お嬢様と執事
豊醸家は名家の財閥でその昔は安泰そのものだった。
しかし残酷なことに、聡明なご夫婦が事故で命を落とした。助かったか娘も呼吸器を付けて命をつなぐ日々。回復も見込めずただただやつれるばかり。家は傾き、残った資産も欲深い親戚の餌食となってこの有り様。皆、ただ娘が死ぬのを指より数えて待っていた。
使用人のチカはテラスの椅子に座ってスカートを手で遊びながら、窓の外を見ていた。
「ここも潮時かしらね、御影」
「おまえ、白状だな」
黒い服に身を包んだ少年は睨んだ。
「わかってるわよ。先代の当主様には恩がある。だけどよ、主のいない屋敷をいつまで守ればいいのよ。資産も権利もがめつい親戚がほとんど持っていってしまってさ。あるのはこの邸宅と僅かばかりの資産。お嬢様の高額な入院費用だってていつまでもつか……。私達のお給金だって。めぼしい使用人だってほとんど出ていったじゃない」
「俺はそれでも残る」
「ふぅん、別にいいけどね。じゃあ私も残るわ。どうせもうすぐ潰れるならその時までいるわよ」
つり目の少女はメイド服を翻す。
「そういえば、ここのお嬢様にあったことある?」
「ないよ。事故あったのは十歳にもなってないころだろ。それからずっと病院だろ。俺が来たのと入れ違いだ」
「どんな人なんだろ。でもずっと寝たきりで可哀想」
「さぁな、だけどご両親に似て聡明だろう」
「やーい。贔屓だ」
「いいだろう、俺は施設から引き取ってもらったご夫妻に恩があるんだ。次に会う時は娘を見せるって、お前を専属の執事にするって言ってたんだ」
「はい、はい、叶わぬ夢よね。私達も身の振り方は考えておくことね」
そのとき慌ただしい足音が聞こえた。
「何かあったの?もしかしして、ついにお嬢様がなくなったのかしら?」
「くそっ……」
御影は小さく舌打ちをした。
執事長が深刻な表情をして此方に歩いてくる。
「た、大変だ。お嬢様様が!!!!」
お嬢様が奇跡の回復をした。
という嘘のような話だった。なんでも一週間あまりで退院さるとのことだ。
「冗談ですか?執事長」
「冗談なものか。私も何度も確認したが本当だ。お戻りになられるまで時間があまりない。戻られたときに不便がないよう準備にかかれ」
「それは勿論ですが、本当に?」
「くどいぞ」
「ハハッ」
御影は乾いた笑いを浮かべた。隣でチカも微妙な表情を浮かべる。
「これは、喜ぶべきよね?だけど、この家を見たらお嬢様はショックで今度こそ死んでしまうかもね」
「そりゃそうだろ。当主とはいえ、すでに書類上では家督は親戚に譲ることになってる。それに金庫もすっからかんだ」
「まぁ、兎に角体裁だけでも保ちましょう。綺麗に掃除して、美味しい料理作って。お嬢様の心をお慰めしましょう」
「そうだな。はじめてお役に立てるんだからな」
「御影、お嬢様は病弱で病み上がりなのだからあなたがお守りするのよ」
「あたりまえだ」
そうこうしているまに目まぐるしい日にちが過ぎた。
迎えの車から降りたお嬢様は優しそうな顔立ちの可愛らし少女だった。肩ほどの髪を揺らし歩いてくる。薄い金色の目。長い睫毛。色白の肌。長い入院生活からか華奢な体つきだった。
御影は緊張した。
「あ、あのお嬢様、はじめてまして手を」
「誰かしら?」
「はい、執事の御影と申します」
「そう、有り難う。大丈夫。歩けるわ」
にこりと笑いかけてくれた。
そして、庭園をぬける。
「なんだか、寂しくのね」
「あっ、はい。使用人のほとんどはやめてしまい。あの、その」
「この家のことはだいたいわかっていたわ」
「でも、お嬢様が慎ましく暮らしていくくらいはなんとかなります」
「そうかしらね……」
不思議なくらいの少女は落ち着いていて堂々としていた。
邸宅に入るとドカッと豪華な椅子に腰をおろし座った。
「いままで苦労かけたわね」
「めっそうもない」
執事長が深々とお辞儀をする。
「ところで、一つ言っておくわ。私、家督は譲らないわ」
辺りは静まりかえる。
「はっ、しかしお嬢様の病弱な体では荷が重いかと」
「その書類を」
手をクイクイと動かす。
「親戚どもにサインをもらってこいと言われてるのでしょう?」
「ああ、はい、それが……」
少女はそれをひったくるとビリビリに破く。
「ちょっと入院している間にこんなもの用意してるだなんてね。無効よ、無効。私は退院したし、口も聞けるわ。意思表示も出来る。だからあんな糞やろうどもに家督は譲らないわ。いいこと今日からここの主はこの私。豊醸あかり。私以外の誰の命令も聞かなくていいわ」
バンッとテーブルを叩いて新書目録は立ち上がった。くるりと向きを変えて歩き出す。
「執事長ついて来て。この家の財政状況を教えてちょうだい」
「は、はい」
「ところで、あなた達ちゃんとお給金は貰ってるの」
「いえ、その………」
「あら、いい人達ね。お金も貰ってないのに残ってくれたのね。じゃあ、私の部屋にあるドレスや貴金属をとりあえず売りましょう。すぐに給料は払うわ」
「いえ、それは旦那様と奥様がお嬢様に残した大切な!」
「そんなものより私は今私のために働いてくれる人の方が価値があるわ。あとで買い戻せばいいだけの話よ」
遠くなっていく二人の背中を使用人達は見送った。
「な、なんだか頼もしいな。もっと病弱でおどおどしたお嬢様を想像してた」
「ほんとにな、なんか急に屋敷に花が咲いたようだ」
「素敵だわ」
ザワザワと大広間がざわめく。
「あんたはどう思う?」
チカが御影を見る。
「まだわからない。はじめて会ったんだから。でも、長く入院してたように見えないほど足取りもしっかりしてたな」
「まぁ、お医者様も奇跡的っておっしゃていたからね」
その後、お嬢様の奇行は目を見張るものがあった。
金庫の金を残らず投資して、何倍にしてあっという間に家を立て直した。少食だと聞いていたが、毎朝ごはんを三杯おかわりをする。的確な指示で財閥として事業を起こして成功もさせた。メキメキと頭角を表しながら、家ではゴロゴロとゲーム三昧を楽しんでいる。そして、ついに学校にも通い出した。なんだか人を探してると言っていた。
最近、どうやら冬子様という人にも会えたようだった。
「はぁ、いつも忙しいなお嬢様は。というかお嬢様はどこにいる?」
御影は今日も今日とてお嬢様を追いかけいた。
「御影!!!お嬢様が屋敷の屋根の上に!!!」
「なんでだ!!!!!!!!!」
満点の星空のしたで、新書目録は背伸びをしていた。
「よし、やるか」
屋根の上をトントンと掲載に歩く。
一番見晴らしのよい場所を見つけて、両手を高く伸ばす。スッと広げるような仕草をする。
「ジャミングキャンセラー」
静寂の中で、音が消える。
「よし、終わった。あいつら上手くやってるだろうか?」
「お、お嬢様。いったいどうやって登ったんですか?」
「おや、執事の???」
「御影です。はやく降りて下さい。足でも滑らせたら大変ですよ!!!」
「わかった、わかった。そんなに怒らないで。あっ、」
ズルッと足が滑る。
「お嬢様!!!!」
「なんちゃって☆」
ズコーッと滑って、御影が勢いよく落ちた。
「ああ!!!!なんか落ちた」
そして、都合よくあった花壇に頭から落ちた。
「そこの使用人!人が落ちたんだけど死んでない??」
「チカです!!!たんこぶ出来てますけど死んでません!!」
「ならよかった!!!!」
屋根からかがみながら新書目録は、人をからかうのは良くないとその日学習したのであった。




