表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/134

50:騎士とメイド。③

ブックマーク登録が二百人を超えていたことに感謝します。

そして、これから更新頻度を上げていきたいと思います。年内に三章を完結させられるようにしたいです。

 自分の身の程も分かっていないおっさんに、女にしてやると訳の分からないことを言われたブリジットが困惑しているのはもっともだ。だが、さすがいつも平静を保っているだけはあるのか、ブリジットは戸惑いを一瞬で隠し、無表情でその問いかけに答えた。


「どこのどなたかは存じませんが、いきなりそのようなことを仰られても困ります」

「口答えをするなッ! ワシが女にすると言ったら、お前はワシの女になればいいのだ!」


 ブリジットが至極真っ当なことを言うが、おっさんは聞く耳を持たずに騒いでいる。俺からしてみれば、このおっさんは気色悪くて困るくらいで、それは他の女性も同じのようだ。太っていて、髪が散らかっており、唾を飛ばしながら話しているのだから、それは気持ち悪い。


 美醜逆転しているとは言え、さすがにこういう汚さは美しいとは思われない。しかし、このおっさんはこちらの世界の人間なのか? 普通は不細工な女性が貴族の元へと行くはずだ。だが、こいつはこちらの世界では不細工と思われているブリジットを女にすると言っている。


 もしかすると、他の世界から来た人間かもしれないし、そういう女性が好きな男なのかもしれない。他に考えられることは、不細工な女だから何をしても良いと思っているのかもしれない。最後の理由ならクソすぎるな。


「そう仰られても、そのようなことを聞くことはできません。他の女性に当たってください」

「ワシの目に適っただけでも幸運だと言うんだ。良いからお前はワシについてくればいいんだ!」


 おっさんがブリジットに近づいてブリジットの腕に手を伸ばそうとしてきた。だから、俺はブリジットとおっさんの間に割って入った。さすがにこんなところを見過ごすことはできない。フローラさまのメンツもあるから、手を出すことはできないけどな。


「貴様、自分が何をしているのか分かっているのか?」

「何をしていると言われても、ただデートしている相手の身を案じて前に出ただけですが? それが何か問題なのですか?」

「問題だ! ワシの邪魔をすることは、万死に値するんだぞ! 早くそこをどいてその女を渡せ!」


 さっきから目の前で唾を飛ばしながらヒストリックでうるさいな。こいつが殴っても良い対象なら、周りが見えない速さでどこかにぶっ飛ばしていたところだぞ。でも、そうはいかないから我慢しておく。


「いいえ、どきません。そのような義務はありませんから」

「義務ならある! おいっ! こいつらにワシのことを教えてやれ!」


 おっさんが後ろにいる護衛の男にそう言い放つ。そうすると、おっさんは少し後ろに下がり護衛の男は俺の目の前に来た。その近さはお互いの鼻が触れそうなくらいだ。こいつ、何でこんな近くに出てくるんだよ。気持ち悪いな。だが、ここで俺は引き下がることはできない。


「今なら、その女を渡せば今までの愚行を許してやるぞ?」

「笑わせるな。そんなことで渡すと思うか?」

「それもそうだな。この方に恐れ多いことをしている自覚がない男なのだから。では、お前らを絶望の淵に落としてやることにしよう」


 こいつもこいつで、性格に難がありそうだな。まぁ、あのおっさんに仕えているんだから、それは当たり前か。できれば今すぐにでも関わりたくない。


「このお方は、エシロル領土を治めておられるカスペール伯爵家の当主、トスカン・カスペールさまである」


 ・・・・・・何だ、伯爵家かよ。侯爵以上の誰かかと思えば、シャロン家と同じ地位にいる伯爵家か。それに、カスペール家など聞いたこともない。おそらく、最底辺の貴族なのだろう。その点、シャロン家は侯爵の近くにいるくらいに結構すごい家だ。俺がいるのだから、侯爵も夢じゃないだろう。


「それで?」

「それで、ではない。貴様は馬鹿か何かなのか? このお方は伯爵だ。逆らえばお前はすべてを失うことになる。そうなりたくなければ、お前はすぐにこのお方の前で地面に額をこすりつけ、許しを請うんだな」

「そんなことをするわけがないだろう。俺と彼女は、お前らの領民でもなければ奴隷でもない。お前らの言うことを聞く義務など、どこにもないだろうが。それが分かったのなら、さっさと失せろ」

「そんな口の利き方をしていいのか? このお方が王に進言すれば、お前を国家転覆罪にでもすることが可能なのだぞ? それを分かったのなら、早く頭を下げろ」


 ダメだ、こいつらは話の通用しないやつなのだろう。王族でもない、底辺の伯爵に従う義務なんてない。だが、腐っても伯爵なのだから録なことはできない。ここで殴り飛ばすなんて暴挙に出れば、フローラさまに迷惑をかけることは間違いない。やるとしてもバレずにやるしかない。


「俺たちはお前らの世迷い言に付き合うほど、暇じゃないんだ。ブリジット、行くぞ」


 こういう奴らには、無視が一番良い。ブリジットの手を引いてこいつらの横を通り過ぎようとする。まぁ、しつこく言い寄ってくる奴らがこれで逃がしてくれるとは思っていなかったから、護衛の男が常人では見えない程の速さで剣を抜き俺に攻撃してきても、容易に反応することができた。


 こちらも周りに気づかれない速さと≪強靭無双≫で硬くした腕で、襲い掛かってくる剣を砕いてやった。俺がしたことに護衛の男は目を見開いて驚いているが、男は折れた状態の剣でも鞘に納め、俺も腕を元の位置に戻した。残ったのは俺の腕と男の剣が衝突した余波と、砕けた剣の先が宙に舞っている。ブリジットはそれが突然現れて驚いている。


「・・・・・・貴様ッ」

「やってきたのはそっちだぞ?」


 護衛の男は顔をひどく歪ませて俺を睨んでくる。それに対して俺も護衛の男を鋭い目つきで見る。その状況に、この場では俺と護衛の男しか理解していない。周りは見えていないのだから当たり前か。


 それよりも、こいつは思ったほど強くはない。速さは確かに一人前のようだが、俺からしてみれば大したことはないし、≪強靭無双≫を使うほどでもなかった力量だ。拍子抜けと言うのはこういうことを言うのか。


「貴様がその女を置いてどこかに行けば、この場は丸く収まる。そのことがまだ分からないのか?」

「俺の答えは変わらないし、何度も言わせようとするな」

「・・・・・・そうなれば、私は実力行使でお前を粛正しなければならないな。トスカンさまを暗殺しようとした罪人としてな」

「そんなでっち上げが通用すると思うのか? こんな大衆を前にして」

「そんなことは関係ない。こちらが罪人だと言えば罪人になる。それがこの世界のルールだ」


 この落ちた伯爵だけなら、シャロン家に所属してなおかつニース王国を単体で退けた俺なら戯言として片づけられるだろう。そもそもの発言権が、どの貴族よりも低いだろう。だが、こいつらの偉そうな態度が気になる。ただの市民と見たから偉そうな態度にしているのか、それとも後ろ盾があるのか。いや、普通に考えすぎか? そんなバカげたことがあるわけがあるか。


「少しは賢い選択をしたらどうだ? 命は惜しいだろう? 妄言だと高を括っているのなら、処刑台で後悔することになるだろう。そうなりたくなければ、その女を渡せ」


 こいつ、さっきの攻防で俺に勝てないと分かったから、俺を脅しにかかっている。それくらいのお頭は持っているようだが、俺がそんなちゃちな脅しに屈するほどの玉ではないとは分かっていないようだ。


「そんな脅し――」

「・・・・・・アユム、私は良いですよ?」

「何を、言っているんだ?」


 ブリジットは俺の手を離し、俺の隣に立った。俺はその言葉の意味を即座に理解してしまった。


「私は、アユムやフローラさまを守れるのなら、大丈夫です。いくら相手が下位の伯爵とは言え、フローラさまに迷惑をかけることになります。だから、私が行きます。アユムやフローラさまと出会う前までと、それからこれからの幸せをこの数年間でいただきました。もう十分に幸せです。これから辛いことが起きても耐えられます」

「ほぉ、女の方が利口だったようだな。両方の破滅ではなく、そこの男のために自らを差し出すとは、随分と殊勝な心掛けだ。男の方はそれを分かっていなかったようだが」


 ブリジットは体を震わせながらクソ汚い男の元へと行こうとする。クソ汚いおっさんはニタニタとした顔をしながらブリジットを見ている。・・・・・・ふざけるな。そんなふざけたことで、これから心を壊された状態で過ごさないといけないのか? そんなことが許されるわけがない。死んでいるのと同じだろうが。


 俺はおっさんの元へと行こうとしたブリジットの腕を取る。腕を取られたブリジットは、俺の方を振り返った。その目には、涙をためているのが分かる。大丈夫じゃないじゃないか。どんな強がりを言っているんだ。


「馬鹿を言うな。ブリジットが行く必要はない」

「で、ですが、こうするしか――」

「そうだぞ。せっかくそこの女がお前のために身を捧げようとしているのに、その覚悟を無下にするつもりか? 女が取った選択が一番賢いというのが――」

「賢い? 俺からしてみれば、賢いとは言えない。愚行としか思えない」


 こちらを見下しながら、さも当たり前のことを言っているような口ぶりの護衛の男の言葉を遮り、俺はブリジットを俺の元に引っ張る。ブリジットは抵抗することなく俺の胸に収まった。


「ブリジット。さっき俺やフローラさまに迷惑をかけると言ったな?」

「は、はい」


 俺がブリジットを鋭い目つきで問いかけると、ブリジットは縮こまりながらそう答えた。ブリジットはただそう答えただけなのに、俺の視線は鋭くなる一方だ。自覚しているが、それを元に戻すつもりはない。


 俺はこの汚いおっさんやさっきから見下してきている護衛の男にも切れているが、それと同じくらいにブリジットにも若干切れている。確かに利他的行動をすることは素晴らしいことだとは思うが、俺やフローラさまはそこまで弱くはない。俺やフローラさまが納得する行動なら良い。だが、フローラさまはともかく俺は納得していない。それをブリジットが分かっているだろうが。俺が納得していないのに、この場を治めるためだけに、身を差し出している。それをキレるなという方がおかしい。


「それを、俺が納得すると思ったのか?」

「い、いえ・・・・・・、で、ですが、私が行くだけでこの場を――」

「この場を乗り切った後どうする? フローラさまは絶対にお前を助けに行くぞ。それに俺が黙ってブリジットを渡すと思うか? そんなに薄情なやつだと思っているのか? 俺は仲間や大切な人が連れ去られるのを黙って見ていられるほど、腐ってはいない」


 自覚するほどに目つきが悪くなっているのが分かる。そして、それを受けているブリジットは俺の視線にひどく怯えているようであった。・・・・・・あぁ、分かっている。ブリジットに向けるべき視線ではないことに。もっと向けるべき奴らはいる。


「この女は、俺の女だ。それが分かったのなら大人しくどこかに行け」


 状況が状況で、もうすでに俺の堪忍の緒が切れている。もはや相手が貴族だとかそんなのは関係ない。だから、俺はこいつらを殺すつもりで睨めつけ、殺気を汚いおっさんと護衛の男に送った。魔物相手なら十分すぎるほどに送ったことがある視線であるが、人間相手となると送ったことがあるのは少ししかない。


 こちらの世界に来てから切れることが少なかった俺だが、俺はこの二人に過去最大級に切れている。どうしてこんなにも切れているのか、それは分かり切っていることだ。ブリジットのことを大切に思っていて、人権を損なわれそうになっているからだ。


 そんな俺の殺気を受けた汚いおっさんは腰を抜かし、股が濡れだし何かが地面に広がっている。一方の護衛の男は折れている剣を抜き、俺に向かって構えているが、冷や汗を大量に流し剣を持っている手が震えている。それで十分であるが、念には念を入れておく。


「おい、これ以上俺たちに何かしようとすれば・・・・・・、覚悟することだ」


 殺気と殺意の言葉を受けたおっさんは漏らしながら失神し、護衛の男は殺気にやられて剣を持っていられないほどになり膝を付いた。それを確認し、俺は殺気を収めた。


「ッ! ッハァッ! ハァ、ハァッ、ハァッ」


 護衛の男は俺の殺気が収まり、冷や汗を流しながら荒い呼吸をしている。おっさんの方はもはや気絶しているからあまり関係ない。殺気は目の前の二人に対してやっているから、周りの人たちに被害は及んでいない。むしろ、二人が突然粗相をしたり、剣を構えて冷や汗を掻いていることに気味悪がっており、ざわめいている。


 俺の胸に収まっているブリジットは、遠慮がちに俺にくっついているように見える。もしかしなくても、言い過ぎたしやりすぎたかもしれない。ブリジットは俺やフローラさまのために行動してくれたのに。もう少し言い方があっただろうに。


 自身の行動を省みていると、呼吸を整えた護衛の男は俺を睨みつけてくる。しかしその表情からは俺への畏怖が見て取れる。そして、俺を睨めつけながら汚いおっさんを担ぎ、ようやく護衛の男は口を開いた。


「覚えておくと良い。伯爵を気絶までさせたのだ、極刑は免れないと思え。貴様の泣け叫ぶ顔が今からでも目に浮かぶ」

「あの殺気を受けて、そこまでのことを言えるとは良い度胸をしている」

「そんなことを言っていられるのは、今のうちだ。絶対に、絶対に、貴様を後悔させてやろう」


 去り際に捨て台詞を吐いて、護衛の男は汚いおっさんを担いで去っていった。周りからは汚物を見るような目で見られ、俺たちに関わらなければそんなことにならなかったのだろうと思った。


 それと同時に絶対に何かしてくるだろうとも思った。俺に何かしてくる時は、俺の正体を知っていると思うから、それで手を引いてくれるとありがたい。このニース王国を退けた騎士を相手にしているのだぞ! と思わせたい。だけど、そうはいかないだろうな。そんなこと関係なしに潰しにかかってきそうだ。


「アユムッ! ブリジットッ!」


 聞き覚えがありすぎる声が聞こえたことにより、俺はこれから起こる面倒なことについて考えることをやめた。聞き覚えのある声の方向には、フローラさまが焦ったような顔をしてこちらに走って来られている。その後ろからルネさまとニコレットさんが遅れているのが見える。三人の格好は目立たない暗い色の服だ。


 お三方は、絶対に俺とブリジットの後をつけていたな。俺のことが不安でつけてきたと言われれば、それは納得せざるを得ない。そもそも俺とブリジットの買い物など不安しかない。


「カスペール家当主の顔が見えて急いできたけど、大丈夫だった⁉」

「あいつを知っておられるのですか? 自分は知りませんでした」


 フローラさまはこちらに来て、珍しく焦った顔で俺とブリジットに聞いて来る。


「えぇ、遺憾だけれども知っているわ。アユムがシャロン家に来る前にごたごたがあったから知らなくて当然よ。あの腐った性根を知った時には、あいつを殴りそうになったわ」

「そこまでですか。それは聞いておきたいところです。・・・・・・ですが、ここでは周りの目がありますから一旦戻りましょう」


 周りから奇妙なものを見るような目で見られているため、俺たちはその場から離れ、フローラさまのお部屋に戻ることになった。次から次へと問題があふれ出してくるな。

最後まで見てくださってありがとうございます。誤字脱字あればご指摘お願いします。

評価・感想はいつでも待ってます。よければお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ