99:騎士と侵攻。
ついに、あと一話になりました。
俺の意識が目を開けると共に覚醒していくと、そこには見覚えのある二人の顔がそこにあった。一人は俺の顔に自身の顔を近づけてくる前野妹と、それを悔しそうに見ているフローラさまであった。二人が何をしているのか分からないが、とりあえず前野妹の顔を鷲掴みにして俺の顔から遠ざけた。
「あっ、アユム。起きた?」
「何事もなかったかのように話を始めるな。何で顔を近づけようとしているんだ?」
俺に顔を掴まれながらも嬉しそうな声音で話しかけてくる前野妹。どうして俺に顔を近づけてこようとしているのか全く分からない。そしてフローラさまが俺が起きたことで安どの表情を浮かべておられるが、俺が起きたことと何か別の要因があるような気がする。
「えっ、と。・・・・・・アユムが中々起きないから、王子様がお姫さまにやるような目覚めのキスをしようかなと思っただけだよ」
「配役が逆だろう。それにそんなことで目覚めるとでも思ったのか?」
前野妹が言いづらそうに理由を話したが、俺はすぐに突っ込みを入れた。すると、前野妹だけではなくフローラさまも顔をそらされた。・・・・・・前野妹だけではなくて、フローラさまも乗り気だったのか? そんな意味が分からない目覚めのキスを。
「だ、だって、アユムが何をしても起きなかったから本当に心配だったんだもん」
「何をしてもって、・・・・・・そうだ、ルネさまは?」
俺は目を覚ましてから、どういう状況だったかを思い出した。そして隣を見ても俺の手にはルネさまの手は繋がれていなかった。どこにおられるのだと思い前野妹に聞くと、フローラさまと前野妹は視線を動かしてどこにルネさまがいるのかを教えてくれた。
「・・・・・・はうぅ」
「まだ落ち着かないの? 顔が真っ赤だよ?」
「だってぇ・・・・・・」
ルネさまは俺から少し離れた場所で俺に背を向けて丸くなっておられた。そして前野姉がルネさまに付き添っている。本当にあの二人が結構仲が良いと実感させられるが、どういった経緯があったのかは未だに分からない。と言うか、俺の方が遅く起きたんだな。
「ルネさまがお目覚めになられてから、俺はどのくらい起きなかった?」
「どれくらいだろう? うーん、三十分くらいは起きなかったと思うよ」
「・・・・・・そんなに、起きなかったのか?」
ルネさまが眠ってしまったのは分かるが、どうして俺の方が起きなかったのだろうか。・・・・・・いや待て。何かを、忘れている気がする。俺がルネさまに恥ずかしいことを言って、一面が綺麗な花に包まれて俺が消えていくところまでは覚えている。
だが、そこから何かあった気がするが、何があったのか全く思い出せない。頭の片隅に残るモヤモヤ感と、絶対に忘れてはいけないという気持ちがあるが、俺の中にあるのはそれだけだ。記憶としては全く俺の中に存在していない。・・・・・・もしかすると、何もなかったのかもしれないが、そんな感じではないくらいの重要さを秘めている気がする。
「どうしたの? そんなに思いつめた顔をして?」
「あ、いえ、少しだけ違和感があっただけです。おそらくルネさまの悪夢に入り込んだ時に、何か起こっただけで、重要なことではないと思います」
「そう? 何かあったら言いなさいよ」
「はい、必ずお話しします」
思いつめていたような顔になっていたみたいで、フローラさまが俺の顔を覗き込まれて心配そうな顔をされていたから、俺は多少の虚偽を混ぜてフローラさまに納得していただいた。こればかりはフローラさまに話す以前の問題だ。少しだけ覚えておこう。
「それよりも、どうしてルネさまがあのようにされているのですか?」
「それはあなたの方が詳しいはずでしょう、アユム。ルネお姉さまは起きてから、すぐにアユムから離れてああやってしているのよ。ルネお姉さまの悪夢で何があったのかしら?」
フローラさまに聞かれて、俺は悪夢の中でルネさまにお伝えした言葉をハッキリと思い出した。うん、マジでド直球だったな。愛してるとか、渡したくないとか、プロポーズしているのと同じじゃないか。悪夢の中で少しだけ思考回路がおかしかったのだろうか。それとも、ルネさまの態度に言わないといけないと思ったのだろうか。それでも、今考えたら言い過ぎたと思ってしまう。
「で、何があったの?」
「・・・・・・まぁ、その、ルネさまに自分の思いの丈を全力でお話ししました」
俺は嘘偽りなくフローラさまにそうお伝えした。本当に嘘偽りはない。だけど、何を言ったのかと聞かれれば、言うのを躊躇するしかない。あんなことをまたこの場で言えとか仰られれば、俺の精神は崩壊すると言うしかない。
「そう。それなら良いわ。ルネお姉さまに何かいかがわしいことをして解決しようとしていたのなら、私はアユムと少しだけお話をしないといけないようだったけれど、言葉で伝えたのなら良いわ。あの様子だと、今のルネお姉さまに伝えるべき言葉を伝えれたようだし、良くやったわ」
「はい、ありがとうございます?」
えっ、俺はそんなことを言っていたのだろうか? ただ思っていたことをルネさまにお伝えしただけなのに。あまり良く分かっていないが、解決したのなら良かったと言うべきか。
「ほら、ルネお姉さまと夢ではなくて現実で面と向かって話しなさい。そうしないといつまで経ってもあんな状況が続いてしまうわ。三十分もあれを続けられただけでも、鬱陶しくて仕方がなかったのに」
フローラさまはルネさまの方を向いて容赦ない物言いをする。そして俺はフローラさまに促されるままに立たされてルネさまの方に背中を押される。少しだけ悪夢の中に入っていた後遺症で身体に力が入らなくて少しだけよろついたが、立て直して俺はルネさまの方に向かう。どちらにしろ、悪夢の中で言っただけなどあっていいはずがない。ちゃんと現実でも伝えないと。
「アユム、身体は大丈夫? 他人の精神に入っていたんだから、身体が少しおぼつかないとかない?」
ルネさまの近くに向かうと、ルネさまにではなく前野姉に身体の心配をされた。こいつが俺の精神をルネさまの精神に送ってくれたのだから、前野姉が詳しいのは当然か。この言い方だと、他の人にもこの技を使ったことがあるのか? 知らないけど。
「問題ない。少しだけ身体がよろけたが、もう元通りだ」
「それなら良かったぁ。もしかしたらリサの魔法が失敗したのかと思っちゃった」
「失敗したらどうなるんだ?」
「失敗したら、最悪精神が身体に戻らなくなって、脳死状態になったと思うよ?」
そんな怖い魔法を俺に使ったのか。失敗だけを聞いたら本当に無事でよかったと切に思ってしまう。それでも、ルネさまをお助けできたのだから、今はそんなことどうでも良い。今向き合うべきは、ルネさまだけだ。
「少しルネさまに用事があるんだ、良いか?」
「うん、良いよ。と言うか、今はアユムが話した方が良いから」
俺が前野姉に伝えると、前野姉は俺とルネさまから離れて前野妹とフローラさまの元へと向かった。そして俺はルネさまの元へと近づいた。それを感じたルネさまは、肩をびくっとさせられたが、顔を手で隠されているのは変わりはしなかった。
俺はルネさまの隣で腰を下ろしてルネさまと話しやすい体勢を作った。それでもルネさまはこちらを向かれることはないが、手の隙間からこちらをチラチラと見られていることは分かる。さて、何をお話しする方が良いのだろうか。こうやったのは良いが。何を話していいのか分からない。
「えっと、ルネさま?」
「ッ! ・・・・・・何?」
「悪夢でのことは、覚えておられますか?」
一応悪夢でのことを覚えているかどうかをルネさまに確認すると、ルネさまは少しの静止の後に小さく頷かれた。顔を手で隠されている時点で、俺の恥ずかしい言葉を聞いていないわけがない。それなら俺は何を言えと言うのだ。もう一度言った方が良いのだろうか。恥ずかしさで顔が真っ赤を通り越して真っ青になるぞ。
「・・・・・・私に、直接言ってきたことも、アユムくんが、私の分身に言ったことも、全部覚えているよ」
・・・・・・つまり、俺の恥ずかしい言葉をすべてルネさまはご存じなわけか。うん、すごく恥ずかしい。だけどここで恥ずかしくて身を引いてはダメだ。こちらが引いてしまえば、ルネさまを不安にさせてしまうかもしれない。ここは、攻め込め!
「ルネさま。自分がルネさまの悪夢で言った言葉に嘘偽りはありません。足りないのであれば、もう一度お伝えします。自分は、ルネさまのことを大切に思っています、愛しています。ルネさまと離れたくありません。ルネさまがどれほどの心の闇を抱えられているのか存じ上げませんから、教えてください。自分は、ルネさまの上辺しか見ていなかったのかもしれませんが、それでもルネさまと一緒にいたいと思わないことなどありません。だから、また楽しく生活しましょう?」
俺の言葉に、ルネさまは顔をお隠しになっているが耳まで真っ赤になっているのが分かる。ここは攻める時だと思い、ルネさまの華奢な両手を掴んでルネさまと目を合わせるようにする。するとルネさまはこれまでには見たことがないほどの恥ずかしそうな顔をされており、俺と目を合わせようとしてくれない。
「あ、アユムくん・・・・・・、恥ずかしいよぉ」
「ルネさまがいけないんですよ。騎士想いで騎士泣かせなルネさまが、騎士を怒らせてしまったからです」
「うぅ・・・・・・、で、でもぉ」
「でも、ではありません。それに人と話す時は人の目を見ないといけませんよ?」
「こ、こんな状況で、アユムくんの目を、み、見れないよ」
やべぇ、今のルネさまを攻めているといけないことをしている気がしてきて楽しくなってきた。振り回されたのだから、少しくらい攻めても良いよな?
「何をしているのよ」
「すみません」
またルネさまを攻めようとすると、俺の背後にフローラさまが立たれて後頭部を叩かれてすぐに俺は謝罪した。うん、さすがに今のルネさまを攻めるのは騎士としてどうかと思う。叩かれても俺は何も文句を言えない。やり過ぎてしまったな。
「途中までは良かったのに、どうしてイケナイ雰囲気を作り出しているのよ」
「いや、それはですね。強情なルネさまをどうやって攻め込もうかと思った結果、あんなことをしてしまったと言いますか」
「ふーん、・・・・・・騎士がすることではないわね」
その言葉は俺の胸に突き刺さった。自分が思っていたことを人に、それもフローラさまに言われてしまったのだから、俺の精神には効果抜群だ。そしてルネさまは俺から離れて前野姉の方に走り出し、前野姉の胸に収まった。
「うぅ、アユムくんが言葉で攻めてくるよぉ」
「よしよし、もう大丈夫だよ。あんな馬鹿な男のことすぐに忘れた方が良いよ」
「・・・・・・弱っている女の子に付け入るなんて、最低」
前野姉と前野妹にも言われて、俺の心に突き刺さった。少しだけ感情が高ぶっただけなのに、そこまで言われる必要があるのかよ。いや、あるんだろうな。本当に今日の俺は変なことしかしていない気がする。今日は絶不調だな。でも、今はルネさまに謝らないと。
「あ、あの、ルネさま?」
「ふん、だ。もうアユムくんのことなんか知らないんだぁ」
・・・・・・あ、あれ? 何か元の状況に戻っていないか? それに今回は完全に俺が悪いと来た。元の状況より悪化していないか? ・・・・・・ふぅ、どうやら詰んでしまったようだな。セーブとかロードはできないのか?
「あの――ッ!」
現実逃避をするより前に、ルネさまに全力で謝ろうとした時に、突然≪完全把握≫のスキルが使用状態になった。そして、≪完全把握≫で周りの状況を確認して、驚愕した。王都とは反対側から巨大モンスターが接近しているのが感じ取れた。しかも俺が遭遇した巨大モンスターとは訳が違い、大きさと強さが段違いだ。
・・・・・・巨大モンスターは一体ではなく何体もいるのだが、どこまでいるんだ? 王都とは反対側から来ているモンスターはこちらに狙いを定めているのではない。ダメだ、広すぎて俺の≪完全把握≫では巨大モンスターをすべて感知できない。≪限界突破≫を使って感知範囲を広げるのも良いが、それだと俺がここで戦闘不能になった時に巨大モンスターを誰が対処するんだ。一刻も早く王都に戻らないと。
そして、最悪シャロン家の人々とその身内の人たちを連れて逃げないといけない。もしも巨大モンスターが王都を囲むように配置されていたら、深紅のドラゴンより脅威になりうる。そんなことを考えるよりも先にやることがあるな。
「・・・・・・アユム、どうしたの? さっきから微動だにしないけれど」
俺が一切動かずに真顔で外の状況を分析していたから、フローラさまが心配くださって俺の顔を覗き込まれた。周りの前野姉妹やルネさまも不思議そうな顔をしておられる。今はルネさまに嫌われたとか、ルネさまに謝らないととか、後回しにしなければならない。俺としては後回しにしたくはないのだけれど、さすがにこれはニコレットさんとブリジット、サラさんの命が危ないし、何よりここにいたら俺たちが巨大モンスターの餌食になる。
「フローラさま、ルネさま、よく聞いてください。今、王都とは反対側に巨大モンスターが何体も出現しています。ここにいれば巨大モンスターに踏みつぶされてしまいます。一度王都に戻りましょう」
「巨大モンスターが? ・・・・・・分かったわ。それなら王都に向かいましょう」
俺の言葉にフローラさま含めた全員が頷かれた。だけど、こんな突拍子のないことを言って信じてもらえるとは思わなかった。俺がこの場をどうにかするための嘘をついたのではないかと勘繰られるのかと思ってしまった。そこまで俺への信頼度は高いようだ。
「それでは一刻も早く――」
俺が話している途中で、大きな揺れが起こった。それも継続的で、段々と揺れが大きくなっている。≪完全把握≫で確認すると、近くまで巨大モンスターが来ているのを確認できた。これはかなりまずい状況だな。
「すみません、フローラさま、ルネさま。少し失礼します」
「きゃっ、何するのよ」
「あ、アユムくん? こんな時に何をするの?」
俺はフローラさまとルネさまのお二人を抱きかかえた。こうしないとお二人の足では間に合わないだろう。あとの二人は勇者と名前が付いているのだから自分の足で走れるだろう。
「フローラさまとルネさまは口を閉じていてください、少し急いで入り口に向かいます。前野姉妹、お前たちは自分の足で行けるな?」
「うん、私は行けるよ」
「えぇ⁉ リサは歩けないよー」
「よし。それならここに置いていかれて踏みつぶされていろ。今は我がままを聞いている暇はない」
「嘘だよ、リサを置いて行かないでぇ」
前野姉妹は大丈夫なようであったから、俺たちは走り始めた。前野姉妹の速度に合わせるために、前野姉妹の後ろについて走ることにしたが、やはり俺より断然遅い。前野妹の方はまだ良いが、前野姉は後衛職ということもあるのか、足が遅い。・・・・・・このままいけば、何とか間に合いそうな感じがする。相手もこのままの速度で保ってくれればの話だけど。
「ねぇ、何だか揺れがすごく大きくなっているけど、これは大丈夫なの?」
「大丈夫だと思っているのなら、大丈夫じゃないのか? 俺は大丈夫そうには思えないから、速く走ることをお勧めする」
「それって危ないってことだよね⁉ それを早く言ってよ!」
「それを言ったところで前野妹がすることは変わらない。良いから前を向いて走れ」
前野妹が言う通り、揺れはどんどんと大きくなっている。それこそ、すぐそこまで巨大モンスターが接近しているほどにだ。だけど、これを言って焦られるより全力で走った方が良いと判断したから言わなかったのだが、結局分かることだったな。
「あぁ、ダメ。リサはもう走れない」
「ちょ、お姉ちゃん⁉ もう少し頑張ってよ! あと少しで出口なんだよ⁉」
「そんなこと言っても・・・・・・、無理なものは、無理なんだよ?」
前野姉は本当に疲れているようで段々と俺の方に近づいている。こいつ、俺がいなければ死ぬ気で走るだろうに、俺がいるから適当なところで諦めてやがる。本当ならこいつを捨てていきたいところだが、それはできないようだ。
「ね、ねぇ、アユムくん? リサさんを助けてあげないの?」
「・・・・・・助けますので、ご心配なさらず」
俺が抱えているルネさまから不安そうな視線を送られれば、さすがに助けないわけにはいかない。どうせなら前野姉妹を二人とも俺が抱えて出口まで走るか。そっちの方が早くて簡単に済む。だけど、そうなるとどうやって四人も抱えればいいんだよ。フローラさまとルネさまは片腕ずつで抱きかかえているが、あと二人となると、抱えれないぞ?
「おい、前野姉妹。俺に乗せてやるから何とか捕まるか乗るかしろ。そうでなければ置いていくぞ」
「えっ? 本当⁉ じゃあ遠慮なく行きまぁす」
俺が前野姉妹に丸投げしたところ、前野姉が一番に俺の首に腕を回して背後に抱き着いてきた。このまま殺されそうにならないのか心配だが、今はこいつのことを構っている場合ではない。
「おい、前野妹。早くしないと置いていくぞ」
「・・・・・・じゃあ聞くけど、その状態のアユムのどこに乗る場所があるの?」
前野妹から至極当然のことを言われた。確かにこの俺の状態ではどこにも乗る場所はないだろう。丸投げしたのだから俺も分からない。
「まだアユムの後ろなら乗れるよ?」
そう思っていると俺の後ろにいる前野姉から前野妹に提案されたが、俺の後ろに二人も乗せないといけないのか? 俺の首は大丈夫なのだろうか。いや、普通にこいつらごときでは平気を通り越して何ともない。
「掴まるなら、早く掴まれ。時間がないぞ」
「う、うん、じゃあ、乗るね?」
そう言ってきた前野妹は前野姉と同様に俺の首に腕を回して背後に抱き着いてきた。さっきまで感じようとしていなかったが、俺の身体には柔らかな八つの物体が押し付けられている。これを気にせずに進む方が、至難の業と言える。それくらいに俺に四人がくっついても大丈夫だということだ。早くここから出よう。
百話までに終わりそうにありません。どこまで続くのか自分でも謎です。