世界の均衡
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この世界には大きく分けて六つの大陸が存在していた。大陸には様々な国が集っており、国には国を治める王がいた。そんな国王達の上に立つ者、それが竜王と呼ばれる存在だった。
ナディアもまた、竜王と呼ばれる一人だった。
国王は一国の王に過ぎないが、竜王とは大陸の恩恵を受けた大陸全土の王である。
竜王が大陸の恩恵を受けているかぎり、大陸が滅ぶことはないと遥か昔から語り継がれてきた。その伝承の通り、竜王が納める大陸が滅ぶ危機など一度もなかった。
だが、その年の冬は違った。史上まれにみる大寒波が大陸全土を襲ったのだ。
ナディアが治めるノワール大陸も例外ではなく厳しい冬を迎えていた。
寒さに耐ることができなかった家畜たちは次々と息絶え、冬の蓄えが底をつきそうになった時には恨み言の一つも言いたくなったものだ。
今年は冬の大寒波に加え、夏の異常気象ときた。暑すぎた気候のせいで作物は枯れ、冬の蓄えが十分に出来なかったのだ。夏の異常気象に続き冬の大寒波が大陸に与えた大打撃は、大陸の王達に危機感を持たせるには十分だった。
類を見ない大災害に冬を越せない国や、吹雪に呑まれる国まで出てきてしまったのだ。冬を越せないと見越した多くの国王が竜王に助けを求める声が次第に強まっていく中、とある王が言った。
このままでは大陸が滅んでしまう!!
どの国の王が放った言葉かなんて分からない。
だが、それは民の皆がどこかで思っていた事だった。ただ、口にしてしまえばそれが名実ともに起こりそうで口を噤んでいただけだ。
その発言の後、ことが動きだすのは早かった。今までは伝承を信じ、竜王を敬っていた人間達による、恩恵を見放された竜王探しが始まったのだ。そして、竜王になって間もないナディアに白羽の矢が向く事になる。 だが、ナディアは紛れもなく大陸の恩恵を受けていた。彼女が闇の精霊王の祝福を相も変わらず受けていたからだ。精霊の祝福とは大陸の恩恵無く受けれるものではない。そんな事は誰もが承知のはずだっだ。ナディアは何度も身の潔白を訴えたが、誰一人として彼女の話に耳を傾ける者はいなかった。
そう、ナディアの夫達ですら彼女を庇護する者は誰一人としていなかったのである。
大陸から見放された竜王はいずれ邪竜に変わる。邪竜になった者の身体からは瘴気が溢れ、大陸を蝕んでいく。これも古くから伝わる伝承の一つだ。
いっこうにやむ気配がない吹雪は、ナディアの身体から瘴気が溢れ出ているからだと、噂はすぐに大陸中に知れ渡ることとなった。
尾ひれがついた噂は大陸から大陸へと広まりナディアを追い詰めていった。
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視界が白く染まる中、ナディアがたどり着いた場所は、はじまりの森と呼ばれる大森林だった。
はじまりの森の由来は多くの生き物がここで終生を迎え、またここから新しい命を芽吹くことから付けられた名だ。ここは終わりの地でもあり、始まりの地でもある。この森は一年を通して自然豊かで美しいこともでも知られていた。
今は雪が深く降り積もっているが、春になり雪解けした後には、美しい緑が広がるに違いない。大陸の中でも精霊の加護を今も受け続けている数少ない森の一つなのだから。
(ここなら、私がいなくなった後でもきっと大丈夫。森の精霊や・・・・・・・彼女がきっと守ってくれる)
ホッとしたのもつかの間ナディアの身体から力が抜け、巨大な漆黒の体が地面へと倒れる。
けたたましい音と共に大量の血がナディアの口元から吹き出る。
もう人型になる力さえナディアには残っていなかった。
薄れゆく意識の中、夢を見た。
自国の民たちに祝福され、腕には可愛い我が子を抱き、隣にはナディアと子を愛しく見つめる夫達。ナディアがずっと思い描いていた光景そのものだ。
子が生まれ、祝福された大陸に〝家族〟と呼ばれる者達と時を刻む。そんな幸せな未来に手を伸ばす。
だが、ナディアが手を伸ばした瞬間、その未来は脆く崩れ落ちていく。
過ぎた夢だったのだ。自分が幸せになれるはずなどなかったのに。求めすぎてしまったのかもしれない。それでも彼女は願わずにはいられなかったのだ。
愛した者達に囲まれて過ごす、そんな当たり前の未来を・・・・・。
世界六大陸の一つ、ダディノア大陸の竜王、ナディア・ノル・クラウンが死去。
そんな噂が世界中に広まったのは、精霊たちが大陸に春を運んできた日のことだった。