60:騎士と騎士王決定戦・本戦。②
この話で優勝までもっていこうとしたのですが、全然話が進まないです。おそらく、残り三話くらいで三章を完結できると思います。
俺が闘技場に入ってきた場所に戻ると、長い青髪の女性がそこにいた。ずっとそこにいてくれたのだろうか。そもそも、他の人を呼びに行かなくて良いのだろうか?
「・・・・・・さすがは、神器使いと言ったところでしょうか」
「クラウ・ソラスのことを知っているのですか?」
「知っていますよ。私以外にも、フロリーヌさんが信用している人たちはテンリュウジさんがクラウ・ソラスを所有していることを知っていますよ」
・・・・・・ラフォンさん、べらべらと話しすぎだろ。もう少し自重してほしい。まぁ、公の場で俺がクラウ・ソラスを出してしまったから見る人から見ればクラウ・ソラスだと分かってしまうのだろう。この世界に呼び出される勇者たちが持つ神器の特徴は、アンジェ王国で国に仕えている人たちには知られているそうだ。
ラフォンさんが言っても言わなくても結果は変わらなかったから、ラフォンさんにどうこう言うつもりはない。ただ、俺のことをべた褒めすることはやめていただきたいところだ。
「自分はさっきの場所に戻ればいいのですか?」
「はい、そうしてください」
そう言って俺と女性は元来た道に戻り始めた。そう言えば、俺が元の場所に戻るのなら、一試合目はどうなったのだろうか。一人も戻ってこなかったぞ。
「一試合目の結果はどうなったのですか?」
「一試合目は両者同時に戦闘不能となったため、勝者はなしとなりました。騎士王決定戦は引き分けはありませんし、二度目はありませんから、勝者なしになります」
なるほど、だから誰もあの場所に戻ってこなかったのか。となると、俺は二試合目は戦わなくていいということなのか?
「お察しの通り、テンリュウジさんの二試合目はなしとなります」
「へぇ、そうなるのですね」
試合数が少なくなるのは良いことだが、フローラさまの指示で観客に恐怖を抱かせなければならない。だから、少なくなるとその機会が減ってしまう。一発で恐怖のどん底に突き落とさないといけないのか。さっきのあれでも結構やばかったと思うが、それ以上となると、全身をぺっちゃんこにするか、全身を塵にするしかない。
「では、ここでしばらくお待ちください」
「はい、分かりました」
俺はさっきいた場所に戻ってきた。戻ってくると他の参加者が驚いているのが分かった。俺が負けるとでも思っていたのだろうが、残念ながらその期待に応えることはできない。
さて、ここからしばらく待つことになるな。俺は椅子に腰を掛けて次の試合のことについて考える。第八試合まで終わると、次からは準々決勝になる。だが俺はその準々決勝を一番に抜けており準決勝の進出が決まっている。そうなると、俺が次に試合を行うのは、十三試合目だ。・・・・・・早く前の試合が終わってくれることを祈っている。緊張感は持っているが、寝てしまいそうになってしまう。
「・・・・・・んっ」
・・・・・・うん、いつの間にか寝てしまっていた。一層と騒がしくなった周りに意識が覚醒した。最近は寝る間も惜しんで詰め込んでいたから、よりもよって今そのツケが回ってきた。今は何試合目かと辺りを見渡すが俺以外誰もいなかった。・・・・・・不戦敗なんてふざけたことにはなってないよなと思ってしまった。
焦りはあるものの、時間が経ってしまったものは仕方がない。これからどうやって何試合目かを調べようかと立ち上がる。すると、闘技場に続く道から騎士たちを誘導していた青髪の女性二人がこの場所にやってきた。
「アユム・テンリュウジ、時間だ」
「第十三試合目、準決勝戦です。私たちについてきてください」
「はい、分かりました」
良かったぁ、寝ていることに気が付かれていなくて。そして寝過ごすとか、ふざけたことにもならなくてよかった。ちょうどいいタイミングで目を覚ますことができたのか。まぁ、誰もこんな状況で寝ているとか思わないだろうな。俺も思わなかった。それはそうとして、どうして周りに他の騎士たちがいないのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は女性二人に続いて闘技場に続く道を進んで行く。気が付かれないようにあくびと伸びをして、軽く身体をほぐす。寝ていたからか、頭がスッキリとしている。具体的に言えば、今すぐにでも大公の手先を殺したいくらいには戦闘準備が万端だ。今までにフローラさまやブリジットが味合わされた痛みをハッキリと思い返すことができる。
闘技場へと続く道が二つに分かれる場所にたどり着き、二試合目で俺を最後まで案内してくれた丁寧な話し方の女性が片方に足を進めた。
「私についてきてください。相手方は医務室から案内しています」
「医務室? 分かりました」
医務室となると、試合で負傷した騎士が送られたのか。俺以外あの場所に戻ってこなかったのは、俺以外が負傷したからあの場所にいなかったのか? 普通に考えたらそうだろうな。
俺と女性は緩やかな曲がり道を進み、ついに闘技場が見える出入り口にたどり着いた。闘技場では多くの観客が騒めいている。準決勝戦であるから、盛り上がりは最高潮になっているのだろう。決勝戦ではどれほどの盛り上がりになるのやら。
「テンリュウジさん、絶対に勝ってくださいね」
「え? あ、はい。勝ちます」
勝つつもりしかないから、俺はとりあえず頷いておく。・・・・・・それにしても、女性が勝ってくださいと言っている理由がよく分からない。
「これはここだけの秘密ですが・・・・・・」
女性が小さな声でそう言ってくると、ポケットから何やら紙を取り出して俺の前に見せつけてきた。その紙の内容を見ると、いわゆる賭け事の紙であった。この紙では騎士王決定戦で優勝する騎士の予想が俺になっている。
「騎士王決定戦では、密かに賭け事が行われています」
「えっ、そんなこと知らなかったです」
「はい、騎士たちには国総出で知らせないようにしています。もしも八百長などが発覚して騎士王決定戦の名が汚されるようなことがあってはなりませんから。八百長が発覚すれば、騎士と騎士の一族が皆殺しになってしまいます」
俺の知らないところで、賭け事が行われていたとは。これが競馬の馬の気持ちなのか。
「ちなみに、今のところテンリュウジさんに賭けている人は、賭けに参加している一万人以上いる中で数人しかいません。ですからテンリュウジさんが勝てば、一攫千金となります」
何それ。それを知っていれば、自分に賭けていたのに。くそっ、事前に知っていればよかった。お金に困っていないからどうでも良いけど。
「そして、私は全財産をテンリュウジさんに賭けました! だから優勝してくれないと私が死にます! 姉にも呆れられていますので、社会的にも死にます! 私を助けると思って、優勝してください」
「・・・・・・分かりました。元から優勝する気だったので、心配しないでください」
・・・・・・大人の女性だと思っていたら、普通にやばい人だった。全財産を賭けるとかこの人本当に大丈夫かよ。俺は優勝するから良いけれど、この人は賭け事が好きな人なのだろうか。それなら早めに周りが止めた方が良い。
「準決勝戦、第十三試合目を始めます」
ちょうどいいタイミングでラフォンさんの声が聞こえた。その言葉で俺は身体の力を抜いていつでも戦える準備をした。これと、あと一つ勝てば俺は騎士王になれる。まだまだこれは第一歩だが、その一歩が俺の先を左右する。何より、フローラさまのご命令だ。それだけで負ける気がしない。
「西方、アンジェ王国最速の男、エロワ・ブロンダン」
大歓声と共に相手側からイケメンな優男が出てきた。あちらの世界ではさぞモテた顔なのに、こちらの世界では恵まれていない顔として言われる悲しさ。でも、敵だからどうでも良いか。
「東方、圧倒的な実力を兼ね備えた騎士、アユム・テンリュウジ!」
ラフォンさんの大きな声とは対照的にさっきまで巻き起こっていた大歓声は少しも聞こえなくなり、俺は無音の状態で闘技場に出てきた。観客から冷たい目で見られているのが分かるが、俺がそういう目で見られるいわれはない。この騎士王決定戦のルールに則って戦っていただけだ。
「この、人殺しぃッ!」
静かな中で俺に向かって投げかけられた言葉はよく響いた。そちらを見ると、女性が立ち上がって怒りの血相で俺を見下していた。良く分からないが、俺がここで殺したのは二試合目の大男だったか。そいつの関係者か何かか?
俺は別に悪いことはしていないから、その言葉を無視して闘技場の中央に進む。そして女性は王国兵士に捕らえられている。この大会に口を出せばああなるのは、俺よりも知っているくせに、分かっていないのか?
「お前なんて、騎士王になる資格なんてないぞ!」
「そうだ! 強ければいいわけじゃないだろうが!」
「騎士の品性に欠けるものが、この場に立つんじゃない!」
あの女が引き金に、あちこちから俺を非難する声が聞こえてきた。これも大公の差し金なのか、それともただ単に大男が慕われていたのか、俺が気に食わないだけなのか。俺を非難する声はどんどんと大きくなり、王国の兵士が捕らえようにも収集が付かなくなってきている。
俺が招いたわけではないが、この状態で試合をするわけにはいかない。だから俺はクラウ・ソラスを取り出して俺から少し離れた地面に≪裂空・広≫を放った。放たれた広範囲の斬撃が地面に当たり砂埃と共に地面が揺れた。俺の斬撃に観客は大人しくなった。そして、俺は観客に向かって殺気を纏った言葉を言い放った。
「文句があるなら、ここに降りてこい。俺が相手になろう」
観客は黙るしかなく、罵倒がひどかったものは王国兵士に連れていかれた。ようやく試合ができる環境になり俺は前に出た。そして今回の相手である優男を見据えると、優男は俺のことを蔑んだ目で見てきた。
「観客に当たるなんて、騎士としてあるまじき行為だね」
「それが? それで俺は失格にでもなるのか?」
「ならないけど、みんなが認める騎士王にはなれないよね。その時点で君は負けているよ」
一理あることを言ってくるが、これは国が決めたことなのだから、認められなくてもルールに則った騎士王ならば騎士王だ。それが納得できないのならこの国から出て行けばいい。
「どうでも良い。みんなが認める騎士など、反吐が出る。騎士は騎士が守りたいと思う者を守り、騎士として成り立つ。他に押し上げられた騎士が騎士なわけがない。忠を尽くすことこそが、騎士の神髄だろうが」
「それじゃあみんなを守れないよ?」
「みんなを守る? バカを言うな。守れるだけの力を得てから言えよ」
確かにこいつは周りから見れば強い部類に入るだろう。だが、こんなものではみんなを守る力とは到底言えない。弱ければ何もできない。それが人間社会というものだろう。
「もう始めて良いか?」
会話が終わるのを待ってくれていたラフォンさんの言葉に、俺と優男は頷いてお互いに距離を取った。何かこいつは大公の手先という感じがしない。大公の手先はもっと露骨だと思っていたが、こういう奴もいるのだろうか。もしかしたらこいつは違うのかもしれないが、やることは変わらない。
「それでは・・・・・・、始めッ!」
ラフォンさんが手を振り下ろし始まりの合図で、優男は俺の目の前にやってきて俺に剣を振ってきた。俺はクラウ・ソラスで対応する。それを受け止められた優男が四方八方に移動して攻撃してくるが、そのすべてに完璧に対応する。これくらいがアンジェ王国最速だというのなら、笑い話だ。そもそもラフォンさんの方が早いだろう。
「反撃してこないのかな? それともできないのかい?」
「準備運動しているだけだ」
これくらいでは準備運動にもならないが、少しくらい身体を温めるくらいはできる。だが、こんな攻撃を延々とやられるとこちらの精神がやられてしまう。つまらなくてあくびが出そうだ。
「できないの間違いじゃないのかい? やれるものならやってみると良い」
「・・・・・・もう少し温めたかったが、そう言うのならやってやろう」
優男が無駄に挑発してきたから、俺はその挑発に乗って俺から攻撃することにした。優男がもう一度俺に攻撃してきた時を狙い、空いている手で優男の顔面を掴んで軽く壁に向けて投げつけた。軽くだから、壁に激突することはなく、優男は投げられている状態から立て直した。
俺を見てくるその目には、驚愕の色が見て取れる。自分でやってこいと言っておいて驚くなよ。決勝に向けて身体を温めておきたいところだが、こいつが相手だと無理そうだな。
「ッ!」
優男はさっきのことを学習せずに俺にまた突っ込んでくる。だが俺がやることは変わらず、俺に攻撃しようとしたところで顔面を掴んで壁に投げつけた。その攻防を何回もして、俺は腹が立ってきた。もうそろそろでフィニッシュしても良いだろう。
「こんなお遊び、終わらせてもらう」
クラウ・ソラスを握り直し、≪魔力武装≫しようとする。だが、そんな俺を見た優男がまた俺の近くに来て攻撃してきて顔を近くに寄せてきた。
「そんなことをしても良いかな? 君の主の方を見なよ」
優男にそう言われて、フローラさまたちの近くに複数の奴らが近づいているのが分かった。そいつらは完全にフローラさまに悪意を持っているのが感じ取れる。こいつら、勝てないから俺ではなくフローラさまたちを狙いに来やがったッ。
「俺を脅すつもりか?」
「そうだね。脅しているんだよ。君の主に危害を加えてほしくなければ、負けてもらうよ」
「・・・・・・はなからお前が騎士ではなかったんだな」
「僕も不本意だけど、大公のご命令だから勘弁してね。君が負ければ誰も傷つかずに済むから棄権することを勧めるよ」
・・・・・・やはり、どこまで行っても大公の手先は大公の手先というわけか。俺の実力を侮り、俺の実力があると知れば俺ではなくフローラさまを狙いに来た。だがな、お前らは俺の命を狙うよりも許されない行為をしている。騎士として命よりも大事な、主の命を狙ってきた。俺の逆鱗に触れたのだから、死ぬ覚悟はできているんだろうな?
「言っておくけれど、ここから観客席を狙いに行くのは許されていないよ。殺しが許されているのは闘技場の中で、観客に故意に被害を与えることはそこで失格とみなされるから、どちらでも一緒だけどね」
こいつの勝ったと言わんばかりの顔にも腹が立つ。大公の手先は全員皆殺しにしても良いな。良い奴がいるはずがない。今回もすぐに殺しに行っていれば良かったんだ。フローラさまの件が終われば、すぐに殺すがな。
「さぁ、早く降参を――」
「何を勘違いしている? 俺は降参しないぞ?」
俺の言葉に優男の言葉が止まった。そして俺の方を訝しげな表情で見てきた。
「主よりも優勝を選ぶのか? それでも騎士なのか?」
「騎士を汚している奴に言われたくない。それに、俺が何もせずに主の元から離れるわけがないだろう」
俺の言葉で、フローラさまたちに近づいていた奴らに変化が訪れた。奴らは急に発狂しだして仲間同士で殺し合いを始めた。それを見た優男はひどい顔で俺に問うてきた。
「一体何をしたッ!」
「何をした? 俺は別に何もしていない。ただ、あいつらの精神がおかしくなっただけじゃないのか?」
「そんなわけがないだろう! 君以外に誰がやると言うんだ!」
「俺がやったという証拠がない状態で俺を犯人にするのはやめろ。憶測で物を言うのは、子供でもできるぞ」
もちろん、あいつらが発狂しだしたのは俺が仕掛けた罠が作動したからだ。≪死者の軍勢≫で呼び出した女の死霊がフローラさまについている。ついていると言ったら、憑いていると思われそうだが、フローラさまに害はない。ただ、フローラさまに悪意を持って近づく奴は遠慮なく食い尽くせと言っているから遠慮せずに精神ごと喰らうつもりだろうな。
「さぁ、俺の逆鱗に触れたツケを、払ってもらおうか。≪魔力武装≫」
俺の全身は白銀の光で包まれ、白銀を基調とした黒の模様が八割の全身鎧が装着された。今の俺は二試合目の比ではないぞ? 何せ今にも大公を殺しに行きたいくらいなのだから。
「ま、待ってくれ。僕が大公に話しをつけて――」
「騎士が言い訳なんて、見苦しいぞ?」
一瞬で優男の元へと向かい、顔を掴んで空へと投げた。そしてそれを追いかけて空中に飛び出し、空中で優男の顔を再びつかんだ。
「し、死にたくないッ!」
「それは誰でも同じだ。それをお前らはお前らの事情だけを汲んで、死にたくないやつらを殺しに来たんだろうが」
優男を地面へと思いっきり投げつけ、追い打ちで≪裂空・広≫を優男に放った。優男が地面に叩きつけられたと同時に斬撃も優男がいる場所に当たり、砂埃が舞っている中で闘技場の地面がほぼ全域割れているのが確認できる。
俺は降り立ち、≪完全把握≫で分かっているから≪魔力武装≫を解いて優男の姿を確認する。砂埃が晴れると優男は人としての姿ではなくなっており、内臓と骨だけがそこにあった。それを見た俺は出入り口に戻って行く。
「勝者、アユム・テンリュウジ!」
こんなことをしても、まだ大公への憎悪は消えない。早くこの大会を終わらせて、次の一歩を踏み出さないといけない。
最後まで見てくださってありがとうございます。誤字脱字あればご指摘お願いします。
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