97:騎士と敵陣。⑥
あと少しで、百話です。
俺がルネさまを背負い、俺たちは敵陣の中を捜索していた。最下部の開けた場所から、まだ先に続く道があるため俺たちはそこへと向かっている。俺の≪地形把握≫があるから、この先がまた迷路のようであっても迷わずに安心して進めれる。他の場所にも何かありそうな感じだが、一番何かありそうなのは俺が進んでいる一番奥に進める道だ。
何故俺がこんなことを言えるのかと言えば、無数にモンスターの気配がしている場所があるからだ。モンスターの気配と言っても、それが俺たちに敵対して攻撃してくるモンスターではないことは確かだ。そのモンスターたちは俺の≪完全把握≫通りなら、まだ完全に生き物として完成されていないモンスターたちばかりだ。
だからモンスターたちの気配が小さいのだろう。言うなれば、母親のお腹にいる赤ちゃんみたいなものだな、たぶん。それよりも、本当に広い場所だな、ここは。まだ一番奥の部屋にたどり着かない。あんなにもモンスターたちがいたと言われたら納得の大きさだ。
「ねぇ、アユム」
「何だ?」
俺が先頭で歩き、フローラさまと前野姉妹が近くで歩いていると、前野妹が俺に声をかけてきた。何か重要なことかと思ったが、こいつのことだからくだらない話だと思いながらも聞き返した。
「アユムって、どうやって悪夢から目覚めたの? 私たちはアユムに起こしてもらったのに、アユムはどうしたの? もしかして、あいつの目を見てなかった?」
「いや、俺もバッチリ目を見てしまったぞ。俺の場合は自分の力ですぐに悪夢から目覚めたが」
「どうやって? ≪順応≫の力で悪夢が利かなかったの?」
・・・・・・これは、どうやって伝えたらいいのだろうか。実際にどうやって悪夢を消し去ったのかは俺も分かっていない。だけど、それはクラウ・ソラスという名の正体不明の銀髪の女性が悪夢を消し去ったのだろうが、それすらも聞いていない。
よくよく考えれば、この現象は俺だけのものなのだろうか? クラウ・ソラスと名乗っているのなら、同じ神器でも考えられるのではないのか? もしも、クラウ・ソラスだけではないのなら、神器所有者の前野妹も出くわした可能性があるかもしれない。
「まぁ、そんなところだ。・・・・・・ところで、前野妹は夢の中で誰かに会ったことがあるとか、不思議なことが起きたことはないのか?」
「ん? どういうこと?」
「まぁ・・・・・・、いや、何でもない。忘れてくれ」
銀髪の女性について、抽象的にどういう風に聞けばいいのか全く分からなかったから、俺は話すことをやめた。こんな訳の分からないことを聞くことがバカげている。銀髪の女性がどうして俺の前に現れたのが分からないし、歴代の所有者の前にも現れていたのなら、そういう話を聞くはずだが、聞いたことがない。
せめて、銀髪の女性が何者かくらいを知れているのなら、話していたのかもしれないが、それすらもできていないのだから、心の内で留めておくしかない。クラウ・ソラスなどの神器が知らない女性の力の一部だったなんて信じられるはずがない。
「えぇっ⁉ どうして⁉ 最後まで話してよ! 気になる!」
「うるさい。忘れろと言ったら忘れろ」
前野妹に聞かなければよかった。そもそもこいつから明確な答えが出るということ自体がありえないんだ。話すだけ無駄だったし、うるさくなるのに話さなければよかった。銀髪の女性の正体が分かるまでは誰にも話さないでおこう。
「お姉ちゃんも気になるよね?」
「うん、リサもとても気になる。アユムが考えていることをすべて教えてほしいくらいにね」
「シャロンさんも気になるよね?」
「別に、本人が話したくないのなら、これ以上突っ込まなければいいんじゃないのかしら?」
前野妹の問いかけに、前野姉は賛同したが、フローラさまは大人な対応をしてくださった。二十を過ぎた女が、成人していない女性に大人な対応をされるとか、どちらが大人なのか分からないぞ。もう少し大人な対応を見習ったらいいのに。
「それで、何を話そうとしていたのかしら?」
大人の対応としていたフローラさまが、俺の耳元でそう聞かれた。まぁ、そうなるのは分かっていた。フローラさまが俺のことを聞こうとしないわけがない。一瞬だけフローラさまに驚いてしまったが、こうなるのが当たり前だ。
「・・・・・・それほど重要な話ではないですから、大丈夫です」
「重要な話でないのなら、話しても良いでしょう?」
あぁ、ダメだ。これはお話ししないと聞き続けられるか、機嫌が悪くなられてしまう。銀髪の女性についてはまだ話せれる段階ではないから、クラウ・ソラスが不調な話をするか。いや、もう奥の部屋にはたどり着きそうだから、かえって覚えられていたらお話ししよう。
「王都に帰った時に、お話しします。今は部屋にたどり着きますから、捜索しましょう」
「約束よ? 帰ったら絶対に話しなさい。私もアユムと一緒にいなかった時の話をするから」
「はい、分かりました」
今ここで話すことは回避できた。前野姉妹と言い、フローラさまと言い、敵陣の中にいるのに緊張感を持っていないのではないのだろうか。・・・・・・もしかして、頼りになる俺がいるからとか言わないだろうか。それはうぬぼれすぎか。
そんなことを話している間に、ついに俺たちは目的の扉の前にたどり着いた。扉は普通の大きさの扉であったが、触らなくても頑丈な作りだと分かった。何か仕掛けがあるかもしれないから、フローラさまにルネさまをお願いして、俺は扉を開ける。
俺が思っていた仕掛けも何もなく、扉はすんなりと開けることができた。本当に頑丈なだけの扉だったと思いながらも、俺は扉を開け放って安全を確認するために先に中へと入った。そこには、俺が思っていた以上に気持ちの悪い光景が広がっていた。
中に入ると部屋中に血や腐敗の臭いが充満していて、地面や壁には血がべったりとこびりついて血がないところが少ない。さらに、地面の上にはモンスターの残骸がそこら中に散らばっており、その中にはまだ動いている達磨状態のモンスターもいる。
特に目が行くのは、血だらけの石の台であった。複数の石の台の上には、まだモンスターの身体になっていない状態のモンスターたちがいる。おそらく、母体のお腹の中からこの状態で取り出したのだろう。だから十分に栄養を得られずに今にも死に絶えそうであったり、死んでいるモンスターもいる。間違いなく、ここでモンスターを改良する実験が行われていたんだろう。
その出来上がっていない状態のモンスターの一つが、黒いもやを噴出させて俺に飛びかかってきた。だから俺はクラウ・ソラスで叩き落とした。それだけで息絶えるほどに弱弱しいモンスターであった。叩き落としてぐちゃぐちゃになったモンスターの中から、もはや見慣れた黒い宝石を見つけた。やはり、ここのモンスターはすべて黒い宝石を内包しているのか?
「アユム? 大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です、フローラさま。部屋に入ってきてもらっても大丈夫ですが、部屋の中は血や腐敗臭がしておりますので、そこで待たれていても大丈夫です」
「それくらいなら我慢するわよ。じゃあ入るわよ」
俺はフローラさまが入って来られる前に、息のあるモンスターをすべてクラウ・ソラスで息の根を止めて黒い宝石をすべて回収した。これでここにある黒い宝石はすべて回収できたはずだ。一応助けてくれた銀髪の女性の命令は聞くことができた。
「ッ! 本当に臭うわね」
「うへぇ、臭いよぉ」
「・・・・・・ダメ、吐きそう」
フローラさまと前野妹は嫌な顔をして済んでいたが、前野姉だけは気持ち悪そうな顔をしている。それなら出ればいい話なのだが、前野姉は出ようとしなかった。ここで吐かれても何も問題はないが、俺はお前の吐く姿を見たくはない。吐くなら本当にどこかへと行ってくれよ。
「フローラさま、ご無理をされずに外へとお待ちになられたらいかがですか?」
「このくらい大丈夫よ。このくらいで音を上げるほど、弱くはないわ」
「それでも、絶対にご無理をされないようにお願いします。自分はフローラさまに倒れてほしくありませんから」
「じゃあ私は?」
「お前が倒れても気にしないから、気にせずに倒れろ」
「ひどくない⁉」
フローラさまに心配の声をかけ、我慢されているようであったが今はまだ大丈夫そうであったが、いらないところで前野妹が会話に割り込んできた。こいつは俺と元の関係に戻ったと勘違いしているのではないのか? 俺は別にお前と関係ないから、話しかけてほしくない。ただそれだけだ。
「アユム、ここに何かあるよ?」
前野姉がどうやら何か見つけたようで俺に声をかけてきた。前野姉の方に行く前に、フローラさまからルネさまを引き取り、俺がルネさまを背負って前野姉の方に行く。前野姉の前には机があり、紙が乱雑に置かれている。部屋中を見渡したが、ここ以外に目立った物はない。・・・・・・本当にこれだけなのか? これだけだと、どうやって形を成していないモンスターを実験に使ったんだよ。とりあえず、今はこの机の上にある紙を見ることにしよう。
「何これ。・・・・・・モンスターの情報が書かれているのかしら?」
「こっちは、モンスターの生態だね」
「リサのはモンスターの交配について、書かれているよ?」
各々が紙を見ているため、俺もそこら辺にある紙を手に取って内容を見てみる。紙に書かれている字はこちらの言葉であるが、俺はこちらに来た時からこちらの世界の言葉を理解することができ、文字を書くこともできた。だからこちらの文字でも十分に読むことができる。
何が書かれているのか。・・・・・・ふむ、どうやら俺のが当たりだったみたいだ。モンスターの実験について書かれている。目を通していくが・・・・・・、このモンスターたちは俺たち神器所有者を殺すために作られた人工モンスターであっているようだ。どうやって神器を無効化するかは、前に前野たちが見つけた洞窟で発見したんだったか。
・・・・・・あまり重要なことは書かれていないようだ。神器を無効化するために必要な魔力を作り出してそれをモンスターたちに初期の段階から流し込んでいたが、成功率が七割だとか。それ以外に書かれていることと言えば、神器無効化を持ったモンスター同士を交配させると、より強い神器無効化を持つモンスターが生まれるくらいか。
他の資料にも目を通していくが、どこにもあの黒い宝石については書かれていない。あの黒い宝石は、俺のクラウ・ソラスだけかもしれないが、絶対に神器に関係している。それにここの施設の足りなさとモンスターしかいなかった敵陣。もしかしなくても、俺たちが来ることを知られていたのか?
ここまで来てモンスターを数百倒しただけで終わりかよ。・・・・・・そう考えれば無駄足にはなっていないように思えるが、敵の頭の顔は拝めなかった。それにしても、ここにいないということは俺がここの入り口に来るより前に、俺が来ることを分かっていたことになる。
「ここにある資料には重要なことが書かれていないね。それに、モンスターを作った犯人がいないね」
前野妹がみんなが思っていた疑問を口にした。ここにいたモンスターたちが囮ということになれば、俺たちは完全に無駄足を踏まされたことになる。だが、俺がここを発見することが分かっていたのか? 俺がここを見つけれるようになったのは、ついさっきだ。
「アユム、何かここにあるわよ」
「今、向かいます」
敵の素早さに苛立ちすら感じながら、俺はフローラさまに呼ばれた。フローラさまの元へと向かうと、そこには手のひらサイズの小瓶があった。小瓶の中には、液体で満たされており液体の中にまたしても肉塊があった。だが今回の肉塊は俺が見た肉塊の中で一番大きい。これは黒い宝石の中にあった肉塊と同じものなのだろうか。肉塊の査定なんてできないぞ。
「それが何か分かるの?」
「いえ、分かりません。ですが、敵が落としていったものでしょう」
今はこの肉塊とここにある資料だけが戦利品か。あまりにも時間を無駄にしたように感じるが、それは小瓶の中に入っている肉塊によって決まる。これがこれまでに俺が手に入れた肉塊と一緒ならば、俺が触れば何か分かるかもしれない。持ち帰ってから考えよう。
「ここに用事はもうありません。すぐに戻りましょう」
「そうね。こんな場所からは早く帰りたいわ」
ここにいる理由はない。今は壊滅的状況である王都にいるブリジットとニコレットさん、サラさんが心配だ。早くそちらに戻ることにする。俺たちは資料と小瓶を手にして、異臭がする部屋を後にした。部屋から出ると臭いから解放されて新鮮ではないが新鮮だと感じてしまう空気を体内に取り込んだ。平気な顔をしていた俺だが、俺も正直きつかった。フローラさまたちも普通の空気を取り込んで顔色が良くなっている。
モンスターとの戦いや悪夢での体力消費、成果があまりない状態、昨日の戦闘の疲れがあって前野姉妹とフローラさまには疲労の色が色濃く見て取れる。俺は体力を回復させても魔力が七割程度あるから全然余裕だが、精神的には疲れたと言っても良いだろう。
「ッ! ぁっ・・・・・・ぁあっ!」
俺たちがゆっくりと歩いていると、俺が背負っているルネさまから突然苦しそうな声が上がった。俺は驚いてルネさまの方を見ると、ひどく汗をかかれて苦しそうにしている。どういうことだ? ナイトメアロードは倒したのに、どうして悪夢にうなされているように見えるんだ?
今はそんなことを考えている場合ではない。俺はルネさまを降ろしてルネさまの容態を見るが、どう見ても悪夢を見ている声のあげ方だ。悪夢からは覚めているはずなのだから、普通に起こせれるはずだ。俺はルネさまの肩を掴んで揺らしながら声をかけた。
「ルネさま、ルネさま。起きてください。・・・・・・ルネさま!」
少し声を大きくしても、ルネさまがお目覚めになられる気配が全くない。一体どうしてしまったのだろうか。ナイトメアロードが原因ではないのなら、何が原因なんだ? 原因が分からなければ何も解決することができない。ナイトメアロードの悪夢なら、衝撃を与えれば起きるのだろうが、それが違うのならやっても無駄だろう。
「アユム、私と一緒でルネお姉さまはナイトメアロードの悪夢を見ているのではないの?」
「そのはずです。いや、そうとしか考えられません。ですが、そのナイトメアロードは倒したはずなのに、フローラさまと同じようにお目覚めになられないのが、全く分かりません」
ただ悪夢を見ているだけなら良い。だが、最悪の場合は悪夢のせいで精神がおかしくなることがあると本には書かれていた。寝ている時に見る悪夢なら、起きたら良い話だが、起きなければ悪夢を見続けることになる。それも、本人が悪夢と認識しているものだから、それがずっと続けば、精神がおかしくなるのは当然だ。
「じゃあ、ルネお姉さまはいつこの状態から起きるのか分からないの?」
「・・・・・・すみません」
俺がこの場でできることは、何もない。できることならルネさまと変わりたいが、そんなことできない。今の俺は苦しんでおられる守るべき人を苦しみから解放できない無力な騎士だ。このままルネさまが起きるのを待つことしかできないのか?
「リサなら、何とかできるかもしれないよ?」
「それは本当か?」
前野姉の言葉に、俺を含めた全員が前野姉に視線を送った。前野姉は橙色の腕輪、神器を出現させて俺の方を見た。
「うん、本当だよ。リサの神器、ドラウプニルは治癒を専門とした神器で、その中でも精神汚染を受けた人を助ける魔法を使えるんだ。その魔法は≪精神介入≫と言うんだけど、その名前の通りその人の精神に介入して有害なものを取り除くことができるよ」
精神に介入だけを聞けば、精神を壊すために使われそうだ。だけど、今はその魔法があって良かった。俺にはできない精神侵入や回復をやれる前野姉は、本当にすごいと思う。本人ではなく、能力であることは一応言っておこう。
「でも、この≪精神介入≫はリサの他に一人、対象の精神に介入する人が必要になるの。リサが対象の精神と入り込む人の精神をつなげておく必要があるから、リサが入り込むことができないんだ。その入り込む人を誰にするか――」
「もちろん、それは俺が行く。俺がルネさまをこんな思いをさせてしまったのだから、その始末は俺がつける」
「・・・・・・うん、アユムならそう言うと思った。だけど、羨ましくて、妬けちゃうな」
そうして、俺がルネさまの精神に介入するために、ルネさまの隣に座って手をつないだ。そしてそのつないでいる手に前野姉の手が添えられた。すると、前野姉の腕輪が光りだして前野姉も光りだす。前野姉とつながっている俺とルネさまも光り始めた。
「じゃあ、今からルネの精神に介入させるよ? 準備は良い?」
「あぁ、いつでもいいぞ。頼む」
「一つ言い忘れていたけれど、くれぐれも気を付けて。この魔法は精神をつなげて、精神を一時的に移動させる魔法。もしもアユムの精神が悪夢に呑み込まれれば、リサが助けられないかもしれない。それでも覚悟はできている?」
「そんなものできているに決まってる。それにルネさまを助けられないで、騎士なんてやってられるか」
「うん、その意気だよ。今から飛ばすね?」
俺とルネさまは一層光り始め、ついには俺の意識は深く落ちてしまった。
次回がこの章で書きたかった話です。随分と長くなりました。