契約精霊は闇の精霊王!? 新
魔力判定の日からしばらく、ライラは学び舎で魔力の勉強を続けていた。
魔法陣の習得や呪文の唱え方など初歩てきな事を一通り学び、課題をクリアしたものから精霊の契約を行うという。
生徒達の中でもライラは飛びぬけて習得が早く、魔力の勉強を始めてからものの一月で精霊を召喚することとなった。
マリアナ達と共に昼食を終えたライラは、午後の授業に向け中庭へと足を向ける。
「ああ、ついにこの日が決ましたのね!私、朝からずっと楽しみにしていたんですの!だって、ライラ様が一番に精霊と契約を結ぶんですのよ!!本当に素晴らしいですわ!!ライラ様ならきっと素晴らしい精霊を召喚なさるのでしょうね」
無邪気な笑顔を見せ、自分の事のように喜ぶマリアナに小さく笑みを返す。
「無事に精霊が応えてくれればいいのですが・・・・・・・。」
「ライラ様なら大丈夫ですわ!!」
マリアナに背中を押され中庭へと踏み込むと、そこには大きな魔法陣が描かれていた。
魔法陣が精霊を召喚するためのゲートなるだ。
「ライラ準備はいい?貴女の生涯のパートナーとなる精霊が貴女を待っているわ。恐れずに、授業で習ったことをすればいいのよ。大丈夫!万が一何かあったら先生が助けるわ。」
魔法陣の近くに控えているリンネに頷返し他の生徒たちが期待を抱いた眼差しを向ける中、ライラは大きく息を吸い魔法陣の中へと足を進める。
呼吸を整え全神経を集中させ呪を放つ。
「ルーンエラ・ティガムーン・ラーク、可の者よ、我が声を聞け、共に添い、時を生きしもの。汝永劫たがわねば、真相の心ありて、共に過ごさん。ルーア!!」
凛としたライラの声に魔法陣は瞬く間に眩しいほどの光を放つ。
目を開けていられないほどの光が襲い、次の瞬間辺りは静寂な闇へと包まれた。
あまりの眩しさに目を瞑っていたライラはしばらくして目を開き驚愕する。
まだ昼下がりだというのに辺りは暗く、空には漆黒の闇が広がっていた。
「みんな、その場を動いてはいけません!!」
いち早く事態に反応したのはリンネである。
周囲を確認し、呪文を唱える。
リンネの周りに小さな光の玉がいくつも浮かび、淡い明かりが周囲を照らし始める。
「みんな先生の元へゆっくり集まって!大丈夫よ、怖がらないで。」
騒ぎ出す生徒たちに響き渡るように声を張り上げるリンネを横目で見ていたライラもハッとしたように、歩みを進めようと足を一歩前踏み出す。
そのとき、背中に強い視線を感じ反射的に振り返り目を凝らす。
だが、周囲には暗闇が広がるばかりである。
「ライラ!貴女もこちらに来なさい!今すぐ魔法陣から出るのよ!!」
リンネの声に頷き、今度こそ魔法陣から足を踏み出そうとした瞬間、ライラの行く手を拒むかのように魔法陣を大きな渦が取り巻く。
「ライラ!!」
リンネの叫ぶような声が聞こえたが、それも直ぐにかき消されライラは渦の中へと取り残されてしまう。
『・・・・・・人の子よどこへ行く?ああ、実に懐かしい気だ。この時をどれほど待ちわびたことか』
脳内に直接響き渡る少し低い声に、驚き周囲を見回す。
だが、渦の中にはなおも光を放つ魔方陣とライラ以外の人物の姿は見えない。
『ふふ、どこを見ておる。私はそなたの直ぐ側におる。何をしている、私の真名を呼べ。出なければいつまでも私の姿を見ることは出来んぞ。』
それでも脳内に響く声に、何もない空間に向かい恐る恐る口を開く。
「・・・・・・・あなたは誰?」
『おかしなことを言う。お前は私を知っているし、私もお前を知っている。私を友だと言ったのはお前だろう?はやく私の真名を呼べ。私の真名を名付けたのはお前だ。お前の中に私の真名がある。思い出せ。』
姿を持たない声の言葉に混乱が募る。
(友?真名?ってなに。それに私の中にあるって何のことでしょう?・・・・・・)
『何を悩む必要がある?意識を集中させろ。そうすれば自ずと分かる』
どうしようかと少し躊躇した後、覚悟を決め意識を集中させるために両目を閉じる。
高鳴る鼓動を何とか落ち着かせ、自身の心の奥底へと意識を向ける。
内の中に小さな輝きを見た気がした。その瞬間、
「ダーク・・・・・・貴女の名はダーク?」
無意識に口にでた言葉にライラは驚く。
どこか懐かしい響きを持つ名を確かに知っていた。
『言っただろう?お前の中に私の真名があると。また、再会できて嬉しく思うぞ。』
脳内ではなく直接響いた声に目を見開くと、先ほどまでは誰も立っていなかった場所に漆黒を身に纏った女性の姿があった。
褐色の肌を持ち、漆黒より深い黒髪を靡かせ、何もかも見透かすような藍色の瞳の美しさに口から恍惚とした、ため息が漏れる。
「・・・・・・綺麗。」
思わず呟いたライラに女性は笑みを向ける。
『初めて会った時も同じことを言っていたな。それで今のお前の名はなんという?』
(初めて会った時?私はこの人に会うのは今日が初めてなのに、誰かと勘違いをなさっているのかしら?)
面識があるかのような物言いに首をかしげかけたライラだったが、令嬢らしくドレスの裾を持ち軽く会釈する。
「私はライラ・トルク・スティハーンと申します。・・・・・・えっと、あなた様のお名前はダーク様でよろしいのでしょうか?」
『ライラか。また愛らしい名だな。私のことはダークと呼ぶがいい。そなたにだけ呼ぶことを許した真名だ。』
美しい笑みを浮かべるダークに思わず目を逸らす。
「あ、ありがとうございます。(あまりの美しさに直視できません!!)そ、それでダークはここで何を?私は精霊との契約を結ぼうとしたのですが、どうも上手くいかなかったみたいでして・・・・・・あっ!そうです、こんなことをしている場合ではありません!!先生や皆の元に行かなければ!!急に辺りが暗闇に覆われて、もしかしたら魔物がでたのかも知れません!!ダークも逃げないと!」
先ほどの出来事を思い出し慌てるライラを見て、今度はダークが不思議そうな顔をした。
『お前は何を言っているんだ?たった今、私と契約したじゃないか。』
「えっ!?」
『私の真名を呼んだろ。召喚した精霊の真名を呼べたんだ。それは精霊が主としてお前を受け入れた証だ。それに、夜に生きる魔物は私の眷属だ。私と契約したお前に従うことはあっても傷つけることは絶対にない。』
「ちょっと待ってください!!貴女は・・・・・・ダーク様は精霊なのですか!?」
確かに、いくら魔術に長けているからと言っても、人の姿を完全に消し去る魔法など聞いた事がない。
だが、精霊とはこうもはっきりとした姿を保つものなのだろうか、と疑問を抱く。
ライラが目にしたことがある精霊は、先の授業でみたリンネのパートナーだけであるが、リンネの精霊は具現化しておらずボンヤリと人の形をしているのが分かる程度のものだった。
それに比べ、目の前にいるダークと名乗る精霊はどうだろうか。
手足もきちんとあり、黒を基調とした美しい衣服まで身に纏っているのだ。
『そう言っているだろう。私の事はダークと呼べ。お前に様付で呼ばれるのは変な気分だ。・・・・・・あぁ、空に闇が広がったのもお前が私を呼んだからだ。昼に戻したくば光の精霊王を呼ぶことだな。さすれば、私の力も少しは弱まる』
(何を言っているのか全くもって理解できません。ダークが精霊で、召喚されたから辺りは暗闇になって、魔物の仕業かもしれないけど、魔物は私を襲うことはなくて、空を元に戻したいのなら光の精霊王に頼まないといけない・・・・・・?)
あまりの出来事にライラは思考を必死に巡らせる。
『外が騒がしいな。そろそろ出るとするか。』
「・・・・・・ダーク様」
『ダークだ。』
「・・・・・・ダーク様・・・・・・・あなたは普通の精霊ですか?闇の精霊はみんなこうして夜を呼べるのでしょうか?」
嫌な予感がした。
そう聞いてしまえば後には戻れない、そんな警報がライラの中で鳴り響く。
そんなライラの問いかけに美しい顔を歪ませ、不敵な笑みを浮かべダークは楽しそうに言った。
『まさか、私をそこらの精霊と同等に扱うな。記憶が抜けているのか?私は闇の精霊王だ。』
ダークが渦に手をかざした途端、ライラ達を囲んでいた渦は綺麗になくなる。
少し離れた場所から慌てた様子でリンネ達が駆けてくるのが伺えた。
だがリンネ達の姿を目にした途端、張りつめていた意識が緩んだだろう。
ライラの視界は揺れ、ゆっくりと身体が地面へと吸い込まれていく。
リンネ達と言葉を交わすことなく、驚愕に見開くダークの顔を最後にライラは意識を手放したのだった。
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広々とした部屋の片隅で、柔らかな蝋燭の光が揺れる。
暗闇に浮かぶ人の姿をしたそれはベットの傍で佇み、感情の見えない瞳でライラ・トルク・スティハーンを見つめていた。
精霊の召喚に自身の魔力を使い果たしてしまった少女の顔は疲労を残しながらも静かな寝息を立てていた。
少女が眠りについて三日。
代わる代わるに少女の家族と思われる人間たちが甲斐甲斐しく世話を焼くためにこの部屋を訪れていたが目覚める気配は未だない。
あまりにも静かに眠る少女の頬に無意識に手を伸ばし温もりがあるのかを確認する。
伸ばした手から人の体温を感じそのことに安堵する。
しばし少女の顔を眺めてから、それは静かにベットから離れる。
一寸の光さえもない闇が広がる空を窓から眺め、つい先日のことのような、昔の約束を思い起こす
(やっとだ・・・・・・やっと、お前の願いを叶えられる・・・・・・ナディア。)
かつて祝福を送った者の名を心の中で静かに呟やいた。
それはずっと待ちわびていた。・・・・・・ずっと。一人で静かに、その者が現れることを。
もう、離さない。簡単に奪われたりはしない。例え何を犠牲にしても。己が滅びようとも。
そんな誓いを胸に、彼女と同じ魂を持つ少女にそれは問う。
『お前は、・・・・・・・』
返ってくるはずのない意味ない問いかけは宙に消え、それは静かに暗闇へと足を向ける。
残された部屋には幼い少女がの寝息だけが静かに響いた。
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