84:騎士と勇者。③
最近忙しいです。
前野妹と話す上で、どこから話せばいいのか。どこを確認すれば良いのか、頭の中で整理しないといけない。まず、俺が絶対に確認しないといけないところは、俺と俺の周りの悪評を流したかどうかだが、それはさっき違うと確認できた。・・・・・・最初からお互いの相違を確認していった方が良いか。
「俺と前野姉と三木と佐伯は、同じ日に生まれた。そして一年後にお前が生まれた」
「う、うん、そうだよ。最初から確認するんだね。・・・・・・それに、名前で呼んでくれないんだね」
「名前で呼ぶなんてする必要ないだろう。名前で呼ばなくても分かるんだから」
「そうじゃないよ! 苗字呼びだと他人行儀な感じがして嫌だから、名前で呼んでほしいんだよ」
「へぇ、そうなのか。・・・・・・で、前野は」
苗字呼びか名前呼びなんて今はどうでも良い。今は事実確認をするだけのことだ。そもそも俺がこいつらを苗字呼びするのはあまりに距離が近すぎて距離を離すためだったか。それが中学生から始まったから、そちらの方に慣れてしまった。
「小さい頃の俺と前野たちは、何をするにも一緒だったな。一緒というよりかは、俺が前野たちに付いて行っていると言った方が正しいか」
「あぁ、そうだったね。小さい頃のアユムはあまり他の人と話さなかったよね。私やお姉ちゃん、マヤが先導して何かしていたね」
あの時の俺は本当に積極性の欠片もなかった。今も自分からしようとすることはあまりないが、フローラさまやシャロン家の人々になるようなことならするようになった。それほどに当時の俺は自分で考えることが苦手なガキだった。
「まぁ、俺はそんな自分が嫌で、中学生の時に多少一人で考えれるようにするために前野たちから離れて一人で行動するようになった。小学生の頃なんか、前野たちに付いて行ったところを見られて男らしくないとかからかわれたことがあったか」
「私たちと一緒に行動することが多かったから、アユムは女の子の周りにいることが多かったよね。男の子から羨ましそうな目で見られていたんだと思うよ」
「そんな状況、今の俺なら死んでもなりたくないがな」
「あははっ、そうだね。あんな状況耐えられないよね。・・・・・・あぁ、でも、あの頃も楽しかったなぁ。アユムと一緒に色んなところに行ったり、一緒にご飯を食べて、一緒にテレビを見て、一緒にお風呂に入って、一緒に寝て、年中一緒だったね。その日々が、たまらなく愛おしい」
あまり過去のことに目を向けて懐かしまれるのも困る。当時の俺だって、こいつらと過ごす日々が楽しかったり安心したりしていただろう。だが、それはもう過去の話。今は前野たちは勇者として異世界にいて、俺はシャロン家に仕える騎士兼執事として働いている。もうあの日々には戻れないし、戻らない。
「もう過ぎた話だ」
「ねぇ、アユムもそう思っていた?」
前野妹が不安そうな顔で俺にそう聞いてきた。それは過去を大事にしているから、そう聞いてくるのか? それとも未練があってそう聞いているのか? もしくはどちらもか。今の俺にはどちらでもいい質問に他ならない。
「思っていたかと聞かれれば、思っていただろう。その頃の俺のすべては、お前たちで、お前たちがいないと俺ではなかったくらいだ。だが、それは過去の話で、俺はシャロン家に仕えている。今はそちらの方が大切だ」
「シャロン家って、アユムがさま付けで呼んでいる人たちだよね?」
「あぁ、そうだ」
「・・・・・・もし、もしも、中学の頃にアユムとの仲がこじれなかったら、私がアユムの隣にいたのかな?」
「仮定の話をしても仕方がない。今を生きているのだから、どうしようもない過去を話しても無意味なだけだ。そんなこと考えるだけ無駄だ」
「そう、だよね。・・・・・・でも、無意味だと分かっていても考えずにはいられないんだよね。私がアユムの隣にいて、アユムと楽しく過ごせていたのかもしれないと考えてしまう。やっぱり、私は未練たらたらだよね」
前野妹は今日何度目の涙目なのだろうか。もしもの話をしても意味はないし、こいつらと離れていなければ、俺は自分では何も考えられない男になっていただけの話だ。それ以外に何もない。まぁ、そんなことを考えるくらいに俺のことを考えていることは伝わった。いや、俺のことよりも恋人の稲田のことを考えればいいだろう。
「・・・・・・俺のことなんか考えずに、稲田との思い出を作ればいいだろう。お前らと付き合っているんだろう?」
「えっ? ・・・・・・私たちと、コウスケが? 確かに一回くらいは付き合ったことがあるけど、今はもう付き合ってないよ?」
「・・・・・・は?」
前野妹の言葉に耳を疑った。いやいや、お前たちは稲田と付き合っているはずだろう。そうじゃなきゃどうして俺が稲田の愚痴に付き合わされないといけなかったんだよ。稲田が付き合っているのに他の女に手を出して、とか身体ばかり見てくる、とか色々と話していただろう。
「何を言っているんだ。前野の口から付き合っているのに他の女に手を出しているとか聞かされていたんだろうが。今更そんな嘘をついても意味ないだろう」
「嘘なんかついていないよ! だって、その話はコウスケがクラスメートの女の子と付き合っていたのに、他の女の子とキスとかしているところを見ていたのを、どうしたらいいかアユムに聞いていただけだよ」
「・・・・・・あの距離感は付き合っていただろう。あんなにくっついていて付き合っていないとか信じられるわけがないだろう」
「違うよッ! あれは少しでもアユムの気を引くためにコウスケから提案された作戦だよ! すぐにその作戦はやめたけど。どちらかと言えば、コウスケは友達以上恋人未満みたいな関係かな。全然私たちのことを見てくれていなかったアユムの気を少しでも引くために、コウスケが色々な作戦を立ててくれたんだ」
・・・・・・稲田と恋人関係ではない? いやいやいや、そんなわけがない。俺が前野妹たちと稲田を見ていた時の距離の近さは疑似関係ではないだろう。それでも、嘘をついている気がしない。誰にでも手を出すビッチか? いや、それはないな。そんな真似ができているなら、俺に構わないだろう。何よりこいつらはそんなことができるほど、男経験はないだろう。それほどに俺との時間を過ごしていたのだから。それは俺も女経験がないこととイコールだけど。
「コウスケは中学生の頃からの付き合いで、アユムの次に付き合いが長いから、そこそこコウスケのことを信用しているけれど、付き合うとなれば話は別。言い方は悪いけど、誰彼構わず女性に手を出す男と付き合いたいとは思わないし、いつも自分勝手な物言いだから、絶対に付き合いたくはないかな」
「・・・・・・待て、中学生からと言ったか?」
「うん、そうだよ。あぁ、アユムはまだ付き合いがなかったのかな?」
中学生の頃から稲田と知り合っていたのか? 稲田くらいの分かりやすくてうるさい奴を見逃すはずがないが、・・・・・・ッ! そうかッ! 中学の時に前野妹たちがつるんでいた男、あれが稲田か! 今とは丸っきり違っていたから分からなかったが、良く考えればあれは稲田だ。そうか、あいつは中学の時からいたのか。それで何かあるわけではないが。
「まぁ、稲田が中学生の時からの知り合いなのは初めて知ったが、クズでどうしようもない男だということは分かり切っているから今更どうこうする話ではない。これまでの話を統合すると、前野たちは、俺のことが好きで好きでたまらず、俺の気をどうしても引きたくて俺のしたいこともさせてくれず、俺が好きな気持ちと反して周りがクズで仕方がなく俺と俺の周りを傷つける形になり、俺の気持ちがどんどんと離れていったのに焦って、稲田と色々と作戦を立てたが実らずに俺との仲はこじれ、今に至るわけか?」
「ところどころ言い方に棘があるけど・・・・・・、その内容で間違いないよ。だって、私がアユムのことを好きなことなんて、物心ついた頃から変わっていないんだから。愛しているよ、アユム」
・・・・・・うん? 俺が適当にそれらしいことを言ったら、なぜか前野妹から告白を受けることになっているんだけど。まだこいつらとの仲がこじれていない時は、こいつらのことを大切だとは思っていたけれど好きだと思ったことはなかった。好きという感情が理解できなかったからか? だから、こいつらを心の底から好きだと思ったことはない。
仲がこじれている今なら、なおさら好きだとは思わない。ただ、こいつらも俺のことを大切に思っているのだとは薄々感じていた。それでもラブの方の好きだと思われているとは一切思わなかった。幼馴染として好きだと思っているのだと感じていたが、今の前野妹の愛しているは心の底から思っているものだと理解してしまった。
えっ? この状況はどうすれば良いんだ? 目の前の前野妹は咄嗟に言った言葉だったのか、自分の言葉を理解し始めて顔を真っ赤にして俯いている。・・・・・・まぁ、俺が言うことは一つしかない。
「ごめんなさい、あなたのことは好きではありませんので、他を当たってください」
丁重にお断りすること、これ以外に選択肢はない。こっぴどく振ってもよかったが、あまり意味がないと思ったから普通にお断りすることにした。俺のそのお断りを聞いた前野妹は、驚いた表情をしているようだが、どこで俺がお前に好意を抱いていると思ったんだ?
「・・・・・・どうしてか、聞いて良い?」
「どうしてかとか、言うまでもないだろう。小さい頃の俺は、確かにお前たちを大切に思っていた。だが、それは小さい頃の話であって、今の話ではない。もうお前たちを大切に思う心や、お前たちを好きだという気持ちは一切ない。勘違いや他の奴らがしたこととはいえ、お前らが起点となって俺たちを傷つけたことは変わらない。そんなことをされれば、気持ちは冷めるしなくなる。お前らに悪気がなくても、俺はこれまでお前らのことを恨んでいたんだぞ? そんなことを言われて了承するわけがない」
こいつが悪気がなくて、何もしていないのは分かった。だが、それだけで俺の気持ちがお前らに戻るわけがない。今までお前たちを殺したいほど恨んでいたわけだから、それが誤解だったとしてもその気持ちを整理するには時間がかかるし、好きになる可能性は低いだろう。・・・・・・心のどこかで、こいつらではなかったと安堵している自分がいることに腹は立っているがな。
「・・・・・・そっか、そうだよね。私たちのせいでアユムを傷つけていたんだから、今更アユムが好きとか言える権利があるわけないよね。・・・・・・はぁぁぁ、これが失恋かぁ」
深く息を吐いた前野妹の目に涙がたまっており、それが流れ落ちた。涙を流すほどに好きだったのか? そんな行動していたか? そもそも小さい頃からいすぎてどこからどこまでが好きという行為かが理解できていなかったのだろう。距離が近すぎて気が付かないということか。
「前野妹くらいなら、すぐに良い男でも見つけれるだろう。稲田とか良いんじゃないのか?」
「バカにしているの? 今その言葉は笑えないよ。・・・・・・たぶん、アユム以外の男の人を好きになることはないし、最初で最後の恋だと思う。それ以前に、元の世界に戻れる方法を探さないと、この世界では苦しくてたまらないよ」
元の世界に戻れる方法を分かっていないのは、ありがちだな。一応最終手段として世界を移動するスキルを持っているが、どこに飛ばされるのか分からない使えないスキルだ。それで一回満身創痍の魔物を異世界に逃がしたことがあったな。彼は大丈夫だっただろうか。
それよりも、この世界で息苦しいのか? 勇者として呼ばれたのだから待遇が良いと思っていたのだが。そこのところはどうなのだろうか?
「苦しいのか?」
「うん、すごく苦しい。この世界では美醜逆転? している世界だから、自惚れじゃないけれど私たちってそれなりに美人でしょ?」
「まぁ、そうだな。元の世界では告白をいっぱいされるくらいに美人だな」
「うん、ありがとう。それで、この世界では美人であればあるほどに不細工と思われるから、勇者がどんなものかと見に来た人たちに落胆されるし、この国の偉い人たちや兵士たちに不細工だとか陰口を叩かれていて本当に心苦しい。・・・・・・呼んだのはあなたたちなのだから、それくらい配慮してくれても良いんじゃないの? って言いたくなるんだ」
あぁ、俺と逆の現象が起こっているのか。俺は普通の顔だったが、この世界では受けが良かったが、前野妹たちは美人だからそれだけこの世界では受けが良くないわけだ。フローラさまたちと一緒というわけか。それはそれはご愁傷さまだ。これまで美人ともてはやされた分が、今来たのか。
「毎回ステファニーがその陰口を言っている人たちに注意してくれるのが唯一の救いかな。ステファニーも美人だから陰口を言われていて、本当につらい世界だよね」
そこは全面的に同意する。俺たちの感性からすれば、美人で性格も良い人たちが蔑まされているのはおかしく思える。少しでもこの世界の常識を変化させれれば、良いと思う。
「・・・・・・ハァ、何だか甘いものをお腹いっぱい食べて、一日中寝たい気持ち」
「したければすればいい。何もかも自業自得だがな」
「そういう時は、俺も付き合うぞ? じゃないんだ」
「当たり前だ。俺には守るべき主がいるからな」
「・・・・・・いいなぁ、その主さん。私にその居場所をくれないかなぁ」
そう言えば、最初から話そうとしていたのにいつの間にか話が終わりそうになっている。とりあえず今は前野妹に故意にしたわけではないということは分かった。しかし、それでも俺との関係が改善するわけではない。俺が改善するつもりがないからな。俺たちは今を生きているから、過去をどうこうするつもりはない。
それにしても、俺に振られたというのにそこまでダメージを受けいていないように感じる。俺のことをそこまで好きではなかったのか? それはあり得そうだな、まだ俺への好意を信じ切れていないんだからな。
「一つ気になったことがあるんだが、良いか?」
「うん、良いよ」
「前野は俺に振られたのに、そこまでショックを受けていないように見えるが、それはどうしてだ?」
「あ~、そうだね。何かこれまではアユムと会話しようとしても、アユムが取り合ってくれなかったり、睨みつけてきていたから、昨日までどう話すかだけで頭がいっぱいだったんだ。だけど、こうして普通に話せるようになって、安心しちゃって、振られたことはそれほど気にしていないのかな? ショックだったのはショックだったけど、アユムと話せなくなるわけじゃないから、あまりショックは受けていないよ」
そんなものなのか。・・・・・・俺がフローラさまに振られたり離れろと言われたら、立ち直れない自信があるから、そこは精神の強さを伺える。今は前野妹たちの誤解を解いただけで十分か。これ以上は俺の頭が追い付かない。もうこれだけで十分だ。
「それに、まだアユムのことを諦めたわけじゃないからね?」
「悪いが、諦めろ。これからお前を好きになることは限りなく低いだろう」
「それでも可能性がないわけではないよね? 私は諦めが悪いから諦められないよ」
あぁ、こいつはこんな奴だった。俺のことなんか諦めて稲田のクソ野郎の元にでも行けば良いのに。誤解が解けても、こいつらに俺がこいつらに関心を持つわけではないからどうでも良いんだけど。それよりも、前野妹との話し合いはこれくらいで終わりか。
「あ、そう言えば、ルネさん? が、お姉ちゃんと一緒にいるらしいよ」
終わろうと思ったが、最後の最後で前野妹から今日一番の衝撃の一言を告げられた。えっ、どうしてルネさまと前野姉が一緒にいるんだよ。・・・・・・どういうことだ?
戦闘シーンが書きたいです。