33:騎士と思い。②
連日投稿三十三日目! きついです!
少しの沈黙の後、フローラさまは俺の方をチラリと見てきた。俺はフローラさまの方をじっと見ていたから目が合い、すぐにそらされてしまうが、ゆっくりと俺の方を向かれて、俺を見据えた。その目には何かを話す覚悟があるようで、俺から目をそらさずにじっとこちらを見ている。
「・・・・・・私は、この世界では不細工だし、自分でも不細工と思っている。不細工だけだと言うのなら、何も文句はないわ。でも、この世界は私や私のように不細工の人間に厳しい。どれだけ努力しようとも、どれだけバカにされないようにしても、家族以外の人間たちは私を認めてくれなかった」
分かっている。この世界で、というより、人は相手の印象を決める要因に外見が九割を占めている。第一印象を決めつけてしまえば、それを変化させるには至極の業だ。それが最初が醜い容姿なら、なおさら認めてくれよとはしないだろう。
「外見以外で判断されたくても、判断してくれなかった。・・・・・・社交の場に出ても、他の人間たちからは汚物を見るような目で見られ、最初はその視線が耐え切れなかった。どうしてお父さまやお母さまがこんな視線に動じていないのか分からなかった。正気じゃないのかとも思ったわ」
ランベールさまもエスエルさまも、この世界で何度もひどい目にあったと言っていた。だから、慣れたのだろう。正気じゃないと言えば、正気ではないのだろう。汚物を見る視線を受けて大丈夫な人間なんているわけがないのだから。
「そんな視線に耐え切れなくなって、私は少しの間だけ逃げた。どれだけ頑張っても報われない世界に生きる意味があるのかと思うくらいに精神がおかしくなっていた。世界が、周りの人間が私を存在ごと消しに来ているのかと錯覚するくらいに、私は部屋に引きこもり続けた」
フローラさまは自身の震えている身体を自身の腕で抱きしめる。フローラさまのお顔には恐怖などの負の感情であふれていた。俺は今すぐにでもフローラさまに寄り添いたいと思ったが、我慢してフローラさまの話を聞き続ける。
「そんな私に、お父さまやお母さま、お姉さまにランディ、ニコレットさんやブリジットが励ましてくれたおかげで私は引きこもることをやめて少しずつ外へと出始めた。・・・・・・どれだけ怖くても、家族や私を守ってくれる人がいると思って。でも、家族や身内の不細工な人たちも、私のような思いをしているのだから、私だけが苦しいわけじゃなかった。それを考えた時、私はどれだけ弱いのだと感じた。自分では頑張っていると認識していても、結局はその程度しか頑張っていなかったんだと自覚した」
別にフローラさまが弱いわけじゃない。他の人たちが少しだけフローラさまより強いだけだ。俺がそんな待遇を受ければ、俺も引きこもる自信はある。俺は逃げを選択するだろう。フローラさまのようにご自身が弱いと自覚していることの方が素晴らしいと思う。
「それから、私は自分自身を騙すために血を吐くほどの努力をして、その努力で苦しい感情を欺いた。どれだけ頑張っても報われるはずがないと分かり切っているのに、それでも努力をし続けた。・・・・・・そうすると、次第に自分が信じていたものが分からなくなってきた。騙すことで自身を保ってきたのに、それのせいで自身を構成する何かすらも化かされて、分からなくなった。・・・・・・全く、おかしな話よね」
自嘲している声音とお顔をしているフローラさまであるが、そのお顔から一転して、懐かしむ顔をして俺の顔を見てこられた。
「そんな自分自身や家族のことも何もかも信じれなくなった私の前に現れたのが、あなただった。最初にあなたに出会った時は本当の刺激的で、今まで信じられなかった私の感情を呼び起こしてくれるような登場の仕方だったわね」
「盗賊に襲われていた時のお話しですよね?」
「えぇ、そうよ、あの時よ。・・・・・・本当に、最初は信じられなかった。盗賊に襲われた時はもう何もかも終わりだと覚悟したけど、小さい頃に見た絵本の中にいる王子さまみたいな登場の仕方だった。あの時は幻覚か何かが見えたのだと思ったけれど、違った。現実で、私たちから盗賊を助け出してくれた。そんなあなたを見た時、たぶん一目惚れをしていたのでしょうね」
顔を赤くして出会った頃のことを思い出しているフローラさまのその言葉を聞いて、俺はドキリとした。俺もその時フローラさまを見て一目惚れした。つまり最初から相思相愛だったのか? まぁ、たかだか一目惚れだから続くかどうかは分からない。
「そんな王子さまとお姫さまのような出会いをしても、私はアユムを信じられなかった。こいつもきっと私を見た目で判断して、汚物を見るような目で見てくると思っていた。・・・・・・でも、全然違っていた。私の姿を見ても普通に接してくれた。それでいて、他の人から見下されないように高圧的な態度を取っていても、変わらず接してくれた。それだけでも、私は夢のような人と出会ったと思った」
あぁ、確かに最初はかなり当たりが強かった気がする。でも、異世界だからこんなものだろうと思った以外特に思わなかったし、一年間誰とも言葉を発していなかったから久しぶりの人との会話にたぶんマヒしていたんだな。今でも高圧的な態度を取られても、何とも思わないだろう。
「でも、長年積み上げられた人への不信感はそう簡単に払拭されない。どれだけ外面を取り繕っても、心の内ではきっと私のことを見下している、そんなことを思っていたわ。今考えれば、相当精神が参っていたのよね、あの時の私は。そんなあなたを見て、その心の内をむき出しにしてやろうと、色々な意地悪をしていたわね。・・・・・・あの時の私をどう思っていたの? 嫌な女だと思っていた?」
「どうしてですか? 特にそんなことを思ったことはないですよ」
「・・・・・・えっ? ど、どうして? 少しは嫌な女だと思っても良いと思うわよ?」
「どうしてと言われましても。・・・・・・では、例えましょう。フローラさまは好きな人が目の前にいるとします」
「えぇ、今も目の前にいるわ」
しまった、例えを間違えた。そうだった、フローラさまは俺のことが好きなのだった。例えるのに意識を持っていかれていた。でも、話しだした以上これで行くしかない。
「話を続けます。好きな人が目の前にいて、好きな人がフローラさまに向かってひどいことを言ってきました」
「えぇ、つい先日に言われたばかりだわ」
・・・・・・言うことがすべて俺とフローラさまの立場に置き換えることができる。と言うか、俺が最初にフローラさまにされたことと今回のことが似通っているところがあるな。先日の場合は、罵倒こそなかれ、人として言ってはいけない言葉ではあったけどな。
「・・・・・・それで、その人のことを嫌いになりますか?」
「いいえ、今でも好きよ。あんなことを言われても、私はあなたのことを愛しているわ」
「つまり、そういうことです」
あの時の話を今ここで蒸し返されると思っていなかった。俺が出した話のタネなのに、どうして予想できなかったのだろうか。今の俺の声音は、生気がない声になっているだろうな。
「・・・・・・アユムは、あの時から私のことがそこまで好きだったってことなの?」
顔を紅潮させているフローラさまは俺を上目遣いで見ながら、そう言われた。そうであるから否定できないものの、自分の気持ちを知られると言うのは少し気恥ずかしいものがある。気恥ずかしいが、ここで逃げるわけにはいかない。
「はい、その通りです。前にも一度お伝えしましたが、フローラさまに一目惚れし、フローラさまの頑張るお姿を見て好きになりました。ですから、フローラさまにどう言われようと、自分は何も気になりませんでした。これが嫌な女だと思っていない理由でございます。よろしいですか?」
「え、えぇ、良いわ。十分すぎるくらいだわ。それにもう結構よ。これ以上言われたら何も話せなくなるし、話すべき件があやふやになってしまうわ」
フローラさまは目に見えるほど動揺しているのが分かった。これを言ったのは二度目なのだが、何度言えばフローラさまは慣れてくれるのだろうか。何度も言うつもりはないけれど。
「話を戻すわ。・・・・・・ふぅ、そんな私のことが好きなアユムは、私がどれだけ意地悪をしても離れていくことはなく、普通に接してくれていた。そして少しずつ私はアユムに心を許していったけれど、今までに受けた人間の言動で私の心の奥底ではアユムのことを信じられなかった。どれだけアユムのことは大丈夫だと言い聞かせても、アユムを心の底から信じられることはなかった」
そうだったのか。フローラさまに接していくにつれて、少しずつ態度を軟化させられたけれど、フローラさまは悩まれていたのか。なら、フローラさまはどこで信じてくれるようになったのだろうか。もしかして、フローラさまと俺の話をすると見せかけて、お前のことを信じていないとか言い出したら、もうシャロン家にはいられない。人間不信に陥る。
「覚えている? 私とニコレットとアユムの三人で森に行った時の話を」
「あぁ、あの時の話ですか。はい、覚えています」
またその話か。ニコレットさんと夜に話していた時にも、その森の話が出てきた。確かにあの森の件は俺とフローラさま、俺とニコレットさんに影響を与えた件であった。あれがあったから、今の俺たちの関係があっても言っても良い。
「あの時は本当に困ったわよね。森の中で迷子になってしまったのだから」
「そうでしたね。気分転換に軽い気持ちで森に行ったつもりが、どこが出口か分からない状態になったのですから。まさかフローラさまに連れられた先が迷いの森であるとは思ってもみませんでした」
「わ、私だって迷いの森なんて知らなかったんだから仕方がないでしょう! ・・・・・・でも、私はあの時に迷いの森に行って良かったと思っているわ」
「迷ったのが良かったのですか?」
「えぇ、そうよ。だって、あなたにもう一度助けてもらったのだから。それだけで、迷った価値はあったし、あなたとの距離を詰めることができて、あなたを心の底から信用することができた。私にとって、あの時の迷いの森はあなたとの思い出の中で一番大切な思い出なの」
そう言われると何だか照れるものがある。俺もあの時の森の件は思い出深いと言っても良いだろう。あの時から俺は騎士として自覚した。フローラさまとニコレットさんの二人と、俺の一人に魔物の手によって分裂させられたことがあった。俺の方には数多の魔物が存在し、フローラさまとニコレットさんの方にはゴブリンの王であるゴブリンキングが襲い掛かっていた。
俺は急いで二人の元へと向かい、ゴブリンキングを殺した。その時の俺の姿はひどかったと思う。魔物に囲まれており、魔物を倒さないといけなかったから荒い戦い方をしながら二人の元へと向かった。だから、俺は魔物の血まみれになり、少しの怪我をしてまで二人の元へと向かった。俺としては醜い恰好であったが、二人にとっては違っていたようだ。
「私は、あの時からずっとあなたのことを愛している。それは、告白を断られた今でもずっと愛している。でも、その気持ちはアユム次第でなくさないといけない。私の告白を断った理由を、ちゃんと教えて? 断った理由に納得すれば、私は諦める、かもしれない。・・・・・・例え、納得した理由でも私は諦めないと思うけれど、アユムの口から、断った理由を教えてほしいの」
「・・・・・・分かっています、断った理由を伝えるために、そして自分のこれまでのことをフローラさまに伝えるつもりでここにいます。今更逃げません」
「そう、それなら良いの。・・・・・・それじゃあ、アユムのことを教えて?」
俺がフローラさまに俺が生まれてからここに来るまでのすべてを話すために、頭の中で話す内容を整理して、話そうとする。しかし、言葉を出す前に薄く張っていた≪感知≫に何かが反応した。この気配は魔物の気配で、忘れもしないゴブリンキングに似た気配であるが、ゴブリンキングの気配と少しだけ違う。
「アユム? どうしたの?」
「・・・・・・フローラさま、申し訳ございませんが、今すぐにここから離れましょう」
「どういうこと? まだ話は終わって――」
フローラさまが言葉を発する前に、少し遠くの場所から何かが衝突した音が聞こえてきた。それはゴブリンキングに似た魔物が出した音であり、その音でこちらの方に次々とゴブリンらしき気配の魔物が押し寄せてきている。その気配に気が付いたアンヴァルは、戦闘態勢に入っている。
「何なのこれは⁉」
「フローラさま、説明している暇はございません。今すぐにここから離れましょう。こちらに魔物の大群が来ています」
「魔物の大群? どうしてそんなものが?」
「説明は後です。今はアンヴァルに乗って早く逃げてください」
動揺しているフローラさまを無理やりアンヴァルに乗せようとするが、そうしている間にゴブリンらしき魔物たちは俺たちの周りを囲むようにして現れた。そのゴブリンは普通のゴブリンのように緑色の肌をしているが、普通のゴブリンであるはずなのに全部の個体が筋肉ムキムキになっている。ゴブリンキングでもないのにだ。
そして最後にゴブリンキングらしき魔物が登場したが、これを見てゴブリンキングではないと認識した。その魔物は、緑色の肌をしておりゴブリンキングと体の大きさは変わらないが、雰囲気から違う。その魔物は太っているのではなく引き締まった身体で、ゴブリンキングのように本能丸出しではなく落ち着いている雰囲気をまとっている。これがゴブリンキングなわけがない。いや、ゴブリンなわけがない。こんな落ち着いている魔物の個体など希少だ。
「な、なにあれ? ゴブリン? よね?」
「それは分かりません。もしかしたらゴブリンの新種かもしれませんが、危険なことに変わりありません」
先日見たカマキリ男やゴリラのような魔物と同系統なら、厄介なことだ。もしかしたらこれ以上の魔物がいるかもしれないと思って良いだろうし、自然に生まれたものではないだろう。こんなのが自然に生まれてたら人間は勝てないぞ。
そして、ボスであるゴブリンキングのような魔物は、背負っていた剣を手に装備して、構えた。魔物が構えるのか? 魔物は上位の魔物以外知性がないものとされている。ゴブリンとなればゴブリンキングと言えど会話はできて指示を出せるとは言え、武術を学ぶ必要性を感じないはずだ。だが、現に目の前の魔物は構えている。知性があると言って良いだろう。
「おい、俺の言葉は分かるか?」
「アユム? 何を言っているの?」
魔物に話しかけたことで困惑しているフローラさまをよそに、俺は視線の先にいるゴブリンキングのような魔物に話しかける。すると、あまり期待をしていなかったものの、ゴブリンキングは口を開いた。
「・・・・・・コロス」
しかし、口を開いて話した言葉は怨念が混じっている言葉であった。これは会話できないと判断した俺は、神器クラウ・ソラスを取り出して構えた。これだけの量だ。フローラさまを守り切って戦うのには、少し神経をすり減らしそうだ。
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