44:騎士と冒険者。
感想をいただいて、少し元気が出てきました。
ラフォンさんからの説明を受け、俺は少しだけ憂鬱な気分になりながらフローラさまのお部屋に戻っていた。別に騎士王決定戦に向けて不安があるわけではない。殺しがありなのなら、先のニース王国との戦のようにいくから問題ないのだが、俺が憂鬱な気分にさせているのは、フローラさまやルネさまが狙われる可能性があるということだ。
フローラさまに言っても、やめろとは言われないだろう。出場しながら、私を守りなさいとか言われそうな気がする。その通りなのだから何も言えない。・・・・・・だが、遠距離からの攻撃が俺には存在しない。辛うじて中距離の≪一閃≫と≪裂空≫くらいで、見えないところ、届かないところを攻撃する完全な遠距離攻撃を持ち合わせていない。
他に手段があるとすれば、≪死者の軍勢≫から出した魔物や人間たちをフローラさまのそばにつけておくか。だが、≪死者の軍勢≫でドラゴンを出すわけにはいかない。人間だとしても、前の人格が残っているから言うことを聞いてくれないやつが多い。そうなってくると戦力が限られてくる。・・・・・・言うことを聞くようにするか、言うことを聞く奴らを強化する方法になってくるか。
そうなってくると、新たなスキルを獲得するために、クエストに行きたいところだ。この環境でスキルを使えるようになるとは思わない。やはり≪順応≫するための環境が必要になってくる。より困難な環境の場所で行うクエストが良いな。それをフローラさまが許してくれるかどうかは別の話になる。
・・・・・・一番手っ取り早い方法は、俺自身が参加者すべての弱みを握ればいい話だが、それだと俺の力を示すことができないし、そんなクソみたいなことをすること自体間違っている。フローラさまを襲おうとしている奴に対しては容赦なく行えるが、フローラさまを囮など騎士として失格だ。
そんなことを思いながら、俺はフローラさまのお部屋の前にたどり着いた。お部屋の中にはフローラさまとルネさま、ニコレットさんにブリジット、サラさんの全員がおられるようであった。しかし、俺はフローラさまから強制的に追い出された身だったな。今日はラフォンさんに用事が入っているということだったから、早く終わってしまったんだった。
ここで部屋をノックして聞くには追い出されてから早すぎる時間帯だ。それに女性の会話というものは、長くなる傾向があるため、少し遅めに戻ったとしても問題ないくらいだと予想した。万が一、何かあったとしても、俺とフローラさま、俺とニコレットさんは≪騎士王の誓い≫で繋がっている。何かあったとしても最悪の事態には陥らない。最初からフローラさまたちの安全を確保するために、クエストに挑戦してみるか。
俺はフローラさまのお部屋を後にして、学園を出て街を目指した。侵入者がこの国に来たというのに、街は賑わいを見せている。国と言っても、学園だからあまり関係ないのかもしれない。
「・・・・・・ここか」
看板に『冒険者ギルド』と書かれている冒険者ギルドにたどり着いた。ここの場所はラフォンさんに教えてもらっており、ラフォンさんに一通りの冒険者になるための方法も無理やり聞いた。必要ないとラフォンさんは言っていたが、経験を積みたいからと聞き出した。
外からでも冒険者ギルドが騒がしいのが分かるくらいに、中は賑わっているらしい。俺の服装が執事服であるから少し入りにくいと思ったが、この服装に誇りを持っているのだから恥ずかしくない。執事服のまま、俺は冒険者ギルドの中に入った。
冒険者ギルドに入ると、中にいた全員の視線を一身に受けた。色々な視線の種類があるが、やはり一番は訝し気な視線が多いだろう。それに冒険者と思われる人たちはほどんどと言うか、全員が美しい女性だ。この世界では女性の比率が高く、そのほとんどが美人という世界だ。最近までシャロン家にいたから忘れているところだった。俺はそんな視線たちを気にせずに冒険者受付と書かれている受付を目指した。この注目されている中で歩くのは歩きにくいな。
「すみません、少しよろしいですか?」
「えっ、あ、はい、大丈夫です。・・・・・・男性が、こちらに何の御用でしょうか?」
俺が声をかけた受付嬢と呼ばれる、紫髪のポニーテールの結び目にある白の大きなリボンが特徴的な柔らかそうな雰囲気の女性が、俺に変なことを聞いてきた。
「御用? ・・・・・・冒険者登録をしに来たのですが」
俺の当然と言わんばかりの言葉に、冒険者ギルドにいた女性たちが物音を立てた。何かと思って周りを見ると、ほぼ全員が驚いた表情をしてこちらを見てきている。どうしてこんなに驚いているのだろうかと思ったが、理由はすぐに分かった。この世界の男性が冒険者のように危険と隣り合わせで戦うことが滅多にないからだ。冒険者のほとんどが女性であるから、俺のような男が異物に見えるのだろう。
「ほ、本気ですか? 冒険者ですよ? 男性が冒険者になるなんて滅多にないことです。もう少しお考えになられた方が良いのでは・・・・・・」
「ご心配は無用です。自分は強いですから」
「そういう問題ではなく、冒険者みたいに危険と隣り合わせの仕事より、他に割のいい仕事があると思います」
「そうだね、他に割のいい仕事はあるよ」
俺と受付嬢さんが問答をしていると、女性の一人が俺の背後に立ち、俺に話しかけてきた。俺が振り返ろうとすると、頭を両手で掴まれそうになったから、俺は一歩横にずれて難を逃れる。殺意はなかったから避けるつもりはなかったが、俺の勘が避けろと告げてきた。単純に勘だけど。
「おぉ、良い反射神経だね」
振り返った先にいたのは、白のショートヘアの顔に傷がついている美人な女性であったが、その女性の姿に俺は少なからず動揺した。必要最小限の布しか装備していないのだ。大きな胸であるが、乳首しか隠しきれていないほどの下着に、下はズボンを履いているがそのズボンは足の付け根まで破られている。もはやズボンの役割を果たしていない。
「・・・・・・一体何の用ですか?」
「君のその態度・・・・・・、いえ、今は良いか。それよりも今は割のいい仕事だったね」
「一応聞いておきますけど、その割のいい仕事とは何ですか?」
「ふふっ、それは、わ・た・しの結婚相手だよ」
何を言い出すのかと思ったら、かなり吹っ飛んだことを言い出す。吹っ飛んだことを言うのは分かっていたが、まさか俺が人生初めての逆ナンされるとは思ってもみなかった。でも、ここで頷くほど俺は安くはないぞ。フローラさまと出会う前なら頷いていたかもしれない。
「それは何の冗談ですか?」
「冗談じゃないよ。君みたいな良い男を危険が伴う冒険者にするのなんてもったいないと思うよ。そんなことをするくらいなら、私の結婚相手になってくれれば君と私はお互いに得しかしない。私って、これでもそれなりの冒険者だから、君を養うくらいの貯蓄と稼ぎはあるよ? どう?」
どうではないが、確かにこの女性は強いから稼ぎが良いのだろう。魔物のランクで言うのなら、Aランクは軽く行っている。だけど、俺がそんなことで女性を選ぶほどクズではない。
「お断りします。まず大前提に自分はお金目当てで冒険者になるわけではありません」
「そう、それは残念。でも、お金目当てじゃないのなら、何が目的で冒険者になるの? ぶっちゃけなくてもお金が良いこと以外にやる理由が見当たらないけれど」
「まぁ言うなれば、自分磨き、ですかね?」
嘘は言っていない。と言うか実際にこれだし。スキルの習得は自分磨きだろう。そんな俺の言葉を聞いた白髪の女性は、俺の言葉を理解できずに少しの間だけ俺の顔を見続けていたが、理解できた途端笑い始めた。
「ふふふっ、自分磨き?」
「・・・・・・何か問題でもありますか?」
女性に笑われたことで俺は少しだけ腹が立って、女性に投げかける言葉を少し冷ややかなものにした。そんな俺を察したのか、女性は笑いを止めて申し訳なさそうな顔をしてきた。
「ごめんごめん、男でそんなことを言う人は初めてだから、不意を突かれて笑っちゃっただけ。それにしても自分磨きか。ますます良い男だと思うよ」
「それはどうも。自分磨きをするために、冒険者登録をしても良いですか?」
「うん、ごめんね。引き留めちゃって」
白髪の女性から解放され、俺は受付嬢さんの前に戻る。受付嬢さんは俺に未だに困惑しているようだが、俺が冒険者登録することに変わりないことには気が付いているような顔をしている。
「・・・・・・本当にいいのですか?」
「はい、構いません。危険と隣り合わせじゃないと意味がないですから」
「・・・・・・分かりました。では、こちらに必要事項をお書きください」
受付嬢さんが内側にある引き出しから紙とペンを取り出して俺の前に出してきた。その紙は、名前や年齢などの個人情報を書く書類であった。俺はペンと受け取って個人情報を書き始める。異世界出身だということを知られずに個人情報を書いていく。出身地についてはシャロン領を使わせてもらうことにしている。そのことは前にランベールさまに許可をもらっている。
「書けました」
「はい、確認します」
細部まで書き終え、俺は受付嬢さんに書類を渡す。受付嬢さんは俺の書いた書類に目を通している。そして後ろには俺の背中から俺の書いている書類を見ていた白髪の女性がいる。白髪の女性は、俺のとの距離が近いと思えるほど接近してきている。どういうつもりなのかは分からないから、少し放置しておく。もしかしたら離れてくれるかもしれない。
「確認できました。書類には不備がないようですので、冒険者登録をする準備をしてきますので、少々お待ちになってください」
「分かりました、お願いします」
ポニーテールの受付嬢さんは、俺の書類を持って受付の内側の奥に行ってしまった。少し待つ間どうしようかと思ったが、さすがに触れざるを得ないか。もはや俺の後ろにピッタリとくっ付いている白髪の女性について。少しずつ俺に近づいてきていたが、バレないと思っているのだろうか?
「あの、どうしてくっついてくるのですか?」
「えっ? もしかして私の身体はお気に召さなかった? 身体には自信があるんだけどなぁ」
俺は白髪の女性から離れて振り返って聞いた。すると白髪の女性は自身の胸を手で揉んで大きさを見せびらかしているようであった。別に身体がお気に召さなかったわけではない。大きくても小さくてもどちらでも構わないが、俺が聞いているのはそういうことじゃない。
「そういうことではなく、あまり不用意に身体を寄せてこないでください。気になって仕方がありません」
「あれ? もしかしてその顔をして女性経験がないのかな? アユムくん?」
白髪の女性が俺の名前を知っているのは、さっき俺が書いている情報を覗き見たからだ。だけど、その時に≪隠密≫のスキルを発動していたのは分かっていた。おそらく白髪の女性は俺が覗き見られたことに気が付いていないと思っているのだろう。
だけど、≪隠密≫スキルは総合的な能力によって効くかどうかが変わるスキルだ。俺クラスになると、気配に敏感になって≪隠密≫スキルは効かない。逆に俺が≪隠密≫スキルを使っても、彼女に効くかどうかは分からない。彼女がその道で本業をしているのなら、俺のあまり使っていない≪隠密≫を見抜いてくるかもしれない。俺があくまで使っていた状況は、動かない状況下だ。動いていたらすぐに察知されるかもしれない。
「覗き見ていたことは分かっていますよ」
「ッ! ・・・・・・へぇ、君は本当に結構できるのかな?」
「だからそう言っているじゃないですか。嘘をついても、バレる人にはすぐバレると思ったので、正直に言ったのですよ」
「・・・・・・うぅん、そうかな? ・・・・・・君って、本業は何?」
「騎士ですよ」
「えっ、騎士ッ⁉ ・・・・・・それって本当?」
「だから嘘をついても意味がないと思いますよ。騎士が信じられないのなら、ここで戦って見せましょうか?」
全く、俺のことを何だと思っていたんだ。結構強いと思っているんだが、やっぱり他の人には俺が強いようには見えないらしい。俺がそこそこ強いと最初から分かっていたのは、ラフォンさんくらいしかいなかったんじゃないのか?
「ううん、大丈夫だよ。・・・・・・こう言うのは失礼だけど、君って強そうには見えないよね?」
「本当に失礼なことを言ってくれますね」
「見た目、と言うよりかは、そういう雰囲気を醸し出しているよね。後天的ではなく、先天的なもののように感じる。・・・・・・そういう才能は、私みたいな職業の人には羨ましい限りだよ」
「はぁ、・・・・・・よく分かりませんが、ありがとうございます?」
・・・・・・そう言えば、俺の父親や父方の祖父、父のお兄さんは全員がふわっとしている雰囲気を纏っているように感じると聞く。俺が見ても全く分からなかった。もしかしたら、天龍寺の家系に何かあるのかもしれない。異世界に来てその才能が発揮される日が来るとは思わなかった。
「そう言えば、自己紹介がまだだったね。私はヴェラ・サンダ、気軽にヴェラと呼んでくれてもいいよ。これから君が冒険者になるのなら、同じ仲間としてよろしくね」
「よろしくお願いします、サンダさん」
「サンダさんなんて他人行儀じゃなくていいのに。もしかして、恥ずかしいからサンダさんって呼んでいるの? それならうぶ――」
「仲が良い間柄と思われるのが嫌だからです。自分とサンダさんは出会ったばかりで、素性を勝手に知られている身と、素性を勝手に覗き見た身同士ですから」
「お堅いんだから。そこそこの男で、こんな魔獣の巣窟みたいなところに踏み込んでいるんだから、もう少しはっちゃけても誰も文句言わないと思うよ?」
サンダさんが魔獣の巣窟と言って冒険者ギルドの中を見渡すのにつられて、俺も冒険者ギルドの中を見渡すと、全員がこちらを凝視しているのが分かる。しかも、その目が獲物を見ている獣の目で、どうして魔獣の巣窟だと言っているのか分かった。見渡している間に、奥から受付嬢さんが出てきた。
「お待たせしました、テンリュウジさん。冒険者登録が終わりましたので、これから冒険者としてクエストが受けられるようになりました。こちらが冒険者の証である冒険者カードになります」
「ありがとうございます」
受付嬢さんから渡されたのは、元の世界でコンビニバイトをしていた時によく見ていたポイントカードと変わらない大きさのカードであった。カードには、俺の名前とランクが示されていた。
「今からクエストとランクの詳細をご説明します。あちらにあるクエスト掲示板に張り出されている紙からクエストを受けることができます」
受付嬢さんが示した方向には、掲示板と言われなくても掲示板と分かる掲示板がそこにあった。掲示板には紙がそれなりに張り出されている。
「クエストには冒険者ギルドが定めたランクがあり、それ以上のランクの冒険者でなければ受けることができません。テンリュウジさんは、登録したばかりなので、Fランクとなります。冒険者ランクはS~Fまであり、クエストをこなしていくにつれて冒険者ランクを上げることができます」
俺が思っていた通りの冒険者ギルドの説明だ。何ら驚く要素もなく、淡々と俺は説明を受けていた。だが、最低ランクから始まるため、思い通りのクエストができないのではないかと思った。実際そうであるが、どんな状況でも≪順応≫するという点では、強い魔物と戦うことが目的ではない。
「クエストには冒険者ランク以外にも色々な条件が課されている場合があります。冒険者同行人数や正装であること、守ることができるものなどです。適材適所なので、条件に合った無理ないクエストを選んでくださいね」
「分かりました、説明ありがとうございます」
「仕事ですから大丈夫です。それでは、冒険者として死なない程度に頑張ってください」
「はい、適当に頑張ります」
最後まで見てくださってありがとうございます。誤字脱字あればご指摘お願いします。
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