表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/24

魔力判定 後編 新



馬車に揺られながら、流れゆく景色を見つめるライラの幼い瞳には少しの不安と小さな焦りのようなものが色濃く浮かんでいた。


学び舎を出たあと迎えの馬車へと乗り込み、公爵邸への帰路に着く間に様々な考えが彼女の脳裏を横切る。


そんなライラの変化をいち早く感じ取ったのは従者のガランだ。



「お嬢様、いかがなさいました?」



ガランの気遣う声に視線を向ければルビーのような赤い瞳と視線が合う。


朽葉色の髪に、無駄な肉などついていませんというかのように引き締まった体。


そんな体をよりいっそう栄えさす、白をベースに金の刺繍が施された騎士服を纏った胸元には、隊長の証であるスリースターが輝いていた。


まだ少年のようなあどけなさを残す顔つきをしている成年は、その顔に似合わず相当の腕前がある事が伺えた。


そんな青年は幼い頃よりライラの従者として付き添うことが多く、他の家臣たちに比べ接する機会が多い者の一人である。



「今日・・・・・・魔力判定があったのだけれど・・・・・・私、闇の魔力だったの。お父様も、お母さまも光の魔力でしょ?スティハーン家は代々優秀な光の使い手を王都に輩出してきた家柄ですもの。お母様やお父様はガッカリなさるかもも知れないわ・・・・・・。」



ライラの両親であるスティハーン公爵夫妻はどちらも優れた光の魔力の使い手である。


その腕前は王都で知らぬ者はいないと言われるほどだ。


魔力とは、生まれ持った性質で決まるものであって遺伝ではない。ふと授業で聞いた言葉が脳裏を横切る。


それでも、やはり優秀な魔力の使い手の子どもは期待がよせられやすいものである。


優秀な光の使い手の子どもが、光の魔力を受け継いで生まれてきたらこれほど喜ばしいものはない。


光の魔力ではなく、闇の魔力をもって生まれた自分はスティハーン家には相応しくないと言われてしまのではないかと、時間が経つにつれ疑心暗鬼になってしまう。



「お嬢様とんでもありません!!お嬢様が闇の魔力をお持ちだと知ったら公爵様も公爵夫人もきっとすごく喜びますよ。確かにお二方とも大変優れた光の使い手ではありますが、それ以上に闇の魔力の使い手はこの世界では本当に珍しいのです。そんな貴重な使い手が公爵家から生れたのです。きっと盛大にお祝いされることでしょう。」



真っ直ぐに見つめてくる赤い瞳に偽りはなく、心からでた言葉である事が伺えた。



「でも・・・・・・、前の闇の竜王様は堕竜したことがあるのでしょう?・・・・・・前の竜王様が悪いことをしたから大陸が怒って、闇の魔力を持った人を少なくなってしまったのではないの?もしそうだとしたら闇の魔力を持ってる私も大陸から嫌われてしまうかもしれないわ・・・・・・恩恵を受けれなったらどうしよう。」


ライラの内にある不安はそれだけでは無かった。


学び舎で感じた、心の叫びが彼女を不安にさせた。


この世で人族と呼ばれる種族が一番恐れていること、それは大陸の恩恵から見放される事である。


精霊と契約を結びこの世界で生きている人族にとって、大陸から恩恵を受けることは何よりも重視される最も大切な事だ。


大陸の恩恵の証と言われている精霊と契約出来なったものは身分に関係なく邪人とみなされ迫害を受けるのである。


人族は他の種族に比べ聡明さはあっても非力だった。


人としての最低限の生活を送るためにも精霊はいなくてはならない唯一無二の存在である。


精霊と契約できないということは、それはつまりこの世で長く生きれないことを意味している。


「お嬢様、これは騎士団で聞きかじった話ですが、闇の使い手が数を減らしたのは闇の精霊王が怒っているからだそうです。現に、新しい闇の使い手の竜王様は立派に大陸を治めておいでです。確か、先代の竜王様がお亡くなりになられたのが400年ほど前だと言い伝えられていますから、本当に大陸から見放されていたら既に大陸中が滅でいると思いますよ。だからお嬢様が心配する事は何もありません。」


ガランの言葉にライラは驚きを覚える。


なぜ自分がこれ程、驚きを覚えているのか何て分からない。


ただ、ライラの“何か”が訴えかけていた。


精霊は心優しい存在だと。


「・・・・・・どうして闇の精霊王は怒っているの?」


精霊の中にも精霊を束ねる存在がいる。そんな精霊を人々は精霊王と呼び敬まった。


といっても、実際に精霊王に会ったものがいるのかどうかも定かではなく、契約精霊を通じてその存在をうっすらと感じとっているだけなのだが。


お伽話や童話に出てくる、幻の存在と言うのが精霊王に対する人族が持っている知識である。



また、多くのものが契約に縛られた精霊を目にすることは出来ても、契約に縛られていない精霊を見る目を持ってはいなかった。


精霊とは本来自由を愛し、縛られることを嫌う種族である。


それ故に他者の目に映ることを良しとしない精霊も数多く存在する。


精霊と契約するにはその精霊に見合った魔力が必要だお言われていることもあり強大な魔力を持つ竜王となれば話は別かもしれないが、限られた魔力しか持たない人族が精霊王と契約を結ぶなど天地がひっくり返ってもありえない。


契約に縛られていない精霊の姿を目にする事が出来るのは、その精霊が心を許した存在か、余程に強い力をもつ精霊かのどちらと言われているのだ。


人々は精霊と共に生きてはいるが、その生涯で目にできる精霊は決して多くはない。


「さぁ、私も詳しくは分かりませんが、騎士団にいる闇の使い手の者が契約している精霊から聞いた話だそうです。ただ、何に怒っているのかまでは教えてくれなかったそうですがね。」


「そうなの・・・・・・私もちゃんと精霊と契約できるといいのだけれど」


“ざわり”とした感覚が再びライラを襲う。



心に芽吹いた小さな騒めきに気づかないふりをし、小さく見えてきた我が家へと意識を移す。



それから、公爵邸に着いたライラが両親と顔を合わせたのは日が傾いた晩餐のときだった。




―――――――――




「そうか、闇の魔力だったか。」



豪勢な食事が並ぶ中、深いため息とともに眉間に皺を寄せているのは公爵低の主でありライラの父でもある、スティハーン公爵だ。


お世辞にも人当たりのいい顔とは言えない顔立ちのスティハーン公爵だが、今日は一段と険しい顔つきである。



食事を運んできた馴染みの侍女達の手が思わず震えるぐらいには迫力がある。



「貴方、お顔が強張っていますわ。眉間の皺もお取りくださいな。そんなお顔も素敵ですけれども、私やライラちゃん以外の者に見せるなど許しがたいですわ。」



泣く子も黙る・・・・・・いや、逃げ出してもおかしくない強面の公爵に向かい素敵だと軽口を叩けるのは、この世界広しと言えどライラが知る中では公爵夫人のトゥ―ナだけである。そう、ライラの母親だ。



トゥ―ナはエルヴァン国一の美女と名高く、スティハーン公爵と結婚した今も根強い人気があるのだと侍女達が話してるのを聞いた事がある。


身内の贔屓目を抜かしても、ライラからみた母親はとても美しかった。



綺麗に束ねられたブロンドの髪は日に当たればキラキラと輝き、うなじから見える色白の肌は傷一つなく美しく、薔薇色の唇はとても魅力的で見ているだけでドキドキするほどである。



何よりもトゥ―ナが微笑むだけで惚けてその場から動けなくなる者が続出するほど彼女の微笑みは人を虜にした。



そんな美女と名高い母に惚気交じりにたしなめされた父は、眉間の皺をさらに強く深める。



壁際に控えていた侍女達らが、たまらず「ひぃ」と悲鳴をこぼしたのは気のせいではないだろう。


「ふふ、照れている貴方の顔も素敵ですわ。それに、ライラちゃんが闇の魔力を持っていたなんてとても誇らしい事ではありませんか。きっと素晴らしい使い手になりますよ。」



上機嫌で口に料理を運んでいくトゥ―ナにならい、ライラも目の前に置かれている料理を口に運ぶ。



お祝いという事もあり、食卓に並んでいる料理はどれもライラの好物ばかりだ。


魚のミートパイに、きのこのキッシュ、大鹿の丸焼きに、フカヒレのスープなど、デザートには木苺のスコーンやチョコレートが並んでいる。


魚のミートパイを頬張ると、口いっぱいに甘酸っぱいトマトソースの味が広がる。




(うん、すっごく美味しいい!!)



「だから問題なんだ。どこの国も闇の使い手が足りていない。平民の出さへ引く手あまたなのだ。それを考えると今から頭が痛い。話が大事になる前に許婚も決めた方が良さそうだな。」



大好きなミートパイを食べて幸せなライラの耳に、公爵の悩まし気な声が入る。



眉間の皺をほぐしながら物思いにふける公爵におずおずと口を開く。



「・・・・・・私が闇の魔力だったからお父様に迷惑がかかってしまうの?ごめんなさい。」



口に運ぼうとしていた残りのミートパイをそっと皿に置く。


魔力判定の日は貴族や平民に関わらず、家族で祝うのが大陸の常だった。


子ども達にとっては自分の魔力を知る特別な日で、両親にとっても大人に一歩近付いた我が子を祝う喜ばしい日のはずなのだが・・・・・・食卓に着きライラの魔力を聞いた公爵の憂い顔が晴れる気配はない。



(やっぱりお父様は、闇の魔力だった事を残念がっているのかも知れないわ。)



ライラの中に小さな不安が広がっていく。



誰が見ても分かるほど気を落としたライラにトゥ―ナが優しく声をかける。



「大丈夫よライラちゃん。お父様はライラちゃんが闇の魔力を持っていたことを本当は凄く喜んでいるのよ。ただね、この国だけではなく大陸中が闇の使い手不足なの・・・・・・下町では一般の闇の使い手や闇の魔力持ちの方々が攫われたり高値で取引されていると聞くわ。一般の方々でもそんな目に合うんですもの・・・・・・公爵令嬢の肩書を持っているライラちゃんにはこれからたくさんの国の方々が取り入ってくるわ。その事をお父様は心配しているのよ。本当はちゃんとお祝いしたいのに素直にお祝いできない人なのよ。困った人ね。」



ふふ、と少女のように笑うトゥ―ナからは娘と公爵に対する愛が溢れていた。



そんな母親の姿を見てライラは少しホッとする。



学び舎でも闇の使い手が少ないことは聞いていたが、ライラが思うよりもずっと少ないのかもしれない。



今でさえ公爵令嬢の肩書に群がう輩は大勢いるのに、これ以上増えなんてお断りしたいところだがそうも言っていられないらしい。



「下町の誘拐や人事売買は王都が総出で取り締まりを強化している。闇の使い手に関しては王宮の下で匿うことも検討中だ。使い手は国の財だ。野蛮な奴らに好きに食い散らかされても困るのでな。ライラ、私はお前が闇の魔力を持っていた事を誇らしく思う。だが、聞いての通り闇の使い手や魔力持ちには多くの危険が潜んでいる。無論、お前えを危険な目に合わせることなど絶対にしない。だが、危険がある事だけは忘れないでほしい。」



スティハーン公爵は厳格な性格とその見た目から恐れられることも多い人物だが、ライラや母のトゥ―ナに向ける眼差しはいつも優しい。


ライラも分かってはいるのだが、家族の中で自分だけ闇の魔力だったのだ。


同じ年頃の少女に比べ、多少は大人びていてもまだ子供である。不安になっても仕方がない。


だが、公爵は闇の魔力を待つライラを誇らしいと、守ると言ってくれた。


先ほどまでの不安が嘘のように消え心が軽くなる。


「はい、お父様。」


嬉しそうに微笑むライラを見てトゥ―ナと公爵も食事を再開させる。


「精霊と無事契約できれば学び舎は卒業だな。今までは身分に関わらず色々な者と接してきたと思うが、学び舎を出た後はそれぞれが己の身分と能力に見合った道に進むことになる。魔力の腕を磨きたいというのならその魔力に特化した大陸に留学するのが一般的だが・・・・・・闇の魔力となるとノワール大陸の名門ラガードルトムント学園といったところか。ライラお前はどうしたい。」


公爵の言葉にライラは思案する。


正直なことを言うと学び舎をでた後のことなど何一つとして考えたことはなかった。


いや、まったく考えなかったと言えば嘘になるが、せいぜいが公爵低から通える学園に進学し貴族の令嬢らしく花嫁修業に追われる事になると思っていたのだ。


それならば、流れに身を任せようと思っていたので他の大陸に学びに行けるなど思わぬ出来事である。


「まぁ、貴方。ノワール大陸なんて反対です。闇の魔力を伸ばしたいのならこの大陸にだって優秀な師はおりましょう。わざわざ海を越えて学びに行くことなどありません。航海中にライラちゃんに何かあったらどうしますの?ミシェルやクランだってこの王国で学んでいるではありませんか。」


そんな公爵の言葉に反対の意を示したのはトゥ―ナだ。


ちなみに、ミシェルとクランとはライラの歳の離れた双子の兄である。


「トゥ―ナ、お前の言いたいことも分からなくはないが持って生まれた能力は生かすべきだ。ミシェルやクランは光の魔力の持ち主だ。それ故にこの大陸が一番適していただけのこと。」


大陸には竜王と呼ばれる存在がいるわけのだが、竜王はそぞれ受けている大陸の加護が異なる。


ここエルヴァン大陸の守護竜フワンカは光の加護を受けており、この大陸にいる間は光の使い手の魔力が増すのである。


光の魔力を学ぶのにというよりは光の使い手が過ごしやすい大陸なのである。


「確かにそうですけれども、ライラちゃんは女の子ですのよ。貴方やミシェル達と同じように考えられては困ります。デビュタントに向けて色々準備もしなければいけませんし、花嫁修業だって今から始めなければいけませんのよ?海を渡ってしまったら、誰が淑女の嗜みを教えるのですか。」


確かに、トゥ―ナの言葉は一理ある。


そもそも、珍しい闇の魔力を持っていたとしてもライラは女の子である。


詰まる所、どれほどの才能を開花させようと表立って淑女と呼ばれる女性が何かをすることはないのだ。


これはどこの国でも言える事なのだが、淑女に一番に求められることは上品さやお淑やかさである。


男の前に出すぎず、賢すぎず、愛らしくが良妻と呼ばれるのに欠かせない条件なのだとか。


貴族なら尚更である。



魔力の上達のために他の大陸に行くなど、織女にとってあるまじき行動だと非難されても仕方がない。つまり嫁の貰い手が限りなく減りかねないのだ。


他の大陸に行く機会などそうそうないのだが、嫁の貰い手がなくなるのはライラも避けたい。


今後の事を考えると、無難に公爵低から通える学園が妥当である。


公爵低から近い学園に行きたいと口開きかけた時だった、



「ミシェルもクランも王都の学園の寮に入るんですもの!今日だって帰ってこれない距離じゃないのに、試験があるからって帰ってこないんですのよ。せっかくライラちゃんのお祝いなのに!ミシェルやクランだけじゃなく、ライラちゃんまで家を出るなんて私耐えられませんわ。ライラちゃんを他所の大陸に行かせるのでしたら、まずはミシェルとクランを連れ帰ってきてくださいな。元々、私はミシェルやクランの寮生活だって反対だったのです。今回は絶対に譲りませんからね、貴方。」


にっこりと含みのある笑みを浮かべるトゥ―ナの口から不満がこぼれる。


歳の離れた兄二人は数年前から王都の名門学園へと通っているのだが、家から通える距離にも関わらず地方から来る生徒のために用意された寮に入っているのだ。


以前、兄達に理由を聞いたときは寮の方が楽しいからという理由だった気ががするが、トゥ―ナはそれがずっと不満だったのだろう。


何も知らないものが見たら惚けそうな笑顔を浮かべているのに、目が笑っていない。


というより、心なし怒っているように見える。


それは公爵も同じだったようでスッとトゥ―ナから視線を逸らす。


「あー、そうだな。まだ精霊との契約も結んでいない。そう急ぐことでもあるまい。ミシェルやクラン達も試験が終わったら帰省すると言っていたな。その時にでもまた話し合うとしよう。」


泣く子も逃げ出す公爵でも妻には頭が上がらないようである。


「分かってくださって嬉しいわ、貴方。」


心からの笑みを浮かべたトゥ―ナを見ながら、ライラはデザートのチョコレートを口に運ぶ。


(うん、甘くて美味しい。)


こうしてライラの記念すべき魔力判定の日は慌ただしく過ぎっていった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ