89:騎士と異形。⑤
ここまで書くつもりは一切ありませんでした。
俺とラフォンさんは道行くモンスターを一瞬で片づけながら、元々王城があった場所に向けて走っていた。王城はこの国の中心にあるため、モンスターを集めるには最適な場所だと聞かされた。それに合わせて、ラフォンさんの直属の部下であるマユさんに頭の中から声を届けて、モンスターたちと戦っている人たちに伝言で国の壁側に国民を集めることを指示したようであった。現に、少しずつ国の人々が兵士などの誘導で壁側に移動しているのが感知できた。
「それで、敵を集める方法を聞かせてもらおうか」
今まで俺に敵を集める方法を聞かずに行動していたから、大丈夫なのかと思っていた。俺を信用しているのかどうかは分からないが、せめて聞いてからにしてほしい。まぁ、絶対に集める方法はあるから良いんだけど。
「はい。自分のスキルに≪絶対権限・囮≫があります。普通は味方からこちらに誘導するスキルですが、これを使えば、モンスターたちを集めることは簡単です」
「ほぉ、希少な絶対権限を持っているのか。とことん騎士として良いスキルを持っている。絶対権限なら、集めるのに問題はないだろう。だが、国中のモンスターを呼び出さなければならないが、大丈夫か?」
「問題ありません。無理なら順応して見せます」
そう、俺のやることは変わらない。できないことがあればその都度順応して、できないことをなくしていく。それがどれだけ苦痛でも、それが俺やフローラさまたちの生き残る道であるのだから、それくらいの苦痛など大したことではない。そもそもこの世界に来てから、苦痛を順応したからな。
「・・・・・・そうか。それでも、無理はするな。順応できるからと言って、何もかもに順応する必要はない。そうなれば、人間でなくなってしまうぞ」
「必要であれば、順応するだけです」
俺がその気になれば、俺は人間でなくなることは可能だろう。今までに順応できなかったことはないからな。今は人間を捨てる気はないが、それでもフローラさまたちが危険な目に合っていて、人間を捨てないといけない時が来るのならば、俺は人間を捨てる覚悟はできている。
そう話している間に、俺とラフォンさんは再建途中のお城にたどり着いた。ここには人がいないかと思ったが、ただ一人だけ残っている人がいた。王さまや大臣たちは避難しているが、この人だけはお城の中心に立っている。
「・・・・・・フロリーヌとテンリュウジさん」
「ステファニー殿下、早くお逃げください」
堂々と立っているそのステファニー殿下のお姿は、まさに王族と呼ぶに相応しいものであった。しかし、ステファニー殿下にも伝言は来たはずだ、どうしてここに一人で立っているのだろうか。今からここは他よりも激しい戦場になるのに。
「いいえ、私は逃げません。この国が崩壊しているというのに、私がここから逃げるわけにはいきません。それが王女としての務めですから」
「ここはアユムのスキルでモンスターたちが集まってきます。他の国民も壁際に避難が完了しています。残るはステファニー殿下ただ一人です」
確かに、ステファニー殿下以外は壁側に避難している。誰一人として取り残されている人たちがいないから、きっとシーカーのマユさんたちが色々としたのだろう。本当に残りはここにいるステファニー殿下だけになっている。
「国と王族は一心同体。国がなくなれば王も必要なくなり、王がいなくなれば国は国として機能しないくらいに大切な関係です。≪王女≫という天命を受けたのですから、私はこの場に残り、近くでこの国の行く末を見守る必要があります」
その心意気はご立派だが、こいつ、頑固だな。お前がいなければこちらは万全に戦えると言うのに、変な意地を張ってここに残るとか言い出しやがって。・・・・・・だが、ここで王女殿下を失うのは良くないのだろう。そうなれば王族の血筋はユルティスの家系になる。それだけは避けたい。
「それはあなたでなくても――」
「ラフォンさん、今はそんなことを話している場合ではありません。今は一刻も早くこの国にいるモンスターたちを倒すのが先です」
「そうだが、ステファニー殿下が・・・・・・」
邪魔だとは言えないラフォンさん。そんなこと気にせずにこんなバカ王女に言ってやればいいのに、お前は邪魔だから引っ込んでいろってな。今は急いでいるから、ラフォンさんが言えないのなら俺が言うことにしよう。俺も邪魔だと思っているから。
「おい、そんなバカなことを言っていないで、早くこの場から立ち去れ」
「なっ・・・・・・、バカですって? バカなこととは失礼ですね。前々から思っていましたが、少々テンリュウジさんは私に対して失礼すぎませんか? フロリーヌには礼儀を払っているというのに、どうして王女の私にはそのような態度なのですか?」
「今の現状を見ればわかるだろう。今からここは今まで以上の戦闘になる、だからここには俺とラフォンさん以外は不要なんだよ。それを、国の行く末を見守るとかでいられたら堪ったものではない。良いからお前は早くこの場所から立ち去れ、バカ王女」
「ば、バカ王女⁉ 今までになく失礼ですよ、テンリュウジさん! 私はこの国の王女です、私がここで何をしようが私の勝手です。例え私がここで戦闘に巻き込まれても、どうぞお気遣いなく。私が選んだ道ですから」
このバカ王女が。死んだら面倒だからお前に逃げろと言っているんだろうが。どう言えばこいつは納得してくれるのだろうか。天命に王女をもらっているのならば、こいつは多くの国民のために生き残らなければならないのだろうが。それを分からず、国と共に滅ぶことを望んでいるのか? ふざけるな。
「本当に、俺はお前が嫌いだ」
俺は≪魔力武装≫を解いてからバカ王女の胸倉をつかんでバカ王女を俺に引き寄せた。そして俺は軽くバカ王女を睨めつけてやる。そうすると、バカ王女は俺に対抗して睨み返してきた。
「安心してください、私もあなたのことが嫌いですから」
「それは良かった、それなら俺も遠慮なくお前に好きなことが言える。お前は自分の理想でしか動けない偽物の王女だ。今でもお前がいなければことが円滑に進められたのに、お前がいるからこういう風に無駄な時間が過ぎていく。お前は自分の理想と現実の違いを理解すべきだ」
「・・・・・・現実を見て、何になるのですか。こんな世界で現実を見たところで、自分が傷つくだけです。私は、誰よりも強くならなければならないのに、誰よりも弱いです。だからこそ、誰よりも強くなるためには理想を見るしかないのです。それがいけないことですか?」
・・・・・・なるほど、こいつはこういうことを考えていたのか。少しだけこいつのことが分かった気がする。だが、こいつがこの場所で邪魔をしている事実は変わらない。今もモンスターたちが人々を追って壁側に移動している。早くこちらに呼ばないと。
「いけないこととは言わないが、自分が弱いのなら周りに頼ればいいだろう。お前の周りには頼れる人がいないのか? ラフォンさんは? 勇者たちは? それとも、頼ることが悪いとでもいうのか?」
「・・・・・・頼ることは悪いことではないと思いますが、それでも、私と同じように苦しんでいるのに、私が弱音を吐いてはいけないと思います。私は一王女として弱音を見せられませんから」
ラフォンさんも前野妹たちも苦しんでいるから、こちらから頼れないだと? じゃあ、誰にも頼ることができないじゃないか。誰もが何かしら苦しんでいるのだから、そんなことを言ってしまえば誰も人に頼ることができない。・・・・・・こいつの心を少しでも軽くする言葉を、俺は持っているが、・・・・・・くそっ、こんなところで時間を取っている場合じゃないから、これを言うしかないか。
「じゃあ、俺がお前をその現実から守ってやる。弱音を吐きたいのなら、俺に言うと良い。泣きたくなれば、俺の元に来ると良い。助けを求めるのなら、俺が助けに行ってやる。これからフローラさまやルネさま、そしてシャロン家の人々の次に、お前を守る騎士となろう。それでバカ王女は現実を見ることができるな? それとも、嫌いな俺では不服か?」
・・・・・・言っちゃったよ。こんな告白みたいなことは言いたくなかったが、こいつが少しでも大人しくなるのなら安いものだ。フローラさまから何を言われるのかは分からないが、それでもバカ王女が現実から目をそらさないでいてくれるのなら、この言葉に価値がある。
「・・・・・・現実を見た私は、すごく我儘ですよ?」
「バカ王女として当たり前だ。だが、少し節度を弁えれば何の問題はない」
「そう、ですか。・・・・・・ふふっ」
俺の言葉にバカ王女は一瞬驚きの表情を表していたが、すぐに俺を少し小ばかにした表情をした。さらに最後に俺が見たことのない微笑みを浮かべたのだ。その表情は今までに俺が見た顔の中で最高の表情だった。何だ、普通に笑えるじゃないか。今まで王女としてずっと過ごしていたから、人の感情を捨てているのかと思った。
「分かったなら、早くここから壁際に逃げろ。巻き込まれるぞ」
「アユム、どうやらそれは叶わないらしい」
俺がバカ王女に向かって話しかけていると、ラフォンさんから暗い声音で話しかけられた。何かと思いラフォンさんを見ると、ラフォンさんは少し焦った表情をしていた。
「今すぐにでもモンスターを集めないとあちらに被害が及んでしまう。つまり、ステファニー殿下が逃げる時間はもうない」
しまった、悠長に話しすぎた。こんなことなら無理やりにでもラフォンさんに頼めばよかったが、もう叶わないことだ。そうなってしまえば、このバカ王女を守りながら戦わないといけないことになる。それを誰がやるかという問題になるが、俺が引き寄せるのだから、ラフォンさんしかいないだろう。
「分かりました。では、今すぐに始めます。ステファニー殿下のことは任せました」
当たり前のようにラフォンさんにバカ王女を任せる発言をして、俺は≪絶対権限・囮≫を使おうとするが、そのバカ王女がステファニー殿下の元ではなく俺の近くに来た。俺とラフォンさんの違いが分からなくなるほどにバカになったか?
「おい、俺ではなくラフォンさんの元に行け。俺がこれからモンスターを集めるんだから、ラフォンさんの方が守りやすいだろうが」
「先ほど私を守ってくれると言ったのは、どこの誰でしたっけ? 自分の言葉に責任を持てないのですか?」
「守るのは俺でなくてもラフォンさんでも――」
「アユム! 早くしろ!」
バカ王女の説得ができずに、ラフォンさんに急かされた。あぁっ! 別にできるから問題ない! あとで絶対にアイアンクローを食らわせてやるからな、バカ王女がッ!
「≪魔力武装≫ッ!」
俺は白銀の鎧を再び纏い、簡単に俺から離れられないようにクラウ・ソラスを持っていない腕でバカ王女を抱き寄せた。バカ王女もそれを容認するように、俺の身体に腕を回してくる。ラフォンさんの戦闘準備がバッチリだと確認して、俺は≪絶対権限・囮≫を使い始める。
「〝こっちに来いッ! 俺が相手をしてやる!〟」
声とともに俺は≪完全把握≫で感知している国の中にいるモンスターたちに囮スキルを使った。すると、人が集まっていた壁際から、次々に城の場所に集まってくるのが感知できた。すべてのモンスターがこちらに来ているから、囮スキルは成功した。
「呼びました。すぐにこちらに来ます」
「あぁ、ありがとう。これから敵の大半を私が殺す。アユムは私が取り逃した敵を殺してくれ」
「はい、分かりました。・・・・・・しっかりと、俺につかまっていろ」
「もちろん、絶対につかまっています」
俺がバカ王女に注意すると、バカ王女は言葉と一緒により一層俺の身体にくっついてきた。この状況をフローラさまに見られたら何と言われるのだろうか。でも、ステファニー殿下とフローラさまは仲が良いのだから、まだ許されるだろう。・・・・・・自信はないけど。
「来るぞ!」
ラフォンさんがそう言う通り、モンスターたちが一心不乱に俺目がけて次々と押し寄せてきた。その際に、街の建物はお構いなしに来ているため、建物が次々に壊されている。それを見て、バカ王女が辛そうな声音で呟いた。
「街が・・・・・・、国民の、思いが・・・・・・」
「街ならいくらでも建て直せばいいし、思い出ならいくらでも作ればいい。今大切なのは犠牲をどれだけ出さないことだ」
「・・・・・・はい、そうですね」
俺は柄にもなくこいつを慰めてしまった。こいつなんて、バカな王女殿下で気にする必要はないのに。少しだけフローラさまと重ねてしまったのは絶対に間違いだ。絶対に疲れているからだ。
モンスターが一定の範囲まで来ると、ラフォンさんは剣を構えて雰囲気を変えた。ラフォンさんが構えは、≪紅舞の姫君≫であり、一息ついた後に鋭い視線をモンスターに当てた。
「≪紅舞の姫君≫」
ラフォンさんが言葉を放ったと同時に、ラフォンさんはモンスターたちの目にも追えない速さでモンスターたちの首を斬り落としていく。一瞬で一定の範囲にいたモンスターたちがすべて殺されていた。さすがはロード・パラディンで俺の師匠なだけはある。
だが、ラフォンさんが殺したモンスターたちはただの一部にすぎず、どんどんと押し寄せてきている。最初は数十体だったのに、どうしたらこんなに多くなっているんだよ。質量保存の法則を無視しているのか?
このまま行っても、ラフォンさんは簡単にモンスターを全部倒すことができるだろう。だが、それでは時間がかかりすぎる。ラフォンさんが倒しきれなくて、俺の方に押し寄せるくらいに勢いがあった方が時間がかからないだろう。
「ラフォンさん! 絶対権限の重ね掛けをしても良いですか?」
「重ね掛けをすれば、私でもすべて倒しつくせないぞ!」
「こちらに来ても自分が倒すので、大丈夫です! 早く終わらせましょう!」
「良いだろう、やれ!」
ラフォンさんのお許しも受けたし、絶対権限の重ね掛けをするとしよう。絶対権限は一度使えばそれだけで十分なスキルであるが、二度目を使おうとすれば一度目の効果に重ね掛けをした状態になる。つまり、それだけ強制力が増して死に物狂いで俺の元へと来ることになる。それをすれば、一度に来るモンスターの数が多くなる。
「すぅ・・・・・・、〝俺はここだぞ! まだ来ないのかぁ⁉〟」
大きく息を吸って俺の声を遠くまで届ける気持ちで≪絶対権限・囮≫を使いながら叫んだ。叫んだ途端、重ね掛けのおかげで近くのモンスターから遠くのモンスターまですべてのモンスターがさっきと比較にはならないくらいの勢いでこちらに来ていた。
さすがのラフォンさんでも、ここまで数が来ていて、自身ではなく他の人間に向けて移動しているモンスターでは、手に負えていないらしい。それでも、半分以上を殺していることは見事だ。ここまで数多のモンスターがこんなに体力が尽きることもお構いなしに来ることなんて、滅多にないことだ。
「さぁ、バカ王女。覚悟を決まっているか?」
「何を今更。そんなものはこの場所に残った時から決まっています。それとバカ王女はやめてください、バカ騎士」
ラフォンさんから逃れて俺の元へと来たモンスターたちが俺に攻撃してこようとするが、俺はそれを避けてクラウ・ソラスを構えた。
「≪剣舞・空≫」
俺は踊るように剣を振り、そこから出された斬撃がモンスターたちを殺していく。ラフォンさんと同じように≪紅舞の君主≫を使おうとしたが、それだとステファニー殿下が俺の動きについてこれないかもしれないから、さすがにやめた。
次々とモンスターたちが俺の元へと現れるが、俺は余裕でそのモンスターたちをさばいていく。ラフォンさんが減らしてくれないとここまで円滑にはできなかっただろう。この調子なら、一時間もかからずに終わりそうだ。
あと何話で終わるのだろうか。