66:騎士と学園。
新章、≪騎士と神器≫に突入しました! 今まであまり話してこなかった神器について触れる章となっております。
俺は今、非常に気まずい状況に立たされている。ありとあらゆる方向から好奇心や恐怖心などの視線を浴びており、その視線に耐え切れそうにない。まだ殺気を浴びせられていた方が楽だと言える。
「アユム、私の騎士なのだから、もっと堂々としていなさい。もう慣れたでしょう?」
「いえ、慣れないですよ」
少しだけ縮こまっている俺に、そばで座っているフローラさまが睨みながら仰る。そう仰るが、俺は今現在フローラさまが通っておられるタランス学園の教室でフローラさまの座っている席のそばでブリジットと一緒に立っていた。フローラさまの隣にはサラさんが座っている。席が後方に行くにつれて高くなるように階段状の座席になっている教室には他にも女子生徒がおり、フローラさまは教室の一番高いところに座っておられる。
そんな中で、この教室では俺一人だけが男なのだ。他の貴族やその従者を含めてすべてが女性で、俺一人だけが男なのだ。こんな場所で息苦しくないわけがない。それに、その女性たちがほとんど俺に注目しているのが分かる。授業をしている先生も、俺の方をチラチラと見ているのが分かる。
こんな状態で、俺は数時間もこうやってこの場所に立っている。いつもなら、この時間にはラフォンさんと楽しい特訓のお時間であったが、あいにくとラフォンさんが年に一回あるかないかの七聖会議に行かなければならないため、特訓は数日間お休みとなった。一人で身体を慣らしておこうかと思っていた俺だが、フローラさまにそれなら私と一緒に学園に来なさいと言われて、俺は学園に行かなければならなくなった。
最初は俺が行くことを拒否されていたのに、どうして今になって許可してくれたんだろう。そう思いながらもフローラさまをお守りしやすいと軽い気持ちで行くと、これですよ。こんな状況になるのが予想できていれば、ここには来なかった。いや、フローラさまの命令だから結局は行かなければならなかった。
「大丈夫ですか、アユム?」
「・・・・・・大丈夫そうに見えるか?」
「いえ、見せません。だから聞いています」
俺の様子が良くなかったのが分かったのか、ブリジットがそばに来て小さな声で聞いてくれた。あの騎士王決定戦から時間が経っているため、ブリジットもだいぶ平気な感じで俺と話せるようになった。だけど、数秒間じっと目を見ていると、
「あの、・・・・・・恥ずかしいです」
「あぁ、ごめん」
顔を少し赤くして目を反らしてくる。最初は本当にこれくらいで顔を真っ赤にしていたから、進歩しているのだと感じた。しみじみとブリジットの成長を感じながら、未だにブリジットの方を見つめていると、ブリジットも俺の方を向いて顔を赤くしながら見つめてくる。俺とブリジットの謎の見つめ合いが始まったわけだが、いつまでもこうしていられるような気がする。この授業の間は特にすることがないから、いつまでも飽きないブリジットとの見つめ合いをしておこう。そう思った矢先、俺の足が誰かによって踏みつけられているのが分かった。
踏みつけられた自身の足に視線を移すと、フローラさまが椅子に座りながら俺の足を踏んでいらっしゃった。何かと思いフローラさまのお顔を見る。そこには満面の笑みを浮かべているフローラさまがおられた。
「次は、ないわよ?」
「かしこまりましたッ」
満面の笑みと全く合わない声音でフローラさまは俺に注意された。その恐ろしさに、俺はすぐさま返事をしてフローラさまは足をのけてくださった。ふぅ、危ない。何か、俺って世界を滅ぼす災厄級のドラゴンなどのモンスターたちは怖くないのに、フローラさまや女性の視線となるとそうはいかなくなる。絶対にドラゴンの方が怖いのに。
俺は注意されてから大人しくフローラさまと一緒に聞くことにした。・・・・・・何を話しているのか全く分からないけれど、そんな感じの表情をしていたらフローラさまもご満悦だろう。何か考えてますよ的な表情をしておこう。
先ほどの授業が終わり、まだ一日の授業の半分も終わっていない。それなのにこの疲労感は何なのだろうか、そう無駄な自問自答を繰り返しながら、周りの声が耳に入ってきた。
「ねぇ、あれがシャロン家の使用人ですって」
「ちょっといい感じじゃない?」
「そうよね。狙ってみても良いかな?」
休み時間に入っても俺を見る視線は送られ続け、周りから俺に関することが聞こえてくる。・・・・・・元の世界のイケメンはこんな気分だったのか? やはり道行く人と同じクラスの生徒では接点の有無でより意識するかどうか変わってくる。学校という場所は、同じ学校に所属しているという接点を持っていることで話しかけてみようかな? とか思うが、道行くイケメンや美女に話しかけるのはただのナンパだ。
ナンパに思われにくい学校という場所は、出会いが生まれやすい場所のようだ。まぁ、俺の場合は元の世界でクラスメートは道行く人と変わらなかったからどうでもいいけどな。それに、いくら俺がこの場所で女性にひそひそ話をされようが、俺には自分の命よりも大切なフローラさまやブリジットがいる。だから、俺のことを話していて気になるな、と思うだけだ。
「アユム、こっちに来なさい」
「はい?」
休み時間中にブリジットとサラさんと会話しているフローラさまが、不意に俺を呼ばれた。何かと思いフローラさまがご指定された通りに、フローラさまの真横に立った。するとフローラさまは俺の胸倉をつかんで俺の唇を貪るようにディープキスしてきた。本当にいつも不意だなと、諦めるように俺からもフローラさまの唇を貪る。俺とフローラさまが十分に唾液を交換し終えて、フローラさまは俺から唇を離してくださった。
「はぁ、ごちそうさま」
「・・・・・・どうして今されるのですか?」
周りからの視線がより一層強くなるのが分かる。何だか、フローラさまからキスをするときは外の方が多い気がする。そういう性癖があるのだろうか。
「どうしてあんな女が」
「チッ! 見せつけやがって、あのブスが」
「あんな女より、彼には私の方が似合っているわよ」
フローラさまが俺にキスしたことで、周りのザワザワとした声が強くなる。しかし、その言葉のほとんどはフローラさまへの悪口であった。周りの女性は、フローラさまほどではないが美人が揃っている。だけど、美醜逆転したこの世界では、美人であればあるほど不細工に見られる。つまり周りの女性たちもこの世界では不細工と言われている女性たちで、より不細工に見えるフローラさまが見せつけるようなことをして悪態をついているのだろう。
「ふふっ、それは私が周りと違うからよ。周りの女たちとは違い、私は持っている」
フローラさまもフローラさまで、わざわざしなくていいようなことをして周りのヘイトをその身に受けている。だけど、フローラさまの場合は、前に話を聞いたが、クラスメートがフローラさまのことを下に見ていることや聞こえるような声でフローラさまの悪口を言っていたらしい。
フローラさまは、周りの女性たちを見返すために俺を連れてきてお前らとは違うと行動で示したのだろう。フローラさまにとっては胸がすくような気分だろう。その証拠に、周りを見下しながらうっすらと笑みを浮かべている。その表情に、クラスの女性たちは一層フローラさまに憎悪を送っている。
「何も持っていない不細工たちは大変ね。これから生きていくのも大変そうだわ。そう思わない? ブリジット」
「はい、そう思います。今は冷戦状態が続いていますが、戦争が再び勃発すればこれから嫁の貰い手も大変になるでしょう。そう思われませんか? サラさん」
「えぇ、そう思いますわ。やはりお相手がいるのといないのでは、人生が一層楽しくなります。人生は人それぞれでしょうが、私は運命の相手と言える人がいて、非常に生き生きとしていますわ」
お三方は三人で話しているのに、周りに聞こえるような声で話している。これをノリノリでブリジットとサラさんもしているということは、この二人も相当周りから悪口を言われていたらしいな。ブリジットとサラさんからは、フローラさまから愚痴を言われていなかったから分からなかった。
「ねぇ、そこの使用人さん?」
「はい? 何か御用ですか?」
三人が日ごろの鬱憤をこれでもかと晴らしている時に、クラスにいた女性が俺に声をかけてきた。その女性は結構な美人さんで、意図的なのか制服の胸元を空けてスカートのすそを上げている。フローラさまがいなければ、俺はそこに目が行ってしまっていただろう。だが、その時の俺はもういない。
「もしよろしければ、私とお茶でもしませんか? あなたのお話を聞いてみたいの」
「自分と、ですか?」
「はい、そうです。お時間がある時で構いませんので」
この人もこの人で、相当に性格が悪いと見た。さっきフローラさまが俺のことを自身の所有物だと周りに確認させたのに、それを見てもなお俺にお茶を誘ってきた。まぁ、誘いを断るのは当然だが、これをどうやって断るかだな。睨みつけて嫌だと答えようものなら、俺の主であるフローラさまの評価に傷がつくか? いや、フローラさまなら気にしないと思う。
「すみませんが、その申し出はお断りさせていただきます」
「そうですか。それは残念です。ですが――」
俺の近くに来た女性が、俺の耳元でこうささやいてきた。
「いつでも待っていますから」
そう言って女性は自身の席に戻って行った。・・・・・・元の世界でなら、ああいう女性は男にモテモテで女に嫌われていただろうな。
「アユム?」
ふっ、フローラさまが笑顔で俺の名前を呼ぶ声が凄く冷え切っている。心なしかブリジットとサラさんの視線も冷たく感じる。うん、こうなることは理解できていた。フローラさまが望んでいたことは、お前みたいなブスと付き合うわけがないだろうが! みたいな言葉だろうな。俺もそう言った方が良いなと思った。
「はい、何でしょうか、フローラさま」
「何でしょうか、ではないでしょう? あの受けごたえは何?」
「・・・・・・その、あまり事を荒立てない方が良いかと思いまして」
「ふぅん。そんなことで私が納得すると思っていたの?」
「その、申し訳ございませんでした」
ここは素直に謝っておこう。そもそも、考えれば俺はすでにカスペールの件で悪評が一度ついている。カスペールが裏で非人道的なことをやっていたと、国王から国中に情報が発信されて俺の罪も冤罪だと発表されたとしても、俺の悪評がすべて消えることはなかった。カスペールと関わっていたに違いないなど、適当なことを言う奴もいた。それなら俺は何も恐れることはなかった。
「まぁ良いわ。それよりもあの女には気を付けておきなさい」
「やはり何か裏があるのですか?」
「あるも何も、あの女は他の女の悪口を言ったり、男教師を誘惑している性格が悪い女よ。私はそこまで被害にあっていないから、詳しくは知らないけれど家に逃げて行った女もいるらしいわ」
うわ、やっぱりえげつない女だったのか。あんな人懐っこい顔をしているのに、人を陥れることができるとか女というものは恐ろしいな。いや、女じゃない。人間が恐ろしい生き物だ。俺は本当に人間が嫌いだな。過去にイジメがあったのだから、人間嫌いにもなる。
時刻は昼休みとなり、俺たちはルネさまとニコレットさんがこの教室に来るのを待っていた。なぜこの教室かと言えば、あちらの教室は大公の娘がいるからだ。大公の娘はいつも教室で王様のようにしているようで、居心地が悪いとか。こちらの教室ではそういう人がいないため、こちらで待ち合わせをしているらしい。
今日に限って言えば、こちらの教室でも居心地が悪くどちらでも変わらないと思う。あちらは大公の娘がいるから、それを考えればこちらの方がだいぶマシだな。何せ、この教室の外には、俺を見に来た生徒たちで埋め尽くされている。自惚れとかではなく、フローラさまの傍に立っている俺にほぼすべての視線が集まっている。
俺としてはこの動物園の動物みたいな感じで居心地が悪くて非常に嫌だ。どうやら前の休み時間の間で学園中に俺の噂が広まったらしいが、それにしても来るのが早すぎだろう。女性の情報網はどの世界でも侮れないということか。
「フローラさま、場所を変えるという選択肢は・・・・・・」
「嫌よ。今日はここで待ち合わせと二人にも伝えているでしょ? それに、こんなにも優越感に浸れる空間に自分から出るわけがないわ」
フローラさまは満足そうな顔をして俺を見ている女性たちを見ておられる。今までフローラさまを見下していた女性を、そうして見るのはさぞ気分が良いことなのだろう。フローラさまが満足しておられるのなら、俺もそれでいい。うん、我慢しよう、フローラさまのために。できれば毎日はやめてほしいけれど。
「あっ! アユムくんっ!」
そんな時に、外の人ごみからかき分けて教室に入ってこられたのはルネさまとニコレットさんであった。ルネさまは俺を発見するなり、笑顔で手を振っておられる。俺はルネさまに手を振って返事をした。ルネさまはこちらに駆け足で来られて俺に抱き着いてこられた。
「えへへっ、今朝ぶりだね、アユムくん」
「はい、今朝ぶりです」
「アユムくんは元気にしてた?」
「少し周りの視線が気になりましたが、自分は元気です。ルネさまはいかがですか?」
「私も元気だったよ。今日は学園でもアユムくんに会えるから、この時間が待ち遠しかったんだ」
ルネさまは俺に抱き着かれながら、とても嬉しそうに話しておられる。そんなルネさまを見ていると、俺も心が安らぐ。ルネさまはこういうほんわかした雰囲気だから、こちらの心を癒してくださる。それはフローラさまやランディさまでも言えたことだ。
「ルネお姉さま、いつまでアユムに抱き着いておられるつもりですか?」
「少しくらい良いと思うよ? だって、フローラは今までアユムくんと一緒にいたんだから、この時間くらい譲ってくれても良いんじゃないかなぁ?」
「時間など関係ありません。アユムは私のアユムです。少しは遠慮されたらどうですか?」
「遠慮しても良いことなんてないでしょ? それに、アユムくんが嫌だと言っていないから、まだ私が抱き着いていても良いと思うなぁ。アユムくんは、私が抱き着いていると迷惑?」
「いえ、迷惑ではありませんが・・・・・・」
「アユム、分かっているわよね?」
やばい、フローラさまからの圧が凄い。ルネさまはフローラさまに好きにものを言えるから、物怖じしない。だから、俺はフローラさまとルネさまの二人に板挟みされている。どちらについてもどちらかの機嫌を損ねる可能性がある。くそっ、どうしたらいいんだ!
俺は周りにいる三人が助けてくれないかと視線を送ろうとするが、ブリジットとニコレットさんはあらぬ方向を向いてこちらに関与しないと暗に言っており、サラさんは俺とルネさまを見て羨ましそうな顔をしている。抱き着いているルネさまを羨ましがっているのかは分からないが、この状態ではサラさんは助けてくれそうにない。
この状況、どうすれば良いんだ! そう窮地に立たされている時に、教室の外が騒がしいことに気が付いた。そちらに目をやると、前方の扉の前で群がっていた女性たちが道を空けている。誰が入ってくるのかと思ったら、俺が一番目にしたくない女だった。
「ここに男がいると聞いて、来てやったわ」
茶色のショートヘアの不細工な女がそこにいた。俺が今一番殺してやりたい相手である、ドゥニーズ・ユルティスだ。
思ったんですけど、やっぱり目標は高い方が良いと思います。ですので、自分の今の目標は、総合評価一万越えを目指して頑張りたいです!