58:騎士とメイド。④
結構長くなってしまいました。そして、絶対に二十話では終わらないので、第三章は超えることにしました。分かりやすいから二十話区切りにしたかったのですが、のんびりしすぎました。
本戦出場が決まり、俺はフローラさまのお部屋に帰っていた。本戦の方は、明日に始まるらしくそれまでに身体を休ませておくようにとラフォンさんに言われた。特に疲れていないから、本戦に向けて身体を慣らしておくのもアリだと思ったが、ラフォンさんに却下された。そもそも、ラフォンさんが大会の準備などで俺に付き合えないし、身体を休ませる方が大切だと言われた。
とりあえず、身体を休ませる以前にフローラさまに本戦出場を報告しなければならない。今日の朝のフローラさまの様子は、予選突破は当たり前だと言わんばかりの表情であったから、この報告をしても当たり前だと言われるだろう。何にせよ、本番は明日だ。明日優勝しなければ何もできない。大公の鼻っ柱を折るためにも俺は一層気合を入れないといけない。
「・・・・・・ッ⁉」
どういうことだ⁉ 俺がフローラさまの傍にと置いていた≪死者の軍勢≫の〝サイレント・キャット〟が消えたぞ。文字通り消えた。俺の軍勢に戻ってくることなく、どこかへと消えた。あいつはAランクモンスターで戦闘能力も申し分なかったはずだ。それが倒されたとなれば、結構な実力者がフローラさまに敵対していることになる。
それを瞬時に考えた俺は、すぐにフローラさまのお部屋に走り出す。幸運にも走り出すのと同時に俺とフローラさまをつなぐ≪騎士王の誓い≫が発動した。俺はフローラさまに呼び出され、そして俺はそれにすぐさま同意した。
俺の目の前の光景は一瞬にして変わり、フローラさまが背後におり、目の前には茶色の刀身が特徴的な大鎌を持っている背が高い奴がいた。そいつの背後の見覚えのある光景からフローラさまのお部屋であることは理解した。侵入者の方はあいにく深くフードを被っているので誰かまでは分からない。だが、こいつを殺すということは変わらない。クラウ・ソラスを取り出して振りかざしている大鎌をクラウ・ソラスで受け止めた。
「ッ! これはッ」
「ッ⁉」
俺とフードを深くかぶった侵入者は同時に驚いた。俺のクラウ・ソラスと奴が持っている大鎌が光り始めたからだ。この光景はさっき一回見た。神器と神器が近くにあると光り出す〝共鳴〟だ。と言うことは、こいつの大鎌も神器ということか! 厄介な!
「まさか、神器?」
侵入者の声からして、女であろう大鎌の所有者が一瞬だけ隙を見せてくれた。俺はその機を逃さずに奴に≪剛力無双≫で強化した力で剣を振るった。侵入者は咄嗟に大鎌で防いだが、威力は殺せずに壁に激突した。その際に大鎌にひびが入っていたのを感じた。俺は侵入者に警戒しながら、呼び出したフローラさまに顔を向けずに声をかけた。
「大丈夫ですか⁉ フローラさま!」
「えぇ、大丈夫よ。でも、アユムが出した猫が私を守って消えてしまったわ」
「フローラさまを守れたのなら何よりです。そのために出現させた護衛ですから」
こいつの大鎌、仕掛けがあるな。〝サイレント・キャット〟が文字通り消えたのは、この大鎌に斬られたためだと予想する。通常、≪死者の軍勢≫で呼び出されたモンスターは死んでも俺の元に戻ってくるようになっている。だが、それが戻ってこず、消えてしまった。それは間違いなくこいつが消したのだろう。大鎌に斬られることを警戒しないといけない。
「・・・・・・痛い」
何事もなく出てきた侵入者はそう呟きながら大鎌の方に目を向けた。そこには俺がヒビを入れた大鎌があった。それを目の当たりにした途端、ひどく動揺しているのが分かった。
「ッ⁉ ど、どうして、じ、神器が、割れて、い、い、いるの?」
やはり神器であったが、神器にヒビが入るものなのか? 俺のクラウ・ソラスはどれだけ強い力を受けても刃こぼれすらしたことがない。神器と言うくらいだから、素材も最上級のものを使われているんだろう。だが、神器同士を戦わせればどうなるかと言う問題だったようだ。今回は俺のクラウ・ソラスが強かったらしい。
「・・・・・・許さない」
そう口にした侵入者は、大鎌の刀身を怪しく光らせ始めた。神器がどれも同じ要領で特殊なスキルを使用できるのなら、俺の≪魔力武装≫と同じ系統のスキルを使おうとしていると考えられる。そうなればここにフローラさまやルネさまたちがいるのはまずい。こいつに負けることはないだろうが、その余波でお怪我をさせてしまうかもしれない。
・・・・・・いや、他に敵がいるかもしれない俺の傍にいてもらった方が一番安全だ。主をすべてから守るのが騎士の役割だ。余波を守れなくて主を守れないだろう。いざとなれば、最強の盾が俺にはある。問題ない。
「れいこ――」
「それはやめてください」
大鎌を光らせながらスキル名を言おうとしたところで、大鎌の女の隣にまた違う女性がどこからともなく現れた。その女性は柔和な表情で銀髪の髪をアップポニーテールにしており、その身体には空色の衣を纏っている。しかし、気配すら感じなかったぞ、どうやって来たんだ? それよりも、あいつの衣も光り出し、俺のクラウ・ソラスもより光を強くさせている。あの衣も神器なのか?
「ここで溜めに溜め込んだ魂を解放するつもりですか? そんなことをすれば、今後の計画に差し支えますよ?」
「でも、あいつが私の神器にヒビを入れた」
「ッ⁉ ヒビ、ですか? 神器にヒビが入るとは聞いたことがありません。・・・・・・クラウ・ソラスですか。厄介ですね」
「二人でやる?」
「二人でやるのは良いかもしれません」
銀髪の女がそう言って俺に目をやる。それを聞いた俺は、≪魔力武装≫を発動させる準備に入ったため身体中から白銀の光があふれ出してきた。そちらが本気で来るというのなら、俺もそれに応じて力を出させてもらう。そっちの方が、フローラさまを守りやすくなる。
「勝てればの話ですが。あちらとこちらの戦闘差は圧倒的です。あちらが本気でやれば私たちは簡単に負けてしまいます。ここは引きますよ」
「・・・・・・分かった」
銀髪の女の言葉に、大鎌の侵入者が納得したようであった。そして、二人の姿が段々と消え始めている。その光景を見ても、どうやって消えているのか分からない。あの衣の神器の力なのか?
「クラウ・ソラスの所有者である騎士さん、こういう形で敵対してしまうことを非常に残念に思います。なるべく神器の所有者とは仲違いしたくはありませんでしたから」
「そう思うのなら、最初から仕掛けてくるな」
銀髪の女が消えながらも俺に話しかけてくる。完全に消えるまでに時間があるようだが、この状態で斬りかかっても無駄なのだろう。話しかけてくる余裕もそこから来ていると考えた。
「すみません、それはできませんでした。今回の狙いはあなたの後ろにいるフローラ・シャロンで、下調べもせずに殺しに来ました。フローラ・シャロンの騎士がクラウ・ソラスの所有者と分かっていれば、こんな依頼を受けていません。どうかご容赦ください」
「主を殺されかけて、許す奴がどこにいる? 俺とお前たちは敵だと今この瞬間から決定している。それだけのことだ。そんなくだらない言葉を聞く必要はどこにもない」
「そうですね。もはや何もかも手遅れです。では、またどこかでお会いしましょう」
そう言って、侵入者二人はどこかへと消えた。念のために≪完全把握≫を最大限に広げて気配を探るが、それらしい気配はどこにもなかった。俺は警戒を完全に解くことはないものの、クラウ・ソラスを収納してフローラさまの方を向いた。
「もう大丈夫です。お怪我はありませんか?」
フローラさまの方を向くと、少し服が破れているものの大きなお怪我はないようだった。同様にルネさまとサラさんにも目立ったお怪我はない。しかし、その後ろにいるニコレットさんやブリジットは身体中に血が出ており、肩で息をしている状態だった。
俺はすぐにニコレットさんとブリジットの元に向かい、二人の手を俺の両手で触れた。ニコレットさんの方は俺の手を握り返してくれたが、ブリジットの方は触れられた瞬間に肩をびくつかせてそのまま動きが止まった。
そんなブリジットを見て俺は少しだけ悲しい気持ちになったが、それでも二人の治療を始める。≪自己犠牲≫で二人の怪我を自身に移動させ、同時に≪超速再生≫を使用する。二人の治療が終わるころには、移動させた傷も回復し終えた。さすが≪超速再生≫だ。
「はい、これで終わりました。フローラさまとルネさまとサラさんも少しお怪我をしているようなので、そちらも治療しておきましょう」
「お願いするわ。少しだけ身体が痛いの」
フローラさまの言葉に、俺はフローラさまのそばに向かい手を触れた。するとニコレットさんと同じように俺の手を握り手をつないでいる状態で治療を始める。怪我の具合は軽いものだったからすぐに終わり、ルネさまとサラさんも同じように終わらせた。
「それにしても、随分と荒らされましたね」
俺は今一度部屋の状況を確認する。俺が侵入者の女を吹き飛ばして壁に穴をあけてしまったが、それ以外にも家具は散乱し、切り裂かれていたり、ニコレットさんとブリジットの血が飛び散っている。俺がいない間にどれだけ大鎌の女が暴れたのかを伺える。
「本当に失礼な奴だったわ。突然窓を突き破ってやってきたと思ったら、『フローラ・シャロン、お前を殺しに来た』とか言い出すんだもの。全く、今考えても腹立たしい。私の命を取りに来るなんて。アユム、どうして逃がしたの?」
「無理を言わないでください。こちらは万全の体制ではありませんでしたし、相手には神器がありましたからできませんでした」
「神器ねぇ。でも、次に奴らが襲って来れば勝てるのよね?」
「当たり前です。フローラさまたちを襲ってきておいて、二度逃がす気はありません。次は一瞬で片を付けます」
「それなら良いわ。私たちに手を出したことを後悔させてやりなさい」
「承知しました」
フローラさまの怒りが俺の返事で収まったところで、部屋に数人の学園を警備している女性たちが現れた。その人たちにどうしてこうなったかを事情を説明しなくてはならなくなり、学園は少しの間その話題で騒がしくなってしまった。
時間が経てばその騒ぎもすぐに収まり、学園側が侵入者の発見を事前に察知できなかったことに責任を持って別の部屋を用意してくれた。その部屋は寮の中で位がそれなりに高い人が暮らす部屋で、かなり豪勢な作りとなっており、その部屋でしばらく暮らすこととなった。
「ふぅ、どこの誰かが襲撃してきたけれど、一先ずは落ち着いたわね」
侵入者が来てからすでに数時間は経っており、予選では疲れなかったのにどっと疲れた気がする。今俺たちは新たな部屋に来ており、ニコレットさんが入れた紅茶を飲んで一息ついた。
「それよりも、アユム。今日の大会予選はどうだったのかしら?」
「余裕で通りました」
「ふふっ、当たり前ね。そんなところで通らない私の騎士ではないわ」
ようやく今日あった騎士王決定戦の予選の報告をすることができた。だが、誰もが分かり切っている結果だったためか、反応は薄いものの、フローラさまの頬は緩んでいるように見える。
「大会は明日なのよね?」
「はい、その通りです。明日の朝に本戦の組み合わせがクジで決まることになっています」
「ふぅん、そうなの。言っておくけれど、明日の本戦は観戦が許されているから、私たちも行くわ。アユムのことだからないとは思うけれど、無様な姿は晒さないように」
「分かっています。シャロン家に恥じない戦いをします」
俺がそう言うと、フローラさまは目つきを鋭くさせて俺の言葉をすぐに否定なされた。
「いいえ、そうじゃないわ。シャロン家など考えなくていいわ。どうせ見ている大公たちの私への評価は低いものなのだから、気にするだけ無駄だわ。私が言っているのは、大公たちが度肝抜くほどの戦いをしてきなさいと言っているの。そうでなければ私の気が済まない。予想できる戦いこそ、無様以下の戦いだわ。良いわね?」
「・・・・・・ご期待に沿えるように、死力を尽くします」
「それでいいわ。観客に恐怖を与えて勝利しなさい」
この言葉を聞いて、俺はフローラさまが相当怒っておられるのを理解した。これは本戦は本気で行かなければならない。まぁ、フローラさまに言われなくても俺はたぶん本気だったと思う。だが、それに加えてフローラさまのご命令とあらば、残虐にするのもいとわない。
・・・・・・うん、この空気をどうしようか。フローラさまの言葉を最後に、しばしばこの空間に沈黙が支配する。別に重い空気とかではないため、俺は気にしていないが、周りにいる人たちはそうではなかった。落ち着かずにそわそわしているという感じであった。特にルネさまやサラさんが。この沈黙に落ち着かないのだろうか。それにしてはそういう落ち着かない感じではなく、どこか周りの気配を伺って、俺の方にも気を向けているように感じる。
俺が何かしたわけではないだろうが、俺が何かしてしまったのではないかと思ってしまう。分かっていないからダメとかありそうだから、この状況でどうすればいいのかとか何が正解なのか分からない。
俺が一人で悩んでいると、俺抜きで女性陣が目配せしているのが見えた。これは俺が原因じゃないな。俺が原因ならこんな目配せはしない。女性陣が俺に何か言いたいのなら俺は誰かが言い出すまで待つことにした。
「えぇっ⁉」
不意にサラさんが驚いた声を上げたことで俺はサラさんの方を向いた。俺と目が合ったサラさんは目を泳がせて戸惑っているが、他の人たちによる見えない圧力により何か決心したようであった。そして俺に目を合わせてしどろもどろに話しかけてきた。
「あぁ、えっと、その、そう言えば! アユムさんは・・・・・・、ブリジットさんのことをどう思っているのですか⁉」
「・・・・・・バカッ」
サラさんがテンパりながら放った言葉に、フローラさまが小さな声で言ったのを聞こえた。・・・・・・もしかして、俺とブリジットが話す機会を探っているのか? いや、それならブリジット以外が部屋から出ればいい話か。何か理由があるのかもしれないから、変な空気を無視して普通に答える。
「どう、というのは、具体的にはどういうことを答えればいいのでしょうか?」
「えっ、えっと、・・・・・・一女性として、どう思っていますか?」
「女性として、ですか」
突然ブリジットのことを聞かれると、どう答えようか悩んでしまう。・・・・・・最初は美人なのに変な趣味を持っていてもったいないやつだと思ったが、共に執事・メイド業をこなしていくにつれてブリジットに対して信頼を持つのに時間はかからなかった。だが、どこか距離を感じることがあったから、俺もそれ以上踏み入ろうとはしなかった。
だから、いつも仕事をしていても、信頼以上の感情を持つことはなかった。一緒にいる時間はブリジットの方が長いのに、姉のニコレットさんの方に信頼以上の感情を持ってしまった。俺はこれ以上踏み込んでほしくはないのだと思ったが、その距離感が心地いいとも思ったのは事実だ。
だが、先のブリジットのデートで俺のブリジットに対しての想いは変わった。今までメイドのブリジット以外の側面を見ていなかったが、デートでそれ以外の側面を見てしまった。いつもあまり感情を表に出さないと思っていたが、それは仕事の時だけで、普段は表に出していた。仕事の時は安心するが、プライベートでは心を乱してくるものの隣にいても苦ではなく、楽しかった。
そして、ブリジットが自身を犠牲にしようものなら、俺は怒ってしまうのだと。身内だからではなく、たった一人の女性を守ろうとしたのだろう。俺は自分で気が付いてなかっただけで、ブリジットをとても大切にしていた。・・・・・・全く、俺はどれだけの女性を好きになれば気が済むのだろうか。小さいころからそういうことを束縛されてきたから、解き放たれた瞬間にそのタガが外れたのか。ゲームを制限されていた子供が大学生になってからやりまくってしまうとか、そういうことかよ。
「フローラさまほどではないですが・・・・・・」
俺がしばらく考え込んでいたから、全員の視線が俺に集まっており、俺はその中でまとめた考えを口に出した。
「とても、大切に思っています。仲間とか、身内とか、そういう理由ではなく、一女性として、自分はブリジットのことをとても大切に思います」
俺が真面目な声音でそう言うと、俺以外の全員がブリジットの方を向いた。何かと思いブリジットの方を見ると、ブリジットはあり得ないくらいの顔の赤さになっており、俺と目が合った瞬間に手で顔を隠して俺に背を向けた。
「私が一番大切だと言うのは当然だとして、アユム、あなたはブリジットにどんなことがあったとしてもブリジットのことを大切だという気持ちが変わることがないと言い切れる?」
「何を言っておられるのですか? そんな軽い気持ちで自分が言うとお思いですか? フローラさまにもそうですが、大切な人に言う言葉はすべて本気です」
俺をそこら辺のチャラ男と勘違いされては困る。どこかの誰かの幼馴染を寝取ったと思ってどや顔ハーレムをしている何田何祐くんとは違うんで。別にバカにしているわけではない。あいつがいなかったら、俺はあいつらから解放されてないのだから、感謝しているくらいだ。
「そう、それを聞けて安心したわ。これで満足かしら、ブリジット? まだ足りないというのなら、必要以上に聞き出すわよ」
フローラさまが未だに顔を手で隠しているブリジットの方にそう声をかけると、ブリジットは何度も頷いて了承したようであった。何のことだかさっぱり分からないが、ブリジットが満足してくれて良かった。これでどうしようもない答えだったら、シャロン家にはいられなかった可能性があったかもしれない。
「それじゃあ、私たちはそこら辺を散歩してくるわ。後は二人で何とかしなさい」
「えっ! も、もうですか?」
「今言わないと言える機会がなくなるわよ。明日は騎士王決定戦の本選なのだから、今言ってブリジットもアユムも気分良くしていた方が良いでしょう?」
「そ、それはそうですが・・・・・・」
フローラさまとブリジットの問答が終わると、俺とブリジットを除いた人たちが部屋から出て行こうとする。その際に、ニコレットさんに耳打ちされた。
「妹をよろしく頼むぞ。よろしくと言っても、妹の話を聞いてどう思うかはアユム次第だがな」
「・・・・・・分かりました」
ニコレットさんはそう言って部屋から出て行った。残ったのは椅子に座った俺と、こちらと顔を合わせようとしないソファーに腰かけているブリジットだけとなった。ブリジットはいつも微動だにしないのに心なしかそわそわとして、たぶん話を切り出せそうな雰囲気ではない。ここは、元コミュ障の俺が先陣を切るしかない。こういう雰囲気は苦手だけどな。
「こうしてブリジットと話すのは久しぶりだな」
「そう、ですね。最近はアユムを故意に避けていましたから」
「それは分かっているから言わなくて良いんだよ。俺が何かしたのかと思って少し悩んだぞ」
「それは、すみません」
「人と話したくないっていう時は誰にでもあるから、俺は気にしていない」
「そう言ってもらえると助かります」
うん、良かった。ブリジットと違和感なく話せている。あちらはいつもの調子ではないようだが、それでもこちらがいつもの調子ならそれで良しだ。どちらも本調子じゃなければ、気まずい雰囲気が流れるだけだ。
「ブリジットは俺に話したいことがあるのか?」
「・・・・・・すぅ、ふぅ。はい、あります」
俺の問いかけにブリジットは一度深呼吸をしてそう答えた。おそらく、これからブリジットが話すことはブリジットの過去のことであろう。これだけの覚悟を決めてきたブリジットだから、俺もそれ相応の覚悟を持ってブリジットの話を聞かないといけない。ブリジットは今一度深呼吸をして、俺に目を合わせて話し始める。
「私は、シャロン家に代々お仕えするスアレム家の当主、ロイーズ・スアレムと愛人の間にできた娘です。そして、その愛人は南の大陸を支配しているランス帝国の現女王です」
・・・・・・嘘だろ? ランス帝国って言えば、五つの国の中で最強と言われ続けている、南の大陸で複数の王国を支配している帝国だぞ? そんなところの現女王の子供が、ブリジットなのか? ロイーズ・スアレムは何をしたんだ⁉
「当時、アンジェ王国とランス帝国はランス帝国がアンジェ王国に戦争を吹っ掛けたことで関係は悪化していました。そんな中でロイーズ・スアレムとランス帝国の第二王女が私を産み落としました。ロイーズ・スアレムはスアレム家の二女として育てていました」
ランス帝国が? そんなことを魔族領に入ってまで行うことなのか? この世界は魔族領により四大陸が分断されている。俺が今いるアンジェ王国が北の大陸だ。北の大陸は他より広く、東西南は一つの大陸に一つの国だが、北はニース王国とアンジェ王国の二つの国で分断されている。
そして、他の大陸に侵入すると言うことは、魔族がいる魔族領にも侵入することになる。そんな危険を冒してまで、北に攻め込む必要があったのだろうか。
「ですが、どこから情報が漏れたのかは分かりませんが、周りは私がどういう存在かを分かっていたようでした。そして、友好関係を破棄して戦争を仕掛けてきたランス帝国に恨みを持つものは少なからずいました。表面上では周りの人たちは普通に接してくれていましたが、その言葉の節々から感じる憎悪や私がいない時に私の悪口を言っていました」
フン、本当に胸糞悪い話だ。ブリジットは何も悪くないのに、生きているだけでブリジットが悪いと言っているようなものだ。どの世界でも、悪くない人間が悪いと言われる。そんな世界が俺はたまらず許せない。俺だけならまだしも、親しい人がやられることは絶対に許さない。元凶は平然とした顔をして何もしない。そんなことは許されない。だから、俺は幼馴染たちを許さない。
「ロイーズ・スアレムは私が陰口をたたかれていても、何も言いませんでした。ロイーズ・スアレムの本妻は私のことを邪魔だと思っていたためか、事あるごとに突っかかってこられました。そんな中で、私のことを守ってくれていた人がいました。それが、ニコレット姉さんです。姉は私が本妻から何かされようものなら身を挺して守ってくれました。陰口をたたこうものなら目の前に行き睨みを利かせてくれました。私にとっては唯一の味方で、頼れる人です」
へぇ、ニコレットさんが。でもまぁニコレットさんのように身内愛が強い人なら当たり前か。ニコレットさんも俺と同じくブリジットの環境に腹が立っていただろうな。
「そんな生活が八歳まで続きましたが、ある日突然私の平穏は崩れました。私がランス帝国の第二王女の娘だと知ったアンジェ王国のお偉いさんたちが、私をランス帝国の交渉材料に使えると判断して王国に連れていかれました」
「その時ロイーズ・スアレムは何をしていたんだ?」
「何もしていませんでした。私を連れていかれて事が収まるのなら良しと思っていたのでしょう。ただニコレット姉さんだけが私を連れていかれないようにしてくれました。ですが、子供の力でどうこうすることもできず、私は王国に連れていかれました」
誰だよ、そのアンジェ王国のお偉いさんたちというのは。ここにブリジットが無事にいるから報いに行くということはないが、名前は知りたいところではある。何かあったときに真っ先に疑いに行ける。
「そこから、私の地獄は始まりました」
そう言ったブリジットの表情は苦しそうなものであった。そんなブリジットの表情を見て、俺は無意識のうちにブリジットの隣に座った。居ても立っても居られなくなっての行動だが、これで良かったのかは分からない。もしかしたら必要ないかもしれなかった。だけど、俺がこうしたかった。
「ふぅ・・・・・・、ありがとうございます」
「そうか、それなら良かった」
ブリジットは落ち着いた表情をして俺にお礼を言ってくれた。どうやらこれは正解だったらしい。少し俺とブリジットの距離が離れていたからちょうどいいと思ったしな。
「すぅ、はぁ。・・・・・・王国に連れていかれた時、私は、地下牢に幽閉されていました」
幽閉って、どうしてそんなことをしているんだ? ランス帝国の交渉材料として連れて行ったのではないのか?
「地下牢に幽閉された私は、ランス帝国の第二王女の娘と言うことで、様々な苦痛を受けることになりました。最初は寝る間をくれずに寝ていた私に冷や水を浴びせてきて、不細工など暴言を吐き叩く殴るは当たり前、食事を抜きにされたり、地面に落ちた食事を動物のように口だけで食べることを生きるためにしていました」
俺は、ブリジットが言った言葉と言葉の重みで何も言えなくなった。俺が想像していた以上のことがブリジットの口から発せられた。
「最初の方は身体を痛めつけるだけで終わっていましたが、次第に暴力が加速していき、ついには私の純潔はそこで失われました。何人もの男が、私にその身体を打ち付けてきました。抵抗しようとすれば身体をひどく傷つけられました。・・・・・・忘れ去りたい記憶でも、忘れることができない記憶となりました。この身体を鏡で見るたびに、過去にされたことが今のように感じます」
ブリジットはそう言って俺の前で服を脱ぎ始めた。俺は止めることなくブリジットの方を凝視し、ブリジットの上半身は一糸纏わぬ姿へとなった。そこには、身体中に大小様々な傷跡が痛々しく残っていた。腕にはそこまで古傷がないから、こんな傷があることに気が付けなかった。ブリジットは上半身裸のまま、話を続けた。
「その地獄のような日々が永遠に続くと思いましたが、姉さんのおかげでその日々は終わりを告げました。姉さんは私をどうにか王国から連れ戻そうと、シャロン家当主・ランベールさまにお願いしました。ランベールさまはすぐに私を連れ戻す算段をお付けになり、私は王国から逃げ出すことができました。それから、私はスアレム家ではなく、シャロン家に住むようになりメイドとして仕事を始めました。これが私の過去です」
・・・・・・俺は、ブリジットがこんな重い過去を持っているとは思わなかった。だから、ブリジットにかける言葉をすぐに出せずにいた。何が正解で、どの言葉をブリジットに投げかければいいのか分からない。
「私が、アユムを避けていた理由をお伝えしなければなりません。カスペール家当主に、この汚れた身を捧げれば、フローラさまやアユムに迷惑をかけないと思いました。この身体で大切な人たちを守れるのなら安いものだと思いました。だけど、それをアユムが止めてくれて嬉しかったです。・・・・・・ですが、関係のないはずなのに、アユムが私を怒っていた時の顔が、私を痛めつけて見下していた人の顔に重なってしまいました。カスペール家当主の顔もあの時見下していた男の顔を思い出してしまい、すべてが私を痛めつけてくるのかと錯乱してしまいそうでした」
別に俺が何かしたのではなく、ブリジットの過去が原因だったのか。いや、そちらの方が質が悪い。俺が何かしたのなら、俺が謝れば済む話だからな。これはブリジットの過去という根本的な問題を解決しない限り、ブリジットは苦しみ続ける。だけど、俺はそれを断ち切る術を知らない。俺ですら自身の問題を断ち切れていないのだから。
「これがアユムを避けていた理由です。今はアユムの顔を見ても何も思い出しませんから安心してください。これからはアユムを避けたりしません。・・・・・・でも、アユムが私のことを避けるかもしれませんね。こんな汚れた身体を見て、何も感じないわけがありません。・・・・・・離れてくれても、私は大丈夫です」
・・・・・・そんな涙目で大丈夫だと言われても、大丈夫だとは思わないだろう。それに、何かブリジットは勘違いしているようだ。勝手に勘違いして、勝手に涙目になるのは勘弁してほしい。
「何を言っている。いつ俺がブリジットのことを避けると言った? 俺は言ったはずだ、ブリジットのことはフローラさまほどではないが、とても大切に思っていると。そう思っているのに、過去を打ち上げてくれた女の子を避けるわけがないだろう。・・・・・・話してくれて、ありがとう」
「ッ! ・・・・・・は、はいッ! こちらこそ、ありがとうっ、ございますっ」
俺が思ったことを口にすると、ブリジットは嬉しそうな顔をして涙を流した。こうして涙を流している女の子に何をしたらいいのか分からない。だけど、そばにいることくらいはできる。少しだけブリジットの方に寄って少しの間待っていることにした。すると、ブリジットは俺の胸に顔をうずめてきた。それも、俺は受け入れてされるがままにした。
しばらくすると、ブリジットは落ち着いたようで顔を俺の胸板から離した。少しだけ恥ずかしそうな顔をしているブリジットを新鮮に思いながら、俺は考えたことをブリジットに話し始める。
「なぁ、ブリジット」
「はい、何ですか?」
「たぶん俺は、ブリジットの過去を解決することができない。どうすればブリジットの過去を清算できるかを考えたが、どうしても俺はブリジットという立場になりきることができないから、解決する方法が思いつかなかった。すまない」
「そんな、構いませんよ。だって、もう十分に私は幸せなんですから。こんなにも私のことを考えてくれる人がそばにいて、私のことを受け入れてくれた。それ以上望むことはありません」
「・・・・・・そうか。それなら良かった」
今までのことでブリジットの気が楽になっているのなら良かった。今ブリジットにやってやれることは、あのカスペールの野郎を痛めつけることだ。・・・・・・フローラさまも望んでいるから間違ってはいないだろうが、ブリジットが望んでいることとは限らない。一応ブリジットに聞いておこう。
「ブリジット、俺にできることがあるのなら何でも言ってくれ。今の俺なら大抵のことはしてみせるぞ」
「それは・・・・・・、すごく魅力的ですね。本当に何でもいいのですか?」
「・・・・・・あぁ! 何でもいいぞ!」
いつもの調子に戻ってきたブリジットの顔を見て、俺は薄い本のことを思い浮かべてしまった。だけど、そんなことでブリジットが元気になるのなら構わないと思って何でもいいと言い切った。さぁ、何が出る。
「では、明日の大会は絶対に優勝してください」
「そんなことで良いのか? そもそも言われなくても優勝するつもりだったから、それはお願いに含まれないぞ?」
「いいえ、これで大丈夫です。私のことよりも先に、まずフローラさまのことが第一ですから。アユムもそうでしょう?」
「まぁ、そうだが・・・・・・」
ブリジットのお願いは、あってないようなものだから俺は少しも納得していない。何でも聞くと言った手前そんなお願いに含まれないお願いを受けても腑に落ちない。誰にも言われなくても、フローラさまに言われたのだから他の誰かに言われなくても変わらなかった。
「分かった。一応そのお願いを受けておこう。だけど、何か他にお願いを思いついたらいつでも言ってくれて構わないぞ」
「はい、考えておきますね。そして、今日はありがとうございました。肩の荷が下りました」
「そうか、それは話を聞いた甲斐があった」
ようやくブリジットとの仲が解決した。これで、臨むは騎士王決定戦のみ。ブリジットにもフローラさまにも言われたことだから、全力で大会を制する。≪魔力武装≫は最後の最後で出すとしても、もしかすると≪解放≫を使うかもしれない。見せしめとしてな。
最後まで見てくださってありがとうございます。誤字脱字あればご指摘お願いします。
評価・感想はいつでも待ってます。よければお願いします。