76:騎士と封印の地。⑦
残り二話というのは嘘です。あと一話だけあります。長いですね。
俺が稲田の腕を斬り落としたことを、稲田自身が一瞬理解していないようであったが、地面に落ちる自分の腕と自分の傷口から噴き出している血を見てようやく理解して悲鳴を上げた。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁっ!」
俺はルネさまに稲田の返り血がかからないように、まず前野姉を鎧を着ている状態で殴り飛ばしてルネさまを抱きかかえて稲田から引き離した。俺はすぐに鎧を解除して俺が着ていた上着を、服を破かれて半裸になっているルネさまに羽織らせた。
「申し訳ございません、遅くなりました」
「ッ! こ、こわかったよ・・・・・・アユムくん、ありがとッ」
ルネさまは涙を浮かべておられ、俺に抱き着いてこられた。そして俺の胸の中ですすり泣かれている。全く、俺は肝心なところで何もできない男だ。主に怖い思いをさせて、何が騎士だ、何が騎士王だ。最初から害となるものを排除していれば良かったんだ。放置しておくことが一番良くない。
ルネさまに怖いを思いをさせた時点で手遅れだが、この先被害を抑えるためにはこいつを消しておくことが一番手っ取り早いだろう。周りの話を聞いた時点でこいつは不要だと分かった。何より、俺の大切な人を傷つけた。これだけでこいつを殺す理由は十分だ。
「すみません、ルネさま。少しの間ここでお待ちください。すぐに戻ってきます」
「・・・・・・本当にすぐに戻ってきてね?」
少しして俺から離れてくれたルネさまの言葉に頷いた俺は、今もまだ血が噴き出している肩をおさえてうずくまっている稲田の元へと歩いていき、稲田を見下す形で立った。稲田は痛みで俺が目の前に立っていても気が付いていない。
「おい、稲田」
「ああぁっ・・・・・・がぁっぁぁあっ、いってぇぇ」
「おい、って言ってんだよ」
痛さで俺の言葉に反応しない稲田の頭を軽く蹴ってこちらに気づかせる。俺に頭を蹴られた稲田は、痛さで顔を歪ませながらも、俺のことを見上げて睨みつけてくる。この状況でそれだけの態度を保っていられることは結構なことだが、場合も考えた方が良い。相手が激怒している状況なら、その態度は逆効果だろう。
「ぁッ・・・・・・てめぇは絶対に、許さないぞッ・・・・・・絶対に、殺してやるッ!」
「腕を斬り落とされたくらいでそんな痛がっていて、俺を殺せるとでも? それに強がるのは良いが、万全の状態だとしても俺に勝てると思っているのか?」
万全の状態でも実力の差は歴然。俺が勝つに決まっている。俺はクラウ・ソラスを振り上げて稲田を一刀両断にしようとする。人をいたぶる趣味はないし、これ以上こいつが生きていくことが我慢ならない。だから今すぐ殺す。そう思ってクラウ・ソラスを振り下ろそうとすると、俺と稲田の間に誰かが割って入ってきた。
「・・・・・・ッ」
「どけ」
口から血を流している前野姉が何も言わずに俺の前に立つ。前野姉の表情は悲しそうな顔をしていたが、そんなことどうでも良い。俺はこいつを殺さないといけないのだから。
「どけと言っているんだ。そいつと一緒に死にたいのか?」
「・・・・・・ダメ。コウスケは殺させない」
「そうか。なら一緒に死にたいということだな」
目の前の女が勇者だとか、同郷の人間だとか、そんなことは関係ない。俺や俺の主に害を与えるものは等しく敵だ。それだけの認識で十分だ。だから、俺はクラウ・ソラスを振り上げた腕を振り下ろそうとする。しかし、俺の後ろにいたルネさまが俺の服のすそをおつかみになり、俺は振り下ろしを止めた。
「どうされましたか? 今は少し込み入っていますので、後にしてもらえると助かります」
「・・・・・・その女の人、たぶん悪い人じゃないよ?」
「どういうことですか?」
ルネさまの言葉に俺は耳を疑った。この女が、悪い人じゃない? ルネさまにしては全く笑えない冗談を仰るな。こいつは稲田がルネさまを襲っていた時にルネさまを拘束していた女なんですよ? そんな奴が悪い人だとしか言えないですよ。それに、俺はこいつらの性根が腐っていることを前々から知っている。
「この女の人、私がその男の人に襲われそうになった時に、止めに入ってくれたの。でも、その男の人に頬を殴られて従わないといけなくなって、私を拘束している時に、すごく耳元で謝ってくれていたんだ。だから、その人は悪い人じゃないと思う」
前野姉の顔を見ると、確かに頬が赤くなっているのが分かる。だが、俺はそんなことで動じたりはしない。俺が長年受けてきた痛みに比べれば、そんなことは些細なことに過ぎない。俺のこいつらを見る目は天変地異が起きない限り変わることはないだろう。
「ルネさま。お言葉ですが、そいつがルネさまを助けようとしようが、ルネさまを拘束した事実は変わりません。そいつは性根が腐っているクズなのです。そう簡単に信じてはいけません。信じれば、こちらが痛い目を見るだけです。何せ、そこの男と一緒にいて、そこの男の行動を今まで一切注意せずに付け上がらせていた女たちなのですから」
俺が今までのことを思い出しながら憎悪を込めた目で稲田と前野姉を睨みつける。すると、前野姉は悲しそうな顔から泣きそうな顔になり、ついには涙を流し始めた。そんな顔をしても俺のやることは変わらない。絶対にそいつを殺す。
「どうして、・・・・・・どうして、そんなことを言うの? リサがアユムに何をしたの?」
「どうしてか? そんなことも分からないで俺の前に立っているのか? じゃあ言ってやろう。お前たちが俺の大切な友達を傷つけて、俺の感情を踏みにじったからだよッ!」
何も分からないというふざけたことを言ったから、俺は思わず大きな声で反応してしまった。こんなことで感情的にはなってはいけない。もう過ぎたことだが、やった張本人が何も悪くないと思っているどころか自分たちがやったことすら分かっていないと言ってきたのだから、それは腹が立ってしまう。
「・・・・・・分からない、リサには分からないよ。そんなこと知らない」
前野姉は俺の言葉を受けて、首を横に振りながら訳の分からないという表情をしている。・・・・・・ほぉ、これはもうわざと俺の逆鱗に触れているんだろうか? そうじゃなければ分からないという表情なんかするはずがない。それとも、こいつらは俺にしたことだけをすっぽりと忘れているのか?
「ねぇ、リサが何をしたの? 教えて? リサが悪いことをしたのなら、謝るから。だから、そんな目で見ないで・・・・・・」
俺にすがりつきながら懇願してくる前野姉だが、それをする相手は俺じゃないだろ? そこでうずくまっている男にだろう? 気持ち悪いことをするんじゃねぇよ。そう思って俺は前野姉を振りほどいて稲田の元で尻もちをつかせた。
「もう俺や、俺の友達の時間は戻ってこない。今更謝られても許す気はないし、悪いことを理解していない時点で俺を馬鹿にしているようにしか見えない。だから、もう死ねよ。俺を苦しませないでくれ」
俺はクラウ・ソラスを再び振り上げて、今度は稲田と前野姉の両方を対象にする。どうせ俺の邪魔しかしてこなかったこの二人が死んだところで、俺の邪魔が消えて俺が動きやすくなる。俺の力を存分に生かしたいのなら、こいつらを消すしかない。
渾身の力をクラウ・ソラスに込めて二人を跡形もなく消し去ろうとする準備をしている最中に、それなりに近くからこちらに何か来る複数人の足音が聞こえてきた。何だと思い≪完全把握≫で感知すると、あの場に飛ばされなかった全員がこちらに来ていることが分かる。
飛ばされなかったフローラさまたちが無事なのは何よりだが、こいつらを殺すことは別だ。俺は二人を殺そうとクラウ・ソラスを振り下ろそうとするが、間一髪のところで走ってきたラフォンさんがクラウ・ソラスを剣で受け止めた。
「何を、しているんだ?」
「何って、ゴミを片付けているだけですよ」
「ゴミだと? イナダはともかく、リサは違うだろう。彼女は一途に思っている良い子だ」
クラウ・ソラスを受け止めているラフォンさんは、俺を睨みつけてくるが、それでも俺は止まらない。それに稲田はともかくとか、稲田の地位の低さにざまぁと思ってしまう。あいつは本当に前の世界でよく刺されずに生きてこられたな。
「どいてください、ラフォンさん。こいつらは許されないことをしました。それだけで自分がそいつらを殺す理由になります」
「どんな理由があろうとも、冷静になるべきだ。冷静になって、そこから稲田を殺すかどうか考えればいい。頭に血が上っていては正常な判断ができず、後悔することになるぞ」
ラフォンさんにそう諭されて、俺は一旦落ち着くことにした。稲田や前野姉を殺すことに何ら迷いはないものの、ここでこいつらを殺してしまえば勇者がいなくなるんだよな。こいつらもクズなり役目があるんだから、ここで殺すのはまだ早いのか?
まぁでも、ラフォンさんが止めに来ている時点でこいつらを殺すことは不可能だ。こいつらを殺したい気持ちよりも、ラフォンさんへの恩の方が大切だ。だから、俺は黒が混じった白銀の剣、クラウ・ソラスを別空間に収納して殺気を収めた。
「ふぅー・・・・・・、分かりました。今は剣を収めます」
「ありがとう。事情は詳しく聞いていないが、大方イナダがシャロン家の長女に何かしようとしていたのだろう。アユムがイナダを殺そうとするのは当然だが、止めてくれてありがとう」
「大丈夫です。ただ、次にこいつが何かして来るのなら、ラフォンさんが止めても殺しますよ」
「あぁ、それで構わない。痛い目を見てもなお直らないのなら、死ぬ以外に方法はない」
俺とラフォンさんが話している間に、フローラさまたちがこの場に集まり始めた。そして、ニコレットさんは一番にルネさまの元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか、ルネさま?」
「う、うん・・・・・・、大丈夫、だったよ?」
ニコレットさんの問いかけにルネさまは無理をした笑顔でニコレットさんに答えた。その笑顔にニコレットさんは理解したのか、ルネさまを抱きしめて俺を睨みつけてきた。あの場で助けられるのは俺しかいなかったのだから、俺が悪い。言い訳をするつもりはない。
「分かっているな、アユム?」
「はい、分かっています。自分に責任があります」
「・・・・・・アユムのことだ、死力を尽くしたのだろう。だが、それでもルネさまに心の傷を与えてしまった。騎士の名折れだな」
「返す言葉もありません」
ニコレットさんの言葉に俺は何も言い返せない。騎士としての責務を果たせなかったのだから当然のことだ。今回はギリギリ間に合ったものの、最悪の事態になったかもしれない。最悪の事態にならなかったから良い、ではない。最悪の事態になる一歩前になったのがダメなのだ。
「リサお姉ちゃん、コウスケ!」
前野妹が真っ先に呆然と座り込んでいる前野姉と今も痛みでうずくまっている稲田の元へと走っていく。その後に続いて三木や佐伯が続く。だが、ヒールを担当する前野姉があの状態では本格的に稲田の腕を戻すことはできず、青色の杖を取り出した三木が簡易的な回復を行っている。
稲田たちのそんな光景を冷たい目で見ていると、俺の元にステファニー殿下が怒りの血相で向かってきて俺の頬を平手打ちしようとしてきた。だが、受ける義理はないため一歩後ろに引いて平手打ちを避けた。何でこいつに怒られないといけないんだよ。
「なぜ、あなたはこのようなことをするのですか? 人間を何だと思っているのですか?」
「アユム、一体何があったの? 大方予想できるけれど、ルネお姉さまに何があったのか教えてちょうだい」
ステファニー殿下の言葉にフローラさまが続けて聞かれた。俺は悪いことをしていないからここで会ったことを事細かくフローラさまにお伝えした。フローラさまは俺の言葉を聞くにつれて、険しい表情になって行き、最後には稲田を睨むまでになっておられた。一方のステファニー殿下は困惑した表情になっている。
「すぐにこいつを殺しなさい、アユム。迷うことはないわ。こいつは私たちに仇なす人間よ」
「分かっています。ですが、今回はラフォンさんに免じて生かしておくことにします。それに、勇者として死ぬまで働いてもらう予定なので、ここで死ぬなんてもったいないです。どうせなら魔王軍につかまって死ぬべきですよ。拷問に拷問を重ねられて、死にたいと思うまで生かされる地獄を、魔王軍ならやってくれるでしょう」
「それで私が納得するとでも? こいつを生かしておくことは、不利益にしかならないはずよ」
「はい、それは同じく思います。ですが、そこはステファニー殿下やラフォンさんが何とかしてくれると思うので、大丈夫だと思いますよ? 何せ、こんなことをした稲田を庇っている王女殿下なのですから、それ相応の覚悟をお持ちなのでしょう。ここは王女殿下の顔に免じてはいかがですか?」
「・・・・・・ふぅっ。今すぐにでもこいつを殺したいくらいだけど、分かったわ。でも、こいつがまた何かしてきたら迷わず殺しなさい。良いわね?」
「はい、四肢を斬り落として自分が行った行為を後悔させながら殺します」
フローラさまは怒りを何とかその場で収めてくださった。フローラさまが怒りを収めてくれたところで、俺はステファニー殿下の方を向いた。ステファニー殿下が俺とフローラさまの会話を聞いていたことは視線で分かっていた。だから、ステファニー殿下と視線が合う。
「というわけで、こいつのことをくれぐれもよろしくお願いします。こいつを生かしておくのは、同郷のよしみや同じ人間だからとかではありません。こいつが勇者で、魔王軍を倒すためだけに生きているからです。ですから、こいつがシャロン家の人たちに何かしないように監視しておいてください。これは決定事項です。まさか、ここまで庇っておいてそれができないとは言いませんよね? もし、それができないというのなら、稲田をここで殺します。それで構いませんか?」
俺はステファニー殿下の目を見てそう言い放った。こうでも言わないとまたこいつらは稲田を甘やかすだろう。だが、もうそんなことは許されない。死なないだけでも良いと思っていないといけない。それでもこいつを監視しないと言うのなら、仕方がない。稲田には死んでもうしかない。
「・・・・・・分かりました。イナダさんは私たちが責任を持って監視しておきます。殺さないでいただいたこと、感謝します」
「分かってもらえたのなら何よりです。それで、もし稲田が監視の目を潜り抜けてこちらに何かしてくるようなことがあれば、どうされますか? もちろん稲田は殺しますが、ステファニー殿下はどう責任を取るおつもりですか?」
ステファニー殿下のことだから、責任を逃れようとはしないはずだが、ここを決めておかないと後々大事になるかしれない。だから、今ここで責任を決めてもらう。
「アユム、何も王女殿下にそこまで言わなくても良いんじゃないの?」
「いいえ、フローラさま。ここまで言ってもらわないといけません。自分はそこまで言ってもらわないと納得しません」
フローラさまが王女殿下を気にかけているのは知っているが、それでも俺は王女殿下よりもフローラさまやルネさま、シャロン家の人々やサラさんの方が大切だ。だからここで意思表明をしてもらう。俺が納得するくらいの意志を。
「・・・・・・もし、イナダさんがあなたたちに何かしてくるようなことがあれば、私の首でその怒りを収めてください。これが私にできる最大限の責任の取り方です」
覚悟を決めたステファニー殿下のその言葉を聞いて、俺やフローラさまたち全員が驚いたであろう。そこまでの覚悟を持っているのなら上等。俺が思っていたことは廃嫡くらいかと思っていたが、まさか首を差し出してくるとは思わなかった。
「分かりました。そこまで仰るのなら、稲田のことはここで手打ちにしましょう」
「ありがとうございます。必ず私たちが彼の行動に目を光らせておきます」
これで稲田の目に余る行動が少しでも収まるだろう。あいつを殺せば、あいつにベタベタな前野妹たちがこちらに何かしてくるかもしれない。しかし、それを何か大義名分を作り出してボコればいい話だ。殺せば魔王軍の相手がいなくなるから、それはやってもらわないといけない。
ていうか、ここに来てまでこいつらのことを考えるとか、本当に腐れ縁としか言いようがない。俺に何かあるのは良いが、フローラさまやルネさまに何か起こるのだけは許されない。
レビューのことを言われるまで、レビューがどんなものか分からなかったです。書かれたことがないので。