10 静寂の一閃
――――これは…夢なの……か?
歓声に包まれた闘技場、対峙する男が2人。1人はあの銀髪の男、もう1人は見知らぬ剣士だ。そして、国王らしき人物が2人の名を呼ぶ。
「シルフ・シルフィード、そしてミカズチ!よくぞ、この舞台まで辿り着いた!」どうやら、銀髪の男がシルフ・シルフィード、剣士がミカズチという名前らしい。
「やはり、ここまで来たかミカズチ。」
「当たり前だシシル。俺はお前とやり合う為に、ここにいる。」
この2人の会話を最後に、場面が変わる。
次に見た光景は、私達が別空間に飛ばされた教会が見える場所だった。周りを見渡すと、どこか見覚えのある景色だ。
あの既視感は…これが原因…?しばらくすると、教会の中から4人の男女が出てきた。その中にミカズチと呼ばれていた男もいる。
「ホクト、ユイ、ヨハネん、明日から頼むな?」
ホクト、ユイと呼ばれる男女は、エギル達と雰囲気が良く似ている。それに“ヨハネん”と呼ばれた女…。確か、カグルマがヨハネイをそう呼んでいた。これは偶然?
しかし…何故、懐かしい感じがする?そんな感情に包まれながら4人を見ていると、急に目の前が真っ暗になり、気が遠のいていく……。
次に気がつくと、私の前にリラさんが立っていた。
(リラさん!リラさん!!)私は何度も何度も叫んだ。でもこの声は届かない。ガクっと膝を折り項垂れていると、頭に言葉が響いてきた。
「一つ聞きたい。シシル…、お前が退けた男は強かったか?」
「ん~、そこそこかな。私の剣の先生が強すぎるのもあるけど。」
「ははっ!シシルの評価が、そこそこか。」
この声……私はミカズチの中に居るの?!
ミカズチはリラさんと対峙し、私の意思とは関係なく希侍刀を下段に構え、ゆっくりと間合いを詰めて行く。そして間合いが重なり合った瞬間、互いに強く踏み込んだ。
ミカズチを通して見た光景に私は言葉を失った。その理由は、ミカズチの放った地を這うような下段からの斬撃が、殺気もなく、ただ素直に、そして綺麗な剣の軌跡を描いた“会心の一振り”だったからだ。
しかし、それさえもリラさんは紙一重で身を躱し、尚且つ、見たこともない速さで突きを放つ。ミカズチの硬い肉を刺す鈍い感触が私にも伝わってくる。
リラさんは、さらに剣を押し込み抱きしめるような態勢を取り、ミカズチに話し掛けた。
「先生が居た世界には“輪廻転生”という言葉があるの。簡単に言えば、人は生まれ変われるんだって。そして、貴方はもう生まれ変わってると思うよ?」
「…そうなのか?」
「うん。だって、貴方の下段の構えをする剣士を私は昨日、見てるから。」
その言葉を聞いた時、突然、頭の中の何かがブチッと切れる感覚がした。それをきっかけに、凄まじい速度で様々な映像が記憶に刻まれていくと、同時に脇腹辺りから、ぐしゅりと生暖かい血が滲む。
――――「ぐぁっ!ぐぐ……。」
私は脇腹から伝わる激痛に目が覚める。そして、薄く開けた目に飛び込んできたのは、倒れながらも手を伸ばしているカグルマと、男に頭を掴まれたラナさんの姿だった。
「シルフ・シルフィードォォ!!」刀を地面に刺しそれを支えに体を起こす。叫び声が聞こえたのか、男はラナさんを放り投げ私を睨みつける。
「お前か、俺の名を叫んだのは。」
「がはっ!…シシル…だろ?」
「ふふ、この時代に俺の通り名も知っている奴がいるとは。何者だ?」
「これで…わかる…だろう?」私は下段に構えを取る。するとシシルは不敵な笑みを浮かべ、全てを察したのか何も言わずに剣を構える。
しばらくの沈黙の後、私達は意を決っしたように地面を蹴り上げ、間合いに踏み込み、剣を振るう。
(この一振は全てを懸けた一撃……そんな大袈裟な剣じゃない。)
――――さぁ、決着だシシル。――――
ミカの放つ迷いのない斬撃は、シシルの体に鮮やかな軌跡を残し、静かに消えていく静寂の一閃だった。
「見事だ……ミカズチ。」
「自分を倒した奴の名前を間違えるな、バカやろう。」
……と、言ったけど、そういえばこの男に名乗っていない事に気がついた。やがてシシルの体は、白い灰になり土砂のように崩れ落ちる。
私も全身の力が抜けその場に倒れ込むと、同時に強烈な睡魔に襲われた。そういえば、左腕も脇腹も痛くないな。
(あぁ、眠い……。)抗う事も諦め、現状に身を任せようとした時、耳元で囁く声が聞こえた。
「よく頑張ったね、ミカ。」
(この声は、リラさん?!)
「うん。それより、このまま寝ると死んじゃうよ?」
(あ、それは出来ない!ユズハもいるから…。)
「ん~何故、エギル達にユズハを頼んだか分かる?」
(……わからない。正直、嫉妬したよ。なんで、私じゃなかったのか?って。)
「それはね、ミカには自由でいて欲しかったの。それに先生も言ってた。」
“アイツの剣は、誰かを守りたいとか、大切な何かの為に振るう剣じゃなく、自分が思うままに振るっていい、自由の剣なんだよ”
「だから私はエギル達にユズハを託した。」
(…………。)
「ミカは自由でいいんだよ?例えばここで死んで、私に会いに来るのも自由だけど、どうする?」
(意地悪だな。そんな事言われたら死ねないよね普通。そうだリラさん!2つお願いしたい事があるんだ、聞いてもらっていい?)
「ん、何?」
(リラさんの霊光の太刀、使っていいかな?)
「もちろん!」
(じゃぁ、もう一つ。リラさんがもし、生まれ変わったら真っ先に私に会いに来てくれる?)
「うん、ユズハより先に、誰よりも先にミカに会いに行くよ!」
(へへ…。ありがとうリラさん!)
「ミカが泣くなんて珍しいね。まぁ、そういう時もあるか!バイバイ!」
(ふふっ、相変わらず軽い感じだなぁ…。)
遠くでヨハネイの叫ぶ声が聞こえるがもう限界だ。しかし眠ってしまえば死んでしまう。そう、これは眠るんじゃない!気を失うだけだ!!
その後の記憶は無く、どうやって助けられたのかは後日知る事になる。
――――(良かった、生きてる。)
私が目を覚ましたのは、王都にある医療施設のベッドの上だった。病室は4人部屋で、ラナさん、ヨハネイ、カグルマもベッドで寝ている姿を確認できた。安心した私はふと窓の外を見上げる。そこには朝と夜の境界線が見えていた。
「う、ううん……。」誰かのうめき声が聞こえ、その声に目を向けるとユズハがベッドの端の、私の足元付近でうつ伏せになって寝息を立てていた。
(ヤバイ…この感じだと、お風呂も入ってない状態の足の近くでユズハが眠っている。もしかして、臭くてうめき声を?)
私はそ~っと、出来るだけユズハから足を遠ざけて、ただその寝顔を見つめていた。
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