69:騎士と王女殿下。
うーん、これを書くときに少しだけ悩みました。
俺はクラウ・ソラスを持ち、ゆっくりと歩きながらルネさまとニコレットさんの元に向かう。俺の殺気と俺の言葉をその身に受けたユルティスとその取り巻きたちは身動きが取れないようで、ルネさまの髪から手を離している。
ユルティスたちを通り過ぎて、お二人の元にたどり着いた。お二人の痛々しい姿に、今にもユルティスたちを殺しそうになるが、大義名分を得たからには、それ相応の言葉を述べなければならない。
「お前ら、俺が仕えるシャロン家のご令嬢とその従者に何をしているんだ? たとえ、大公であろうとそんなことが許されると思っているのか?」
殺気を放ちながら言っているから、誰も喋れないようで俺の言葉に返事をしない。ボサボサ頭の女ただ一人だけは、俺の殺気の中で剣を構えているが、それも形だけのものだ。だから俺が攻撃しても動けはしないだろう。
「王族の血が流れているにもかかわらず、この愚行は王族ではあらず。シャロン家に敵対の意を示したのだから、この騎士王である俺に敵意を露わにしていると言ってもいいのだろう? その程度を理解せずに、シャロン家を襲ったとは言わせはしない。今すぐにでも、この行いの報いを受けてもらおう」
大義名分のための口上はこの程度で良いだろう。それに、これを言ったところでユルティスたちは答えれる状況ではない。その状況を作り出している俺が何を思っているのだと突っ込まれそうだが、それよりも前にこの状況を作り出したあちらが悪い。俺はシャロン家に手を出さなければ何もしなかったのに。
「さぁ、覚悟を決めろ。≪魔力武装≫」
俺は白銀に黒い模様が八割ほどある鎧を纏う。この魔力武装は必要ないだろうが、今までにルネさまとニコレットさんが受けた痛みを返すためにはちょうどいい力の大きさだ。俺は腰を抜かしているユルティスの目の前まで来てクラウ・ソラスを振り上げた。その瞬間、こちらに声を上げる人物がいた。
「何をしているのですか!」
声の方を見ると、視線を鋭くしていた長い赤髪の女性であるステファニー殿下がそこにいた。そう言えば、ステファニー殿下もこの学園に所属しているのだった。ステファニー殿下はすぐにこちらに走り出して、俺とユルティスの間に割って入った。王女殿下が間に入ってきたから、俺はクラウ・ソラスを降ろした。
「テンリュウジさん、あなたは自分が何をしているのか分かっておられるのですか?」
「百も承知ですよ。ですが、あちらが先にシャロン家のご令嬢に手を出してきたのです。後ろにいるルネさまとニコレットさんをご覧ください」
俺の言葉に、ステファニー殿下は俺の背後のお二人を見る。するとより一層険しい表情になるのが分かった。さすがにこれだけで引き下がってくれるはずがない。いや、どんな理由があっても引き下がるはずがない。
「先に手を出してきたからと言って、こちらから手を出すのはよくありません! あちら側と同じことをしているのですよ?」
「それがどうしました? 自分がした行いが自分に返ってくる。それを身をもって体験できるではないですか」
「それでも、暴力はいきません。他に解決策はあるはずです。このような短絡的な解決方法では何も解決しません。暴力以外の何かを考えるべきです」
「それがないから、こうしているのですよ。それともステファニー殿下は、解決策が見つからなければこちらが痛みを受けてもなお我慢して耐えろと言っておられるのですか?」
「そうではありません。例えば、私やおじいさまにこのことを報告すれば、何か解決策があったのではありませんか?」
「そんなことを言って、解決するとでもお思いですか? こちらは伯爵家、あちらは大公家。どちらの言葉を信じるかなど明白です。それに、先のカスペールの件で理解しましたが、大公派の大臣が多いと見えます。その中で、解決するのですか? むしろ、こちらの暴力が悪化するのではないのですか?」
俺が誰から聞いたわけでもないが、カスペールの暗殺の件で国王の前に呼び出された時に感じたことだ。誰もが大公の味方をしていたところを見るに、国王派はあまりいないと見た。現に、目の前のステファニー殿下は、俺の言葉が図星だったようで苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「そ、それでも、その力は人々を傷つけるための力ではないはずです」
その力? あぁ、このクラウ・ソラスか。確かにこの力は人々を傷つけるためのものではない。守るためのものだ。だが、それを他人に言われるのは違うだろう。この力は俺の物なのだから。
「あなたはこの世界に呼ばれた勇者です。その力は誰かを傷つけるのではなく、誰かを守るためにあるはずです。そして、魔王やドラゴンを討伐するため、世界を救うために呼ばれたのですから、力の使い方を誤らないでください」
・・・・・・こいつ、何を言っているんだ? 力の使い方を誤る? はっ! 笑わせてくれる。王女さまは冗談も言えるようだな。それは大層ご立派な女王さまになりそうだ。人々に嘲笑されながらな。
「お前、何か勘違いをしているぞ?」
「どこを勘違いしていると言うのですか?」
「第一に、俺は世界を救う気など欠片もない。俺がいつ世界を救うなど言った?」
「・・・・・・は? そ、それは、この世界に召喚されたのですから、世界を救うのは当たり前のことではないのですか?」
「そこが間違いだ。俺がいつ世界を救うことを了承して、この世界に来たと言った? 俺は突然この世界に呼び出されたんだぞ? 意味も分からない場所に飛ばされて、意味も分からない生物に囲まれて死にかけながら生き延びた。そんな理不尽なことをされて、世界を救うと思っているのか?」
「確かに呼ばれたとしても本人の意思を尊重すべきです。ですが、この世界に呼ばれた以上、勇者として戦うことは必要なことです。今、多くの人間が魔物に襲われています。それをどうして救わないと言うのですか。その強大な力は、人間を救うために使うべき力であり、クラウ・ソラスはそのために与えられた力です。なぜ、その力で人を傷つけようとするのですか」
本当に笑えるな、このふざけた王女さまは。勝手に呼び出されて、命をかけて戦えと言っているぞ。見ず知らずの人間のために、誰が命をかけるか。最初は立派な王女だと思っていたが、段々とこいつのことが嫌いになってきた。この押し付けている感じがものすごく嫌いだ。自分がしたいことをしているただの我がまま王女だったか。
「笑わせるな、王女。この力は誰が何と言おうとも俺のものだ。どこの誰が襲われているとか関係ない。俺がこの力を発揮したいときに発揮する。例え王女さまだろうが、その権利は誰にも侵させない。それがこの世界に来た俺が、唯一渡された権利だ」
「・・・・・・あなたは、勇者ではない。そんな歪んだ考えを持ったものが、勇者であるはずがない」
「はっ! お前にだけは言われたくない。勇者ならこうすべき、勇者ならこれをすべきではないとかこんな考えを押し付けているような奴に、俺が何かすると思うな」
フローラさまがなぜこいつを守ろうとしていたのかは知らないが、俺はこいつを守る気は一切なくなった。フローラさまに何と言われようが、こいつを絶対に助けない。フローラさまが助けに行こうものなら、フローラさまの行動を制限してでも止める。
「・・・・・・どうして、あなたが勇者なのでしょうか。もっと他にも勇者に相応しいものがいたでしょうに。こんな自分本位の男性が勇者など、あり得ません。勇者として相応しいものがその力を持っていれば、より国の平和が守れたでしょう」
「そんなことは召喚した奴にでも言うんだな。こちらからすれば、勝手に召喚して勝手に命をかけろと言われても、納得するはずがないだろうが。それに、この力は俺が努力して手に入れた力だし、俺以外にも勇者はいるだろう。そいつらに頼めばどうだ? あんな使い物にもならない勇者たちにでもな」
王女がため息を吐いて油断しているところ悪いが、俺はお前の後ろの奴らを許したつもりはないぞ? だから、油断している王女の前からユルティスたちの後ろに移動する。そしてユルティスに向けてクラウ・ソラスを振り下ろした。
しかし、セイクリッド・パラディンのボサボサ頭の女に剣によって阻まれたが、その剣は俺の攻撃に耐え切れずに折れた。そしてボサボサ頭の女を蹴りで他の場所に吹き飛ばした。吹き飛ばした瞬間に何本もの骨が折れる音が聞こえてきた。骨だけで済んでいれば良いがな。
「次は、お前たちだ」
何が起こったのか理解できていないユルティスたちにそう声をかけた後に俺は再びクラウ・ソラスを振り上げた。ユルティスを斬りかかろうとするが、またしても誰かが俺とユルティスの間に割って入ってきて、今度はクラウ・ソラスを受け止めた。
その人物を見た瞬間、俺は嫌な顔をせずにはいられなかった。お団子頭の女、前野妹が深紅の剣で俺の剣を受け止めていたからだ。次から次へと、どいつもこいつも俺の邪魔をしやがって。鬱陶しいな。
「ッ! アユム、こんなことはやめて?」
「黙れ、お前には関係のないことだ。早くそこからどけ。さもないと、お前も斬るぞ」
「どかないよ。私がどいたら、アユムがこの人を斬っちゃうじゃん。そんなことは絶対にさせないよ」
軽くとは言え、クラウ・ソラスを受け止めている前野妹には感心する。結構苦しそうであるが、これを受け止められている。さすがは勇者と言ったところか。だが、その程度で俺を止められると思っているのなら大間違いだ。
「じゃあ、力尽くで止めて見せろよ?」
俺は前野妹ごとユルティスを斬るために、少しずつ力を入れ始める。最初の時点で苦しかったのだから、力を入れ始めて耐えきれるはずがない。前野妹はどんどんと後ろに下がり出し、ついには後ろにいたユルティスの元まで引き下がってしまう。
「ちょ、ちょっと! 勇者なんだから私を守りなさいよ! 不細工が力だけが取り柄なんでしょう⁉ 早くそいつを倒しなさいよ!」
ユルティスが前野妹に向かってそう発言する。助けられているとは思えない発言だな。それに、前野妹もそれに対して何も言い返さない。我慢しているのか? 我慢して何になるのだろうか。俺としてはこいつがどう思おうが関係ないがな。
「これ以上はやめてください! ユズキを殺す気ですか⁉」
俺の腕をつかんで止めさせようとしてくるステファニー殿下であるが、そんな力では俺は止まらない。
「どかないのなら殺すつもりだ。それくらいの覚悟がなくて、ユルティスを殺しに来ると思うか?」
「そんなことをすれば、極刑は免れませんよ⁉」
「極刑? バカか、お前は。ユルティスの方から手を出してきたのだし、そもそもドラゴンを倒せないやつらが、俺を殺せるとでも思っているのか?」
俺の言葉にステファニー殿下は言葉を詰まらせる。俺を極刑にすることは誰にもできない。ドラゴンという脅威を退けたこの俺だからな。何でもし放題と勘違いしている状態で、今一番すべきことはこのユルティスを殺すこと。それだけだ。
あと一歩のところで前野妹共々ユルティスを斬れると思ったが、後方から走ってフローラさまが来ているのが分かった。俺はフローラさまが来る前に二人の斬殺しようとするも、後方から聞こえるフローラさまの言葉でやめざるを得なくなった。
「アユム! 今すぐにやめなさい!」
さっきまでフローラさまに許可をいただいていたのに、どうして止められるのだろうか。そう思ったが、俺は渋々前野妹から剣を離して魔力武装を解いた。ここでユルティスを殺すのは不可能だと感じたからだ。俺がこれ以上攻撃する気がないと分かった前野妹はその場に座り込んだ。
少ししてフローラさまがこちらに来られて、俺に話しかけられた。フローラさまはあきれた顔をしておられる。
「アユム、殺すのはやり過ぎよ。腐っても大公の一人娘なのだから、今はダメよ。今はね。それに魔力武装を使うなんて、無駄に力を使いすぎよ」
「申し訳ございません、フローラさま。ですが、自分はこいつを殺さないと気が収まらないようでしたので、やり過ぎてしまいそうでした」
「ひぃっ」
俺がユルティスを見下しながら睨みつけると、ユルティスは小さな悲鳴を上げた。まだ無傷なのだから、それだけでありがたいと思え。それにしても、どうしてフローラさまは俺がユルティスを殺そうとしているのが分かったのだろうか。そう思って周りをそれとなく探ると、少し遠くのところでラフォンさんの直属の部下である青髪の双子がいた。あの二人がフローラさまに伝えたのか?
「ステファニー殿下、ご無事ですか?」
「・・・・・・えぇ、何とか無事です」
フローラさまがステファニー殿下に話しかけられたから、俺はルネさまとニコレットさんの元へと向かった。座り込んでおられるお二人に話しかけた。
「大丈夫ですか?」
「うん、アユムくんが助けてくれたから大丈夫だよ」
「来た時期は良かったぞ。ただ、そこでステファニー殿下が来るとは思ってもみなかったがな」
お二人とも何だかんだ言って元気そうで何よりだった。俺はお二人の怪我を≪自己犠牲≫と≪超速再生≫を駆使して治していく。怪我自体は大したことがなくて良かったが、こんなことを平気でやれるユルティスを許すつもりはない。
「アユム、二人を治せたかしら?」
「はい、完治しました」
ルネさまとニコレットさんの怪我を治すと、フローラさまから声がかけられた。あちらのバカ王女とは何も話していないようだったが、何か話さなくてもいいのだろうか。
「それじゃあ行くわよ」
「はい。あぁ、忘れるところだった」
フローラさまの言葉で俺とフローラさまにルネさま、ニコレットさんが歩き始めるが、俺は腰を抜かしているユルティスの元へと小走りで向かい、ユルティスの耳元でこう呟いた。
「次に何かすれば、容赦なくお前を殺す。分かったな?」
俺がそう言うと、ユルティスは怯えた表情で何度もうなずいた。それを見た俺は納得してフローラさまに続こうとするが、ステファニー殿下が声をかけてきて止まらざるを得なかった。
「待ってください、フローラ」
「はい?」
「・・・・・・あなたは、テンリュウジさんが勇者だと知っていますよね?」
「知っています。それがどうされましたか?」
「テンリュウジさんの力は強大です、それこそ世界を救えるくらいに。それを世界を救うために役立てようとは思わないのですか?」
今度は俺ではなくてフローラさまに俺の力の使い方について聞いている。騎士で執事の俺がダメなら、その主を説得しようとしている。だけどな、ステファニー殿下。フローラさまがそんなことを思うわけがない。フローラさまほど自身と自身の周り以外を見ていない人はいない。
「お言葉ですが、ステファニー殿下。私はアユムの力で世界を救おうと思ったことなど一度もありません。こんな腐った世界を救うために、アユムの力を使うなどもったいないです。ステファニー殿下は、ご自身がアンジェ王国の王女であるから国や世界を守らなければならないと思っておられます。それはご立派なことですが、世界には私のように世界を救うことに興味がない人々はたくさんいます。それをご理解ください。そうでなければ、世界を救うことなどできませんよ?」
そう仰られたフローラさまは歩き始めた。俺たち三人もそれに続くが、フローラさまご自身がその世界を救うことをに興味がないのに、よくステファニー殿下に言えるなと思ってしまった。だけど、フローラさまが言っていることは正しいだろう。それを理解しないことには、押し付け王女と呼び続けよう。
今回の話、何か違和感があれば気にせず言ってきてください。おかしな点はなかったでしょうか?