52:騎士と麗しき伯爵と大公と穢れし伯爵。
すみません、年内に三章完結は無理でした。頭の中では完成させていますが、忙しくて書き出せていません。更新も、そんなに時期を空けないように頑張ります。
カスペール家に絡まれてから一日が経ち、俺はラフォンさんのところに向かっていた。今日から学校があるため、いつも通りにラフォンさんの元に行くということもあるが、騎士王決定戦の件もあるから最終の追い込みを二週間でしておきたいところだ。ラフォンさんには何も言わずに向かっているため、ラフォンさんには会えないかもしれない。
しかし、昨日の事件があってからブリジットの様子がどこかおかしい。おかしいのは当たり前か、貴族に絡まれて気分が悪くないはずがない。それにしても、様子がおかしいのは俺に対してなのだ。フローラさまやルネさまたちには普通に接しているように見えるのに、俺は明らかに避けられているように感じる。
助けを求めてニコレットさんに目を向けたが、ニコレットさんにも目をそらされた。もはや俺に残された道はブリジットに土下座して許しを請うしかない。さすがにこのままではいかないだろう。同じ職場の同僚なのだから。俺とブリジットの仲がギスギスしていては、シャロン家に迷惑をかけてしまう。
最近、憂鬱な気分になることが多いなと思いながら、騎士育成場へとたどり着く。騎士育成場には、数週間見ていないだけなのに、騎士育成場で堂々と立っているラフォンさんの姿を懐かしく感じながら見つけた。俺は駆け足でラフォンさんの元に向かった。
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いや、そんなことはない。私もここに来たばかりだ」
「それなら良かったです。でも、自分が来ると分かっていましたね。自分は癖でここに来てしまった節はあります」
「ふふっ、それは私もだ。アユムが学園からいなくなった時でも、ここに無意識に立っていた時があった。その時は恥ずかしくて仕方がなかった」
ラフォンさんがその時のことを思い出して少し赤面している顔を見て、こういう一面もあるのだと意外に思った。騎士としての一面が大きいというところもあるのだろう。まぁ、こういうギャップは身内のブリジットで間に合っているから、間違ってもドキッとはしない。・・・・・・間違っても。
「自分もここに来ていることが当たり前になりすぎて、ここに来ない日は違和感を覚えました」
「考えていることが同じだな。私もアユムと過ごす特訓が当たり前になっていた。アユムを鍛えることで私も勉強になり、私と渡り合える存在と出会えた。本当に楽しい時間だ」
「はい、ラフォンさんに鍛えられて助かっています。これからも師匠としてお願いします」
「あぁ、こちらこそよろしく頼む。とは言え、私に教えられることはあまり残されていないが、アユムに私のすべてを叩き込む」
そういうと、俺とラフォンさんの間にしばしの沈黙が場を支配した。そしてラフォンさんの顔が再び赤面し始めた。分かる、俺もその気持ちになっている。改めてこういうことを面と向かって言ってしまうと、恥ずかしくなる。当たり前だと思っていることが、どれほど大切なのかと言うことだな。こういうことを思っていないと俺も顔に出てしまう。
「さ、さてッ! 早速特訓を始めるか!」
「はい、お願いします」
ラフォンさんはその恥ずかしさを誤魔化すように手に持っていた二本の木刀のうちの一本を俺に渡してくれ、木刀を受け取ると同時に気持ちを切り替える。本格的に大公と相対するかもしれないのだから、国一つを相手に本気で倒せるくらいの力を持っていなくてはならない。
「まずは準備運動を始める」
久しぶりながら、いつも通りに、最初は準備運動の走り込みとストレッチを始める。ラフォンさんと走っているだけでルーティーンをしているような感じに陥っている。元の世界のルーティーンは特になかったが、この世界に来てからは、まずランディさまを起こすことが一番のルーティーンになり、その次にフローラさまのお戯れに付き合うことだ。
どうしてラフォンさんとの特訓がこんなにも俺に、はまっているのだろうか。・・・・・・こうして誰かと一緒に汗を流したことがなかったからだろうか。部活もせず、誰とも熱中して何かをしてこなかったからか。明確なことは分からない。
「今日は久しぶりだから、軽く打ち合いから始めるぞ」
「はい、分かりました」
準備運動が終わり、俺とラフォンさんは木刀で軽い打ち合いを始める。最初は本当に軽い打ち合いと呼べるものであったが、段々とラフォンさんから速度を上げ始め、学園に離れる前と同じくらいの速度の打ち合いになった。
しかし、ラフォンさんとの特訓はやりがいがあって良い。先のニース王国での戦いでは、数が多かっただけで個々の強さはそれほどではなかった。ニース王国の殲滅戦としか言えなかった。・・・・・・ふぅ、あの戦いはフローラさまやシャロン家を守るために人を殺したが、良い気分ではなかった。
「なんだ、考え事か? 私との特訓がそんなにも退屈か?」
「あ、いえ、そういうわけではないです。少しだけ、迷いがあるだけです。問題ないです」
俺の邪念を感じ取ったラフォンさんが打ち合いを一旦止め、落ち込んだ表情をして俺に聞いてきた。ダメだ、こんな感じでいたら、騎士王決定戦を優勝することなんてできない。思考を切り替えないといけない。人を殺してしまったことは許されないことだが、それを背負わないといけない。そして、最後まで守り切らないといけない。
「もう、大丈夫です。すみません、特訓を中断させてしまって」
俺は一度深呼吸して、思考を切り替えた。いつまでそんなことを考えているんだ、騎士として生きていくのなら、それが当たり前にならないといけないのだろうが。そう、割り切らないと。
「・・・・・・アユム? もしかして、先の――」
ラフォンさんが何かを言おうとしたときに、大勢の人間がこちらに向かってきているのに気が付いた。それはラフォンさんも同じことで、言葉を止めたのだ。何かあったのかと思ったが、こちらと言うよりかは俺に悪意を持ってきているのが分かる。俺が何かを・・・・・・、したな。
「あれは、国の兵士たちか。どうしてこちらに来ているんだ?」
俺とラフォンさんの視力で、大勢の人間が目視できるところまで来ると、ラフォンさんが大勢の人間がこの国の兵士だと答えた。これはラフォンさんに伝えた方が良いよな。そうじゃないとラフォンさんに迷惑をかける。
「すみません、ラフォンさん。あの人たちは自分に用事があるみたいです」
「何か心当たりがあるのか?」
「はい。心当たりしかありません」
「一応聞いておこう。何をしたんだ?」
俺はラフォンさんに、シャロン家のメイドがカスペール家当主に絡まれたことと、それで手を出していないものの脅しのような真似をしたことを簡単に伝えた。そうするとラフォンさんは少しのため息を吐いて、あきれた表情をしている。
「よりにもよって、あのカスペール家か。カスペール家の背後には国王の弟、ミッシェル・ユルティス大公が付いていることは知っているのか?」
「脅した後に知りましたが、おそらく知っていてもやっていたと思います」
「まぁ、それは分かる。私のところにも来たことがあったが、あいつの態度には私も腹が立った。さすがに私がロード・パラディンであることを知ると、一目散に逃げて行ったが、あれは権力を振りかざして多くの女性たちを毒牙にかけているだろう。それも、私みたいな不細工な女性をだ」
「国の兵士たちは、自分を捕えに来たのでしょうか?」
「そうかもしれないが、手を出していないのだろう?」
「はい。出してません」
「それなら任せろ。私が最善とまではいかないが、何とかしよう」
おぉ、ラフォンさんが男らしい。この人には何度も助けられてばかりいる。俺からも何か恩返ししないといけないな、と思っていると兵士たちがようやく俺とラフォンさんを取り囲んだ。
「アユム・テンリュウジだな」
俺を取り囲んだ兵士のリーダーである女が俺にそう訪ねてきた。聞くまでもなく、俺がアユム・テンリュウジだと分かっているだろうにと思いながら、俺は肯定した。
「はい、そうですよ。自分に何か御用ですか?」
「貴様にはカスペール伯爵を殺害しようとした容疑がかけられている。抵抗せずに私たちについてきてもらおうか」
俺が殺害しようとした? バカなことを言ってくる。本当に殺そうとしているのなら、すでに殺せている。それにしても、俺を捕えようとするだけでこんだけの兵士を投入して来るとは、俺を随分と警戒しているように見える。軽く三百人は超えているぞ。
「アユムを捕えるのを待ってもらおうか」
リーダーの女が俺に有無を言わさずに俺を捕えようとすると、ラフォンさんが俺とリーダーの女の間に割って入った。
「あなたは、ロード・パラディンのフロリーヌ・ラフォン。・・・・・・これは、国が決定したことだ。止めるのはやめていただきたい」
「いいや、やめない。そもそも私の弟子であるアユムが、伯爵を暗殺しようとするはずがない。何かの間違いだ」
「国が決めたことだ、間違いも何もない。ロード・パラディンとはいえ、邪魔をするのならあなたも捕えることもいとわない」
「ほぉ? 私を捕えるつもりでいるのか? それも、私と私の弟子がいるのにもかかわらず、これっぽっちの戦力で捕えれると思うのか?」
ラフォンさんは囲んでいる兵士たちに向かって少しの威圧をかけた。兵士たちはすぐに戦闘態勢に入ったり動けずにいるなどさまざまであった。俺に対して向けられているわけではないが、ロード・パラディンであり七聖剣のラフォンさんの威圧はすさまじいものがある。それも本気ではないと来た。俺とでは場数が違う。
「ッ! やめてください! 国に楯突くつもりですか⁉」
「冤罪で人が捕まる国など、ない方が良いだろう? 腐った国を置いておくほど、私は腐っていないのでな」
次第に威圧を上げてきているため、兵士たちは構えを維持できなくなったり、威圧に耐えきれなくなり膝を付いたりなどしている。さすがにここまでしたら、ラフォンさんの立場が悪くなるのではないのか?
「これ以上、楯突くのであれば、最悪の、状態になりますよ?」
未だに構えを維持してラフォンさんと対峙しているリーダーの女だが、もはや戦える状態ではなく、身体を震わせているのが分かる。それでも、目は死んでいない。この人は本気でラフォンさんと戦う気でいる。
「最悪? 私に勝てる者がこの国にいると思うのか? 私に暴れてほしくないのはそちらではないのか? 私は、どちらでも構わないぞ?」
「ッッツ!」
ついにラフォンさんの威圧に耐えきれなくなったリーダーの女が、前に倒れこみそうになった。だが、倒れる前に、ものすごい速度で来た人によって腕をつかまれて倒れることはなかった。
「そこまでにしたらどうだ、ラフォン」
その人は、この国でラフォンさんと並ぶロード・パラディンであるグロヴレさんであった。グロヴレさんはリーダーの女を他の兵士たちに任せて鋭い目つきでラフォンさんと相対する。ラフォンさんもグロヴレさんに対してにらみを利かせている。
「そちらがやめるのなら私もやめる、それだけのことだ。そちらが言ってくることではない」
「お前は自分の立場が分かっているのかい? 君が抵抗するということは、国の存続にかかわる。今は大人しくテンリュウジくんを渡すんだ」
「それはできない相談だ。大人しくアユムを渡してしまうと、もう手が届かなくなる。あいつの手の内に入るのだからな。それに、お前はアユムが本当に殺害しようとしたと思っているのか?」
「そんなわけがない。彼がそんなことをするわけがない。そこまで頭は悪くないだろう。だが、今抵抗されるのは国王にとっても良くはない。今は我慢してくれ。絶対に彼の安全を保障しよう」
「そんな言葉が信用できると思っているのか? あいつはアユムが手の届く範囲にいて、そのままにしておくと思うか? 私は思わない」
ラフォンさんもグロヴレさんも、どちらも一歩も引かずに話している。次第に二人から殺気があふれ出ている。俺は何ともないが、周りにいる兵士たちは耐えきれないようで、気絶してきている人が続出している。
「じゃあどうするんだ? ここで俺と戦い始めると言うのかい?」
「私はそれでも構わないぞ。その方が私がどれほど本気か分かるはずだ」
「・・・・・・ハァ、俺たちが本気でやるのなら、この国がなくなるのは分かっているのか? それくらいに本気なんだね」
「そう言っている。アユムは私の大切な弟子で、世界の切り札となる男だ。そんな男をくだらない考えを持った権力者の手に渡らせてたまるものか・・・・・・ッ!」
ラフォンさんの言葉に、俺は恥ずかしい気分になってくる。そこまでラフォンさんが俺のことを評価してくれているとは思わなかったし、ここまでして守ってくれるとも思わなかった。だが、このままではラフォンさんに迷惑をかけてしまう。俺の問題なのだから、俺がケリをつけないといけない。そう決意したが、一気にグロヴレさんの殺気が霧散したことに気が付いた。
「ハァ、分かった。ここで捕えるのはやめよう。・・・・・・まさか、あの≪紅舞の戦姫≫がここまで男にのめりこむか。良いのか悪いのか、よくわからないね」
良かった、俺が何かしなくて良くなった。たぶん俺がしようとしたことはフローラさまに迷惑しかかけない方法だった。それにしても、そんなことをしてグロヴレさんは大丈夫なのだろうか?
「ただ、捕えるのはやめるが、テンリュウジくんには俺とついてきてもらう。それが最大限の譲歩だ。この件をなかったことにすることはできない。大公が関わっている以上、解決するために話し合うことは必要だよ」
「・・・・・・それは信用できるのか? 私はお前のことを全く信用していないのだから、その言葉を信じることはできない」
「そう言うと思ったよ。もうあの時の俺じゃないけど、信頼できないのは仕方がないか。それなら、俺は王の忠義にかけて、テンリュウジくんの安全を確保しよう」
マジか、グロヴレさんは本気だ。騎士が主への忠義をかけることは、その命よりも掛値は高い。一番と言っても良いだろう。俺で言えば、フローラさまの忠義と同じことであるから、絶対に守らなければならないと言うことになる。
「・・・・・・良いだろう、その言葉を信用してやろう。何せ、王の騎士になるためにすべてを捨てた男なのだからな」
「あまりそのことを言わないでくれるかい? 言っていることは事実で、君にそれを言う権利があるから強くは言えないけれど」
前から思っていたが、ラフォンさんとグロヴレさんは同僚の間柄ではない気がする。最初は何だかんだ言って認め合っていると思っていたが、今の会話を聞く限り、もっと深い仲のような気がする。まぁ、俺が聞くことはないがな。
「じゃあ、俺と一緒に国王の元に行こうか。牢屋に入れられたり、拷問されるようなことはないから安心すると良い。さっき言ったように、王の忠義に誓ってそれは絶対にさせない」
「はい、分かりました。お手数かけます」
「いや、今回はこちらに問題があったんだ、君が気にすることではない。・・・・・・もうそろそろで、あの権力にまみれた伯爵を排除するつもりだったから、ちょうどいい機会だよ」
もしかしてグロヴレさんは何かを企んでいるのか? 俺としては利用されてもあの伯爵を落とせれるのなら喜んで利用されるつもりだ。
「もちろん私も行くぞ。文句はないな?」
「文句はないよ。だけど、くれぐれもすぐに暴れるようなことだけはしないでくれ。今の君は何をしでかすか分かったものではない」
「その状況を作り出したのはそちらだろうが。くれぐれも私を暴れさせるような状況を作らないでくれ」
ラフォンさんとグロヴレさんの険悪な雰囲気の中、俺たちは倒れている兵士たちを避けて国王がいる城へと向かうこととなった。その道中で、俺はグロヴレさんに耳打ちをされた。
「テンリュウジくん。申し訳ないけれど、君には大公とカスペール伯爵の話し合いの場で精神的な苦痛を与えてしまうかもしれない。だけど、決して手は出さないでくれ。そうすれば他の場で雪辱を果たす場をもうける」
「分かりました。・・・・・・我慢すればいいんですね?」
「そうだよ。例え主が侮辱されても、君は我慢しないといけない。分かったかい?」
俺はグロヴレさんの言葉に黙って頷いた。どんなことを言われるのかは分からないけれど、雪辱を果たす場があるのなら、我慢して見せる。・・・・・・今の俺は無力なのだから。
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