20 不可視の世界
「少し休憩を挟もうか。」
「かしこまりました、エクス王。」
宰相が軽く手を叩き合わせると扉が開き、2人の侍女が小さなお菓子と飲み物を運び入れ、俺達のテーブルの前に軽やかに差し出した。
「さぁ、遠慮なく崩してくれ。私もかしこまった体勢は苦手なんだ。」
「しかしエクス王、それでは威厳が……。」
「よい。エギルやミカ、ラナシャは、私の友人だ。」
まさかとは思ったが、なるほどな。俺は謁見して間もなく、ある違和感を覚えていた。それは会話の節々に表れる親近感だ。さらに一国の王である人物が、一介の冒険者であるミカたんに頭を下げ謝罪し、労う言葉など聞いた事がない。
「さて、カグルマよ。ツキシロについて知りたいと申したが、今は森林の洞窟で起きた異空間の話を議題としている。それは分かるな?」
「はい。」
「ならばまず、その議題を完結させてからゆっくりと話そうではないか。」
「はっ!申し訳ございません!」
「はっはっは、そう硬くなるな。カグルマもヨハネイも私の大切な友人を助けてくれたのだ、ありがとう。」
エクス王の懐の深さに衝撃を隠せず、黙り込んでしまった。何度も言うが一国の王が、一介の冒険者に“ありがとう”などと言えるのか?話の腰を折ってまで聞こうとした自分が急に恥ずかしくなる。それを察してかミカたんが俺に話し掛けた。
「カグルマ、今晩付き合え。師匠の事なら嫌というほど聞かせてやる。」
「あ、あぁ、お願いします。」
「カグルマ、覚悟しておけ?」
「何がですか?」
「ミカがツキシロの事を話すとなると、一晩では終わらん。」
エクス王のその言葉で、侍女を含めたこの場に居る人間が含み笑いをして、ミカたんも耳を真っ赤にして俯いている。ツキシロという人物は、それほどまでに国に信頼されていたのか……。
――――休憩も終わり、議題についての話し合いが再開する。
「では、その異空間からどうやって生還できたのか、話してもらおうか。」
それについては、シシルの殺気に当てられ意識を失ったヨハネんが説明する。俺達が戦闘している最中に意識を取り戻したヨハネんは、シルフ・シルフィードを倒したその後から、異空間が消失するまでの状況を目の当たりにしていたからだ。
「ミカさんがシルフ・シルフィードを倒してしばらくすると、周りの景色がまるでガラスのように割れ、地下4階の広場が現れたんです。」
「ガラスのように割れた……?」
「おかしいですね。歴史から見ても空間という類の物は消失する事が殆どです。」
歴史学者の説明によると、この世界には森林の洞窟のような既存の洞窟と、力を持った魔物が作り出すダンジョンと言われる迷宮が存在している。特にダンジョンは、それを作り出した魔物を倒せば霧のように消失し生還できるとされている。
俺も何度か挑戦し攻略してきているが、ガラスのように割れるなど今まで経験したことも、聞いた事も無かった。
「宰相、たしか異空間ダンジョン、黄昏のアビス攻略時も中枢にあった水晶を破壊し、消失させたと聞いていたな。」
「はい。」
「……消失ではなく割れたという事は、異空間が現れたのではなく、……異空間に変化した可能性があるな。」
「どいうことですか?エクス王。」
「ヨハネイ、報告書に記載してある“何もない空間”とは、どのように説明する?」
「はい、私がその空間を感じ取った時ですが、その空間の手前までは岩の凹凸など把握できたのですが、その先が全く把握できませんでした。」
「では、その空間に入り込む直前はどうだった?」
「そこは私が見ています。」
ラナたんが言うには、何もない空間という事だったが実際は落とし穴の先が見えていたという。もし、客観的に見る事が出来るのであれば、俺達は落とし穴を滑り落ちる途中で、突然姿を消したように見えるだろうと。
「“不可視の世界”…。」エクス王がぽつりと呟く。その言葉を拾ったミカたんが続けて、こう切り出した。
「それは師匠が居た世界の話ですか?」
「あぁ、ミカも聞いていたか。」
不可視の世界についてエクス王は、ツキシロから聞いた話しを俺達に伝える。ツキシロの居た世界には、人間は死後、肉体を離れ“霊”という存在になり“霊界”という普段は見えない不可視の世界へ行き着き、生まれ変わる事を繰り返す死生観があった。
この世界も、人間は例外なく魔力を持って生まれ、その魔力は死後、源に帰す伝えられている。そして源のある場所が不可視の空間、または世界という死生観が根付いていた。それを聞いたツキシロは、自分の世界とよく似ていると笑って話したそうだ。
「ツキシロの居た世界では、その不可視の世界が徐々に現実世界を蝕み、やがて完全に飲み込まれ混乱を招いたと聞く。」
「その事象が我々の世界でも起こり得ると……?」
「まだ推測の域を脱してはいない。ただ、このような事象が増えてくるとなれば、可能性は高くなるだろう。」
「まずは情報収集が先ですね。アイオリア、まずは国内の冒険者から情報を集めてください。」
「はっ!直ちに。」
「我々も秘密裏に情報を集めましょう。公にするには材料が少な過ぎますからね。」
「そうだな。この件は宰相に一任する。皆もしばらくは公にする事を禁ずる。」
「はっ!」
こうして謁見は終了した。そしてその夜、俺はミカたんからセツナ・ツキシロについて話を聞く為、王都にある酒場へと足を運んだ。




