94:騎士と敵陣。③
全然進まないって、毎回言っている気がします。
意識が段々と覚醒していくのが分かり、俺は無理やり目を開いて意識を覚醒させた。すると、今の俺の状況は今にも前に倒れそうになっていたから、足を前に出して倒れるのを防いだ。両隣にいるフローラさまと前野妹も眠るように倒れそうになっており、俺とは反対側にいるルネさまと前野姉も倒れそうになっている。
俺は倒れそうになっている四人を抱き寄せた。そして四人をゆっくりと地面に座らせた。ダメだ、全員がナイトメアロードの悪夢にかかっている。それよりも、俺は長い時間、悪夢と言うか夢の中にいたはずなのに、俺が倒れそうになっている位置を考えると、一秒も経っていない。夢の中の銀髪の女性が言っていたことは本当だったのか。
銀髪の女性、結局正体はおろか、何も教えてくれなかった。言っていたことと言えば、自分の力の一部がクラウ・ソラスであることと、黒い宝石は潰せば力が手に入る、そして≪魔力解放≫の使い方を教えてくれた。無駄なことはなかったが、教えてほしかったことは他にもまだたくさんあった。
時間がなかったのなら分かるが、時間はあったようだし、あんな戯れをするくらいなら早く本題に入ってほしかった。今はそんなことを言っても仕方がない。今やるべきことは、まずこの四人を起こして、敵を逃がさないようにしてから敵を片付ける。早くしないと敵に気づかれるかもしれないし、ナイトメアロードみたいな面倒な敵に出会うのは避けたい。
そういう敵と出会った時のために、精神面での耐性もつけなければならない。今までは物理的なモンスターしか相手にしていなかったから、意図せず俺の弱点を突かれてしまった。今後このようなことがあったら、フローラさまたちをお守りすることができない。
・・・・・・いや、待て、俺には≪不可侵領域≫があるはずだ。どんな攻撃でも俺に物理攻撃以外は利かないはずだ。それなのにどうして俺は眠ってしまったのだろうか。もしかして精神面では意味をなさなかったのか? それは分からないが、スキルをもう少し調べる必要がある。
そんなことより、今は俺の隣で眠っている四人を起こすことから始めよう。悪夢から目覚めさせる方法は、ナイトメアロードを殺すか、強烈な痛みでたたき起こすか。この二つしか思いつかない。手っ取り早いのは後者であるが、まだ前野姉妹なら躊躇なく叩けるが、フローラさまとルネさまを叩くとなると、俺は前者を取る。
とりあえず、俺は前野妹から起こすことにした。人間の身体で一番叩きやすい場所は、お尻だと考えている。こいつらのお尻を叩くこともあまりしたくはないが、今は仕方がない。他にも顔も考えたが、それだと跡がついてしまうからナシにした。
「・・・・・・早くやるか」
ここに来た以上、少しくらいの怪我は予想していただろう。それが味方からの攻撃だとは思わなかっただろうが。ナイトメアロードの目を見たお前が悪いのだから、俺は座って寝ている前野妹を前のめりにしてお尻をこちらに突き出す形にした。少し短いスカートだから、パンツが見えそうになっている。しばらく叩くことを悩んだ後、俺は意を決して前野妹のお尻を叩いた。お尻を叩いた際に、パチーンっという良い音がした。
しかし、前野妹はこれでは起きなかった。結構な力で叩いたと言うのに、まだ起きないのか。こちらの世界に来て、前野妹の頑丈さが上がったからかもしれない。それならもう少し強い力で叩いて良いのか? 別にこれまでの恨みとか関係ない。むしろ起こさなくてもいいのなら起こさないし叩かない。でも、ここではそうはいかないから、叩いているだけだ。
俺は再び前野妹のお尻を良い音をさせて叩いた。だが、まだ起きない。・・・・・・何か、眠っている相手にすることではないよな? それに知りたくなくても前野妹のお尻の柔らかさを知れてしまう。どれだけの強さで叩けばいいんだよ。俺は何度か力を強くしながらお尻を叩いていくが、まだまだ起きてこない。
やはり、強烈な痛みと言うからには、お尻が腫れ上がるくらいに叩いた方が良いのだろうか。今は時間がないから手加減などしていられない。お尻が痛くて恨んでくれるなよ? それに前野姉に治してもらえば良いだろう。
そう思った俺は、大きく手を後ろに回し、普通の人ならぶっ飛ぶくらいの力で前野妹のお尻を叩いた。俺の手も少し痺れながら前野妹のお尻からこれまでにない大きな音が聞こえてきた。そして、お尻の音と共に前野妹の口から言葉が発せられた。
「――ッたぁぁぁいっ⁉ なにこれ⁉ すごく痛いんだけど⁉ ・・・・・・ぁッ⁉」
お尻の痛みで大きな声を出しながら起きた前野妹だが、その痛さで途中から何も口にできなくなっている。良かった、前野妹を起こすことができて。大声を出した前野妹だが、幸い前野妹の声が聞こえるほどの場所にモンスターはいない。だから俺は前野妹が痛がっていても無視できる。・・・・・・しかし、あまりにも痛がっているから、心配になった。あれくらいのお尻叩きで何か起こるとは思えないが、声はかけておいてやるか。
「・・・・・・おい、大丈夫か?」
「これが、大丈夫そうに見え・・・・・・、あ、アユム、なの?」
「何を変なことを言っているんだ? それ以外の何に見えるんだ?」
「・・・・・・アユム!」
俺の方を見て驚いた表情をして後に、泣きそうな顔をしている前野妹が俺に飛びついて来ようとした。正直避けたいが、さっきのお尻たたきの件で少しならいいかなと思ってしまった。まぁ、こいつがここから戦えなくなることは御免だから、少しなら許してやるか。そう思い、俺は前野妹を受け入れた。
「本当に、本当にアユムだよね? 私を嫌いって言ったり、私のことを拒絶するアユムじゃないよね?」
「いや、それは普通に言っていただろう」
この前野妹の言っていることで、前野妹がどんな悪夢を見たのかは分かったが、俺なのかよ。俺じゃなくて稲田に嫌われる悪夢でも見ていろよ。だから前野妹が抱き着く結果になってしまっただろうが。でも悪夢と言うのは潜在意識の中にある大切なものを引き出して悪夢に変える。・・・・・・だが、それだと最初に俺の悪夢に出てきた前野妹たちも俺の大切なものと言える。あぁ、そうか。ナイトメアロードの場合は違っていたのか、うん。
「ううん、こうやって受け応えしてくれるから、本物のアユムだ。・・・・・・あぁ、本当に辛かったぁ。ずっと、たくさんのアユムに私を否定され続けている夢を見ちゃった。アユムは私が何かを言っても、聞かずに私のことを否定し続けて、殴られたり、色々な嫌なことをされた」
涙を流しながら悪夢の中のことを言ってくる前野妹だが、胸部に身に着けている鎧が当たって痛いんだけど? 早くどいてくれないと、俺が吹き飛ばすぞ? でも、受け入れてしまった以上、離れろとは言えないから俺は黙って前野妹が泣き止むのを待った。
「あ、ごめんね。鎧が邪魔だったよね」
しばらく俺に抱き着いて泣いていた前野妹が泣き止んで、鎧のことに気が付いたようで俺から離れて座り込もうとした。だが、その工程を見ていた俺はこの後に何が起こるのかを察してしまった。さっきまで痛いと言っていたのに、そんなことをしてしまったら、
「いっ! ・・・・・・たぁい」
座った前野妹は痛さからすぐにお尻を地面から離して四つん這いになった。今までは泣いていて忘れていたようだが、痛さがなくなるわけがない。前野姉がいるのだから、回復スキルや魔法を覚えていないのだろう。だからお尻を治すことができないのだろう。
「ねぇ、どうしてこんなにお尻が痛いの? 夢の中に入る前は痛くなかったのに」
「それは俺がお前を悪夢から目覚めさせるために叩いたからな。痛くないと起きないだろう」
「・・・・・・アユムが、私のお尻を叩いたの?」
「それが何か悪いか?」
「ううん、全然悪くないよ? ・・・・・・えへへっ」
俺にお尻を叩かれたと言うのに、前野妹は痛がっていた表情はなくなり、気持ち悪い笑みを浮かべているんだが? 俺にはその顔がどういう顔なのか分からない。叩かれて笑みを浮かべる奴なんて、滅多にいないだろう。どういうことだ?
「あっ・・・・・・、お尻がものすごく痛いから、私のお尻を見てくれない? 私のお尻を叩いたんだから、それくらいはしてくれるよね?」
何かを思いついたような顔をした前野妹が自身のお尻を見るように言ってきた。何言ってんだ、こいつは? どうして俺がそんなことをしないといけないんだよ。確かに俺が叩いたが、それは悪夢から目覚めさせるためだろう。
「そんなふざけたことを言っていないで、お前の姉も起こせ」
「お尻が痛くてお姉ちゃんを起こせないなぁ。アユムがお尻を叩いたおかげで、お尻が痛くて起こせないなぁ」
四つん這いの体勢で俺に向けてお尻を振りながら白々しくそう言ってくる前野妹。こんなところにも面倒な女がいたよ。銀髪の女性と言い、俺の周りには面倒な女しか出てこないのか? こんなところでお尻を振っている場合ではないのに。
「おい、こんなことをしている場合ではないだろう。今は敵陣の中にいて、俺とお前しか起きていないんだぞ? それなのに、こんなところで遊んでいる場合ではない」
「うっ、それはそう・・・・・・アユムが私のお尻をすぐにでも見てくれたらいい話だよ! それくらいの責任は取ってくれても良いなんじゃないの⁉」
前野妹は、最初は納得しかけていたが途中から俺がお尻を見る流れをゴリ押ししようとしている。前野妹の目を見ると、絶対に譲らないという目をしている。こんなところでするような目ではないだろうが。ハァ、早く終わらせよう。
「帰ったら覚えていろよ」
「うん、覚えてる! だから早くアユムの手でスカートをめくって確認、して?」
覚えていろと言って嬉しそうにしている奴はいないだろうに、どうしてさっきから前野妹は嬉しそうにしているのだろうか。俺の分からない表情ばかりしているから、頭がこんがらがっている。それよりも、まさか前野妹のお尻を見ることになるとは。こんなことなら太ももの方が良かったのではないか?
後悔しながらも、俺はお尻を突き出している前野妹に近づく。前野妹はこちらを向いて顔を赤くしながら期待した眼差しで俺を見ていた。まぁ、こいつの裸は小さい頃から飽きるほど見てきているし、その延長線上と考えれば良いか。
「あっ・・・・・・」
前野妹のスカートの裾を掴むと、前野妹が少し驚いた声を上げた。ていうか、何回も思っていることだけどこんなゆっくりしている場合ではないんだよ。俺は早く終わらせるために前野妹のスカートを勢いよくめくった。スカートの中には、白いパンツがあり、真っ赤になっているお尻があった。
・・・・・・お尻以外見ない。いや、お尻でも相当やばいけど。前野妹のお尻はかなり真っ赤になっており、俺の手形が前野妹のお尻に残っている。これは、傷物としたと言われても何も文句は言えないが、治せるのだから良いだろう。
「私のお尻は、どう? 黙っていたら恥ずかしいよ?」
「あぁ、何ともなっていないな。これならこのまま放置していても問題ないだろう」
「・・・・・・嘘ついているよね? 十数年の付き合いで、嘘がバレないと思っているの?」
くそっ、やっぱり騙せなかったか。俺がこいつのことを理解しているように、こいつも多少なりとも俺のことを理解しているのだろう。だけど俺のことを完全に理解しているわけではない。理解していたら俺がこいつらと仲違いするわけがない。そこら辺を考えると、俺は何故こいつらのことをこんなにも理解しているのか腹立たしく思う。
「お前のお尻には俺が叩いた手形が残っている。これで満足か?」
「えっ? 私のお尻にアユムの手形が残っているの? ・・・・・・えへへへへっ、そうなんだぁ」
「・・・・・・気持ち悪ッ」
俺の言葉を聞いた前野妹がニヤニヤとした笑みを浮かべているが、俺は素直に気持ち悪いと言ってしまった。今まで抑えていたのに、自分のお尻に他人の手形が付いて喜んでいる女がいれば、それは気持ち悪いと言ってしまう。俺は悪くないだろう。
「確認は終わったんだ、早く立て。前野姉を起こすぞ」
「うん、分かった。・・・・・・えへへ」
「一度お前の頭を叩いた方が、その気持ち悪い笑みは収まるのか?」
敵陣の中だと言うのに、気持ち悪い笑みを止めない前野妹に少しイラっとしたものの、俺と前野妹は前野姉の元に向かう。前野姉はフローラさまとルネさまと固まって悪夢の中に落ちており、三人が苦しそうな顔をしている。悪夢を見ていると現実でもこんな顔をするのか。
「ねぇ、どうやってお姉ちゃんを起こすつもりなの?」
「どうって、お前と一緒の方法しか思いつかないぞ?」
「それってお尻を叩くってことだよね?」
「それがどうした? お尻が嫌なら太ももでもどこでも良いが。ていうか、俺がやるのではなくて前野妹がやるんだぞ? 何回も女のお尻を叩く趣味はない」
何回も前野妹のお尻は叩きましたけどね。これ以上したら、フローラさまにバレた時に何か言われそうで嫌だ。前野姉を起こしたら一刻も早くナイトメアロードを倒しに行こう。
「私も姉のお尻を叩く趣味はないよ。できることならアユムに叩いてほしいんだけど」
「それは嫌だ。前野妹が起きたのだから、お前がすればいい」
「それって、私のお尻だから叩いたってこと?」
「話を聞いてたか? 仕方なく叩いたんだよ。方法はどうでも良いから、前野姉に強烈な痛みを与えて起こせ」
「そんなこと急に言われても、私が起こされた方法のお尻叩く以外思いつかないよ?」
「それでいいから早くやれ」
俺は急かすように前野妹に言うが、前野妹は何やら手こずっていて自身の姉のお尻を叩こうとしない。仕方がないから、手を貸すことにしよう。俺は前野姉をフローラさまとルネさまから引き離して前野妹にお尻を突き出す形にしてやった。
「これでやりやすいだろう」
「・・・・・・寝ている姉のお尻を突き出させている幼馴染。何か複雑な気分」
「良いから早くやれ。じゃないと進めない」
俺が起きてから少し時間が経過している。≪完全把握≫と≪地形把握≫は起きてから常時発動させているから、まだ他のモンスターたちに俺たちのことは気が付かれていないようだ。だが、それでも敵陣の中なのだから油断しないし、早くフローラさまとルネさまを安全な場所にお送りしたい。
「じゃあ、やるからね」
そう言った前野妹は、前野姉のお尻を叩いた。お尻からはそれほど良い音がしなかった。これは手加減していたな。尻叩き検定五級の俺が言うのだから間違いない。
「おい、やる気があるのか? 時間が惜しいんだから、その程度で起きるわけがないだろうが」
「えっ、でも結構強く叩いたつもりだよ?」
「何回もすることで、お前は自身の姉を痛めつけているんだぞ? せめて一息にやってやれ」
「う、うん」
前野妹は戸惑いながらも、もう一度、腕に勢いをつけて前野姉のお尻を叩いた。今度は良い音が少ししたがまだまだだ。これくらいでは起きないだろう。少しイライラしてきたぞ。女同士なんだから思いっきりやっても良いだろう。俺が思いっきりやれば問題があるけどな。
「おい」
「だ、だって! お尻を叩くなんて初めてやったんだから、どれくらいの強さで叩けばいいか分かんないんだもん!」
てっきり稲田に叩かれたり、稲田を叩いたりしていたものかと思っていた。俺は普通のカップルがどういう物か分からないから、完全に偏見だけどな。
「アユムはどれくらいの強さで私を叩いたの?」
「どれくらいって・・・・・・」
どれくらいと聞かれても、形容しがたい。だから俺はそこら辺にある壁に向けて、前野妹を叩いた威力を再現して壁を叩いた。すると俺の手は壁に埋まってしまった。確かにこれくらいの強さだったと思いながら、俺は手を壁から放した。そこには俺の手形があった。小さい頃を思い出すな。
「・・・・・・嘘だよね? 本当に、そのくらいの力で私のお尻を叩いたの?」
「そうだが、たぶんこの壁が柔らかったんだろう」
「そんなことはないよ? 全然堅いよ?」
「どうでも良いだろうが。そんなことより早く前野姉を起こせ」
「どうでも良くないよ⁉ 私のお尻が割れるところだったんだよ⁉」
「しっかりと割れているから安心しろ。時間が惜しい、どうでも良いことを言うな」
「だからどうでもよくないって!」
チッ、やっぱりこいつらと関わると面倒で仕方がないな。
どういうことだ? 今回はお尻を叩くことしか書いていないぞ?