67:騎士と学園。②
第四章は、投稿速度をあげたいです。
面と向かってドゥニーズ・ユルティスとは会ったことはないが、ルネさまとニコレットさんが暴行された現場にたどり着く前にこいつとすれ違ったことがある。ニコレットさんにこいつの特徴を聞いたから、すぐにこいつが大公の一人娘だと理解した。この女が、すべての元凶であると思うと、心が冷めてくるのが分かる。
「ドゥニーズさま、あそこにいる男です」
「あぁ、あそこにいる男ね。そこそこ良い男」
ユルティスはいつも通り取り巻きを連れてこの教室に来ており、その取り巻きのうちの一人が俺の姿を見つけてユルティスに報告した。ユルティスは俺を嘗め回すような視線で見て、俺を見定めているように見える。こんなにも気持ち悪いと思った視線は他にない。反吐が出そうなくらいの視線だ。
「・・・・・・アユムくん」
ユルティスを見たルネさまは俺の背中に回している腕に、より一層力を入れて俺に力強く抱き着いてこられる。そうだ、ルネさまはユルティスにイジメを受けていたのだから、怖がられるのは当たり前だ。俺はルネさまに安心していただくために、俺からもルネさまの背中に腕を回して軽く抱きしめた。落ち着かれたのか、ルネさまの力が抜けたのが分かった。
「いつまで待たせるのかしら? 私がこの教室まで来たのだから、今度はあんたが私の元に来なさいよ」
ユルティスは、さも自分の方が偉いからと言わんばかりの態度だ。実際は偉いのだろうけれど、お前が勝手にここに来ただけのことで、そもそも俺はそれに従うつもりはない。今すぐにでも斬りかかりたいところを、俺は深呼吸をして落ち着く。
「フローラさま、自分が行ってきます」
「・・・・・・そう、分かったわ。何かあるんでしょうけど、気が済むようにやりなさい。その後で説明しもらうから」
「はい、ありがとうございます」
いつまでもこの状況なわけにはいかない。だから、俺から行くことにした。俺から行けば、ユルティスとルネさまが出会う必要もない。そして、このユルティスのことはフローラさまとブリジットに話していなかったから、言わないといけないな。ここまでユルティスが来てしまったのだから、言わないと言う選択肢はないだろう。
俺はルネさまの腕を優しくほどき、ルネさまをニコレットさんに任せて俺はユルティスの元へとゆっくりと歩いていく。ユルティスは相変わらずこちらを嘗め回すような視線を送ってきており、俺はなるべくユルティスを見ないようにする。じゃないと今にも殺気が抑えられなくなる。
「ようやく来たのね。一体いつまで私を待たせる気かしら? そういうことはもっと仲良くなってからやるものよ」
そして、俺はユルティスの対面に立った。ユルティスは妖艶な笑みを浮かべているつもりなのだろうが、俺には不気味な笑みを浮かべているようにしか見えない。こいつは憎き敵だと先入観があるのかもしれないが、それ以上にこいつの顔は生理的に受け付けなくなっている。吐き気しかしない。
「そうですか。それで、自分に何か御用ですか?」
「単刀直入に言うわ、私のものになりなさい」
ユルティスは俺の近くまで来て俺に顔を近づかせながらそう言ってきた。俺は目と目が合ったから憎悪や吐き気で何もかもぐちゃぐちゃになりそうであったが、気を持ち直して冷静になる。そして、俺がここで言う言葉はすでに決まっている。
「お断りさせていただきます」
本日二度目のお断り。俺のお断りに、ユルティスはハトが豆鉄砲を喰らったような顔をしている。断られるとは思わなかったのだろうか。それに顔が一般的な俺がこんなにもお断りをする日が来るとは思わなかったが、今回に関して言えば本当に嫌で嫌でたまらない。
「・・・・・・ッ! 私が誰か分かって断っているのかしら?」
我に返ったユルティスは俺を睨めつけながらそう言っているが、誰だろうと俺がシャロン家以外の人間のものになる時は来ない。そうなっていれば、洗脳されて俺は俺でなくなっている。そんなものは死んでいるのと変わらない。その時は自身を殺す。それだけだ。
「はい、存じております。ミッシェル・ユルティス大公の一人娘、ドゥニーズ・ユルティスさまですよね?」
「えぇ、そうよ。知っているのにもかかわらず、どうして断るのかしら? 命が惜しくないの? どうせどう抵抗しても私のものになるのに」
この言葉を聞いていると、ブリジットを自分のものにしようとしたカスペールのことを思い出す。今回は狙われているのが俺であるが、俺はシャロン家以外のものになるつもりはない。こんなことで主の手を煩わせるわけにはいかない。こんなことは自分で何とかする。
それに、俺がここで強く言える理由は二つほどある。さすがに何も策がなくこんなことを言えない。一つ目は、カスペール家が国に大損害を与えていたことで、その責任を後ろ盾の大公に取らせようとグロヴレさんがしているらしい。他の大臣たちはカスペールが勝手にやったことだと言う奴がいるらしいが、カスペールを好き勝手させていたのだから、そんなこと通じるわけがない。
そしてもう一つは、俺が騎士王決定戦で優勝したという点だ。さらに言えば、アンジェ王国が封印していた深紅のドラゴン、ギータを撃退したのだ。ラフォンさんが七聖会議に出向く前に聞いたが、国王は俺にそれ相応の地位を用意していると言っていたらしい。詳しく聞けば、グランド・パラディンだとか。
この二つの手札が良い感じで作用してくれているからこそ、俺はこいつに面と向かって反逆することができる。俺が予想だにしないところから何か来て、地位の話がなくなったら、それは仕方がない。次にドラゴンが来ても、俺はシャロン家の人間しか助けない。フローラさまが何を言っても。
「自分はシャロン家に仕える騎士です。例えお相手が大公であろうとも、シャロン家から離れることはありません」
「シャロン家? ・・・・・・あぁ、あのルネ・シャロンがいるところね。あんな不細工の元にこんな騎士がいるなんて、図に乗っているわね。シャロン家に仕えているのなら早く私の元に来た方が良いわよ。あんな家、私がお父さまに頼めばすぐにでも潰してくれる。痛い目を見ないうちに私のところに来た方が良いでしょ」
「ふぅぅっ。・・・・・・騎士の忠誠を甘く見ないでいただきたい。騎士は主と決めた者を命を賭してでも守り切る者。その程度の言葉で騎士の忠誠が揺らぐはずがありません。何を言っても自分は自分からシャロン家を離れることはありません」
ユルティスが放った言葉に、俺は切れそうになるが、手から血がにじみ出るほどに拳を握り、小さい深呼吸で落ち着いてユルティスに言葉を返す。騎士なら当たり前のことを言わせるな。騎士にとって忠誠は生きるための力。それがない騎士は、騎士ではない。クズだ。
「ドゥニーズさま、あそこにシャロンが」
「へぇ、ちょうどあそこにいるじゃない。私が直接言ってくるから、そこにいなさい」
またしてもユルティスの取り巻きがユルティスに耳打ちをして、ルネさまがいる場所を教えた。そしてユルティスがあくどい笑みを浮かべてルネさまの元に向かおうとするから、俺はユルティスの前に立って行く手を阻んだ。その俺の行動にユルティスはため息を吐いて呆れた顔をしていた。
「そこまでして痛い目を見たいの? それならそれで、あんたの全身の骨を折って動けないようにして回収するのも良いんだよ?」
ユルティスの言葉に取り巻きの中から前に出てきたのは、鞘に収まった剣を手に持っているボサボサの黒髪の女であった。一目見て分かったが、そこらの兵士より何倍も強いことが分かる。だけど、ただそれだけだ。
「そいつで、自分を倒せるとでも?」
「倒せるわ。だって、彼女はセイクリッド・パラディンだもの。シャロン家の騎士ごときが勝てる相手ではない。大人しく引いていた方が身のためよ」
・・・・・・確か、セイクリッド・パラディンはロード・パラディンの一つ下の地位だったな。セイクリッド・パラディンに会うのは初めてだが、ここまでとは驚いた。ここまでセイクリッド・パラディンとロード・パラディンの実力に差があるとは思わなかった。ラフォンさんが本気を出していなくてもこいつには勝てるくらいに実力差がある。
そんな実力もない相手だから、俺はユルティスの前からどかない。いや、実力があってもここはどかない。こいつをルネさまの元に行かせることなど許されない。
「引かない覚悟は分かった。それなら宣言通り骨をバキバキにして連れて行きましょうかッ!」
そう言ったユルティスは数歩下がり、その代わり剣を持っている女が俺の前まで来て鞘に入っている剣で横払いの攻撃をしてきた。俺はその剣を避けず、腕にその攻撃を喰らった。こうすることで、正当防衛が成り立つことを期待する。俺からしてみれば大した攻撃ではないから、正当防衛になるかどうかも疑わしい部分がある。
「ちょっと、全然平気な顔をしているじゃない。男だからと言って手を抜いているんじゃないわよ」
「・・・・・・違います。本気で攻撃しました」
「ならどうしてそんな平気な顔をしているのよ。嘘をつくんじゃない」
あーあ、攻撃を喰らってもなお俺が涼しい顔をしているから、ユルティスの奴がボサボサ頭の女に文句を言っているが、ボサボサ頭の女は腕の振りを考えて本当に本気で攻撃しただろう。だから、仲違いが起こりそうになっている。
「早く痛い目を見せてやりなさい。あの不細工シャロンに相応しくない騎士を持ったことを泣いて詫びる姿を私に見せてちょうだい。あんな女は地べたに這いずる方がお似合いだわ。私がいつもしているようにね」
・・・・・・やっぱり、こいつは殺さないとどうにもならないようだな。さもそうすることが当たり前だと言わんばかりの表情と、相手を尊重しない言動。そして、シャロン家をないがしろにしてきた今までの不遜な態度。俺がシャロン家のために大公を相手にする動機には十分すぎる。今まで我慢してきたのがいけなかったんだ。
「おい、あまり調子に乗るなよ。不細工」
俺は殺気と共にユルティスに言葉を放った。すると、ユルティスは足を震わせてその場に座り込んだ。取り巻きたちも殺気の範囲に入れているから、同じように座り込んでいるが、ボサボサ頭の女だけは剣を鞘から抜いて構えている。しかし、剣を持つ手は震えている。
「今までのルネさまとニコレットさんへの暴行など、すべて許されていると思ったら大間違いだ。お前はすでに俺の逆鱗に触れている。そのことを自覚せずに、なおも逆鱗に触れるようなことをしているんだ、死ぬ覚悟はできているんだろうな?」
俺の一つ一つの言葉には殺気が詰め込まれている。だから俺が喋るたびに、奴らには俺の殺気をさらに受けることになり、ユルティスは股から黄色い液体を漏らしている。貴族というものは、股間が緩いのだろうか心配になるくらいだ。
「わ、私は大公家よ! こんなことをして許されると思っているの⁉」
「許される? 笑わせるな。俺はお前らに許してもらおうなんて思っていない。これ以上好き勝手するのなら、どれだけ人を殺したとしても、守りたいものを守るだけだ。例え国中を敵にしてもな」
「そ、そんなことできるわけがないじゃない! 国を一人で相手なんて、バカげているわ!」
こいつ、俺のことを本当に知らないらしいな。騎士王決定戦で多くの人間に見られていたと思ったが、こいつは大会を見に来ていないのか。見に来ていたのなら、十分に恐怖を植え付けることができたのに。
「それはどうかな。アユム・テンリュウジ、この名に覚えはないか?」
「・・・・・・騎士王決定戦で優勝した男でしょう? それが何? まさかそいつがあんたの味方だって言いたいの⁉」
そっちかよ。俺がその騎士王だとは思っていないようだ。もうすでにこいつに殺気を当てている時点で手遅れであるが、今ここでこいつらを殺すことはできない。大公の一人娘を殺すとなれば、どんな理由であろうとも悪いのはこちらだ。カスペールの時みたく、機会をうかがわないといけない。今はこいつらを退けることにしよう。
「ッ! ドゥ、ドゥニーズさま、こいつ、騎士王決定戦で優勝した男です」
取り巻きの一人が腰を抜かしながらも俺の顔を凝視して俺のことに気が付いた。一人は騎士王決定戦を見ていたようだな。これで自分から自身の正体を言うという事態に陥らなくて済んだ。
「こ、こいつが? お父さまが絶対に近づくなって言っていた男が、こいつなの?」
「は、はい。間違いありません。この目で騎士王決定戦を見ましたから」
大公が俺を警戒していることを意外に思いながら、俺のことに気が付きそうであったから、殺気を収めてこいつらの反応を見る。ユルティスは俺の正体に気が付くと、俺を見ながら顔を真っ青にしながら俺の方を見ている。どんなことを言われたら、そんな恐怖の色に染まるんだよ。見ていない人も恐怖に染めるほどの戦いをしてしまったのか。結果オーライ。
「・・・・・・きょ、今日のところは帰るわよ」
俺のことを恐怖の顔で見ていたユルティスは、三下みたいな捨て台詞を吐いて帰ろうとする。だけど腰が抜けて自分では立てないから、回復した取り巻きに身体を支えてもらって立ち上がった。その際に、粗相をしていたため下半身がびっしょりなのが目についた。俺は思わず嫌な顔をしてしまった。
そして、不意に誰かが笑いをこらえきれずに噴き出した音が聞こえた。それがトリガーとなって他の女性たちはユルティスを見てコソコソ話をしていたり、笑いを堪えている声が聞こえてくる。そんな周りの態度に顔をひどく歪ませながらも、ユルティスは取り巻きとともに教室から出ていく。
俺の顔をチラリと見て睨みつけ、ルネさまの方を見て睨みつけていたことを俺は見逃さなかった。性根が腐っているのだから、俺を恐れてもう手を出してこないわけがない。絶対にこいつは何かをしてくるだろう。気を付けておこう。
教室からユルティスたちがいなくなったのを確認し、俺はフローラさまとルネさまの元へと戻る。さっきまでも注目されていたが、今回の件でもっと注目されている気がする。
「ただいま戻りました」
「さっきのようなその場しのぎの言動じゃなくて良かったわ」
フローラさまは満足そうな顔をしておられるが、ニコレットさんに付き添われているルネさまはどこか不安そうな顔をされている。
「どうかされましたか? ルネさま」
「・・・・・・ううん、何でもないよ。ユルティスさんを追い返してくれてありがとうね」
ルネさまの顔は何でもないという顔ではない。俺の行動に何か嫌なことでもあったのだろうか。そう思ってニコレットさんの方を見ると、ニコレットさんはその視線を察してくれて口を開いてくれた。
「ルネさまは、ユルティスからの反撃を恐れておられるのだ。アユムが中途半端にユルティスに恐怖心と怒りを与えてしまったからな」
「ニコレット! 言わなくていいから! アユムくんは私を思って行動してくれたんだから、それだけで十分だよ」
「ですが、アユムがユルティスを下手に刺激してルネさまに危害を加える可能性を作り出してしまったのは事実です。やるのならば、もっと強烈にやった方が良かったでしょう」
あれ以上やろうとすれば、本当にユルティスを殺しかねないからな。でも、ニコレットさんの指摘通り、ルネさまに何かしてくることは確かだろう。だから、俺が今言えることはこれしかない。
「安心してください、ルネさま。自分が、必ずルネさまをお守りいたします。例えどれだけ離れた場所であろうとも必ずルネさまの元に駆け付けます。ですので、そのようなお顔をしないでください。ルネさまは笑顔がとてもお似合いですから」
俺の言葉にルネさまは一瞬ポカーンとしていたが、すぐに満面の笑みに変わった。良かった、ルネさまに笑顔が戻って。騎士が守るものは、何も主の身だけではない。主の心も守ってこその騎士だ。絶対にこの笑顔は守って見せる。
文字数に関して、少し思うところがあります。このままの文字数を維持するべきか、それとも文字数を減らして話数を増やすべきか。読者さんの読みやすい文字数はあるのですかね?




