目覚めたら大事になっていました 新
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揺らぐ意識の中、ライラは見知らぬ森の中にいた。
(ああ、これは夢だわ)
空中に浮かんでいる自身の体に目をやり、そこが現実世界でない事を知る。
夢の中ではっきりとした自我があることは少し不思議な気分だったが、せっかっくだからと辺りを見回し木々の合間を抜け自由に辺りを散策する。
森は緑が多い茂り、地面には愛らしい黄色い小花がそよ風に揺れ、小鳥たちのさえずりが時折聞こえる、まるで絵に書いたような場所だった。
(夢とはいえとても美しいところだわ。この森はどこかに存在しているのかしら?)
しばらく気ままに美しい森を散策した後、ライラはとある泉に腰を下ろす。
泉に顔を覗かせれば、底まではっきりと見えるほどクリアな水がライラを出迎えた。だが、そこにライラの姿は映らない。
(ふふ、夢だものね)
泉に入り水遊びを始めたライラの耳に、遠くから話し声が聞こえる。
(あら、誰かしら?)
なんとなく、泉の側に生える茂みへと身を隠し側耳を立てる。
ほどなくして姿を表した人物にライラは小さく息を呑んだ。
(ダークと・・・・・・あれは誰?)
そこには自身を精霊王だと名乗ったダークと、ダークと同じく褐色の肌を持つ銀色の髪の美女が泉に佇んでいた。
(なんだかダークに似ているわ。あの人はダークの姉妹かしら?)
精霊に姉妹というものが存在するのかは分からないが、二人はとても似ていた。
顏の作りがというよりも人並み外れた美しさと、その存在感の大きさがそう思わせるには充分だった。
ダークの黒髪が風に誘われ美しく靡くと共に、もう一人の女性の美しい銀の髪も靡く。
『お前じゃない!!今も変わらず私の加護を受けるお前が堕竜なものか!!精霊の加護は何よりの大陸の加護の証ぞ!!馬鹿な事を言うな!!』
二人に魅入っていたライラは突然響き渡った怒声に驚き目を見張る。
ダークがもの凄い剣幕な表情で今にも飛びつかんばかりの勢いで銀髪の美女に詰め寄っていた。
『そう、私はあなたの加護を受けているわ。・・・・・・でも、誰も信じてくれない。皆が口々にこう言ったわ。精霊の加護を失うのは時間の問題だ。本当に加護を失う前に始末しなければと。』
『誰だ!?そんな事を言ったのは!!今すぐそいつの咽喉を掻きってやる!!』
『ダーク、怒らないで。優しい貴女にそんな事をさせたくはないし、言いたいものには言わせておけばいいのよ。それにね、私を攻め立てているのは民だけではないの。筆頭に立って私を追いやろうと躍起になっているのはね、私の夫達なのよ。・・・・・・おかしいでしょう?私の声は今のあの人達には届かないみたい。・・・・・・それでも、出来る限りの事はするつもりよ?だって真相の契りを結んだ大切な人達ですもの。きっと、時間をかけて話せば分かってくれるはず。だからね、しばらくは私も慌ただしくなりそうだから、ここに足を運べなくなると思うの。今日はその事を伝えに来たのよ。』
白銀の美女は憤るダークを宥めるかのように、落ち着いた声で話す。
だが、その表情には憂いが浮かんでいた。
『なぜ、お前の夫がお前を追い詰める?お前達は・・・・・・家族なのだろう?』
『分からないわ・・・・・・でも、私は生まれが特殊だし、王になって日が浅いもの。竜の仲間として受け入れられたのも最近だわ。・・・・・・きっと信頼が足りなかったのね。』
悲しそうに微笑む白銀の美女をダークは静かに引き寄せる。
『何かあったら直ぐに私の真名を呼べ。どこにいても駆け付ける』
『ありがとう。貴女はいつも私の見方をしてくれるのね。嬉しい。・・・・・・・何かあったら必ず呼ぶわ。もちろん貴女に何かあったら私も直ぐに駆けつけるは。だって私達、いつも一緒だもの。・・・・・・・今度ここに来るときには、きっと良い知らせを報告できるようにするわ。約束する。』
遠目からみているだけのライラにも二人の間に確固たる絆があることが伺えた。
(もしかして・・・・・・ダークは私の前にあの女性と契約していたのかしら?)
もう少し二人に近づき会話を聞こうと茂みから身を乗り出し、距離を詰めようとしたときだった。視界が歪み先ほどまでいた泉が姿を消し、燃え盛る炎の中にライラは放り出されていた。
(なに!?急にどうしたの!!!??)
先ほどまでの美しかった森とは打って変わり、辺りは焼きつくされ、焼け焦げた地面と燃え落ちた木々が広がり、辺りには黒煙が上がっていた。
遠目に見える森も赤い火の海が今にも呑み込みそうである。
(まさか、・・・・・・まさか、さっきの森なの!?あんなに美しかったのに、なんて酷い!!)
惨憺たる景色にライラの瞳から大粒の涙が零れる。
怒り、悲しみ、失望、色々な感情がライラの心を犯す。
(いや!!もうこんなの見たくない!!!!お願い夢なら早く覚めて!!)
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「いやぁ!!」
悲鳴と共に飛び起きたライラはあまりの恐怖に身震いする。
先ほどまで横たわっていたであろうベットは自身の汗でぐっしょりと濡れ、肌に張り付く寝着に眉間に皺を寄せた。
(ここは、私の部屋?・・・・・・私いつの間に、)
見慣れた部屋に視線を向け頭を整理しようと、ベットから降りかけたとき慌ただしい大きな足音が響き盛大に部屋の扉が開け放たれた。
「ライラちゃん!!あぁ、良かった起きたのね。貴方、貴方!ライラちゃんが!!」
ライラの声を聞き駆け付けたのだろう。
トゥ―ナが心配そうな顔でライラの様子を伺う。
「お母様?私・・・・・・」
「もう心配したのよ。三日間も寝込むんですもの。さぁ、お水を飲んで。ああ、ゆっくり、ゆっくりね。三日間何も口にしていないんですもの。急に胃に入れたらお腹がびっくりしてしまうわ」
ライラは口に運ばれた水を一口、二口と口にする。
冷たい水が体に染み渡り大きく息を吐く。
「もう大丈夫ですわ、ありがとうございます。お母様。」
「本当にもう大丈夫?無理はしてない?」
直も心配そうに見つめるトゥ―ナの肌白い眼元にはくっきりと隈が浮かんでおり、その顔からは疲労が窺えた。
(きっと私のせいね・・・・ごめんなさい)
心の中で謝罪を口にするライラの耳に扉をノックする音が入る。
音のした方に顔を向けると、そこには開け放たれた扉の傍に佇み普段の鉄仮面の顔ではなく娘を心配する表情を浮かべたスティハーン公爵がいた。
「ライラ体調はどうだ?どこか悪いところはないか?」
「お父様、もう大丈夫ですわ。ご心配をおかけして申し訳ありません。」
娘を気遣うスティハーン公爵の不安を拭うためにもライラは笑みを向ける。
「・・・・・・いや、良くなったのならそれでいい。着替えたら直ぐに下に来なさい。王国騎士団の方がお待ちだ。」
ライラの姿に安堵した様子の公爵は直ぐに顔を引き締め、くるりと踵を返す。
「貴方!!ライラちゃんは病み上がりなのですよ!」
「これ以上先方を待たせるわけにはいかん。お前も身なりを整えたら下に来なさい。」
非難めいた声を上げるトゥ―ナに鋭い視線を向け嗜める公爵の顔はどこか張りつめていた。
(お父様があんな顔をするなんて珍しいですわ。きっと、何か事情がおありなのだわ)
「ライラちゃんごめんなさいね、本当はもっと休ませてあげたいのだけれど・・・・・・そうも言っていられないみたいなのよ。」
申し訳なさそうに言うトゥ―ナにライラは首を振る。
「大丈夫ですわ、お母様。お父様の所へ行きましょう。」
それからしばらくして、身なりを整えたライラは公爵の待つ客間へと向かう。
(お客様に会うだけなのに、何だがみんな顔が強張っているわ。どうしてかしら?)
共に急ぎ足で客間に向かうトゥ―ナやメイド達の顔を盗み見たライラは小さく首を傾げる。
(そういえば、私、何かとてつもなく大事なことを忘れているような気がしますわ)
何とか思い出そうと頭を捻るも、周りの緊迫した空気にのまれ、そのうち思い出すだろうと気にするのを止めた。
なぜ、あれほどまでに皆が気を張っていたのか―――――その理由は直ぐに明らかとなる。
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トゥ―ナに続き客間に足を踏み入れたライラを待ち受けていたのは、王国直属の証である青と白の騎士服に身を包んだ屈強な騎士団達であった。
ソファに腰掛けていた騎士団の面々はライラの姿を確認するや、ソファから素早く立ち上がりライラを出迎えた。
驚くライラにトゥ―ナが耳打ちで挨拶をするように促す。
「・・・・・・・お初にお目にかかります。ライラ・トルク・スティハーンと申します。お待たせしてしまい、申し訳ありません。」
小さく会釈をするライラに続き、騎士団の中でも一番恰幅の良い男が一歩前に進みでて口を開く。
「いや、こちらこそお休みのところ申し訳ない。私は王国騎士団の団長を務めるカザル・ゲラと申す。そして、後ろにいる者達は騎士団の隊長を務める者達だ。」
カザルと名乗った男はライラに軽い会釈を返す。
カザルの後ろにいる他の面々も小さくライラに向かい会釈を向けた。
(王国の直属の騎士様がなぜこんなところに?)
見慣れない騎士団の姿にライラに緊張が走る。
大陸には大きく分けて三つの騎士団が存在する。
一つ目は城下の治安や民を守ることを優先する平国騎士団
二つ目は貴族直属の家に仕える貴国騎士団
三つ目は竜王に仕える王国騎士団である。
平国騎士団は治安部隊などを構成しているため、街に出れば比較的目にする一般的な騎士団であるが、貴族のライラにしてみれば、貴国騎士団が一番馴染みが深い。
ライラの護衛として着くことが多いガランも公爵に仕える貴国騎士団の一人である。
そんな平国騎士団や貴国騎士団とは違って滅多にお目にかかれないのが王国騎士団と呼ばれる彼らである。
普段は竜王が住まうと言われる宮の護衛に当たっている彼らは、催事やよっぽどの国の危機に面したとき以外は竜王の元を離れないという。騎士団の中かでも本当に優れたものしか入ることが出来ないエリート中のエリート集団の隊長クラスだけではなく団長までもがライラを訪ねてきたというのだから、メイドやトゥ―ナの顔が強張っていたのも頷けた。
「早速で申し訳ないのだが、私達がここに出向いた理由を令嬢にお話ししてもよろしいか?」
今まで事の成り行きを黙って伺っていたスティハーン公爵に向かいカザルが問いかける。
「ええ、かまいません。トゥ―ナ、ライラこちらに来なさい。」
公爵に呼ばれたライラとトゥ―ナはソファに腰かけている公爵の直ぐ隣へ移動する。
それを確認したカザルも先ほどまで腰かけていたソファに座り深刻な面持ちで口を開いた。
「ライラ殿、私共は貴女を竜王の元にお連れするためにこちらに伺った次第だ。」
「えっ!?」
思いがけない言葉にライラは、はしたなくも声を上げてしまう。
「驚くのも無理はない。だが、この大陸の竜王で在られるフワンカ様がそなたとのお目通りを望まれている。フワンカ様もこちらに足を運びたがっていたのだが、理由あってあの方は宮から離れることが出来きん。その代わりに私どもが出向いたのだ。」
「どうして竜王様が私などと・・・・・・」
生まれてこの方、竜王などという雲の上の存在に会ったことなどなければ、目にしたこともない。
それはライラだけではなく多くの民に言えることである。公爵の爵位を持っていたとしても、竜王に会える機会は一生に一度あるかないかである。
そんな相手がなぜ自分に会いたがっているのかと首をかしげる。
「三日前に突然エルヴァン大陸を闇が覆ったのは知っているか?・・・・・・・この出来事に私達は直ぐに対処をしようと動き出したのだが、何をしてもその闇が晴れることはなくてな。途方に来る中、竜王様のフワンカ様が精霊王の力が働いていると助言して下さったのだ。それも、人間と契約していると言うではないか。直ぐにエルヴァン大陸全土に使いを出したさ。どんな人物が精霊王と契約を交わしたか見極める必要があったからな。そんな中、精霊や街の人々から話を聞き辿り着いたのが貴女なのですよ、スティハーン公爵令嬢。まぁ正確には、貴女にというよりも精霊王と契約した人間にフワンカ様はお会いになられたがっているのだが、まさかこんな少女だったとは・・・・・・・私達と共に来てくれるね?」
カザルの言葉にサッとライラの顔から血の気が引いていく。
居ても立っても居られなず作法のことなど抜け落ちたライラは、急いで立ち上がり部屋の窓へと駆けよる。
カーテンの隙間から辺りを伺うが、外には変わらず漆黒が広がるばかりである。
「お母さま、今は何時ですの?」
震える声でトゥ―ナに問いかける。
「・・・・・・・、お昼の13時頃よ。」
トゥ―ナの言葉に頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。
(・・・・・・・私、精霊の契約の途中で気を失ったんだわ。こんな大事なことを忘れていたなんて!!それにさっきお母様が私は三日も寝込んでいたっておしゃって・・・・・・)
ハッとしたようにライラは振り向く。
「学び舎のみんなはどうなったのです!?街は!?あっ・・・・・・精霊!ダーク、ダークはどこですの!?」
「落ち着きなさい。怪我人は出ていないし、君の学友たちも無事だ。幸いこの国には優秀な光の使い手が集まっている。魔術に長けている者が、絶えず光で街を照らしているから問題ない。それよりも君の契約精霊は今も側にいるか?」
慌てふためき落ち付きをなくしたライラに優しい声でカザルが問いかける。
「・・・・・・いえ、姿は見えません。でも、あの、契約した時にがダークが言っていました。闇を晴らしたいのなら光の精霊王を呼べばいいって。そしたら、少しは闇の力も弱まるからと・・・・・・。」
ライラは記憶を辿りながらたどたどしく、しどろもどろに答える。
「そうか、光の精霊王か・・・・・・・。この大陸で光の精霊王を呼べるのは光の守護を受ける竜王で在られるフワンカ様だけだ。」
カザルの顔が困ったように歪む。
「急ぎ宮に向かおうとしよう。準備が出来次第ここを出る。ライラ殿も急ぎ準備を。」
カザルが他の騎士団達を連れ慌ただしく動き出す。
ライラもトゥ―ナに連れられ、あれよあれよという間に旅支度が行われる。
(・・・・・・ダーク!!どこにいるのダーク!!)
その間にも何度も自身が契約したであろう精霊の名を問いかけるも返事が返ってくることはなかった。
目覚めてから数刻、ライラの運命の歯車が大きく音を立てて動き出そうとしていた。