先輩!! ハットトリックの語源って、知ってますか!?
午前の授業が終わり、昼休み。俺は一か月後に迫った大会のために、今日も部内特製の分厚い冊子をめくる。コンビニで買ったおにぎり齧りながら、ページの端を折り、クイズを頭に詰め込む……予定だった。
「ジャジャーン!! 先輩、問題です!!」
……廊下をバタバタと走る音がしたかと思えば、目の前には明るいポニーテールが。ここ最近、新入生の星川みのりが、俺の昼休みを邪魔しに来るのだ。セーラー服の白いリボンをひらひらさせながら、彼女は得意げに問題を出す。
「『ハットトリック』の語源となったスポーツは、一体何でしょう!?」
やたらと大きな星川の声が、二年三組の教室内に響き渡る。普段から目立つタイプでもない俺が、部活の後輩でもない女子に絡まれているのは、何だか異様な光景だった。
「……クリケット。投手が三球連続で、三人の打者をアウトにすること。達成した投手に帽子が贈られたことから、『ハットトリック』と呼ばれるようになった」
「ピンポン、ピンポーン! さすが、先輩!」
星川は昼休みになる度に、毎日毎日問題を出してくる。俺がクイズ研究会に所属しているからか、頻出どころからマニアックなものまで、手当たり次第に出題してくるのだが……。
「続いて、第二問! クリケットがオリンピック競技となったのは、何年の何大会でしょう?」
「……千九百年、パリオリンピック」
「おぉー! 正解です!」
……残念ながら、クリケットに関する問題しか出してこない。この新入生、かなりの変わり者だ。
「じゃあ今度は――」
「……あのな、ちょっといいか?」
俺が遮ると、星川は「何ですか?」と言って首をかしげた。あんバターパンをもぐもぐしているあたり、昼休み中居座るつもりだ。
「毎回毎回、クリケットの問題を出してくるが……。一体、何が目的なんだ?」
「そりゃあ、もちろん! 先輩に、クリケットをやってもらいたいからですよ!」
星川はパンを頬張りながら、じーっと俺の顔を覗き込んだ。クリケットは日本ではマイナーなスポーツだが……、確かに俺は、ジュニアのチームに所属していた。だがまさか、クリケットから離れた今、熱烈に勧誘されるとは思わなかった。
「私、先輩のプレーを見て、とっても感動したんです! だから、もう一度クリケットを始めてもらえるまで、絶対に諦めませんから!」
とある事情でクリケットを辞めた俺と、何が何でも俺にクリケットをやらせたい後輩。……この攻防は、まだまだ先が長そうだ。