闇の精霊は怒っています 1 新
「手荒な真似をして申し訳ない。初めてお目にかかります。闇の精霊王よ。私はこの国を治める光の守護竜フワンカと申します。以後お見知りおきを。」
緊迫した空気の中、一番に口を開いたのは竜王のフワンカである。
ライラの後ろにいるダークに向かい恭しく頭を下げる。
そんな竜王の姿を、控えていた騎士団達が驚きを隠せない表情で凝視する。
それもそうだろう。竜王とはこの大陸全土の覇者である。
彼らに頭を下げる者がいても彼らが頭を下げる相手などいないに等しいのだ。
『誰が貴様らなんぞと馴れ合うものか。汚れた血のぶんざいで気安く私に話かけるな。』
そんなフワンカの態度など気にも留めず、ダークは驚きで固まるライラを自身の腕の中に引きよせる。
『怪我はないか?待っていろ直ぐに奴等を始末する。お前を傷つけるものは私が全て消し去ってやる。だからもう心配することはない。安心していい。』
とてつもなく恐ろしい事をさらりと口にするダークにライラは直ぐに答えることが出来なかった。
(始末?えっ?誰が誰を始末するのですか?・・・・・・)
ライラの体にかすり傷一つついていない事を確認し、ダークは己の手のひらの一点に魔力を集中させる。
困惑するライラを他所に、ダークの言葉を聞いた騎士たちが殺気を放ち、剣の柄に手をかける。
「闇の精霊王よ。それは誤解です。貴女が姿を現さないと彼女が嘆いていたので手助けをしたまでのこと。貴女のような強い守護を持っている彼女に、私の魔法など効くはずがありません。私と貴女では力の差がありすぎます。それは貴女もお分かりでしょう。」
そんな騎士達とダークの衝突を感じとったフワンカが両手を上げ、降参のポーズをとりながら敵意のない事を示す。
『どんな理由であれ、私の契約者に牙を向けたのはお前だ。それだけで殺すのには充分だろ?』
心底可笑しそうに底冷えするような視線で今にもフワンカを射殺さんばかりのダークに、我に返ったライラが慌てて止めに入る。
「待ってください!ダーク!!私は大丈夫です!!だから、落ち着いて下さい!!」
精霊王というものが、竜王とどんな関係にあるのかなんてライラは知らなかった。
ただここで、両者を戦わせては非常にまずいことになるのは、幼いライラでも容易に想像できた。
『なぜだ?先に無礼を働いたのは向こうだ。何を遠慮する事がある?』
残虐な笑みを浮かべ言い放つダークにライラは言葉を詰まらせる。
(彼女は私を守ろうとしてくれたのよね。・・・・・・でも、相手は竜王だわ。)
ダークの問いかけには答えず、なおも降参のポーズを取っているフワンカへと向き直る。
「私の契約精霊がとんだ非礼を働いたことことをお詫び申し上げます。この度の竜王様にたいし数々の暴言を発したましたこと、全ては精霊と契約している私に罪があります。寛大なるご処置を奉りたく。」
ライラは静かに頭を下げる。ダークは私を守ろうとしてくれただけ、それは頭では分かっていたが、相手と場所が悪かった。
ダークがフワンカに牙を向けば、控えている騎士たちがダークに一斉に向かっていく事だろう。
実際、彼らはまだ殺気立ったまま剣の柄に手をかけたままである。
彼らの主は竜王なのだ。
屈強な体躯の騎士たちを一人相手に、ダークが無傷でいられるなどライラには到底思えなかった。
だからこそ、この場を穏便に済ませるために頭を下げる。
『ライラ‼︎?何をしている‼︎お前がその者に頭を下げる理由がどこにある‼︎?』
ライラのそんな姿にダークが悲鳴じみた声を上げる。
「うん、顔をあげて欲しいな。さっきも言ったけど先に非礼を働いたのは私だからね。このままだと本当に殺されかねない。」
焦ったようなフワンカの声が頭上から漏れる。
「ですが・・・・・・。」
ライラなチラりと騎士達を横目みる。
「彼らには何もさせない。私の為を思うなら顔を上げてほしい。もちろん処罰などもしない。先に手荒な真似をしたのは私だ。」
竜王に促されたライラは静かに顔を上げる。
「さて、互いに言いたいことはあるとは思うが、先にこの暗闇を晴らすとしよう。積もる話はその後に十二分にすればいい。私が光の精霊を呼び出せばいいんだね?」
ライラに確認するというよりは後ろにいるダークに確認するように問いかける。
『・・・・・・』
だが、ダークは何も言わない。不貞腐れた顔で明後日の方向を向いている。
それを見兼ねたライラがすぐさま返事を返した。
「はい、ダークが以前そのようにおっしゃっていました。光の精霊を呼べば少しは自分の力も弱まるだろうと」
「分かった、少し離れていてくれ。」
フワンカの指示に従い、拗ねるダークと共に邪魔にならないよに壁際へと身を寄せる。
近くにいた騎士たちが警戒するようにライラ達から距離をとるのが伺えたがその存在を視界から外す。
ライラ達が移動したのを確認したフワンカが精霊へと呼びかける。
「・・・・・・光の精霊王よ、我が問いに応えよ。ァベリティ!」
フワンカが呪文を唱えた途端、大気が揺れ、大きな魔方陣が現れる。
魔法陣が小さな輝きを放った後、そこには美しい姿をした光り輝く精霊の姿があった。
そんな精霊に向かいフワンカが親しげに声をかける。
「急に呼び出してしまってすまないライト。君に頼みがあるんだ。この闇を晴らすことは出来るかな?」
ライトと呼ばれた光の精霊王はちらりとライラ達の方を一瞥し直ぐに頷く。
『貴方の頼みならしかたありません。闇を払いましょう。』
そう言った瞬間、光の精霊王の姿は消え大きな光が生み出される。
瞬く間に広がった光は空にほとばしり、周囲を暖かな光が包み込んだ。
『もう問題はありません。本来の姿に戻りました。今は本来の闇の時間ですから辺りは薄暗いですが、明日の朝には太陽が昇るでしょう。』
どこからともなく、姿を現したライトの言葉にライラはほっと胸を撫で下ろす。
(良かった・・・・・・)
安堵したのも束の間に、先ほどこちらを見ていたライトがふわりと目の前に現れる。
(・・・・・・っびっくりしましたわ。精霊とは一瞬で移動できるのね。)
あまりの至近距離にライラは思わず後ずさる。
そんなライラを守るかのようにダークが前へと歩み出る。
『お久しぶりです闇の精霊王よ。400年ぶりでしょうか?貴女が再び地上に出てくるとは驚きです。どのような心境の変化があったのでしすか?』
気さくに語りかけるライトの姿に知り合いなのだろうか?と、すぐ傍にいるダークに視線を向ける。
『 ・・・・・・忌々しい奴だな。その面を二度と私の前に見せるなと言ったのを忘れたか?』
・・・・・・どうやら知り合いみたいではあるが、あまり仲はよろしくなさそうである。
ダークの藍色の瞳に危険な色が浮かび、周りの空気が張りつめていくのをひしひしと感じる。
『その瞳・・・・・・貴女の怒りは収まってはいない。ずっと貴女は怒っている。私を許してもいない。それなのに、地上に出てきたのはこの少女に原因が?』
いきなり話の矛先を向けられたライラは、戸惑いを隠せない表情を浮かべる。
『見たところ普通の人間の娘に見えますが・・・・・・?それもまだ、精霊との付き合いをわかっていないと見える』
『お前には関係ない。今すぐ失せろ』
険悪なムードになっていく二人の精霊に挟まれ、ライラは立ち往生する。
闇を晴らしくれた光の精霊王に一言お礼を言っておきたかったのだがどうも難しい雰囲気である。
「ライト、ここで争うのはやめて下さい。」
そんな中、危険を感じとったフワンカが見兼ねて助け船をだす。
フワンカに諭されたライトは釈然としない、まだ何か言いたげそうな顔でしぶしぶ彼の元へと戻っていく。
『実に不愉快だ。この場にもう用はあるまい?』
そう言うな否や、誰の返事を受け取ることもなくライラを抱えたダークはその場から忽然と姿を消す。
人一人を何の痕跡もなく綺麗に連れ去るダークの魔力の大きさに、残されたフワンカや騎士たちは唖然とし、ライトだけが驚くこともなく変わりませんねと呟いた。