兄と妹
吐息が一つ漏れた。
「なんだ。そんなことか」
カフェテリアには優しい木漏れ日が射し込む。
「顔をあげろ。葵ハル」
「えっ?」
そこには、フォークに刺さったパンケーキがあった。
「もぐ!!!」
「大丈夫だ。心配するな」
「きょんきょわあるほ?」
あっ、駄目だ。押し込まれたパンケーキの量が多すぎて飲み込めてなくて、言えてない。
「妹だから」
「ほっ??」
ほってなんだよ、僕。
だって、あまりに澄んだ目で言うのだもの。
「君の妹だろ。道を踏み外すことなんてないさ。葵ハルと生活して、葵ハルと同じ時間を共有してきたのだろ」
「根拠はなに?」
ハルはようやくパンケーキを飲み込んだ。
「根拠はない。しいて言うのなら君の妹だからだ」
あまりに美しく言い切るものだから納得しそうになってしまった。これはずるいな。
「どうした?」
「神崎さんは、もっと理論的に物事を考える人だと思ってから。なんか驚いた………」
「そうか。思い込みは良くないぞ」
「そうだね」
「君の妹は道を踏み外さない。君がいるから。兄弟のことは私にはよくわからないが、彼女はいつも君を大切に思っているのは感じたよ。それでは納得できないか?」
「そんなことは……」
「そうだな。ならこんなのはどうだ?葵りこが道を踏み外したときは、私は土下座でもして見せようか?」
「ええっ!」
ハルは驚いた。
「安心しろ。それくらい自信があるってことだよ」
その微笑みは、まさに女神のようだった。そして、照れくさそうに彼女は言った。表情はいつもと変わらないが僅かな変化を僕は知っていた。
「つまりは、その。私を信じて欲しい。大丈夫だ。問題点ない」
「うん、そうだね。信じてみる。りこのことも僕のことも。神崎さんのこと。有り難う」
それを聞いて、彼女は満足そうに紅茶を飲んだ。
「ところで、神崎さん。聞いていい?」
「なんだ?」
「そういば、前にお兄さん入るって言ってたよね。やっぱり仲良かったしたのかな。だから、僕にそんな言葉をかけてくれるの?」
まえまえから、ハルは神崎冬子のことをもっと知りたかった。
冬子は、少し目を伏せた。
「残念ながら、兄とは決別したのだ。もう会うこともあるまい」
「ご、ごめん」
「気にするな」
「でも、仲直りできるといいね」
「優しいのだな。残念ながらそれは出来ないが、もし会うことがあるならばけじめはつけたい」
「けじめ?」
「ああ、奪われたもの全て返して頂くとする」
「?」
「気にするな」
冬子の小さな声は、聞こえてなかったようで。彼は困ったような曖昧な笑みを浮かべた。
鋭い氷のような色を瞳に浮かべて、口角をあげる。酷く醜い姿が傾けたカップの紅茶に映り揺れていた。
ああ、本当の私はなんて化け物なのだろう。
うつむきながらカップの液体をくるくると回す。
あり得ないことだか、再び出会うことがあるならば返して欲しい。地位も名誉も国も我が民も。そして、星も。
その時は、覚悟してくださいね。
お兄様。




