79:騎士とお姫さま。⑤
ついにルネさま回です!
今日もいつもと変わらぬ一日を過ごすと思っていた俺であったが、今日の朝にルネさまからお出かけのお誘いを受けた。フローラさまも、と言うか俺以外は全員分かっていたようだから、俺はそのお誘いを了承して待ち合わせの街に一般人と変わらない私服で立っていた。
ルネさまから今日は執事じゃなくてアユム・テンリュウジとして接してほしいと言われたが、急にそんなことを言われても俺は執事で、ルネさまは主な事実は変わらないからそうすることは難しいと思う。ルネさまのご要望だから、やってみるだけやってみるけど。
「お待たせ、アユムくん」
「待たせたな、アユム」
空を見上げて雲を眺めていると、ルネさまとニコレットさんの声が聞こえてきた。俺は二人の方を見ると、ワンピースを着ているルネさまと私服でもズボンを履いているニコレットさんがおられた。
「いえ、待っていません。それにしても、ニコレットさんも一緒なのですね」
「何だ、私がいては嫌なのか? ルネさまと二人きりの方が良いのか?」
「そういうわけではないです。ルネさまからお誘いを受けたので、てっきりルネさまだけかと思っていただけです。ニコレットさんがいても問題ありません」
「そうか? まぁ、私もこの場に来るつもりはなかったんだがな」
そう言ったニコレットさんがルネさまの方を見てため息を吐いた。それを見たルネさまは、顔を赤くされて動揺されているようだ。えっ、ルネさまがニコレットさんを連れてきたということなのか?
「だ、だって、こんなこと初めてなんだから、一人じゃできるわけがないよ」
「私もしたことがありません。初めての私に言ってこられても、何もできませんよ」
「それでも、一人よりはまだ良いから、ね」
ルネさまがニコレットさんにお願いするような仕草をされている。俺もデートをしろと言われてできる自信はない。フローラさまの時は、フローラさまがリードしてくれるから俺は何もしなくてもよかった。騎士としてもダメだったし、フローラさまはよくリードすることができたな。驚きだ。フローラさまもしたことがなかったはずなのに。
「ここに来た時点で、私も付き合いますよ。ですが、そのような調子で本来の目的を達成することができるのですか?」
「・・・・・・む、無理かも。フローラやニコレットはどうやってしたの? 考えるだけでこんなに心臓がバクバクするものなの?」
「何の話をされているのですか?」
俺をのけ者にして二人だけで二人が分かる会話をされているから、俺は我慢できずにお二人の会話に入り込んだ。そうすると、ルネさまが肩を大きくびくつかせて俺の方を向いて慌てて否定してこられた。
「な、何のことかな⁉ 私たちは何も話していないよ⁉ ねぇニコレット?」
「・・・・・・すまないがアユム、この件は追及しないでくれ。そうしないとルネさまが持たない」
「そうですか、分かりました」
ニコレットさんの疲れ切った顔を見て、ルネさまのことで疲れているのだと理解した俺はこれ以上話が分からない会話に入り込むことをやめることにした。そうじゃないとニコレットさんが疲労で倒れてしまうぞ。そうでなくても、この状態ではルネさまも何のことだか分からない緊張で倒れそうだ。
「ルネさまがこんな状態だから、私も付き添う。だが、あくまでルネさまとアユムの二人のお出かけであるから、私はなるべく後ろにいる。そのつもりでいろ」
「そんなことはダメだよ! このお出かけは私とアユムとニコレットのお出かけなんだから、ニコレットも私たちと一緒に歩かないと!」
ニコレットさんの言葉に、ルネさまが反論されてニコレットさんの手を引いて俺の手と合わせた。これは手をつなげということなのは分かったから、大人しく俺はすでに諦めているニコレットさんと手をつないだ。それを満足そうに見られたルネさまは、今度は空いている俺の手の方に回って俺の手をつないでこられた。これにも大人しく手をつなぐ。
「これで良し! 今も緊張で心臓がバクバクしているけど、三人で一緒にいこ!」
ルネさまは俺の腕に抱き着いてこられて俺を引っ張って歩き始めた。従ってニコレットさんも引っ張られる形となっている。ニコレットさんが手を離そうとするが、俺はこの状況から逃れようとするニコレットさんを許すはずがなく、俺が手を離そうとしない。
それに気が付いたニコレットさんが俺に恨めしそうな顔で見てきながらも、諦めて俺と肩を並べて歩き始める。よく考えたら、この状況は両手に花というものか。周りの視線が痛いが、これはこれで嬉しいものがある。だって、二人の体温が感じられて、安心するからな。
俺とルネさまとニコレットさんの三人が横並びで歩いているが、俺はどこに行くのか全く聞かされていない。お出かけ、というくらいであるからどこかにお買い物でもするのかと思った。聞かされずに行くのは良いが、一応聞いておくか。
「あの、ルネさま。一体どこに行かれるおつもりですか?」
「はい、ダメ~」
ただ俺がルネさまに聞いただけなのに、ダメ出しを受けてしまった。俺の言葉のどこがダメだと仰るのだ? まさか、行き先を聞くことがダメだったのだろうか。それなら俺は大人しくルネさまに付いて行くだけのことだ。
「言ったでしょ? 今のアユムくんは、シャロン家に仕える執事のアユム・テンリュウジじゃなくて、ただのアユム・テンリュウジだよ。それなのに〝さま〟とか敬語は不自然だし、私は年下なんだから敬語を使わないようにしないと」
「・・・・・・それは、絶対にやらないとダメですか?」
「うん、ダメだよ」
満面の笑みでダメと言われたが、それは少し難しいことだ。素で敬語やさま付けをしている時点で、敬語なしの方が難しい。それが俺の自然なのだから、敬語なしの方が疲れるだろう。・・・・・・だが、ルネさまがこう仰っているから、譲ってはくださらないだろうな。
「・・・・・・ルネ、さん」
「ダメ。敬語を使わないんだから、呼び捨てだよ」
くっ! ルネさまを呼び捨てなんて無理だろう! 二年間もさま付けをしていたんだぞ? それなのにルネさまを呼び捨てにできるわけがない。そもそもどうして呼び捨てにしないといけないんだよ。ルネさまを呼び捨てなんてできる気がしない。・・・・・・そうだ。
「シャロン、ではダメですか?」
「ダメだよ。シャロンは家で五人いるんだよ? ほら、ルネって言ってみて」
「諦めろ。ルネさまはアユムが呼ぶまで終わらせる気がないぞ」
ニコレットさんの言う通り、どうやら言わないといけないようだ。・・・・・・ルネ、ルネ、ルネ。ルネさまと目を合わせて心の中で、ルネ。よし、何だか行けそうな気がしてきた。俺はルネさまと目を合わせて口を開いた。
「・・・・・・ルネ」
「・・・・・・思ったより、すごくいいね」
俺の言葉にルネさまは顔を赤くされながら、目をそらされた。俺も少し恥ずかしいが、目をそらすほどではない。違和感は半端なくあるけれど、やれない程ではない。今だけは敬語なしで話さなければならないのなら、今日だけは耐えられるだろう。うっかり敬語を使いそうだけど。
「それで、今日はどこに行くんだ? ルネ」
「えっ、えっと・・・・・・」
俺が敬語なしで目を合わせて話しかけると、思ったより動揺しておられるルネさまが目を泳がせながら言い淀んでおられる。言わせてきた本人が一番動揺しているって、どういうことだよ。ため口で話しただけで同様って、どういうことだ?
「ニコレットさん、これは敬語で話した方が良いですか? そちらの方が話しやすいと思いますが。と言うか、どうしてルネさまはこのような状態になっておられるのですか?」
「いや、敬語なしはルネさまが仰られたことなのだから、最後までやり通すべきだろう。そしてなぜこのような状態になっているのかという問いは、す・・・・・・身近な男に言われたことがなくて慣れていないからだろう」
ニコレットさんの言葉に少々気になる部分はあったが、とりあえず俺が敬語なしでルネさまに話しかけることは決定した。それにしても、このような状態のルネさまで大丈夫なのだろうか? 試しにもう一回敬語なしで話しかけてみるか。
「ルネ? どうしたんだ?」
「・・・・・・分かってて話しかけているよね? アユムくんの意地悪」
「何のことだか分からないな。それとも敬語で話した方が良いか?」
「・・・・・・ううん、それで大丈夫」
俺のからかうような言葉にルネさまはふくれっ面をしてそっぽ向かれたが、この話し方がお気に召さなかったわけではないようだ。これでようやく本題に入れるな。
「それで、今日はどこに行くんだ?」
「あぁ、そうだったね。今日はね、街外れにあるお花畑に行こうと思っているよ」
「お花畑? そんなところがあるのか?」
「うん! 学園の知り合いに綺麗なお花がいっぱいあるって教えてもらったんだ」
お花畑か。ルネさまは確かお花を見るのも育てるのも好きで、シャロン家のお庭にあるお花はルネさまが育てられたらしい。ルネさまが育てられたお花は、素人の俺であっても一目で丹精込めて育てられたと理解できた。それくらいにガチ勢なのだ。
「三人でそこに行こうと思っているけど、ダメ、かな?」
上目遣いで俺に確認をしてくるルネさま。これを天然でやっている辺りが本当に怖いな。まぁ、あざとくやられるよりかは全然いいし、むしろ良い。
「いや、ダメじゃない。三人で一緒に行こうか」
「うん!」
ルネさまの満面の笑みに元気が良い返事に、心を揺らされながらも表に出さないようにする。だって、俺たちから離れた場所にフローラさまとブリジットとサラさんが変装してこちらを伺っているのが見えている。ここで俺が変なことをすれば、フローラさまの機嫌が悪くなるのは必至。冷静になろう。
街外れに行くために俺たちは少しゆっくりと歩きながら、寄りもしない出店の商品を遠目で見ながら歩いていく。基本はルネさまから話しかけられ、俺とニコレットさんが応答する形になっている。ルネさまはお話しが好きだからな。何でもないことでも話してこられる、非常に癒される。会話に困らない。間が空かない。
「ねぇ、アユムくん」
「はい、何ですか?」
「敬語は?」
「・・・・・・何だ?」
この雰囲気に呑まれてうっかり素を出して敬語でルネさまに返してしまった。そしてそれをルネさまは笑顔で訂正を求めてこられた。絶対にこのルールは俺に厳しいだろう。まだ俺がこっちの世界に来たてで、シャロン家に慣れていなかったら、このルールは簡単だった。
「アユムくんはお花好き?」
「花? ・・・・・・まぁ、好きだな。育てたことはないし、こうしてどこかに見に行ったことはないが、綺麗だと思うし素敵だと思う」
いや、どこかに見に行ったことはあったな。元居た世界で三木と行ったことがあった。こんな嫌な記憶をすぐにでも忘れたいところだが、嫌なことに覚えているものだ。もう五年以上も前の話なのに、嫌な思い出はすぐには消えてくれない。
「そうだね、私もそう思う。お花って、素直なもので、丹精込めて育てると、綺麗で誰にも負けない美しさを持ったお花が出来上がる。・・・・・・でも、丹精込めて育てないと、すぐに枯れてしまって、瑞々しくないお花が出来上がってしまう」
そんなものだろうな。小学生の頃に花を育てたことがあるが、水やりや手入れをしてやらないと上手く育ってくれない。それは花以外の植物でもそうだから、俺は丹精込めて育てることができる人を素直に尊敬することができる。それはルネさまでも言えることだ。
「だから私はお花を丹精込めて育てて、綺麗なお花を作るようにしているの。だって、瑞々しくないお花が出来上がってしまうのは、可哀そうだもの」
「・・・・・・綺麗な花が出来上がるに越したことはないな」
喋っているルネさまの雰囲気が変だと思い、俺はルネさまのお顔を見る。ルネさまのお顔は、俺が見たことのない無表情だった。いつもほんわかとした雰囲気なのに、今のルネさまはそれが一切なく無表情をされている。えっ? 一体何がルネさまの地雷を踏み抜いたんだ? 俺が何か言ったのか?
「んっ! ルネさま、お花の話は良いですが、あちらの装飾品に綺麗なものがありますよ。見に行かなくてもよろしいですか?」
「あっ! 本当だ! 少しだけ見に行こうかな」
ニコレットさんが無理やり話題を変えるために近くの出店で出されている装飾品をルネさまに教えて差し上げた。するとルネさまはそちらに食いついて先ほどの無表情が嘘のようにほんわかとした雰囲気に戻った。ふぅ、危なかった。
「ありがとうございます」
「いや、今のはどうしようもないことだ。あの状態はルネさまが抱えている闇が表に出た状態だ。本当に不意に出てくるが、アユムが見るのは初めてだな」
「はい、初めてです。・・・・・・何も抱えていないと思っていましたが、そんなことはなかったです。この世界に生きている限り、何らかの闇を誰しも抱えていますね」
本当にルネさまは何もないと思っていたが、この世界で生きていく上で何もなかった、などあるわけがない。フローラさまでも心に傷を受けたのだから、シャロン家の長女であるルネさまも心に傷を受けているはずだ。そんなことも分かっていなかったとは、執事や騎士として失格だ。
「これ以上は詳しく言わない。そもそも、今日花を見に行くことも結構な危ない橋を渡っているように感じるから、何度もルネさまのあの状態を目にすることがあるだろう」
「・・・・・・ルネさまがあの状態になられるのは、花がきっかけなのですか?」
「そうだ。だから、気をつけろ。正直私でも手を付けられない時が数度あったから、それを考慮して今日を乗り越えていくことだ。できれば解決してくれればいいが、希望に近い願望だ。あまり気にするな」
やばいな、ニコレットさんがここまで言うとは、ルネさまはどれだけの闇を抱えているんだ。シャロン家の中で一番大丈夫そうな人が、実は一番大丈夫そうじゃなかったという展開かよ。その闇を含めてのルネさまだから、今のルネさまを否定するつもりはない。
「おーい、何をしているの? こっちに綺麗な腕輪があるよ~」
ルネさまが出店の前に立ってこちらに手を振ってこられた。俺とニコレットさんはルネさまの元へと向かった。するとそこの出店の店主は、前にブリジットためにペンダントを購入した出店の大人びた雰囲気に紫色の髪をアップポニーテールにして紫色の薄い布で口元を隠している美人な女性だった。その女性と目が合った瞬間、俺は少し嫌な顔をして、女性は少し驚いた後に笑みを浮かべた。
「あら、前に来た男の子じゃない。今日は別の彼女さんをお連れなのね。女の子に人気なようで何よりだわ」
「別に人気で良いわけではないです。それと、前回のあのペンダントはいい出来でした。ありがとうございました」
「あの彼女さんがお気に召したのかしら? それなら良かったわ。あのペンダントは特別性だから、大事にしてくれればしてくれるほど、きっといいことがあるわ。大事にしてね」
「大事を通り越すくらいに大事にしていますよ」
俺がブリジットにプレゼントしたペンダントは、ブリジットがいつも片時も離さずに持ち歩いている。ブリジットが一人でいる時にこっそりと見てしまったが、ペンダントを見て顔をにやけさせていた。本当にレアな現場に立ち会ってしまった。その後はこっそりとその場を離れたがな。何を言われるのか分からなかったから。
「今日はお嬢さん二人に買ってあげるの? それなら大歓迎よ」
「今日は結構です。ほら、行くぞルネ」
「えぇ⁉ せっかくだから何か買って行こうよ~」
「今日はお花を見に行くんだから、違う日だ」
またあの人だかりに囲まれるのは嫌だから、今日はというかあまりここに長居したくない。だから少しだけ抵抗しているルネさまとニコレットさんを引っ張ってこの場から離れようとする。
「それは残念ね、またの来店をお待ちしているわ。あぁ、それと、ニース王国は気を付けておいた方が良いわよ。何かしてくるかも、しれないわね」
俺はその言葉を聞いて急いで女性の方に顔を向けたが、女性はそれ以上何も言うつもりはないという風に手を振っている。・・・・・・格好も雰囲気も怪しいのに、言葉まで怪しくされると怪しまないと気が済まなくなるぞ。何か知っている口ぶりだが、俺はそれ以上何も言うことはせずに、三人で先へと進んだ。
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