78:騎士の異変。
この回は必要だったので入れさせていただきました。本当は二千字程度で終わらせるつもりでしたが、六千字いっていました。そして、気が付けば総合評価が1100を超えていました、ありがとうございます!
俺がふと目を開けると、そこは何も知らない場所であった。寝ている時はフローラさまやルネさま、ニコレットさんとブリジット、サラさんと同じベッドで寝ていたという意味が分からない状態だったのに、今は草花が生えた草原の上に立っていた。
「どこだ・・・・・・、ここは」
周りを見渡しても一面草原だけで、他に何もない。空は雲一つない青空があり、花の匂いを運んでくるそよ風と合わさってすごく気分のいい感じがする。だけど、俺の他には誰もいない。俺の守るべきシャロン家の人たちがいない。
「・・・・・・フローラさま? ルネさま?」
俺は歩きながらフローラさまやルネさまを探し始める。ここがどこかは分からないが、俺がいない時に何かあってもいけない。≪完全把握≫を使い周りを捜索するが、全く感知が反応しない。本当に人っ子一人いない状態だ。誰がこんな場所に俺を連れてきたんだ。・・・・・・いや、フローラさまたちから引き離されたのか? それなら早く戻らないと。
そう思った俺は当てもなく走り始める。≪騎士王の誓い≫も反応しない今、身体を動かす以外打つ手はない。だからこうして走り続けるしかない。こんな手しかないことに俺はもどかしさを感じるが、今はそんなことを考えている場合ではない。
しばらく全力で走り続けるが、一向に草原が終わることはなかった。しかも、元居た場所から動いていない気がするのは気のせいだろうか。・・・・・・一体、どうすれば良いんだよ。ここは一体どこだよ。ここは夢の中なのか? こんなリアルな夢があるのか? 走っている感覚も、乱れている呼吸も、新鮮な空気を肺に取り込んで酸素を身体中に回している感覚も、本物に感じる。
「くそがっ・・・・・・ッ!」
行く当てがなく、俺は立ち止まって呼吸を整えようとする。だが、誰もいないはずの俺の背後に人の気配を感じた。俺はすぐさま後ろを振り向くと、そこには不気味な笑みを浮かべた稲田の姿があった。
「おい、甲斐性なし。お前は本当に俺より下だよな」
今まで気配すら感じなかったのに、どうして稲田がここにいるんだよ。こいつの力でそんな芸当ができるわけがないだろうが。こいつは本当に稲田なのか?
「ねぇ、本当だよね。アユム、いやテンリュウジってどうしようもない男だよね」
その後ろから前野妹が俺のことを見下しながら登場した。その他にも、前野姉と三木、佐伯が俺の前に音もなく現れた。こいつら、本当に本人なのか? こんな登場の仕方は夢でしかありえない。俺が遅れを取っているわけがない。
「本当にそうだよね。リサたちがしょうがなく話しかけていたのに、それを勘違いしていたんじゃないの? 勘違いしていたから、脈がないと思って拗ねているのかな?」
「それはどうしようもなく子供ね。それに、私たちがテンリュウジみたいな男と付き合うわけじゃない、気持ち悪い。親同士が仲が良いから話していただけだもの」
「・・・・・・同意。話したくもなかった」
前野姉と三木と佐伯がそれぞれ俺の前でそう話し始める。夢で、とっくに吹っ切れているのに、俺は心苦しさを感じている。どうしてだ? こんな奴らに何を言われても、こいつらのことを憎んでいるんだから何とも思わないはずだろうが。それがどうして今になって苦しくなっているんだよ。
「ほら、お前のご主人さまもお前に呆れて俺に鞍替えするとさ」
俺が意味も分からない苦しさと戦っていると、稲田がフローラさまの肩を抱いて俺の前に現れた。お前ッ、そのお方の肩を持つんじゃない!
「お前ッ――」
「こっちを見ないでくれるかしら、汚らわしい」
俺が稲田に言葉を投げかけようとするが、その前にフローラさまが俺に冷たい視線でそう仰られた。それを聞いた瞬間、俺は段々と呼吸が荒くなっていくのが分かった。一番嫌われたくない人に、そう言われたのだから当たり前か。これは夢だ、そう夢なんだ。だから本物のフローラさまではない。だが、本物のフローラさまも仰られるかもしれないという不安が募る。
「あなたなんかより、コウスケの方が頼りがいがあって男らしいわ。あなたとは大違い。あなたはもういらないからどこへなりとも行きなさい」
冷たい言葉でフローラさまにそう言われると、俺の頭の中はもう何も考えられなくなる。これが夢だとか、そんなことも考えられないほどに。苦しい、つらい、しんどい、死にたい、何も考えたくない。
「そうだよねぇ! こんな人よりコウスケくんの方が良いよね!」
「そうですね、ルネさま。こんな何もない男より、コウスケの方が何倍も良い」
「ニコレット姉さんの言う通りです。どうして私はこんな奴に過去を話したのでしょうか」
「ごめんね、テンリュウジくん。でも、テンリュウジくんみたいな甲斐性なしさんには用はないから」
フローラさまの他にも、ルネさまとニコレットさん、ブリジットとサラさんが稲田の身体に抱き着きながら俺にそう言ってきた。・・・・・・あぁ、すべての思考が停止していくのが分かる。もう、何も考えられない。何も考えたくない。すべてが鬱陶しく感じる。
「だから言っただろう? お前は俺より下だって。だから、お前が持っているものは簡単に俺に取られるんだよ」
稲田はフローラさまたちの身体を弄びながら、跪いている俺を見下して笑みを浮かべて俺にそう言ってきた。だが、もはやそんなことを考える思考にはなかった。これが夢だと分かっていても、もうどうでもよくなってきた。
「・・・・・・ぁ」
絶望に叩きつけられていると、俺が跪いている地面が段々と黒くなっていくのが分かる。そしてその黒い何かに俺は沈んでいく。今はもう抵抗する気がなく、どんどんと俺は黒い何かに呑み込まれて行く。ついには俺の首まで沈みだし、俺の全身がその何かに沈んだ。
何かに沈むと、そこは何もない黒い世界だった。見渡しても何も見えない瞼を閉じているそんな世界だ。そんな世界に、俺は沈んでからずっと落下している感覚に陥っている。何も見えないから落下しているかどうかも確認できないが、その感覚しかないから俺は落ちていると信じるしかない。
だが、もうそんなことはどうでも良い。これから落ちていくだけの世界だ、何も考えなくてもよくて誰とも触れることがない世界。人間を信じ切れていないこんな俺にはちょうどいい世界だ。ここでずっと落ちていても良いだろう。
そう思っていたが、すぐそばで何かが光っているのが分かった。周りは何も見えない暗闇の世界だから、その光が凄く目立つ。この落ちていく世界に心地いいと思っていたのに、俺は何を思ったのかその光に手を伸ばし始めた。おい、それに触れればここから出てしまう。そんなことをすれば俺はまた苦しい世界に出ないといけなくなる。
それでもなお俺は手を伸ばし続ける。もしかしたら心のどこかで光を求めているのかもしれないが、そんな場所よりもこの何もない世界の方が何も考えないで済むだろう。そう自分に言い聞かせても、手は伸ばし続けてついには俺の手は光を掴みかけた。
しかし、少しのところで光を取りこぼしてしまい光がどこか遠くに行きそうになるが、光から誰かの腕が出てきて俺の伸ばしている手を掴んできた。そして俺は落下していた身体はその場で止まった。誰の手だろうと思ってそちらを見るが、腕だけが光から出ていたため分からなかった。
『闇に落ちてはダメよ』
「え?」
光から腕だけしか出てきてないのに、どこか優しくて何とも言えない安心感がある女の人の声が聞こえてきた。いくら声の方を見ても、腕と光しか見えない。
『闇はすべてを呑み込み、すべてを破壊する。それに呑み込まれてしまえば、その先にあるのは虚無だけ。決して闇には負けないで。負けそうなときは私が力を貸してあげるから』
「・・・・・・あなたは一体」
『私? 私は――の――よ』
女の人の声が途切れ途切れでしか聞こえない。と言うか重要な場所が聞こえない。一体誰なんだよ。誰が俺に話しかけているんだよ。
『・・・・・・ダメね、声が届かない。今はそれでも良いか。それにもう時間だわ。・・・・・・それよりも、こんな深層にまで神器が反応するなんて、相当闇が深かったのね』
女の人が何やら独り言を言っているが、俺は何を言っているのか言葉の意味が分からなかった。ただ、もう時間だということだけは理解できた。俺の意識が段々と薄れていく。
『思うままに生きると良いわ。だけど、守るためには闇は必要ないわ。闇を捨てて守り切りなさい、怖がりな騎士くん』
その言葉を聞いて、俺の意識は完全に遮断された。
俺が段々と意識を覚醒させていくと、誰かに呼ばれていた。誰かと思って目を開けると、そこには心配そうな顔をして俺の顔を覗き込んでいるフローラさまやルネさま、ニコレットさんとブリジットとサラさんがいた。
「アユム、大丈夫?」
「・・・・・・はい、大丈夫です」
心配そうに声をかけてこられたフローラさまに大丈夫だと答えて、俺は上半身だけを起こした。その際に気が付いたが、身体中が汗まみれだった。俺がこんなに汗をかいたのか? ・・・・・・あの夢が原因でこうなったのか。本当にリアルな夢だった。
「もう、驚かせないでよ。急にうなされだしたと思ったら、急に大人しくなるんだもの。それで? どんな夢を見たの?」
あぁ、しまった。フローラさまやルネさまの睡眠を邪魔してしまったのか。夢であんな状態になったのが、現実でもそうなっていたのか。それにしても、どんな夢を見たのかと聞かれても、あまりフローラさまにお話ししたくない内容だった。何せ、俺の精神が俺が思っている以上に弱かったのだからな。
「いえ、少し悪い夢を見ただけです。大したことではありません」
「だからそれを聞いているのよ。まさか、私を起こしたのにその悪夢を教えてくれないと言うの? アユムがそんなにうなされる悪夢を見るなんて普通じゃないわ。ねぇ、ブリジット。そんなことあったかしら?」
「いいえ、私が関わってきた中では、なかったはずです。これは少し異常だと思います」
大したことがないと言うが、それをフローラさまは許してはくれずにブリジットもフローラさまについている。この状況、どうしても話さないといけないようであった。あんなしょうもないことや、未練たらたらと思われそうなことを話したくない。
「どうしても話さなければなりませんか?」
「話しなさい。話したくないのなら、なおさら知らなければならないでしょう?」
「・・・・・・はい、分かりました」
フローラさまが諦めるわけがなく、俺が諦めることになった。そして、俺は夢で見た草原の光景や稲田や前野妹たちが現れたこと、それからフローラさまたちが現れて俺から離れて稲田の元に行った話を事細かく話した。最後の光の話は、訳の分からないことだったから、話さなかったが悪夢の話はおおむねお話しした。
「バカね、そんなこと私が死んだとしてあるわけないじゃない。私は世界であなたしか愛せないのよ? それなのに他の男、それもあの勇者を愛するわけがないわ」
フローラさまが当たり前のように俺しか愛せないと仰られて、少し恥ずかしい気持ちになる。こんなにも真っすぐに言葉を投げかけてこられるとは思わなかった。でも、それがフローラさまらしくて良いと思っている。
「私もアユム以外を愛することはできない。むしろ、アユム以外を選ぶという選択肢は、私の中にはない。私の愛する者はアユムだけで十分だ。あいつを愛するくらいなら死ぬぞ?」
ニコレットさんもフローラさまと同じく真っすぐに言葉を言ってくれた。・・・・・・そんな二人の言葉で俺の心が軽くなっていくのが嫌になる。言葉にされないと分からないことはあるが、二人のお言葉は言葉にされているけれど、その言葉が信じ切れずに何度もその言葉を聞いているみたいだ。守るべき人たちの言葉を信用できない自分が嫌いだ。
「ルネお姉さまやブリジット、サラもそうでしょう?」
自己嫌悪に陥っている間に、フローラさまが三人に同意を求めた。
「はい、そう思います。私がそばにいたいと思う男性はアユムだけです。その他はシャロン家以外の男性を除けば必要ありません」
ブリジットは深く頷いて、俺の顔を見て不器用ながらも笑みを浮かべてくれた。その顔を見て俺はドキッとさせられたし心が軽くなっていく。フローラさまもニコレットさんもブリジットも単純な言葉だけど、俺の心に深く受け止めた。これだけで、俺は戦える。
「わ、私も、アユムさんには感謝していますし、アユムさんにそんなことをするわけがありません。だって、私は・・・・・・、いえ、今はやめておきます。それでも、私がアユムさんに不義理を行うわけがありません。何より、あの男は好きではありませんから」
サラさんが何やら言い淀んでいたところが気になる。そこってすごく大事なところなんじゃないのか? でも今はその時ではないのだろう。
「今言わなくていいの?」
「い、今はそのような雰囲気ではないですし、こんな大勢の前では言いませんよ!」
フローラさまがサラさんをからかう言葉を仰られるが、サラさんの言わなかった部分の言葉が分かったのか? もしかして分かっていないのは俺だけなのか? それはすごく気になる。・・・・・・と言うか、フローラさまたちと話していると、心が落ち着いてくことが分かる。やっぱり、俺はここが俺の居場所だと認識しているのだろう。
「ルネお姉さまは言わなくて良いのですか?」
「えっ⁉ ・・・・・・言うけど」
さっきからずっと俺の顔を見られているルネさまにフローラさまが質問した。だけど、ルネさまは何か悩んでいるようであった。俺にかける言葉を探しておられるのだろうか。別に全員が言う必要はないのだけれど。変な夢を話してそれを否定してもらっている段階で恥ずかしいんだけど。
「ルネさま、ここはあの作戦を実行なされてはいかがでしょうか? 明日は予定はないですから」
「あ、あの作戦をするの? でも、まだ心の準備が・・・・・・」
ニコレットさんがルネさまの近くに行って二人にしか分からないことを話している。二人にしか分からないから、当然何を言っているのか分からないが、ここで話し始めるということは俺に関係することなのだろう。ルネさまとニコレットさんだから、度肝を抜いて来る作戦ではないと思う。これがフローラさまとブリジットならどうなるか分からなかった。
「何ですか? その作戦とは。私も混ぜてくださいよ」
「私も混ざります」
「じゃ、じゃあ私も混ざります」
フローラさまとブリジットとサラさんがルネさまとニコレットさんの元へと行き、何やらひそひそ話をやっておられる。俺が悪夢を見てうなされていて、その心配をされていた光景などすでに忘れられているかの如くに。まぁ、俺的にはそれでいいんだけどね。オチがない話になっちゃうから。
それでも、俺はこの五人の光景を見て、やっぱりこの場所が好きなんだ。何度も自覚するが、何度も自覚しないといけないほどに、俺の心は弱いのだろう。たぶん、この場所がなくなれば俺は死にたくなるだろう。さっきの夢のように。だから俺は全力を尽くして俺の周りにいる人たちを守らなければならない、命に代えても。
・・・・・・だけど、さっきの夢、どこか普通の夢のように感じなかった。悪夢などならいくらでも見たことがある。その悪夢とは違い、どこか俺の心の奥底をむしばんでいく、そんな気がしてならない。でも、今は目の前にいる人たちを守ることだけを考える。それが、俺のやるべきことだ。
次こそはルネさま回です。