喪服の皇太子 1
とある日の昼上がり、黒装束に身を包んだ青年は不機嫌を隠そうともしないしかめっ面でグランハルド城の中庭へと足を向けていた。
その青年のすぐ側には案内役である王国騎士団の姿があった。
「アラン様、この先の回廊を真っ直ぐお進み頂きますと中庭へでますゆえ、そちらでスティハーン公爵のご令嬢がお待ちになっております。私達の案内はここまでになりますが、何かありましたらいつでもお呼びください」
「ああ、案内ご苦労」
一礼しその場を去る騎士たちに気怠けそうに言葉を返した青年は深いため息とともに、どうしたものかと考え込む。
彼、アラン・テイル・ナグラスはエルヴァン大陸の首都テルガン国の第二皇太子として生を受けた由緒正しい王家の血をひく者である。
そんな一国の皇子が自身より身分の低い公爵令嬢の元をなぜ訪ねたかというと、ほんの数刻前に告げられた王命に他ならない。
―――――――数刻前ポールランド城
「お前の許婚が決まった。この国の宰相を務めるスティハーン公爵の令嬢だ。異論は認めん」
十年ぶりにエルヴァン大陸へと足を踏み入れた彼は、久方ぶりに顔を合わせたテルガン国の王であり父親でもあるベラガス国王の言葉に耳を疑がった。
数年前に自国で起こった惨劇の後、アランは早々に王位継承権を返上し表上は留学という形でノワール大陸へと渡った。
本来ならば王位継承権を返上したとしても、王族の一員であることには変わりはなくそれなりの責務が課せられるものなのだがアランはそれらを一切担っていなかった。
幾度となく祖国から文が届けられたが、数年前に起こった惨劇以来、悲劇の場となったポールランド城はおろかエルヴァン大陸の土を踏むことさえアランは拒んできた。
そんなアランの元に、祖国から幾度目か分からない文が届けられたのは一月ほど前のことである。差出人は父であるベラガス王からだった。
差出人が誰であれ祖国から送られてきた文は開封せずに机の奥底へと押し込んできたアランは今回も同様、机の肥やしにするべく文を押し込もうとし、その文に今までにない文様を見つけ手を止めた。
よくよく見ると差出人の名には王家の紋章が入っており、それに連なるように押されていた王印に目を見張る。
一個人としてではなく王としての文であること悟ったアランは嫌々ながらも中身を確認するために封を開け、すぐさまその内容に端正な顔を顰めることとなる。
文には丁寧な文面で、近日テルガン国第二皇子の婚約者を決める夜会を開くという知らせが書きとめられており、それに合わせて帰国するようにという王命がつづられていたのだ。
テルガン国の第二皇子とはつまり自身の事である。
今までだって幾度となくその手の話は持ち上げられてきたが、その度にアランはありとあらゆる手を使いそれらを白紙に戻してきた。
それは父のべガラス王も知るところであり、その事に関して特に咎められることもなく自由気ままな生活を送っていたアランは、少なくともあの惨劇で傷を負った息子を哀れに想ったべガラス王が見逃してくれているのだろうと思っていたのだが、どうやらそれもここまでのようである。
文は送ってきてもこのように王命で呼び戻すようなことなど一度もなかったのだから。
アランとしてはこのまま文を見なかったことにしたいのは山々なのだが、王命に背くことなど出来るはずもなく、重い腰を上げエルヴァン大陸へと向かったのは文を受け取ってから丁度一月が経つ頃であった。
大陸に着くやポールランド城からの使いの者に連れられ父親の元へと向かえば、再会の挨拶も無しに許婚の存在を言い放たれのが先ほどのことである。
「・・・・・・文には夜会を開くと書いてありましたが?」
「事情が変わった。夜会は開かぬ」
威厳ある姿で言い放つベラガス王にどういうつもりだと鋭い視線を向ける。
“喪服の皇太子”自身がそう呼ばれていることをアランは知っていた。
エルヴァン大陸を離れていたアランの耳にも届く呼び名を自国の王であるべガラス王が知らないはずがない。その通称名の通り許婚など作るつもりのなかったアランは、夜会にさえ顔を出せば後はどうとでもなると高を括っていいたのだ。
さっさと面倒事を片付けてこの大陸を出るつもりであったアランにとってその存在は大きな誤算となった。
「私の許婚になる者が哀れではないのですか」
「そうは思わんな。王族という肩書だけで十分に釣り合いは取れる。スティハーン令嬢だが闇の精霊王と契約を交わしたと聞く。これは王族としても申し分のない話だ。本来なら、後を継ぐエレンの花嫁にと思ったのだがエレンには他国から嫁ぎに来る王女が決まっておる。公爵令嬢で精霊王の加護を受ける者を籠姫には出来まい」
何とか許嫁の存在を無くそうと同情を誘おうとするも、返された言葉にアランは驚きで目を見開く。
精霊王の加護を受ける者。それが本当の話であるならば王族としては何が何でもまとめたい縁談なのだろう。
「エレンの嫁を王女から公爵令嬢に変えればいいのでは?王位継承権も持たぬ、放浪王子より公爵令嬢もそちらの方が喜ぶ事でしょう」
エレンとはテルガン国の第一皇子でありアランの腹違いの兄である。
エレンは真面目で勤勉で優しく、常に民を気にかける出来た王子なのである。最近では貧困層への支援を始めたというではないか。そんな非の打ちどころがない王子は誰もが認める次代の王だ。
精霊王の加護などとたいそれたものを持つ令嬢の許嫁には持って来いではないか。
「出来ぬ。エレンの相手とは既に契約が交わされておる。何より、国同士の決め事をそう簡単に反故にすることは出来ん。・・・・・・アレン、あの出来事には私も今も心を痛めておる。だが、もう十年だ。お前も過去に捕らわれるのではなく今を生きろ。」
べガラス王の言葉に飄々と話を聞いていたアラン瞳に強い怒りの色が浮かぶ。
目まぐるしく過ぎていく月日の中で、あの惨劇は過去のものとなり多くの者の中でその出来事は忘れ去られていった。
だが、彼の中であの忌まわしき惨劇は過去というにはあまりにも時間が足りていないのだ。
「・・・・・・生憎ですが、私の許嫁になってもその者を傷つけるだけかと」
「アラン、この話は既に決まったことだ。とはいっても、お前にも相手を知る機会ぐらい与えねばなるまい。スティハーン公爵令嬢が師範を探していると知らせを受けてな、お前を押しておいた。令嬢はしばらくルランド領地のグランハルド城に身を寄せると聞いている。話はつけてある。お前も直ぐに向かうがよい」
逃げても無駄だといわんばかりの用意周到さである。
こんなことになると知っていたら、エルヴァン大陸に足を踏み込もうとしている自分を殴ってでも止めただろう。
どのみち話をことに無かったことにするためにもその令嬢には合わねばなるまいと自身に言い聞かせ、アランは早々にポールランド城を後にしグランハルト城へと向かうのだった。




