134:騎士と天剣の女帝。
いやぁ、待っている人がいるということなので、頑張ってみました。
俺は三木とサラさんを両腕で抱きかかえ、そしてサルモンさんが背中に抱き着いている状態で術者に向かって走っていた。六つの胸が俺の体に当たっていることに無心になりながらも走っている。
「アユムさん、相手の戦力と状況を整理しておきましょう」
「戦力、ですか?」
俺が走っていると背中からサルモンさんがそう言ってきた。そう言われて、確実に面倒になる相手を一人想像して心構えをしなければならないと思った。
「はい。おそらくアンジェ王国の厄介どころは集まっていると思います。それはアユムさんのスキルで確認すれば分かりますよね?」
「そうですね……」
俺は常時≪完全把握≫を展開しており、術者をずっと捕捉している。展開しているから他の情報も入って来ているから、ラフォンさんはもちろんのこと、グロヴレさんやその部下までいることを確認できている。
「ラフォンさんやグロヴレさん、他にもそれなりな実力の冒険者もいますね」
「その人たちが一斉に襲い掛かってきた時、アユムさんは私たち三人を守り切れますか?」
「……不可能ではないと思います」
「こちらの前提として、すべての相手を殺してはいけないという条件が付いています。さらに言えば相手は殺しにかかってきている。それでもですか?」
「大丈夫です。いざとなれば全員に≪魔力武装≫をかけて凌ぐことはできますから」
「……そんなこともできるんですか? あの白銀の鎧を着るということですよね?」
「はい、≪自己スキル領域≫と組み合わせればできます。まぁ、サラさんでしか試したことはありませんが、二人もできると思います」
俺の≪自己スキル領域≫と≪魔力武装≫の組み合わせをサルモンさんが見たことがなかったなと思いながら、サルモンさんは少ししてから口を開いた。
「それならできそうですね。アユムさんの負担は大丈夫ですか?」
「そこは大丈夫です。体の調子がいつもよりも良いですし、数十時間も纏っているわけではありませんから問題ないです」
白銀の欠片と深紅の欠片を取り込んでから≪完全把握≫がまともに使えるようになったし、調子もよくなってきた気がするから、俺に良い効果を与えてくれていることは確かだと思った。ただそれにデメリットがあるかどうかは今のところ分からないが。
「あと一つだけ、良いですか?」
「はい」
「アンジェ王国の人たちは極力殺してはいけない、ということになっていますが、もしもの場合はロード・パラディンやその部下たちを殺せますか? 躊躇なく」
サルモンさんの声音から、サルモンさんがどれほど真面目な顔をしているのかが浮かんでくる。俺がこの国で邪魔をしてくる人々を殺して回ることは可能だ。だがそれだと国が崩壊してしまうのは確かだ。
そうならないために俺はこの国の人々を殺さずに術者だけを殺さなければならない。だが、状況によっては殺さずにできない状況に陥る場合があると、サルモンさんが言いたいのだと考えた。
「そうならないようにします」
「その答えでは納得できません。そのもしもの場合が来た時、アユムさんは師匠であるフロリーヌ・ラフォンを殺すことができますか?」
「……はい、殺します。こんな事態になっているのですから、ラフォンさんもたぶん分かってくれます」
正直な話、絶対にラフォンさんを殺したくはない。だが七聖剣であるラフォンさんは俺を殺しに来ると思う。その時に俺がラフォンさんを殺さずに止められるかは分からないくらいにラフォンさんの本気を分かっていない。
それでもこの状況を収めるためにも、フローラさまやルネさまたちが安心して生活できるようにも、どれだけの犠牲を払ってでも勝たなければならない。
「それなら、アユムさんの主であるシャロン家の人間が相手ならどうしますか? 確実にアユムさんの敵になっています。しかも、こちらの切り札であるアユムさんを落とすことができる駒と考えれば、それ以上最高の物はないでしょう。アユムさんの前には、確実にシャロン家の人間は立ちはだかります。その時はどうしますか?」
問題がそこだということは俺も気が付いている。この状況は人質を取られている状況に他ならない。相手がその気なら、フローラさまたちを一人ずつ殺して俺に言うことを聞かせる、という恐ろしい状況になるかもしれない。
俺の中での優先順位は、この国ではなくフローラさまやルネさまたちだ。術者の元に向かっているこの状況は、俺たちの首を絞めているに過ぎないのかもしれない。だが、こんなことを解決しないわけにはいかない。
「絶対に、救います」
だからサルモンさんに言える言葉は具体的な回答ではなく、精神的なものだった。我ながらこんなことしか言えない自分が恥ずかしいと思っているところだ。
「その時は私も手伝いますから、何とかしましょう!」
「そうね、アユムが気を引いている間に私たちが救出すればいい話よ」
俺の言葉にサラさんと三木が答えてくれた。こんな情けないことを言っている俺に言葉をかけてもらえると、三木はともかくとしてもサラさんの言葉は心強いし頑張れる気持ちになる。
「……そうですね。シャロン家の人間を救い出すことは今一番やるべきことです。アユムさんの行動を制限されるのが一番最悪な状況ですから、アユムさんのスキルで状況を把握しつつ対応しましょう」
「はい、ありがとうございます」
この場において俺は、このチームの生命線でありこの戦いでなくてはならない存在だから、俺の弱点をなくすために彼女たちが行動しないといけないのは当然と言えば当然と言えてしまうが、だからこそ俺がもっとフローラさまたちをお守りできるように動いていればこうなっていなかったと罪悪感を抱いた。
だが今はそんなことを抱いている場合ではなく、一刻も早くこの戦いを終わらせることだけを考える。今、俺はこんな状況にした不甲斐ない自分がいることに腹を立てているが、それも何とか抑えて冷静になろうとする。
「ッ⁉ マジか」
「どうしましたか? アユムさん」
俺の思わず放った言葉にサラさんが反応した。だが、ここで迎え撃った方が良い敵だと思い、俺はその場で止まって、三人をおろした。
「誰が来ましたか?」
「ラフォンさんです」
「……なるほど、あちらも切り札をきってきましたか」
俺が何も言わなくてもサルモンさんは理解してくれ、俺に聞いてきた。そして俺は今全速力で来ているラフォンさんの存在を伝えた。
「ここで迎え撃ちます。厄介な敵は早めに制圧しておきましょう」
俺はそう言って前に出ながらクラウ・ソラスを取り出した。来たのがラフォンさん一人だから、サラさんたちに何かをしてもらう必要はない。
そして俺の前にたどり着いたのは、俺に一度も向けたことのない冷徹な瞳で俺たちを見ているフロリーヌ・ラフォンさんの姿だった。思えば、ラフォンさんの弟子になってから戦いは幾度もしてきたが、こういう雰囲気は初めてだ。
「ッ⁉」
会話することなく、ラフォンさんは俺、ではなく俺の背後にいる三人に攻撃をしかけてきたから、俺は驚きながら三人とラフォンさんの間に立ってラフォンさんを蹴りで飛ばした。ラフォンさんは俺に飛ばされたが大勢を整えながら着地してこちらを見てくる。
「随分といやらしい攻撃をしてきますね、ラフォンさん」
俺がラフォンさんに向けてそう言うが、ラフォンさんは鋭い視線のままで答えるつもりはないらしい。この世界で一番やりづらい相手は、もちろんシャロン家の人たちだが、これまで師弟関係として接してきたラフォンさんも十分にやりづらい相手だ。
ラフォンさんはただただ俺を殺すために≪剣舞≫を使って攻撃を仕掛けてきた。俺もそれに対抗するために≪神速無双≫と≪剛力無双≫を四割で使いつつ、≪剣舞≫を使ってラフォンさんと舞うように剣と剣がぶつかり合う。
俺とラフォンさんはこれまで何千、何万以上の剣をぶつけあってきた。だからお互いにお互いのくせを分かっているはずだ。俺は分かっているから十分にラフォンさんの先の手が読めてしまう。だがラフォンさんはそれがないような動きだった。
その差だけで、この戦いにおける優勢が決まってしまっていた。俺はラフォンさんが次に打つであろう手を何となく分かり、それを見越してラフォンさんが反撃できないように俺が押していく。
「くっ……気持ち悪い……」
「それはどうも」
まるで自身のことが分かっているような動きをする俺に対して、やりづらそうに顔をしかめるラフォンさんに手を緩めずに俺はこのまま決めようとする。ラフォンさんを早めに落とせれるのならそれだけでこちらの面倒ごとは消えていく。
「ふっ!」
ラフォンさんの剣を砕こうと≪剛力無双≫を一瞬だけ六割にあげてクラウ・ソラスを振り抜こうとするが、ラフォンさんはそれよりも早く俺から距離を取った。さすがに勢いで行ける相手ではないか。というか今のはどうやって避けれたんだよ。絶対に当てれたと思っていたのに。
「ふぅ……ッ⁉」
俺が呼吸を整えて、再びラフォンさんと距離を詰めようとしたが、その前に俺の背後にラフォンさんが瞬間移動のように現れて俺に斬りかかってきた。俺は≪完全把握≫ですぐに背後に移動してきたことが分かって見ずにクラウ・ソラスで受け止めた。
これはサンダさんも持っていた背後に来るスキルか。ラフォンさんは騎士なのに暗殺者みたいなスキルを持っているとは思わなかった。まぁラフォンさんのスキルを師弟関係のくせに知らなかった俺が悪いんだが。
どんなスキルがあるか分からない以上、これは本当に早めに落とした方がいいと思い、ラフォンさんの剣を弾き飛ばして追撃しようとするが、その前にラフォンさんはスキルか何かでまた俺と距離を取った。
「ここからは加減はナシです。……≪魔力武装≫ッ!」
スキルが分からないから俺はどんな攻撃が来てもいいように白銀の鎧を纏い、ラフォンさんの相手をすることにした。ぶっちゃけ、ラフォンさん相手に手加減ができるほど俺は強くはない。だから、魔力武装をしたらラフォンさんを殺してしまう可能性だってある。
でも今はそれを考えている暇はない。一刻も早くフローラさまの元に向かわないといけない。それが俺の使命だからだ。
「……私が全力を出さないで勝てる相手ではないか」
ぼそりと呟いたラフォンさんの言葉を俺は聞き取っており、これから本番だということが理解できた。今の絶対条件は後ろにいるサラさんたち三人を守りきること。そしてできればラフォンさんの命をとらずに気絶させることを目標にする。
「ッ!?」
クラウ・ソラスを握り直してラフォンさんに攻撃しようとしたが、その前にラフォンさんが目の前にいるのに背後からラフォンさんが攻撃してくるのを≪完全把握≫でわかって少し驚きながらもクラウ・ソラスで受け止めた。
さらに俺の両隣から一瞬にして二人のラフォンさんが俺に攻撃をしようとしてくる。未だにラフォンさんは俺の目の前にいる。
俺は後ろにいるラフォンさんの剣を弾き、左右から来るラフォンさんに対して白銀の盾を取り出して左右の攻撃を受け流してクラウ・ソラスを持っている腕の方にいるラフォンさんを斬りつけようとするが、その前に俺の周りにいるラフォンさんは消えた。
「分身か……?」
目の前にいるラフォンさんは間違いなく本物のラフォンさんだが、俺の周りに突然現れたラフォンさんも本物に近いラフォンさんだった。でも、本物のラフォンさんではないことは≪完全把握≫で理解できていた。
剣術だけではなく、こんなスキルを持っているとは、さすがは七聖剣に選ばれているラフォンさんだ。この調子なら他にもスキルがありそうだが、知っていそうな人に聞いた方がいいな。
「サルモンさん! ラフォンさんのスキルを知っていますか!?」
俺はラフォンさんから目を離さずに後ろにいるサルモンさんにそう聞いた。サルモンさんはこの国のホーリー・パラディンだから俺よりもラフォンさんのことを知っているだろう。弟子の俺が知らないという件があるから知らなくても何も言えないが。
「……あなた、フロリーヌ・ラフォンの弟子ではありませんでしたか?」
「……まぁ、そういうこともありますよね?」
「ありません!」
サルモンさんがどんな顔をしているのか、後ろを見なくてもわかるくらいに声音で判断できた。でもスキルのことを聞くのはマナー違反的な感じだからそれを聞くことはしなかった。といいわけを心の中でするだけに納める。
そしてラフォンさんは敵である俺たちのことを待ってくれるわけがなく、今度はラフォンさん自身が俺が見えない速さ、おそらくはスキルで瞬間移動をして俺の目の前に移動して俺に斬りかかってきた。だが俺はそれをクラウ・ソラスで受け止める。
そこからラフォンさんはスキルで俺の周りを瞬間移動してあらゆる方向から俺に攻撃を仕掛けてくるが、それを≪完全把握≫で把握しながら寸前で受け止めていく。
ラフォンさんの攻撃に集中しながらも、後方から聞こえてくるサルモンさんの声を聞くことも忘れずに耳を傾ける。
「フロリーヌ・ラフォンは≪紅舞の姫君≫を使って一対多を得意とする、ということで知られていますが、実際は≪分身≫と≪スキル領域拡大≫を使ってありとあらゆる場所から分身を出して攻撃する方がフロリーヌ・ラフォンは使っていたはずです。それに今のように≪瞬動≫と≪スキル領域拡大≫で死角からの攻撃も得意としています」
なるほど、やっぱり目に見えない速度で動いているのではなくスキルを使って移動していたのか。これを使えばかなりの強さの敵でも虚を突いて倒すことができるほどにいいスキルだ。
「……よく喋る女だ」
サルモンさんの言葉を同じく耳に入れていたラフォンさんは、忌々しいという感じでチラリとサルモンさんの方に視線を向けたが、サルモンさんに攻撃を割く余裕を出させないようにラフォンさんに≪神速無双≫を一瞬だけ六割にあげて、≪完全把握≫で移動した瞬間に合わせてカウンターを仕掛けた。
「くぅっ……!」
サルモンさんにコンマ数秒でも気を取られていたラフォンさんは俺のカウンターに少しだけ間に合わず、攻撃を受け流せずに後方へとふきとんだ。
「それから≪鬼神化≫があるので気を付けてください!」
「鬼神化? 強そうな名前ですね」
「はい、強いです。フロリーヌ・ラフォンがそれを出す前に倒してください」
サルモンさんの言葉を聞いて俺はやばいということだけは分かった。だからふきとんだラフォンさんに向けて死なない程度に≪出力調整≫をしながら攻撃しようとしたが、≪完全把握≫を展開していたから気が付いてラフォンさんへの追撃をやめて、すぐにサラさんたちの方に方向転換した。
突然俺がこちらに向かってきたことに驚いた表情を浮かべる三人の後ろに現れた人の剣をクラウ・ソラスで受け止めることができた。
「やったと思ったんだけどね」
「自分がこの三人のことを守っていないわけがないですよ」
この状況で一番こちらが不利になるであろう相手である、アドルフ・グロヴレが爽やかな笑みをこちらに向けながら殺意マシマシな剣を向けていた。
あー、たぶん読者よりも知識がない状態になってますね。マジであとで書き直さないといけないということが起こる気しかしません。