96:騎士と敵陣。⑤
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フローラさまとルネさまと前野姉妹が囲まれているから、急いで最下部に向かう途中、俺は何度も転んでしまった。急いでいるとかではなく、単純に俺の体力が極端に落ちているからだ。思い当たる点は、あの身体の異常のせいしかない。どういうことだか分からないが、体力をごっそり持っていかれてしまった。
それでも、フローラさまとルネさまの危機なのだから、ここで立ち止まるわけにはいかない。今の状態では、≪魔力武装≫ができない。≪魔力武装≫はすべての能力を何倍もするが、鎧を纏う前に最低限の体力がいる。必要最低限の体力がなければ、鎧を纏えない。こんな状態になるのは久しぶりだ。
「ハァ・・・・・・、ハァ、くそっ」
いつまで経っても最下部に行けない錯覚に陥っている。体力がある状態なら、一瞬でたどり着けるのに、こんなにも体力が落ちている。体力だけは≪順応≫でもどうにもすることができない。体力の回復方法は休むことしかない。体力が減少している、ということを順応することはできないのだ。
どんな状況、攻撃でも順応することは可能だが、体力の回復をするために順応で体力を使ってしまうから、体力がない状態になったら、順応を使うほどの体力がなくなっている。それだけで手詰まりになっている。体力の回復が順応できれば、どれほど俺は戦えるか。
『随分と、苦しんでいるようね?』
突如として俺の背後に気配を出現させ、俺の耳元で呟いてくる女性がいた。俺は耳元の女性を見ると、さっき夢の中で会ったばかりの銀髪の女性だった。こいつ、外にも出てこられるのかよ。いや、今はこいつに構っている場合ではない。
『一応言っておくけれど、私は現実に出現しているわけではないわ。あなたの脳に私が現実にいると錯覚させているだけ。こうした方が会話しやすいから』
「今はあんたと呑気に話している暇はない。俺の邪魔をするな」
『酷い言われようね。私は今の状況を打破する方法を教えに来ただけなのに』
銀髪の女性の言葉を聞き、俺は女性の顔を見た。女性は俺の反応が分かっていたように悪い笑みを浮かべているが、今の俺には選択肢がない。今すぐにフローラさまとルネさまの元へと行かないといけないのだからな。
「それは本当か?」
『えぇ、本当よ。ここで嘘を言いにあなたの前に現れるわけがないもの』
「じゃあ、今すぐに教えてくれ。俺は今すぐにフローラさまとルネさまの元に行かないといけないんだッ」
『この状況を打破する方法を私がタダで教えると思う? 何かを得るためには、何かを失う必要があるのよ? あなたは何を私にくれるの?』
俺の味方と思わせといて、ここで俺の味方でないと言うのか? 今はそんなこと思っている場合ではない。それに、俺がこいつにくれてやるものは決まっている。これしか俺は差し出せない。
「俺の忠誠心以外をすべてくれてやる。命も、魂も、シャロン家への忠誠心以外の何もかもをお前に差し出す。これで満足か?」
フローラさまとルネさまのピンチを救えないのなら、こんな命いらない。それなら、ここで命を差し出してお二人を救えるのなら、俺はすぐにでもこの命を差し出す。それくらいの覚悟がないで、騎士なんかやっていられない。命などすぐにでも捨てれる。
『いいえ、満足よ。その覚悟をしかと受け止めたわ。その思いがあるだけであなたは誰よりも、もっと強くなれる。私の力は良くも悪くも感情の純粋さで強くなる。それが聖でも魔でも。あっ、いけないわ。こんなことを言っているとまたあなたに文句を言われるわね、あなたに力を貸してあげる』
意味の分からないことをまた言っていた銀髪の女性であったが、銀髪の女性はクラウ・ソラスに手を置いて目を閉じた。するとクラウ・ソラスが銀色に光り始めた。どんどんと力が湧き上がってくるのが分かる。今までの疲労が嘘みたいだ。
『今回は私が肉塊を回収するように言ったのもあるから、何も貰わないでおくわ』
「それで良いのか?」
『もちろん良いわ。だって、私は最初からあなたから何かを貰う気はないのだもの。あなたは私に認められた唯一無二の存在、そんなあなたの願いを叶えないわけがないでしょう?』
あのやり取りは何だったんだよ。ただ俺が恥ずかしいことを言っていただけじゃないか。そんなことよりも、もう俺の体力が全快まで戻ってきている。これならすぐにでもお二人の元に向かえる。
「ありがとう、これでお二人をお助けできる」
『それは良かった。ちなみに私が今したのは――』
俺は銀髪の女性が何か言い終える前に走り出した。あいにく話を聞けるほどに時間が余っているわけではない。だから、その話を後回しにして走った。だけど、銀髪の女性の説明通りなら彼女は俺だけが見ている幻覚であるから、走っている俺のそばを浮いていることに不思議はないのか。
『少しくらい話を聞いても良いんじゃないの?』
「そんな暇はない。ありがたくは思うが、後にしてくれ。今はお二人を救うのが最優先だ」
『その二人のために命までも差し出すのだから、そうよね。ならこのまま走りながら聞いてくれて構わないわ』
俺が走っている時でも話したいのかよ。それでもいいが、体力が戻った俺ならすぐに最下部にたどり着く。戦いに集中するから、手短に話してくれないと話に集中できなくなる。いっそのこと後で話してくれてもいいのに。
『それだと私のすごさを今話せないじゃない。だから今話すわ』
「はいはい、すごいすごい。これで良いか?」
『うん、良い! もっと褒めて良いわよ!』
あぁ、鬱陶しい。こいつに構うだけ時間の無駄だな。早く最下部に向かおう。俺の中では焦りや心配、苛立ちなどがせめぎあっている。大体の要因がこの銀髪の女だけどな。
『あぁん、冗談よ。ごめんね、からかっちゃって』
「それなら早く言え」
『分かったわ、今から手短に言うわ。ゴホン、私があなたにあげた力は私本来の力の一部を解放して、魔力を体力に変化させる≪魔力変換≫を習得したわ。これで体力がなくても、その余りある魔力を体力に回すことができるわね』
銀髪の女性に言われて俺のスキルを確認すると、確かに≪魔力変換≫が追加されている。それにもう一つ俺の知らないスキル、≪代償の後払≫がある。それよりも、クラウ・ソラスでこんなことができるとは思わなかった。どうやってこんなことをしたんだ? そもそも体力が回復できなかったのは≪順応≫をする上で矛盾していたからだ。謎だ。
『ただの≪順応≫を使っただけでは今の状況で≪魔力変換≫や≪代償の後払≫を習得することができないわ。だけど私が持つ本来の力、≪想像順応≫を使いさえすれば簡単に習得することができるわ。あなたにもいずれ使えるようになると思うけれど、まだまだ先の話ね』
「≪想像順応≫? 想像しただけで順応することができるのか?」
『そうよ、言葉通りの力。だけど、この、力、は・・・・・・』
話している途中で銀髪の女性が不自然な話し方を始めた。何かとそちらを見ると、銀髪の女性が俺の視界から消えていた。自分から消えたわけではなさそうだが、力の話が気になりすぎるぞ。そこで話を止めないでほしかった。
『ごめんなさい、少し力を使い過ぎたみたい。私は眠るから、あとはあなたの力で頑張りなさい』
頭の中に銀髪の女性の声が響いてきて、それ以降いくら頭の中で呼びかけても銀髪の女性からの声は聞こえなくなった。どうやら頻繁に使える力ではないようだ。少しくらいは構ってやるくらいには感謝しないといけない。
そんなことを思っている間に、開けた場所が見えたと同時に俺の目に前野姉妹が多くの巨大なモンスターに囲まれているのも見えた。俺は一瞬で≪魔力武装≫で黒の模様が三割ほどの白銀の鎧を纏い、一直線に前野姉妹の元にたどり着けるように巨大なモンスターたちの黒い宝石を回収しつつ殺していった。
「悪い、待たせた」
「アユム!」
「アユムぅ!」
黒い宝石をごっそりと回収して、ボロボロになって神器が歪んでいる前野妹と眠っておられるフローラさまとルネさまを守っている前野姉のそばに立った。俺は黒い宝石をすべて砕きながら、周りを確認する。≪完全把握≫で逃げているモンスターはいないようだから良かった。それよりも、前野姉妹には借りができてしまった。
俺が守らなければならないはずのお二人を守ってくれたのだから、こいつらに何か返さないといけなくなった。別に嫌というわけではない。前野姉妹には感謝してもしきれない。二人がいなければお二人を守ることができなかったのだから。
「アユムは大丈夫なの? さっきものすごく強い気配をアユムから感じたよ? 何かあったの?」
「いや、問題ない。大丈夫だ」
前野妹に言われて、俺の気配がだだ漏れだったことに気づかされた。もしかしたら俺のせいでバレたのかもしれない。そうだとすれば、二人には謝らなければならない。・・・・・・全く、最近の俺は気が緩んでいるのではないのか? 一歩間違えれば、フローラさまとルネさまをお守りできなかったかもしれないのだから。
「お二人を守っていてくれてありがとう。二人はフローラさまとルネさまを守ることに専念していてくれ。ここからは俺一人でこいつらを片付ける」
「・・・・・・うんッ! 二人は私とお姉ちゃんに任せて!」
「アユムが傷ついたらリサが治すから、心配しないでね?」
前野姉妹は俺がお礼を言ったことに不意を突かれたようで、俺の顔を見て驚いた表情をしていたが嬉しそうな顔をして俺が言ったことを守ってくれると言った。しかし、そこまで驚くようなことではないだろう。俺だってお礼くらいは言う。まぁ、話さなくなってからは言わなくなったか。
そんなこと今は良い。俺はクラウ・ソラスを構え、今も俺たちを見下ろしている巨大なモンスターに狙いを定める。その中で、俺はナイトメアロードを探し当てる。ナイトメアロードは巨大なモンスターの一番後ろにいるようで分かりやすい。
「≪紅舞の君主≫」
今はとても調子が良いから、ラフォンさん直伝の≪紅舞の君主≫を≪剛力無双≫と≪神速無双≫の四割を使った状態で使う。周りは俺しか動かなくなるほどに俺の目は良くなり、俺はその中で動き始める。巨大なモンスターの首を一つ斬り、また一つ斬り、周りにいるモンスターの首をすべて斬っていく。
その首がすぐに落ちるわけではなく、俺が速すぎて首は落ちてこない。首を斬るのと一緒に、黒い宝石を回収するのを忘れない。さっきみたいなことが起きるかもしれないが、銀髪の彼女の頼みだから回収はしておく。
しかし、この≪紅舞の君主≫は制限時間付きのため、巨大なモンスターを半分くらい斬ったあたりで≪紅舞の君主≫の時間が切れようとする時に俺は前野姉妹の元へと戻った。そして周りの時間が動き出したように俺たちの周りにいるモンスターの首がどんどんと落ち始める。モンスターたちは何をされたのか分からないという表情をしているが、すぐに息絶えた。
「え、えっ? な、何これ? 何が起こっているの⁉」
「心配するな、俺がしたことだ」
首が落ちて行く光景を見ていた前野妹が不安そうな顔をして周りを見渡していたから、俺がしたことだと言って落ち着かせる。これくらいのことも見れないようでは、魔王を倒すことなんてできないぞ? 魔王の実力なんて知らないけど。
「あ、アユムがしたの⁉ どうやってしたの⁉ どんなスキルを使ったの⁉」
「今はそんなことを話している場合ではない。後で話しているから今はお二人を守ることに専念してくれ」
前野妹が興味津々に聞いてくるが、今はそれどころではないだろうが。次こそ≪紅舞の君主≫でナイトメアロードごとすべての敵の首を落として、これでここは終わりだ。≪紅舞の君主≫は時間制限こそあれど、回数制限は体力が続く限り使い続けれる。魔力を体力に変化させれるようになった俺は以前よりも長く戦い続けれるようになった。
「ふぅ・・・・・・、≪紅舞の君主≫」
俺は再び構えて≪紅舞の君主≫を発動させた。今度は一回目よりも早く巨大なモンスターの首を斬っていく。途中で一回目で殺した巨大モンスターの死体が邪魔だと思ったから、≪紅舞の君主≫と併用して≪一閃・瞬紛≫を放ち巨大モンスターの死体を塵と化していく。
だが、少しだけ技の精度は落ちてしまう。スキルの同時使用や掛け合わせの複数使用は、神経を使う。今も戦闘以外に≪完全把握≫を使っている状態であるから、合わせて五個のスキルを使用している。これはボロが出る前に早く片付けないといけない。
しかし、本当に数が多いな。もう三百以上を殺したぞ。もれなく全員が黒い宝石を内蔵させていたから、それをすべて回収する。俺はまたあの痛みが来るのではないかとひやひやしているのだが、今は関係ない。そうなる前にこいつら全員を倒せばいい話だ。
モンスターの首を無の感情で斬っていき、最後の数匹にまでなった。俺は最後のナイトメアロードを残してすべての巨大モンスターの首を斬り、とうとうナイトメアロードの前に立った。ナイトメアロードの前に立つということは、こいつの全身にある目を見ることになるのだが、今はどうやらそれすらも俺には効いていない。
本当に時間すら置いてきたのかと思いながら、効かないのなら都合がいい。俺はすぐにナイトメアロードの首を斬った。そして、もうすぐに≪紅舞の君主≫の効果が切れそうであったから前野姉妹の元へと戻り、俺の予想通りに≪紅舞の君主≫が切れた。
巨大モンスターの首はすべてが同時に落ちて行き、ナイトメアロードの首も例外なく落ちている。十秒経たないうちに、この敵陣にいたすべてのモンスターは首を落として身体も地面に伏した。
「・・・・・・ふぅ、終わった」
ここにいるモンスターを外に逃がした痕跡はないはずだ。俺が眠っている一瞬や俺が苦しんでいる時に逃げているというのなら、謝るしかない。だが、俺がここに入る前に感知した気配と俺が倒した気配はすべて相違ないはずだ。
「・・・・・・んぅ、んんっ」
俺が敵陣の中を隈なく探っていると、前野姉妹の近くから聞き覚えのある音が聞こえてきた。俺がそちらを向くと、フローラさまが動かれているのが見えた。ナイトメアロードを倒したから、悪夢から目覚められたのか、良かった。
「・・・・・・アユム? アユムは、どこなの? アユム・・・・・・、アユムッ!」
敵陣を隈なく探り終える頃に、フローラさまが俺を叫んで呼ばれた。それに焦ったような喪失感を伴っているような声音であった。俺は急いでフローラさまの元へと駆け付けて、座っているフローラさまの目線を合わせるように座った。
「おはようございます、フローラさま。どうされましたか?」
「・・・・・・アユム」
俺を見たフローラさまは、俺の顔を泣いておられる顔でジッと見られた後に俺の顔を触られた。そして俺の頬をつねられた。別に痛くはないのだけど、どうしてフローラさまは俺の頬をつねっていられるのだろうか。普通は自身のお顔ではないのだろうか。
「・・・・・・ふふっ、その不思議そうな顔、アユムだわ」
「はい、そうですよ。シャロン家にお仕えしているアユム・テンリュウジです」
フローラさまは泣いている顔から笑みを浮かべられた。ナイトメアロードのせいで悪夢を見られたのだろう。俺が早くにナイトメアロードに気が付いていれば、フローラさまにこんな思いをさせずに済んだ。何回失態を繰り返せば気が済むのか、俺は。
「もう、アユムを離さないわ、絶対に。ルネお姉さまなんか知らないわ。そんなことをしていたら、アユムがどこかに行っちゃう」
フローラさまは俺に飛びついてこられて、ぎゅっと俺のことを抱きしめられている。怖いから悪夢なのだから、怖いものでも見られたのだろう。だから俺はフローラさまの背中に腕を回して抱きしめ返した。フローラさまの香りがすぐ近くにあって、すごく落ち着く。これがずっと続いても良いくらいに思える。
「ねぇ、お姉ちゃん。私たちが起きた時と反応が違わない?」
「うん、ユズキ。リサもそう思う。リサたちはお尻を叩かれて起こされたんだから」
前野姉妹が俺とフローラさまのことを見て何かを言っているようだが、お前らに関わっている暇はないんだよ。俺は今幸せな時間を過ごしているんだから、邪魔をするな。何だか、これだけフローラさまとくっ付いているのが久しぶりな気がする。
しばらく俺とフローラさまが抱き合っていたが、フローラさまが満足なされたのか俺から腕を解かれたから俺も腕を解いてフローラさまから少し離れた。
「もう十分よ。でも、帰ったらこれまでにできなかった分、私と一緒にいなさい」
「はい、分かりました」
何だか吹っ切れているような感じのフローラさまだ。俺の知らない間に何かあったのだろうか。それはそれで気になるが、フローラさまが仰られないのならお聞きすることはできない。
「・・・・・・ルネお姉さまは、まだ眠っているの?」
「はい、そのようです。元凶のナイトメアロードを倒しましたから、じきにお目覚めになられると思いますが・・・・・・」
それにしては、随分と遅い気がする。悪夢を見ている状態は、眠っているのではなく、意識が落ちて悪夢を見ているのだ。悪夢を見せているものが無くなれば、意識は浮上してくるはずだ。何か別の要因があるのかもしれないが、今は判断できない。
「今はこの場所を探索することにしましょう。この場所から早く抜け出したいですから」
ルネさまのことは気になるものの、今はこの場所から抜け出すことが先だ。だから、俺たちはこの場所に何かないか探すことにした。
本当にリアルが忙しくなってきました。