天の恩恵
僕は今まで多くの格闘をしてきたが、初めて経験するこの闘気。まるで自分が自分ではなくなるかのような力を手に入れた気がする。
目の前の邪悪な存在感と未体験の緊張感で秋の寒さなど忘れ、気をほぐすため自分の拳をパシッとキャッチする。戦う前によく行うルーティンだ。
ところが異変は起きる。緊張のあまりか、くっつけた手がお互いに離れない。いや違う。物理的にはなれないのだ。
(あの時のスプーンと同じだ。なんなんだいったい?)
あわあわするセナに対し、しびれを切らした大男は
「なんにもしてこんなら、こっちからいきまっせー。ワイの名はアイアン。最期に名前だけでも教えたりますわー。ほな」
そう言って金属でかい玉のようなものを何もない所から出現させ、投げる構えを始める。
(まずい、このままだとヤバい。離れろ両手! 離れろ離れろ!!!)
やっとの思いで手同士を力に任せて離す。体勢を崩して両手を地面につけた。
しかし時すでに遅し、アイアンは既に玉をリリースし終えていた。
「せっかく会えたのにすまんのー。ま、これで楽になりまっせ」
(し、死ぬ!)
ストレートに飛んでくる玉に対し、術がないセナは目を閉じ顔を背けるくらいしかできなかった。
シューッ ゴン!
目を開け前を見る。大男は未確認生物でも見たかのような顔で驚愕している。目の前の地面を見ると、鉄球は止まっていた。
(い、生きてる。で、でもあの軌道は当たるはずだったよな。なぜ目の前に……)
手を地面にから離すセナ。彼も驚く。そう地面にはこう書かれていた。
S N
それは手から離していた部分から現れた文字。ここ最近のできことに関係があり自分の身に何が起きているのか、だいたいの理解があった。にわかに信じにくいことだが結論はこうだ。
身体から磁力を出すことができる力を手に入れてしまったということだ
その証拠に、鉄球がSとNの文字にどんどん近いづいてコロコロ転がっているのを見て確信へと変わった。
「まーさかアンタも天から恩恵を受けた人間とは知りませんでしたわー。これは少し厄介ですな」
「天の恩恵? なんだそれは?」
「まー別に知らんでもええやんけ。今から殺しますんでね、ヘヘ」
意味の分からないことを言ってる最中、奥からバスがやってくる。乗る予定のバスだ。ドアが開く。
「今は取り込み中や、はよう行かんかったらテメーもぶち殺すぞ!!」
怒鳴るアイアンとかいう大男。あまりの怒号に運転手もビビったのかドアを開けながらも、直ぐに出発した。
また静まるバス停。風すら空気を読むほど静かだ。もう八時を過ぎようとしている。
「邪魔もいなくなったし、やりましょかー」
そう言ってアイアンは腕を鉄のようなもので覆う。一発でも拳が当たったら即死待ったなしの戦いが始まろうとしていた。
だが、今の彼にはどうってことはない。体が闘争を求める。地面の鉄球を拾い上げ、戦いの構えをする。そしてたった一言。
「かかってこい」