86:騎士と異形。②
ようやく、戦闘シーンに入れます。
ステファニー殿下から頼まれてから時間が経ち、すでに夜となり、俺はこの国の道に詳しい人と待ち合わせの場所で待っていた。待ち合わせの人は女性で、冒険者をしている凄腕の人だと聞いた。凄腕の人なら俺と別れて探した方が良いのではないのか? 俺とタッグを組むのはこの国に詳しいが、そこまで強くはない人の方が良かったではないのか。
まぁ、俺がいれば解決するのだから問題ないか。それよりも、この国で誘拐を続ける誘拐犯は、夜間にのみ出現するらしい。夜間の方が誘拐しやすいのだろうが、夜間のみと分かっていて、夜間の警備を強化しているのに、捕まえるに至っていない。さて、どんな誘拐犯なのだろうか。
そう思いながらも、炎の魔法で夜の道を照らしている街を眺めていると、俺の方に真っすぐに来ている人に気が付いた。それも覚えがある気配であった。誰だったかと考えながらそちらを向くと、全体的に布面積が狭くて大きな胸が強調している白のショートヘアの女性、ヴェラ・サンダさんがこちらに来ていた。
「やっほー、アユムくん! 久しぶりだね」
「お久しぶりです、サンダさん」
結構久しぶりだったが、サンダさんの名前を覚えていて良かった。そしてサンダさんは俺に向かって走り出し、その勢いのまま俺に抱き着こうとしてきた。ここで受け止める必要はないし、凄腕冒険者なのだから避けても平気だろう。そう思って俺はサンダさんを避けた。
「甘いよ!」
サンダさんが俺の行動を見越してたかのように、何もない空間を踏んで避けた俺に飛びかかろうとしている。だが、それでも俺に届くことはなく余裕を持ってサンダさんをもう一度避けた。それはさすがに想定していなかったようで、サンダさんは姿勢を崩しながらも倒れずに止まった。
「甘くはないですよ」
「まさか、この二段構えにも対応するなんて、さすがは騎士王、いや、勇者で神器所有者だね」
騎士王決定戦にクラウ・ソラスを使用して出場したから、俺のことはバレているか。それはそれで隠し事をしなくて良くなったから良いか。それに、俺と組むのがサンダさんなら、腰にある短剣を使うのだから神器同士ですぐにバレる。時間の問題だった。
「知っていましたか」
「それは当然知っているよ。だって私も騎士王決定戦を見に行っていたんだから。そこでアユムくんが出てきて驚いたし、まさかクラウ・ソラスを持っているのがアユムくんだということも驚いたよ」
「すみません。あまり神器を持っていると知られたくなかったので」
「それは全然気にしていないから大丈夫だよ。まぁ、私としてはアユムくんが全然冒険者ギルドに来なかったことに傷ついたかな。あの日からずっと待ってたんだよ? ずっと、ずっと、毎日、毎日、毎日、アユムくんが来るのをね」
そう言っているサンダさんの目は生気を帯びておらず、その目で俺を見てきているから怖いな。これが婚期を逃さんとしている女性の重たさなのか。いくら美人であろうとも、これが来たら誰でも躊躇するだろう。そんなに焦る必要なんてないと思うのに。
「ま、冗談はこれくらいにしておいて、改めてよろしくね、アユムくん」
元のサンダさんに戻ったが、あの目は冗談ではなかっただろう。それにサンダさんが言うと冗談には聞こえないからやめてほしいところではある。早く別の話題にしよう。
「はい、お願いします。それよりも、どうしてサンダさんほどの冒険者が一人ではなく自分と組むことになっているのですか? サンダさんなら一人の方が効率が良いと思いますが」
「あぁ、そのことね。実はその誘拐犯の実力が未知数過ぎて、私でも誰かと組むように言われたんだよ。確か国の兵士が十人いても一瞬で殺されたっていうのを聞いて、冒険者ギルド長が安全策を取って絶対に二人以上で組むようにって言われたんだ。冒険者ギルド以外でもその対策がとれているらしいけど、ロード・パラディンの二人は単体で行っているらしいね」
なるほど、そういうことだったのか。冒険者ギルド長は随分と慎重な人らしいな、当然のことながら会ったことがないけれど。だけど、サンダさんが一人で倒せない実力だとは思えない。何せ、サンダさんは神器を所有しており、その実力は俺が前に直接見た。
「今回私が選ばれたことも何となく理解しているよ。アユムくんが持っている≪完全把握≫と、アユムくんの実力に見合った人が私しかいなかったから、私になったんだと思う。他にも神器所有者であることも要因にあげられるけど」
おい、サンダさんにも≪完全把握≫をバラしているバカ王女はどこだ? 誰彼構わず話していいわけがないだろうが。今度会ったら絶対に何か言ってやる。こうして組むにあたって言わなければならないとしても、俺に一言くらいあっても良いだろうに。
「それよりも、アユムくんは騎士なのに後衛職でも持っている人が少ない≪完全把握≫を習得しているなんて、何から何まで驚きだよ。それもこれも全部クラウ・ソラスのおかげかな?」
「あまりこんなところで言わないでください。その通りなんですけどね」
「あっ、ごめんね。・・・・・・歴代のクラウ・ソラス所有者でも、ここまでバカげた能力の持ち主はいなかったから、どうしてなんだろうね? 召喚される勇者の中でも、一番強くない神器のはずだったんだけどなぁ」
「それは知りません。歴代の所有者が弱かったのではないですか?」
クラウ・ソラスの≪順応≫は、確かに普通に使っていればその場しのぎのスキルにしかならない。それに順応しきれずに殺される状況も出てくるだろう。順応するには時間がかかるから、他の神器と比べると使いにくいし強くないと思われるのだろう。
「お話しはこれくらいにしておいて、早速誘拐犯捕獲と行こうか」
「はい、分かりました」
今は神器の話とかどうでも良いんだ。今は誘拐犯を捕まえないといけない。そうじゃないとフローラさまやシャロン家に降りかかるかもしれない火の粉になるかもしれない。俺たち神器持ちを崩そうとしているのだから、俺が仕えているシャロン家に何か被害があるかもしれない。だから、この件は早く解決しないと。
サンダさんに国の道などの説明を軽く受けながら、≪完全把握≫で国全域に気配感知を巡らせている。国と言うだけあって夜でも昼よりも少ないがそれなりに人がおり、それを頭の中で処理していくのも疲れる。それも一人一人潜在能力などを確認しないといけないから、それで一層疲労がたまる。
「もしかしなくても、大丈夫じゃない? 処理する情報が多すぎるの?」
「いえ、大丈夫です。すぐに順応します」
頭を抑えている俺に対して、サンダさんが心配そうな顔で俺の顔を覗き込んできたが、問題ない。こういう時に≪順応≫がとても役に立つ。自分が苦しいと思っていることでも順応があれば苦しさが無くなっていく、いや、慣れていくが正しいか。
「・・・・・・その≪順応≫って、そうやって使っていると便利そうに見えるけど、痛みも何もかも自分一人で受け持って、自分だけが我慢している騎士に相応しいよね。いいえ、騎士よりもっと残酷なように見える。いつまでも前に立たせようとするそのスキルが、残酷に思えるよ」
「そうですか? 自分はこの力があるから、ここでこうしていられます。残酷だなんて思ったことはありません」
「アユムくん自身がそう考えているのなら、それでいいと思うよ。良いかどうかを決めるのは結局は本人なんだから。でも、私のフラガラッハのスキル、≪神眼≫よりかは使えると思うから、そこは安心していいよ」
フラガラッハは、サンダさんの腰に装備している短剣の名前か。その神器を装備することで使えるのが≪神眼≫となるわけだが、俺のより何か使えそうな感じがするぞ? どこでも誰でもいつでも見ることができるとかのスキルなのだろうか。
「私の≪神眼≫は、簡単に言えばものすごく目が良くなるというだけのスキルだよ。どれだけ速い攻撃でもどれだけ遠くの敵でも、見ることができるというだけの能力なんだ」
・・・・・・あまり、思っていた能力ではなかったな。目が良くなるというだけで神なんて言葉を使うなよ。紛らわしい。・・・・・・だが、このスキルが例えばモンスターの弱点を見ることができるのなら飛躍的にスキルの価値が高くなる。ただの想像だけどな。
「今、名前の割には使えないスキルだって思ったでしょ?」
「まぁ・・・・・・、思いました」
「それは本人が一番思っているから、気にしなくていいよ」
そんな話をしながら、俺とサンダさんは並んで国を不規則に歩いていく。しかし、一向にその誘拐犯が出てくる気配がない。俺が見逃しているという可能性は低い。誰かを誘拐しているという時点で、それは悪意に満ちている行動だ。そんな悪意を俺が取り逃がすはずがない。
それにあらかたこの国の人間を感知し終えた。これで外部から侵入者が来てもすぐに発見することができる。これだけしたんだ、今日中に出てきてくれよ。
「まだ全然出てこないんだよね?」
「はい、それらしき気配は出ていません」
「うーん、今日は出てこないのかな。最近は警備を強化していたおかげで誘拐犯が出てくることはあまりなかったから、今日もその日なのかな?」
えっ? それは非常に困る。そんな日が続いたら、それだけ俺が拘束される時間が増えることになる。やるのなら、俺とラフォンさんなどの少数精鋭にして誘拐犯が誘拐しやすい環境を作り出して、おびき寄せる方がこういう時間を無駄にせずに済むのではないのか?
「最近一日おきに、こうして夜の街を警備しているけれど、私のところには全く尻尾を出してくれないんだよねぇ」
「誘拐犯も強い相手の元には行かないのでは――」
何気なく会話している中で、突然国の中に現れた悪意を持った気配に気が付いた。俺やラフォンさん、グロヴレさんなどの猛者たちがちょうどいない穴に出現した。やっぱり狙っているのか? それにそこに出現しているということは俺のように位置が分かっているということだよな?
「出ました!」
「ようやくお出ましね! 場所は?」
「ここから少し離れていますが、自分たちならすぐにたどり着けます」
「案内任したよ!」
俺とサンダさんは、俺を先頭に悪意を持った気配の元へと走り出した。サンダさんでもついてこれる速度で走ろうとしていたが、サンダさんも速いため考える必要はなかった。誘拐犯らしき気配は動いており、一切動いていない人の元へと向かっているのだろうか。動いていないということは寝ているのか?
「アユムくん、気配を消せる手段は持ってる?」
「はい、持っています」
走っている中でサンダさんにそう問われて俺は即答した。誘拐犯にバレないように近づくため確認してきたのだろう。久しぶりに使う≪隠密≫スキルだが、まさかこんなところで使うことになるとは。
「騎士なのにいらなさそうなスキルも持っているね。そんなことより、そのスキルを使って誘拐犯に近づこう。絶対に逃がさないよ」
サンダさんの言葉に俺は頷いて、≪隠密≫スキルを使用した。今はサンダさんにだけ見えるようにしているが、並大抵の人間ではこの隠密を見抜くことはできないだろう。サンダさんも気配を消すスキルを使っているようであった。さすがは本職の人なだけはある。
気配を消しながら、悪意を持っている気配の元に走って行くと、誘拐犯であろう気配はどうやら狙いの人間の家の中に入ったようで、その姿が見えた。それも一人暮らしなのかその家には一人しかいない。どうやら襲われる前に間に合ったようだ。
「今家に入っていったフードがそうかな?」
「はい、そうです。あれが誘拐犯と思われる人間? です」
誘拐犯の気配を探ったところ、人間だと思うが、人間とは違う気配を感じている。だからすぐに異物だと判断で来た。だが、見た目は人型であるから、人間なのか? それに隠密みたいなスキルを使って姿や気配を欺いているに感じる。・・・・・・それは確認してみればいい話か。
「それじゃあ、私が誘拐犯が入っていった家に突入するから、アユムくんはもし私が取り逃がした時に誘拐犯を捕まえてね」
「了解です」
俺とサンダさんの武器では、建物の中ではサンダさんの方が有利か。そう思いながら俺はクラウ・ソラスを取り出し、サンダさんは腰にある刀身が桃色の短剣フラガラッハを抜いた。すると、クラウ・ソラスとフラガラッハは共鳴して光り始めた。夜であるからその光もより一層明るく感じられる。
そしてサンダさんは誘拐犯が入っていった家に短剣を構えて突入した。あの誘拐犯の実力を計ったが、サンダさんには到底及ばない実力だった。兵士たちが殺されるというのは納得したが、サンダさんに勝てる見込みはない。どうやら俺の出番は来ないか?
そう思っていたところ、音で誘拐犯とサンダさんが激突したのが分かった。≪完全把握≫でも細かい動きを確認することができる。そして、どういうわけか、ところどころで誘拐犯の気配に増減を感じられる。やはり何かトリックがあるのだろうか。・・・・・・うん? サンダさんと誘拐犯の動きが止まった。そして誘拐犯と襲われそうになっている人が密着しているのか? これは、出番がありそうだな。
俺は≪隠密≫を使いつつ、クラウ・ソラスを構えて誘拐犯が出てくるのを待った。誘拐犯は俺の思った通りに襲われそうになっている人を連れてご丁寧に出入り口から出てこようとしている。やはり誘拐犯が人質を取ったようだな。
誘拐犯と首元に腕を巻き付けられて人質にされている、泣くのを我慢している黒髪お姫様カットの美人な女性が出入り口から出てきたところを確認したところで、俺は誘拐犯の近くに移動した。誘拐犯は俺が来たことで驚いて動きが一瞬だけ止まったのを、俺は見逃さずに人質にされている女性を誘拐犯から引きはがして誘拐犯の腹に重い一撃を与えてやる。
誘拐犯は防御できずに後方へと飛ばされていった。人質の女性に怪我がないかと確認するために、女性を見ると、女性と目が合った。女性は俺を見た瞬間に驚愕の表情をして顔を赤くしている。驚愕の顔も赤くしている理由も全く分からない。
「ごめん、アユムくん! 人質に取られた!」
「大丈夫です、女性は助けました」
家から出てきたサンダさんが焦った表情で俺に報告して来るが、何も問題ない。そのための俺だったのだから。しかし、俺のスキルは使っていなくてもそこそこの一撃を受けたにもかかわらず、誘拐犯は気絶した様子を見せない。少しうずくまっているが、すぐにでも立ち上がりそうな気配がする。
「サンダさん、自分があいつを捕えます。サンダさんはその女性をお願いします」
「えっ⁉ 私が追いかけ――」
サンダさんが言い終える前に、俺は誘拐犯の元へと走り出す。俺が行った方が早いだろうし、この誘拐犯の気配で気になるところが多々ある。確認を込めて俺が行くことにした。もし、こいつも神器を無効化する力があるのなら、順応の俺が有利だ。
立ち上がろうとしている誘拐犯を追撃するべく、殺さないように蹴りを入れようとするが、誘拐犯が俺の視界から一瞬で消えた。少しだけ焦ったが、≪完全把握≫を展開していたため、建物の屋根の上にいることがすぐに分かった。
ステファニー殿下が言っていた、兵士と誘拐犯が遭遇した時に一瞬で消えたというのはこういうことだったのだろう。瞬間移動なのだろうが、移動できる範囲が限られているようだ。そうでなければここからすぐに巣穴にでも戻るだろう。それか何かしらの条件があるのか分からないが、今は逃さないように追撃する。
「≪裂空≫」
俺も誘拐犯と同じように建物の上に乗り、建物の屋根を飛んでいる誘拐犯を目視した後に、誘拐犯の背中を狙い斬撃を繰り出していく。誘拐犯は後頭部に目があるのかと思うくらいに正確に俺の斬撃を避けていくが、俺は更なる追い打ちをかけた。
「≪一閃・連撃の空≫ッ!」
一閃と裂空の合わせ技であるから、構えず、建物の上を飛び乗りながらも俺は何発もの斬撃を繰り出していく。誘拐犯は俺の斬撃を段々と避けられなくなっている。そして相手は動きを止めているが、俺は動いているから距離もすぐに詰めることができる。この≪一閃≫は構えてなくても放てるから便利だ。
殺さずというところは面倒だと思ったが、誘拐犯との距離があと一歩のところまでに迫った。殺さない程度にクラウ・ソラスで斬りかかろうとした時、突然誘拐犯の気配が強くなった。俺は何かする前に誘拐犯を斬ろうとしたが、体勢が整っていないため一歩遅く、誘拐犯から全方向へ爆炎が放たれた。
直接喰らっても俺は何ともないが、服を燃やされたらたまったものではないため、寸前のところで後方へと飛んで爆炎から逃れた。逃れたが、服の裾は少し間に合わなかったようで焦げている。・・・・・・こいつは許さねぇ。
そんな感じの表情で誘拐犯を見ると、さっきまでの人型の姿はなく、黒い炎のたてがみを持って黒いオーラを纏っている巨大なライオンがそこにいた。それも気配がとんでもなく大きくなっている。やはり何か隠密を使っていたか。
「があぁぁぁっ!」
巨大なライオンは俺目掛けて襲い掛かってきた。こいつはさすがに殺していいよな?
一応の目標である九十話終了が怪しくなってきました。