95:騎士と敵陣。④
第四章、長いな。ここまで書くつもりはなかったのですが。
前野妹がグタグタと言ってきたから、俺が仕方なく前野姉を起こすことになった。前野妹は勇者として頑丈だからあれくらいで起こしたが、前野姉は司教で頑丈ではなさそうだから、前野妹よりも少し力を抑えてお尻を叩いて起こした。その結果前野姉も起こすことに成功した。
「うぅ・・・・・・、お尻がまだ痛いよぉ。アユムに叩かれたせいで、リサのお尻がまだ痛いよぉ」
だが、結構な力でお尻を叩いてしまったようで、前野姉は走りながらお尻をさすってまだ痛いと言っている。今はフローラさまとルネさまを俺が担いで、前野姉妹は走っている。お二人のお尻を叩くなどできないから、ナイトメアロードを倒すことを先にした。
ナイトメアロードの場所は出会っているから、どこにいるのか分かる。俺たちの目的の場所である最下部に向かっているようであったから、丁度いいと言える。しかし、モンスターたちが色々なところに散らばっているから、これは目的地にたどり着く前の戦闘は避けられないな。
「お尻が痛いなぁ」
自身で回復したはずなのに、前野姉はまだ痛いと言っている。前野妹は治してもらって痛がっていないのに、前野姉だけは痛がっている。つまり、嘘だな。構ってほしくてそう言っているのなら、国でならまだしも、今はやめてほしい。
「今もお尻が痛いなぁ。これはアユムに見てもらわないと分からないかも」
さっきからずっと前野姉がこの調子で俺に話しかけてくるが、俺はことごとくを無視して進んでいる。これはおそらく前野妹が俺にしてもらったことを前野姉に話したからこう言っているのだろう。だが、もう見ない。前野姉妹に振り回されるのはもう御免だ。俺の次に使えると思っていた勇者たちが、まさか一番邪魔をしてくるとは思わなかった。これではフローラさまとルネさまの方が随分とマシだ。
「見てもらわないと――」
「回復しているんだから見なくても十分だろう」
「でも、もしかしたら手形が付いているかもしれないよ?」
「それなら妹にでも見てもらえ。妹にならさらけ出せれるだろう?」
「それだと不公平だよ! ユズキだけ見てもらって、リサは見てくれないの⁉」
あぁ、鬱陶しいな。前野姉妹は俺を邪魔しないと生きていけないようになっているのだろうか? 何もしないという一番簡単なことさえ、彼女らにはできないのだろうか。ふぅ、良かった。こいつらと一緒にいたら胃に穴が開きそうだった。
「不公平も何もない。それに時と場所があるだろう。今頼んでくる奴がいるか?」
「えっ、そこにいるよ?」
俺の問いかけに、前野姉は迷わず妹を差し出した。うん、そうだよ。その妹はバカなことをしたと言ってあげるのが姉ではないのか? それを乗っかってくるんじゃない。当の本人は、自分がしたことを特に何とも思っていない顔をしている。やはり姉妹か、少しだけ常識がずれているのか?
「ねぇ、リサのお尻も――」
「分かったから少し黙れ。・・・・・・帰ったら見てやるから、今は戦いに集中してくれ」
「えっ? 本当⁉ 約束だよ?」
「はいはい、約束約束」
やはり、こいつらと話すだけ無駄だな。こんな約束までしてしまったし、この場所でこの会話が出てくること自体がおかしい。前野姉妹は神器が無効化されるかもしれないと言うのに、もう少しだけ緊張感を持ってほしい。
何か一気に無駄なことで疲れたと思っていると、俺の前からモンスターが一体だけ来ていた。しかも逃げようもない一本道だから、どうしても対処するしかない。だが、相手は一体だけだから、殺すことは簡単だろう。
「フローラさまとルネさまを頼んだ。このままこの速度で走り続けていてくれ」
「敵? 分かったよ」
俺はお二人を前野妹に任して、≪隠密≫を使いながら先にいるモンスターのところまでより早く走り、フードを被った人間のような生き物が見えた。人型をしているが、相手は間違いなくモンスターだ。どれだけ隠していても俺が一度でも感知すれば騙されることはない。
クラウ・ソラスを取り出して人型のモンスターを殺そうとするが、モンスターの心臓付近で光っている場所を発見した。モンスターが光ってるのかと思ったが、モンスターが光っているわけではないな。俺の目に光っているように見えているだけだ。考えられる理由は一つ、黒い宝石の場所ということなのか? 良く分からんが。
物は試しということで、両腕に≪魔力武装≫で鎧を纏わせてひっそりと人型に近づく。こちらに来ているモンスターは気が付いていないようだったから、背後に回り込み、光っている場所を目がけて腕で刺した。この攻撃でようやくモンスターは気が付いたようだが、すでに遅い。
体内の中で、一つだけ硬い物体を発見して貫く際にそれをつかんで、俺の腕をモンスターの身体を貫通させた。モンスターは俺に攻撃しようとしてきたが、心臓も貫かれたようで動けずにいた。そして俺はモンスターの体内から腕を抜いて、手のひらにある物体を確認した。
やはり、俺の手の中には黒い宝石があった。銀髪の女性の言う通りに黒い宝石を砕くと、中から肉塊が出てきたが、本当にこの肉塊は何なのだろうかと思っていたら肉塊が俺の手から消えた。・・・・・・銀髪の女性の言っていることを信じるなら、クラウ・ソラスに吸収されたということになるのだろうが、一切の変化がない。実感がわかないな。
とりあえず今は良いか。銀髪の女性の言う通りにするのなら、俺はこの敵陣にいる敵を最悪すべて殺さないといけないことになる。それは特に問題ないが、やはりグロヴレさんかラフォンさんほどの実力者を出入り口に一人配置してほしかった。一人も逃がすつもりはないからな。
「アユム? 大丈夫?」
フローラさまとルネさまのお二人を担いでいる前野妹と、ニヤケ顔をしている前野姉がこちらに歩いてきた。前野妹は良いとしても、前野姉は何をにやけているんだ? お前ら姉妹はニヤケないといけないように生きてきたのか? おかしいな、俺が知っている前野姉妹はこんなはずではなかったのに。
「あぁ、大丈夫だ。それよりも、お二人は前野妹に任せても良いか? その方が俺がすぐに敵を倒しに行ける」
「うん、それは大丈夫だけど、この場所にいる敵も全員が神器を使えなくすることができる敵なのかな?」
「だと思うぞ。俺は順応して使われても分からないが」
「それって結構ズルいよね。私の≪成長≫スキルより使い勝手が良いと思う」
「それは使い手や場数次第だろう。俺はこちらに来てから死に物狂いで戦いに明け暮れた。だから俺はここまで強くなったし、順応できるまでの時間を稼ぐことができる。お前は敵がいなくても成長できるのに、どうしてそこまで弱いんだ?」
「・・・・・・私は弱くないよ、アユムが強いだけだよ」
俺が素直に前野妹に言葉を突っ込むと、前野妹はふくれっ面をしてそっぽ向いた。何もないところで成長できるスキルと、敵がいないと順応できずに敵より少し強くなれるスキルを比べれば、前者の方が良いスキルだと思われるだろう。まぁ、結局は順応して生き残った者が勝ちなんだよ。
ごちゃごちゃと面倒な会話をしながらも、俺たちは走り続ける。・・・・・・おかしい。俺たちが走っている間、他のモンスターはごく自然に動いているように感じるが、それでも俺たちはモンスターと出会わない。俺たちが通っている場所を歩いていたモンスターたちは、最下部へと続く道から外れて歩いている。
これが偶然できた俺たちの好機と捉えるべきなのか、それとも俺たちに戦力を削らせないためにわざとモンスターたちを別の場所に誘導しているのか。それなら俺たちの存在がばれているということになる。前者なら嬉しいが、後者の可能性も捨てきれない。
・・・・・・道に逸れたモンスターたちも、倒しておくか。テレパシーなどの何かしらの連絡手段を持っているのなら、すでに一体倒したことで俺たちの存在が見つかっていることになるから、変わらない。この静けさほど不安を煽るものはない。
「作戦を変更する」
「変更って、何かするの? ここまで順調な感じだけど」
これまで俺のことを凝視していた前野妹が俺の言葉に反応した。前野姉もこちらを凝視しているのだが、君たち姉妹は何から何まで一緒じゃないと気が済まないのか?
「あぁ、今までやり過ごしていたモンスターを含めて、行き止まりの道に進んでいるモンスターたちを見つからずに倒して来る」
「でも、見つかっちゃったら逃げられるかもしれないよ?」
「それは分かっている。だが、この静けさや順調な感じが、どうしても納得がいかない。こちらがばれているのかと思うくらいに、他のモンスターたちが俺たちのことを避けている。ばれているのなら、逃げられる可能性もある。だから今のうちにここまでのモンスターを倒しておく」
「・・・・・・アユムが言うのなら、それでいいけど、私たちはどうすればいい?」
どうすればいい、か。もし俺たちの存在がばれていて、俺がこのままモンスターを倒していけば、すぐにでもモンスターたちが逃げるか襲ってくるかもしれない。まだ襲ってくるのならいいが、逃げるのは避けたい。逃げられる前に、俺が倒せばいい話か。
そうとなれば、このまま前野姉妹には最下部まで突っ切ってもらいたいところだ。前野姉妹の前にモンスターが現れれば、俺が倒していけばいい。最下部までにいるモンスターすべてを倒すのに、どれくらいかかるだろうか。最長でも、五分と言ったところか。最短だと一分もかからない。だが、問題は最下部にいるモンスターの数だ。最下部にいるモンスターは最下部までの道のりのモンスターより多い。
「前野姉妹はこのまま俺の言う道順で全力で走り抜けろ。その間に最下部までにいるモンスターをすべて片付ける」
「うん、分かった。私たちは走っていればいいんだよね?」
「あぁ、それでいい」
「それなら簡単だよ。お姉ちゃんの走る速度に合わせることになると思うけど、早く走れると思うよ」
・・・・・・素直に俺の言うことを聞いてくれるのは良いが、随分と俺を信頼しているのではないのか? ここまで素直に俺の言うことを聞けるものなのか? 俺が前野妹たちにこうやって言われたら、まず大丈夫かと聞く自信がある。
前野妹を心配しながらも、俺は前野姉妹に最下部までに行く道のりを詳しく教えた。道を外れたとしても、俺が敵陣を動き回っているから教えることは可能だ。≪完全把握≫でモンスターたちの気配を探ったが、強いモンスターはいなかった。だから、最下部に行くまでは簡単だと、思う。そうじゃないと前野妹たちが危なくなる。フローラさまたちから離れるという、少しだけ危ない行動だが、今はこれの方が良い。
「≪魔力武装≫。よし、走れ!」
「うん!」
俺が魔力武装をして、前野姉妹に走れと言った。前野姉妹は俺の言葉で最下部へと走り始め、俺は一気に入り口付近まで移動した。魔力武装をしているとすぐにたどり着ける。そして、行き止まりの先にいるモンスターを片っ端から片付けていく。
気配を消して、音も出させずにモンスターの胸を一突きして黒い宝石をすべて回収している。今のところすべてのモンスターから黒い宝石を回収できているが、どれだけの肉塊があるんだよ。塵も積もれば山となると言うが、まさにその通りになりつつある。クラウ・ソラスが吸収しているから、どれだけたまっているのかは分からないんだけどな。
前野姉妹は、俺が言った通りに進んでいるようで、まだ敵と遭遇する気配はない。このまま行けば、前野妹たちが最下部にたどり着く前に合流できそうだ。どいつもこいつも、人型だから倒しやすいし、そこまで戦闘力は高くない。隠しているというよりかは、封印していると言った方が正しいか。
「これで、最後」
一分もかからずに最下部までのモンスターを一体を残しすべてを殺し尽くし、残り一体の体内にある黒い宝石を抜き取って殺した。合計で百以上を殺したぞ。それでも警戒していなかったから、簡単に殺すことができた。・・・・・・やはり、杞憂だったか? 遭遇しないようにしたのに、こんなにも殺されていては意味がない。
意味が分からないが、今はここにいるモンスターたちをすべて倒すことが最優先だ。早く前野妹たちと合流するために、手中にある黒いもやを出している黒い宝石を握り潰した。黒い宝石から出てきた肉塊は、一瞬で俺の中に消えていった。
これで前野妹たちの元に行けると思って走り出そうとしたが、足が全く動かない。それに身体中から変な汗が出ているし、≪魔力武装≫が保てない。鎧が自分の意思とは関係なく解除され、俺は膝をついた。何かが俺の中に侵入しているのが分かる。
「ッ! ぁがっ!」
俺は身体の異変から吐血した。それに俺の身体に何かが動き回っているのが感じられる。・・・・・・これは絶対にあの肉塊を吸収したからだろう。あんな面倒な女の話を信用するんじゃなかった。これじゃあフローラさまとルネさまの元に行けない。
「ぁっ・・・・・・、あたまがっ」
突然身体が冷え込む感覚になり、俺の身体が俺の身体ではなくなっていく感覚に陥る。そんな中で全方向から頭を鈍器で殴られているくらいに頭が痛くなる。俺はたまらずに倒れ込んでしまった。・・・・・・くそが、痛すぎだろ。
「ッ⁉ な、んだよ、これぇ!」
頭の中にどこからか情報が送られてくる。それは、俺が知らない景色や人物が映っており、鮮明には見えないが人物はハッキリと映っている。・・・・・・これは、誰かの記憶、なのか? 俺の目の前には女性がおり少し焦っているように見える。待て、俺が今見ている人は、間違いなくさっき会った銀髪の女性だ。
銀髪の女性と、この記憶の持ち主が何かを喋っているようだが、俺はこの会話を聞き取ることができない。何のことだか分からないし、興味もない。何ならこの現象も後に取っておいてくれた方が良かった。だが、無情にも俺の頭の中に記憶が流れ込んでくる。
記憶の主と銀髪の女性が何かを話している途中で、俺の視線は強制的に銀髪の女性とは別の方向に向けられた。その視線の先には何かが起こったようで煙が上がっている。よくその煙を見ると、煙の中で何か大きな物体が飛んでいるのが見える。その物体が煙からこちらに飛び出してきて、ようやくその姿を確認できた。
深紅の巨体に、二本の巨大な角と大きな翼を持っているドラゴン、ギータがこちらに飛んできている。ただ一つ違う場所は、傷がないということだ。ギータがこちらに飛んで来ているため、銀髪の女性は魔力を纏わせているのが分かったが、そこで突然場所が変わった。
変わったが、ここは・・・・・・、どこだ? 暗く、冷たく、悲しい場所であることは伝わってくる。それに俺、いやこの記憶の主は手足を壁に貼り付けられて身動きが取れないようだ。誰かがこちらに歩いてきたようで、そちらに視線が向けられた。そこには眼鏡をかけたボサボサ頭で無精ひげの男がこちらに来ていた。
記憶の主とその男が何か話しているようだけど、何を言っているのか分からない。ただ、男は気持ち悪い笑みを浮かべ、俺の中に恐怖の感情と覚悟の感情が流れ込んでくる。男が後ろに指示すると、何人かの女性が記憶の主の周りに現れて、何かの準備をしている。その女性たちを見て、記憶の主から絶望の感情が流れてきたから、知り合いなのだろうか。
記憶の主の周りにいる女性たちが何をしているのかと見ると、刃物を持っているのが見えた。そして、記憶の主の足を、刃物でつま先から細かく切り始めたのだ。その瞬間、俺にもその痛みが伝わってきた。苦しいほどに痛い。いつもは≪痛覚麻痺≫で大丈夫だから、久しぶりに感じる痛みだ。
・・・・・・それにしても、さっきからずっと記憶の主の足をつま先から細かく切っているから、痛みで吐きそうだ。それでも、所詮は記憶の痛みだからそこまで痛くはない。俺からしてみれば、今の頭痛の方が何倍も痛い。だけど、記憶の主からは痛みの他に悲しみの方が伝わってくる。
「・・・・・・終わった、のか?」
もう少しで片足をすべて細かく切られるところで、頭の中に記憶が流れてこなくなった。それに伴い、頭痛も収まり、身体の不調も収まった。・・・・・・全身汗だくだ。これだけで一気に体力が奪われた。全く分からない記憶を見せられて、俺にどうしろと言うんだ?
「ッ! こんなところでのんびりしている場合ではなかった!」
俺が苦しんでいる時間は結構長かったはずだ。苦しんでいる間に勝手に解けた≪完全把握≫をもう一度展開しながら、俺は最下部に走った。最下部の様子を確認すると、前野妹たちがモンスターに囲まれている最悪な状況になっていた。しかも、神器が使えなくなっているようであった。俺は急いで最下部に向かった。
残り、五話くらいで完成させたいです。