62:騎士と因縁。
書くことを書いていると、全然終わらせれません。
逃げまどう人々がいる中、ドラゴンは変わらずにこちらに飛んできている。一番の心配であるフローラさまたちの方を見ると、フローラさまたちも逃げているのが見えた。フローラさまがステファニー殿下の手を引きリモージュ王国の王女も引き連れながら。
俺としては王女さまを引き連れるよりも先に逃げてほしいという気持ちでいっぱいだ。だけど、王女さまを連れて逃げる姿は騎士として誇らしいものがある。王女さまを守るつもりはないが、フローラさまは命を賭してでも守る。例え相手がドラゴンであろうと、戦って勝ち残って見せよう。
「アユム! お前は主を連れて逃げろ!」
俺がフローラさまの元へと行こうとすると、戦闘態勢に入っているラフォンさんに声をかけられた。
「分かっています! ラフォンさんはどうするつもりですか?」
「私は残って、必要とあればあれの相手をする」
「本気ですか? あれは人の手に負えるものではありませんよ?」
「それでも誰かがやらないといけないだろう。私はそのためにロード・パラディンという称号を受けている。早く行け」
あのドラゴンをラフォンさんが相手にすれば、確実に負けるだろう。フローラさまを守るのも大切だけど、ラフォンさんを失うのも嫌だ。ラフォンさんも一緒に逃げたいところだが、そうはいかないだろう。ならば俺があれの相手をした方が良いのだろうが、あれを好んで相手にするほど戦闘が好きなわけではない。
「アユムッ!」
迷っている暇はないものの、あのドラゴンを相手にするか悩んでいると、今でも忘れられない声が俺の耳に届いた。そちらを向きたくないが、向かざるを得ないと思いそちらを向いた。俺の想像通り、振り向いた先には、腰に剣を携え、束ねた茶髪をお団子にしている女が息を切らせてそこにいた。
忘れられるはずもない。人生の中で、一番出会ったことを後悔している女の一人、前野柚希。こいつを見た瞬間、これまでに忘れていた憎悪という感情が噴き出してきたが、その感情を抑え込んだ。今はこんなやつのことよりフローラさまだ。
「ユズキ、ちょうどいいところに来た。少し手を貸してくれないか?」
「えっ⁉ えっと、その・・・・・・、あの」
ラフォンさんの言葉に、前野は俺とラフォンさんを交互に見てどうするか困惑しているようであった。こいつもそう言えば神器持ちの勇者だったな。それならこいつにドラゴンを任せればいいか。俺と同じなら俺と同じくらい力を持っているだろう。ラフォンさんと一緒に逃げれるな。
「ユズキ、あなただけズルいわ」
「そうよ。私だってアユムに会いたかったのだから」
「・・・・・・同意」
そうこうしていると、茶髪をカチューシャ編みしている女、黒のウェービーヘアの女、長い黒髪を三つ編みにしている女の三人がこの場に来た。俺の憎悪している腐れ縁四人全員がこの場に揃ってしまった。身体が震えそうになるほどの状況に陥ってしまう。・・・・・・やばい、憎悪しすぎて逆に吐きそうになる。鎧の中で吐くとかは絶対にしたくはない。
「良くも悪くも、ここに神器持ちが五人揃ってしまったか。これはあれを倒せるのではないのか?」
冗談じゃない。こんな奴らと共闘など死んでもしたくない。こいつらだけでしていれば良いだろう。俺はこいつらがドラゴンと相打ちになってくれれば、飛び上がって喜んでやるよ。って、おい、おいおい、あれは冗談じゃないぞ!
こちらに飛んできているドラゴンが、守護の闘技場ではなく、フローラさまたちを狙ってすさまじい魔力で生成された炎を吐き出した。あんなものを喰らえば、灰すらも残らない。何より、あいつは俺の主や仲間たちを狙っているんだぞ? それを分かっているのか?
俺はすぐにフローラさまたちの元に走り出した。後ろで誰かが何かを言っているが、そんなことは関係ない。俺の今すべきことはフローラさまたちを全力で守ること。
「フローラさまッ!」
「アユムッ! よく来たわ!」
すぐにフローラさまの前にたどり着いた。後ろにはフローラさまとステファニー殿下、リモージュ王国の王女、ルネさまとニコレットさん、ブリジットにサラさんの七人がいる。リモージュ王国の王女は漆黒の双剣を出して炎に対抗しようとしているのか? そんな実力では無理だろう。
「私たちを守りなさい!」
「仰せのままに」
フローラさまに命じられるまでもないが、フローラさまに命じられるとそれだけで俺の力はみなぎってくる気がする。あの炎をクラウ・ソラスで斬るより、盾で防いだ方が早いだろう。
「≪絶対防御≫」
盾を前に出し、≪絶対防御≫のスキルを発動させると俺たちの前に透明な大きな盾が出現した。次の瞬間、大きな盾と炎が衝突した。盾で防いでいるものの、熱はひしひしと感じる。防いでいない周囲は炎の熱で溶け始め、盾の後ろだけが安全圏内になっている。
「きゃああぁぁぁっ!」
その炎は段々と周囲に広がっていき、逃げ遅れてた女性がその炎に呑み込まれようとしている。だが、俺はこちらだけでいっぱいだ。恨むのならドラゴンを恨んでくれ。
「ッ!」
「どこに行くおつもりですか⁉」
「助けに行くに決まっています!」
「死ぬつもりですか⁉」
「国民を救わないで、何が王女ですか!」
炎に呑み込まれそうになっている女性を助けに行こうとするステファニー殿下と、ステファニー殿下を引き留めているフローラさま。王女さまとしては立派だが、行けば絶対に死んでしまうのは誰から見ても明らかだ。
「ステファニーちゃん、ダメだよ。私たちは今守られていて、他を助ける余裕はないよ」
「でも・・・・・・ッ」
リモージュ王国の王女さまも一緒にステファニー殿下を引き留めてくれている。そうしてくれた方が、心に余裕ができる。まぁ、フローラさまが守らなければ俺は守るつもりはないんだけどね。死にに行くやつを引き留めることはしない。
「だけど、私はこの国の王女ですから、助けに行かないという選択肢はありません」
そう言ったステファニー殿下は、フローラさまとリモージュ王国の王女を振り切って炎に呑み込まれそうになっている女性の元に走り出した! 嘘だろッ⁉ 本当にやるとは思わなかったぞ! 蛮勇も良いところだ!
「アユムッ!」
「あぁっ! バカ姫がッ!」
絶対にフローラさまなら助けろと言うと思っていたが、言われたら言われたで面倒ごとを増やしてくれた王女さまに悪態をついてしまった。だが、それでもフローラさまに言われたからやらないわけにはいかない。フローラさまがこれまで守った王女さまの命を見捨てられるか。
「≪絶対防御・無双≫ッ!」
守る範囲を広げるために、≪絶対防御≫と≪強靭無双≫の二つを合わせて大きな盾をより面積を広げて防御力を上げた。そうすることで、炎に呑まれそうであった女性とステファニー殿下を守るまで大きくなった。守るついでに、このすさまじい炎から≪威力吸収≫で魔力を吸収していく。≪威力吸収≫には、相手に返すための吸収と、自身に取り入れる吸収の二つがある。今は半々で威力を吸収している。
俺の≪威力吸収≫が限界を迎えるタイミングを見計らい、≪威力放出≫で炎を一瞬だけ押し返し、その隙に≪魔力武装≫の状態で≪剛力無双≫と≪裂空≫を組み合わせた俺がこの状態で打てる最高の出力と速度の斬撃である、≪覇王瞬撃≫を放った。
斬撃は瞬く間に炎を断ち切り、ドラゴンの元へと飛んだ。ドラゴンはそれを避けられず斬撃を喰らわざるを得なかった。ドラゴンは斬撃で少し遠くへと飛んで行った。
「あのドラゴンを一撃で吹き飛ばすとは、アユムは人間なのか?」
すぐにこの場から避難しようとすると、俺の近くにラフォンさんが来た。あの四人はまだ闘技場の方にいるようで良かった。
「人間ですよ。ただの神器持ちなだけです。それよりも、どうしてここに?」
「いや、アユムには申し訳ないが、あれを倒すためにはアユムの力が必要だ。先ほどは私が命をかけて足止めをしようとしたが、アユムと勇者が揃えば話は別だ」
「・・・・・・あいつらだけではできないのですか?」
「できない。実力は私よりも下だからな」
はっ! 神器を持っている癖にラフォンさんより下とか、さすが俺の師匠のラフォンさんだ。だが、そこはラフォンさんの頼みでも聞けないものがある。
「嫌です」
「そう言わずに頼む。あれを君の力なしで倒すのは無理なんだ」
「自分とあいつらは無関係で、あいつらとは関わりたくないのです。それは変わりません」
「どうしてもダメか?」
「無理です」
ラフォンさんが天然を発動させて上目遣いで頼んでくるが、それでも俺の答えは変わらない。あいつらと関係を持つこと自体が嫌なのだから、そんなことさせてほしくない。
「フローラさま、ここから逃げましょう。ここは危険ですから」
「・・・・・・アユム、私もそう思っていたけれど、悪い知らせがあるわ」
俺はフローラさまに逃げるように促すが、フローラさまは神妙な面持ちでそんなことを言ってきた。何? ここで悪い知らせというのはこの状況から逃げられないことですよ? そんなことは言わないでくださいね。そんなことになったらあいつらと共闘することになるんですよ?
「あのドラゴンは、どうやら五大国の血筋の人間を狙う伝説のドラゴンらしいの。正確に言えば、血筋の人間ではなく、王女と呼ばれる人間がドラゴンに一番狙われるらしいわ」
・・・・・・ちょっと待て、五大国の血筋? 今ここにいる五大国の血筋は、ステファニー殿下とリモージュ王国の王女、そしてブリジットもランス帝国の血筋である。ここには三つの国の血筋が集まっている。と言うことは、この状況で逃げたとしても、
「逃げても無駄というわけですか?」
「そうなるわね。そこのリモージュ王国の神器持ちは外しても良いとしても、ステファニー殿下とブリジットは絶対に守りたいわ」
「えぇ⁉ 私も守ってくれても良いんじゃないの? 一応お姫さまだよ?」
自分で一応とか言うなよと思いながら、俺は長くため息を吐いた。全員が俺の方を向いて俺の判断を待っているようだが、俺の判断はフローラさまの判断が決まった時点で決まっている。武具一式を異空間に収納した俺はフローラさまとルネさまを抱えた。
「とりあえず下に行きます。そこで他の勇者と合流して作戦を立てましょう」
「ッ! ありがとう!」
俺の判断にラフォンさんは嬉しそうな顔をしてお礼を言ってくれたが、俺ではなくフローラさまに言ってほしい。フローラさまたちを逃がした後に、俺は一人で倒す気満々だったからな。何もしなくても倒していた。あいつは俺の主を攻撃したのだから、それ相応の報いを受けなければならない。
俺はお二人を抱え、リモージュ王国の王女がステファニー殿下を抱えニコレットさんがサラさんを、そしてラフォンさんが助けられた女性を抱えて全員が闘技場に降り立った。未だに深紅のドラゴンは動いていないが、あれで深手を負わせれるわけがない。もう少し力を使わないと倒せないだろうな。
「アユムッ!」
フローラさまとルネさまを下ろした時に、俺の名前を呼んで飛びつこうとしているお団子頭の前野妹だったが、俺は華麗に避けた。前野妹は地面に顔面から激突している。ざまぁ。
「何で避けるの⁉ 感動の再会だよ⁉」
何か前野妹が何か言っているが、俺は答える気がなかった。こいつらと共闘する気はあるが、話す気は全くない。こいつらは自分たちが何かしたか分かっていない。分かっていれば多少は良いが、分かっていないのだからどうしようもない。仲良くする気などない。あぁ、やっぱり協力するんじゃなかったかな。俺一人でできるのなら俺一人でやればいいし。だが、そうなれば俺は死力を尽くさなければならない。
「感動の再会は後でも良いだろう。今はあのドラゴンを倒すことだけを考えろ」
ラフォンさんのナイスフォローで、俺が前野妹に対して無視したことはなかったことになった。だけど無視し続けることは変わらない。話したくない。顔も見たくない。声が聞きたくない。同じ場所に立ちたくない。
「誰かあのドラゴンについて知っているものはいないのか?」
「それなら私が知っています」
「ついでに私も知ってるよ~」
ラフォンさんの問いかけに答えたのはステファニー殿下とリモージュ王国の王女であった。この二人が知っているということは、王族は全員が知っているのか?
「あれは、神と相反する存在である巨悪のドラゴンの一角。一度目を覚ませば、世界を滅ぼすまで暴れ続け、王女を喰らえば力を増していくドラゴンです。そして、あの深紅のドラゴンの名はギータ、世界を煉獄の炎で焼き尽くす炎のドラゴンと言われています。ドラゴンを完全に倒すことは不可能とされており、今までは倒すのではなく、封印することでドラゴンの脅威から国民を守っていました」
「では、今までどうやってドラゴンを封印していたのですか?」
あれが倒せないのかと思いながら、どうやって封印していたのかをステファニー殿下にお聞きした。もしもの時の対処法も聞いておかなければならない。
「神器の対となる神器によって封印されていました。そもそも、神器は魔王を倒すものではなく、ドラゴンを倒すために神が作ったものとされ、神器の使い手はそれを倒すために神器から恩恵を与えられています」
へぇ、神器は本来あいつを倒すためにあるのか。初めて知った。まぁ、勝手に飛ばされて勝手に神器の所有者にさせられて、ドラゴンを命がけで倒せと言われても、俺は従わないけどな。最初の俺ならこの世界で命を賭す価値を見出せなかっただろう。だけど、フローラさまを守れているのだから、ドラゴンを倒すのも良いだろう。・・・・・・ん? 神器の対となる神器? 何だそれは?
「あの、神器の対となる神器は何ですか? 自分が持っている神器ではないのですか?」
「はい、違います。神が作った器であることは変わりありませんが、対となる神器は本来の神器がないと力を発揮することができない神器となっています。補佐の役割を担っているとご理解ください。あなたのクラウ・ソラスでも、対となる神器が存在します。白銀の盾があなたのもう一つの神器です」
白銀の盾? 俺が≪魔力武装≫で出している盾とは違うものなのか? 盾で騎士としての力を上げることができるのなら、もう一つの神器を使ってみたいとは思う。だけど、ドラゴンを封印するために使うかもしれないから使い続けれないのか。
「あれ? 神器は十五あるんだよね? それなのに五体のドラゴンって、数が合っていないよね」
前野妹が、珍しく良いことを言った、ため口で。こいつらはコミュ力が高いから仲良くなってそうだが。そうだよな、神器は十五あるんだ。ドラゴンを封印するためには、どの神器でも良いのか? それとも、全部の神器を使わないといけないのか?
「一体のドラゴンに、対となる神器が三つ必要です」
「それはどの神器で封印していいの?」
「いいえ、五体のドラゴンの色と同じ色の神器はそれに対応していなくてはなりません。深紅のドラゴンならユズキのジュワユーズ、深紫のドラゴンならブリューナク、漆黒のドラゴンならエマのパシュパラストラ、黄金のドラゴンならオハン、純白のドラゴンならコローナ・フェッレアが振り当てられます。それ以外の神器はどこで対応しても制限はありません」
俺は制限されていない。つまり俺はどこで封印しても良いのか。あの深紅のドラゴンを封印しても良いと。だが、少し待て。肝心の対となる神器はどこにあるんだ? 俺は持っていないぞ。
「それで、対となる神器はどこにあるのですか?」
「それは、ドラゴンが封印されていた場所にあるはずです。しかし・・・・・・、アンジェ王国で封印に使われた神器はジュワユーズとあと二つ。後の二つは知らされていません」
「それって、使い手が違っていたら封印できないということですか?」
「・・・・・・はい、そうなります」
結局ドラゴンを倒さないといけなくなったわけだ。それに、封印されていた場所はおそらく地下深くだろうから、取りに行く時間もない。最初から倒すしかなかったというわけだ。
「――どうやら、もうおいでになったそうだ」
ステファニー殿下がどうしようかと悩んでおられるようであったが、ドラゴンが大きな雄叫びと共に空高く舞い上がり、こちらに殺気を放ってきた。俺は全員の前に出てその殺気を正面から受ける。神と相反する存在なだけはあるが、それでは俺には足りない。
俺からも深紅のドラゴンに向けて殺気を放つ。殺気だけで周りの空気は震えており、俺と深紅のドラゴンのにらみ合いは続いた。しかし、その均衡を深紅のドラゴンが崩すべくこちらに飛び降りながら突っ込んできた。俺はクラウ・ソラスを持ち≪魔力武装≫で全身武装した。
「来るぞっ!」
深紅のドラゴンとの第二ラウンドが始まった。
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