であっても。
それなら魔力温存を含め、消費の少ない風を起こすだけの魔法で木々を揺らし続け、音を出し続ける事で聴覚による場所の特定を阻害、その隙を狙う方が効果的だという。
もちろん、失敗した場合も想定済みだ。それぞれが音を立てながら散開し、予め決めてある場所で落ち合う手筈になっている。鼻も目も働かず、耳だけで俺達を追う事は困難だろう。
俺が右側に回り込むとマルキスが目配せをする。状況はコボルトの目の前の木に身を潜める俺とマルキス、背後を取るライアとリノ、ミスティはその後ろに構える。
マルキスは手に持ったブロードソードを静かに掲げ、僅かに差し込む日差しに反射させる。これが攻撃の合図だ。ライアとリノは、それぞれ両手に魔力を集約し風属性へと変化させる。それを同時に頭上へ持ち上げると旋風が巻き起こった。
強く木々が揺らぎ、それが発する葉音は俺達でさえ恐怖や不安を駆り立てるような音を作り出す。コボルトはビクリと体を震わせ身構える。耳をピクピクと動かし何かを察しようとしているが、その行動は明らかに混乱している。
それを確認した俺とマルキスは呼吸を合わせ、コボルトに飛び掛かる。頭と胴体、同時に剣を振るい一方が躱される、或いは防がれるとしても、もう一方がその隙に仕留める手筈だった。
しかし僅かにマルキスが遅れた。コボルトは頭を狙った俺の初撃を左手で空へと弾くと、その衝撃で剣が宙に舞った。そして、次に来るマルキスの初撃にカウンターを合わせる素振りを見せる。
(この騒音の中でカウンターを狙うのか?!)
このコボルトは、通常の個体より身体能力が高いわけじゃない。鼻と目を潰された代わりに、異常に発達した聴覚持ち、近距離で発する物音を聴き分ける能力に秀でていたのだ。
このままだとマルキスが危ない。そう思った俺は剣を失った両手に、僅かな魔力を纏わせ振り下ろした。練度の低い不完全な魔力はコボルトの顔面を撫でる程度の威力だ。
しかし、その感覚に気を取られたコボルトの動きが鈍り、カウンターのタイミングがズレる。その隙にマルキスの剣が腹部を捉え、勢いのままに振り抜いた。
コボルトの腹は裂け、力なく膝を付き前のめりに倒れ込む。じわじわと流れ出す赤黒い血は、やがて小さな血だまりを作り出していた。




