131:騎士と薄片の騎士。②
やべぇ……、本当に分からねぇ……。サンダさんの固有スキルを書いているかどうかが分からねぇ。どこを読み返しても書いていなかったけど……、どうなんだ……?
失くした腕が生えてきたまではいいが、体の筋肉が膨れ上がりそれが耐え切れなくなって体のあちこちで血が噴き出ているが、それがたちまち治っていく。
「コウスケ……」
稲田の異形な姿を見ている三木は険しい顔をしている。以前に前野妹は稲田のことを嫌っている声音を出していたが、三木はそうではなかったのかと勝手に判断した。
「アユムさん、これってどうなるんですか?」
「それは分かりませんが、たぶん≪順応≫と≪成長≫が交互に行われているんじゃないんですかね? ≪成長≫で体を成長させて、耐え切れなくなれば≪順応≫でならしていくという作業が行われている気がします」
「それって、すごくまずい状況なんじゃないんですか?」
「はい、すごくやばいです。このままだと結構厄介な敵が出来上がります」
サラさんとの会話の通りになれば、最強の生物が出来上がってしまう。だが、それはあり得ないことだ。たかが≪成長≫と≪順応≫を繰り返したところでその肉体は耐え切れなくなるのがオチだ。それでも厄介な生物が出来上がるのは確かだ。
「自分が処理します。サラさんはここに他の人が来れば自分が気が付いていても教えてください」
「はい、任せてください!」
とにかく稲田をこれ以上放っておくことはできず、サラさんに見張りを任せて稲田を殺すことにした。進化し続けるのは厄介にしても、今殺せば厄介ではない。そう思って前に出ようとしたところで三木に阻まれた。
「どうして前に出る?」
「……やっぱり、殺すの?」
「当たり前だ。あいつはもう人ではない、化け物だ。それを殺さない道理がないだろ」
「……そうだとしても、待ってくれないかしら」
「どうしてだ? あいつのことを家族だと思っているからか?」
「違うわよ。ここまで来てコウスケを許すつもりはないし同情する気もないわ。だけど、彼とは今まで暮らした時間がある。だからせめてもの情けで殺さないようにできないかと思っているわ」
「フン、殺さないとは随分と余裕だな。そんな余裕があるほどお前は強いのか?」
「強くないわよ。だからこれは私からのお願い。そしてこれが稲田への決別の証」
許さない相手をせめてもの情けで殺さないとは随分と甘いと思ってしまった。ここで三木のお願いを聞く必要はないが、稲田は同郷の仲でもある。それにあいつには聞きたいことがあるため生かす選択はアリだと思っている。
「分かった。なるべく殺さないようにするが、保障はできないぞ」
「それで良いわ。……ありがとう、アユム」
「お礼を言われる筋合いはない」
「これが終わればどこかご飯を食べに行きましょう? 今までのことを話したいから」
「そんな仲になったつもりはない」
「ふふっ、勢いで行けると思ったけれど、残念ね」
俺はクラウ・ソラスを持ち、三木はガンバンテインを持って並ぶ。息は合わないと思っているが、さらにこいつが隣にいることは違和感しかない。だが俺が一人で戦うという選択肢はないと三木の横顔が言っている。
「私だけ仲間外れですか⁉」
「……さっきから気になっていたのだけど、声からしてあれってサラちゃんよね? どうしてアユムの鎧を着ているの?」
サラさんが俺と三木が並んでいるのを見て不公平を言ってきた。そのことで三木がサラさんの白銀の鎧のことを聞いてきた。こうなってしまえばサラさんを危険から遠ざけることができなくなった。
「三木、あれは俺のスキルでサラさんに白銀の鎧を着てもらっている。攻撃力と防御力は今の稲田以上の力だ」
「なるほど、そのスキルは便利ね」
「サラさん。最初は危険から遠ざけようとしていましたが、三木がいますからサラさんも一緒に戦うことにしましょう。その鎧を着ていれば基本大丈夫なので」
「はい! 最初からそう言ってくださいよ」
二人の説明をし終え、改めて俺と三木とサラさんが並んだ。ここで心配なのがサラさんがずっと鎧を着ているというところだ。体力の消費が気になるから、何もない時に解除していれば良かったが、安全な場所がない以上そう思っても仕方がないと思った。
「自分が前衛をします。サラさんは三木の近くにいながら、自分の合図で攻撃してきてください」
「はい!」
「三木は適度に俺に合わせろ。できるだろ?」
「ふふっ、任せて」
今も≪成長≫と≪順応≫を続けている稲田の元に俺はクラウ・ソラスを持って一歩でたどり着いた。俺を見た稲田は白い剣を振り上げて振り下ろしてくるが、俺は紙一重で避けて白い剣を本気で折ろうとした。
「……さすがは神器と呼ばれていただけはある」
だが、本気で折ろうとしても白い剣が折ることはできなかった。その代わりに白い剣は稲田の手から離れて吹き飛んだ。その吹き飛んだ白い剣を取りに行こうと稲田が動いたが、その隙を見逃さずに稲田の背中を斬りつけた。
真っ二つにすることができたが、さすがに意気揚々と殺しに行くことはしないため致命傷になる一歩手前くらいの傷の深さにした。そんな傷を受けたにもかかわらず、稲田は≪順応≫で傷を治して俺に素手で攻撃してこようとした。
「三木」
「えぇ」
その稲田の攻撃を軽々と避け、後方にいる三木に合図をしたことで三木は稲田に強力な雷魔法を喰らわせた。
「ああああぁ、ああぁっ!」
そこで止まるかと思ったが、さすがは≪順応≫を使うだけはありすぐに≪順応≫して動き始めた。そして稲田は一目散に飛ばされた白い剣を取りに動き出して白い剣を掴んだ。
「があああああぁぁっ!」
もはや人の言葉を話していないため、獣としか言いようがなかった。その獣は叫びながら自身の体に白い剣の切っ先を向けて突き刺した。そのことにはさすがの俺たちは驚いた。もしかして意識が戻って自殺したのかと思ったが、そうではないことがすぐに知らされる。
「……コウスケ、どうしてそんなことに……」
「アユムさんのクラウ・ソラスも取り込めるのですか? ああいう風に」
「取り込もうと思えば取りこめれると思いますが、取り込んだところで何も良いことはないですよ」
稲田が突き刺した白い剣は稲田の体の中に入っていき、稲田の体は一層大きくなっていく。今までとはスキルの発動速度が違い、急速に≪成長≫と≪順応≫を繰り返している。神器を取り込んだことでスキルの速度を上げているみたいだが、≪完全把握≫で体がボロボロになっていることが分かっている。
「このままいても自滅しそうだな」
「どうにか助けることはできないの?」
「どうやって? 助けたとしても体がボロボロだ。あんな奴に≪自己犠牲≫を使うつもりはないぞ」
「分かっているわ。……でも、そうね。助けられないのなら、誰かを殺す前に殺す方が救いなのかしらね」
「さぁな。そんなもの神さまにでも聞いてみればどうだ?」
「聞けるものなら聞きたいわね」
俺がどうあがいてもあの状態の稲田を助け出すことは不可能だと思っている。だから諦めろと暗に三木に言ったら案外素直に納得してくれた。
「俺が手っ取り早く稲田を片付けます。三木とサラさんはここで待っていてください」
俺はそう言って体がぐちゃぐちゃになりそうな稲田に向けて≪裂空≫と≪剛力無双≫を組み合わせた≪裂空・剛≫を放ち、稲田の頭から股まで縦に斬撃を入れて左右にわかれさせた。普通の人間ならここで死ぬことしかできない。
「……そこまでか」
しかし、稲田は真っ二つになっても動くことをやめずに左右の体が元通りになった。スキルと言えば簡単だが、死んでも生きていられるスキルなんて俺には手に入れることはできない。もしかすれば、あれはすでに死んでいるのかもしれないと思った。
「がああぁっ!」
「早いッ」
体を合わせた稲田は俺に攻撃するために距離を詰めてきたが、その速度が今までの稲田とは比べ物にならないくらいの速度だった。これはサラさんが鎧を付けて同等の速さだと思った。
俺は稲田の拳をクラウ・ソラスで受け止めるが、速さと同じで力もとてつもなく上がっている。今の稲田は騎士王決定戦の時に戦ったカスペール家の騎士と同じくらいの実力を持っている。その時の俺は≪魔力武装≫をしないといけなかったが、今の俺は素の力が高くなっているためそこまでする必要はない。
ただ今のアンジェ王国の状況を解決するためには早々に稲田に退場してもらわないといけない。だからここは≪魔力武装≫をする必要がある。探す時も≪魔力武装≫を使用して探すことにした方が早く見つかる。それくらい時間をかけすぎている。
今のところサルモンさんから変わった動きはないから、未だに見つけていないのだと考える。サルモンさん一人だけに探させるわけにもいけない。そう考えて稲田を弾き飛ばして後ろに下がらせたところで言葉を口にする。
「≪魔力武装≫」
白銀の光が辺りを照らし、その光が収束していくと俺は白銀の鎧を纏っていた。いつも通りなことでこの鎧を纏うと調子が良くなるが、いつも通りと言うには若干違うと思った。よく理解できていないが、根本的な部分で全く違っているような、そんな不確定な感覚だった。
「ああああぁぁっ! テン、リュウジぃぃぃっ!」
「理性がなくなっても、俺の名前を呼ぶのか?」
白銀の光を受けた稲田はそう叫びながら再び俺に突っ込んできた。その際に俺の名前を呼んでいるが、女好きな稲田には考えられない言葉だと思った。本能で俺の名前を呼んでいるとは信じられない。
「ああああぁっ!」
「一瞬でケリをつける」
拳を振り上げた稲田に俺は殺す気で左わきから右肩にかけて左切上げを放ったことで、稲田の胴体は斜めに斬られた。綺麗に切り裂いたためすぐにでも胴体が地面に落ちて行くと思ったが、落ちずに稲田は俺に拳を振り下ろしてきた。
回復したのかと思った俺はそれを避け、今度は右わきから左肩にかけて右切上げを放ち、今度はそれだけでは終わらずに腹を横に斬り、縦に真っ二つに斬り、至る所を切り裂いていく。スキルを使えば早い話だが、少しだけ近くで見たかったこともあり斬った後の稲田の体の様子を見た。
「……うそ、だろ?」
稲田の斬れた体の中を観察しているとある物が目に入って俺は固まってしまったが、すぐに傷はふさがり稲田は俺に攻撃してきた。それを俺はサラさんと三木がいる場所に移動して避けた。
「どうしたの? 一瞬固まったように見えたけど」
俺が近くに戻ってきてさっきまで俺の姿を見ていたらしい三木が話しかけてきた。しかし俺はあの光景を見てしまったから驚きがまだ続いている。
「……近くで稲田の体内を見た」
「何かあったの?」
「何かどころの話じゃないぞ、あれは」
「聞かせてくれるかしら?」
「……稲田の内臓や骨、至る所に、おそらく白銀の仁器や深紅の仁器の欠片が埋め込まれている。それも数個だけじゃなくて数十個単位でだ」
稲田の大きく斬れた傷口から体内を確認したが、おびただしい量の欠片が癒着していて驚いてしまった。だがここまでしているのだから人間を捨ててしまっているのにも納得できる。そして体のどこに白い剣があるのか不思議で仕方がないが、今は置いておくことにした。
俺や前野妹みたいな適応者なら体内に取り込んでも問題がないところを、俺と同じようにクラウ・ソラスに適応しているからここまで力を引き出すことができるのだろうと考えた。
「……そう。ならなおさらのこと倒さないといけないわね。それにコウスケをあんな姿にした人のことも気になるわ」
「神器を使って悪さをしている奴らがいることは確かだ。とにかく、コウスケを始末しないことには終わらない」
「そうね……」
少しだけ憐みの目を稲田に向けた三木だが、すぐに表情を真剣なものにした。今、言ったように稲田を殺さないことには何も終わらない。だから稲田を≪順応≫や≪成長≫で回復できないほどの傷を負わせないといけないと思った。
何度も≪順応≫と≪成長≫ができるとしても、その体が追い付いていなければ意味がない。それに一瞬で木っ端みじんにすればスキルを使用することもできない。
「俺がすぐに――」
「助けに来たよ、コウスケくん!」
俺がすぐに終わらせるから、と言おうとした時に稲田の後方から冒険者の集団が来ているのが分かった。しかも先頭にいて声をかけたのが神器フラガラッハの所有者、サンダさんであった。
「珍しく苦戦しているようだから、こんな時くらいは手伝うよ?」
稲田が豹変しているのにサンダさんは稲田の隣に立ってウインクしながらそう言った。それを見た俺は死にたいのかと思ったが、これも洗脳みたいなものが関係しているのではないかと思った。そして他の女性冒険者たちも稲田の近くに向かったその時だった。
「ああああああぁぁぁっ!」
「えっ――」
近くにいた女性冒険者に向かって稲田が拳をなぎ払って女性冒険者を吹き飛ばした。そのことで冒険者の誰も彼もが驚いて動けずにいたが、それで止まる今の稲田ではない。再び周りにいる冒険者をなぎ払おうとしている。
「ッ! 三木、サラさん! 稲田は自分が違う場所に移動します! 二人は冒険者たちをお願いします!」
「分かったわ!」
「分かりました!」
今のアンジェ王国は兵士がほとんどおらず、国にいる冒険者たちで周りのモンスターたちの処理を行っている。俺だけでもできるが、それだと必ずどこかで限界が来る。ここで冒険者たちを多くダウンさせることは控えめに言ってもまずい状況だ。
だから俺は三木とサラさんにそう伝えて冒険者に攻撃しようとしている稲田の腕を≪一閃≫で斬り落として動けないでいる冒険者たちの間を縫って行き、稲田の首を掴んで跳び上がる。それに抵抗している稲田だが、その前に少し離れた場所で稲田を放り捨てた。
三木とサラさんに何かあってもすぐに対処できて、なおかつサラさんが俺の≪自己スキル領域≫から外れることはない。
「もう終わりにするぞ、稲田」
「ああああぁぁ……」
「そんな姿でも、まだ俺を殺そうとしているのか?」
稲田は俺の方を向いて本能で殺気を放ってきているが、俺はそれに何も感じない。さすがに元の世界のよしみでこれ以上の醜態をさらし続けることは放ってはおけないと思った。
一撃で木っ端みじんにすることは可能だが、それだと白銀や深紅の欠片も木っ端みじんになりそうだが、今はそう言っていられる状況ではない。仁器の欠片だとしても、俺が必要としているわけではないから良いと考えた。前野妹がどうかは知ったことではない。
「がああああぁっ!」
「……≪一閃・瞬粉≫」
こちらによだれを垂らして焦点の合わない目で走ってきている稲田に向け、≪一閃≫と≪剛力無双≫を合わせた技で稲田の体を一瞬で斬り刻まれ、その場には細かくなった肉片と血液しか残らず地面に鈍い音を立てて落ちている。
「……次だ」
さすがにこれをして元に戻ることはないと思っている。これで元に戻ればもう倒す術はないと思って良い。そう思いながらサンダさんたち冒険者の相手をしているサラさんたちの元に向かおうとした。
「ッ⁉ ……どうしろって、言うんだよ」
ずっと≪完全把握≫を使っていたため、俺が稲田を粉々にした時に稲田の命が完全に失われたことは感じていた。だが、今俺の目の前にいる粉々になった稲田だった物は瞬く間に形を成して稲田として復活した。
それを見た俺はどうすれば良いのか分からなかった。殺しても殺せない相手なんか先日の魔導書で十分なのに、稲田まで来るとは思わなかった。それに魔導書の時は解決策は分かっていたが、今回は解決策が思いついていない。
「あぁああぁっ……あああぁ……」
「……やるしかないか」
再生して様子がおかしくもこちらに歩いてきている稲田に俺はどうするかを考えた。今俺がこいつを殺すことができる方法の一つが、≪魔力解放≫の二撃目で絶対に殺すことができる技だ。ここで使うのは俺の体がもたないが、それでもこいつをここで倒せないでいるよりはましだと思った。
「……刮目せよ、燦爛たる魂を――」
俺が≪魔力解放≫の言葉を口にして白銀の鎧が光り始めたが、クラウ・ソラスの奥底にある何かが蠢いていることを把握しながらも言葉を続けようとすると、意思がない稲田に異変が起きたことで言葉を止めた。
「あぁ……あぁっ……あぁぁっ……ああああぁぁぁぁっ‼」
そう言って叫び始めた稲田の体は膨らみ始め、そして体は耐え切れずに破裂した。俺の方に血が飛んできそうだったため後ろに下がって血を避けて、稲田がいた場所は血の海になっている。その中には今までどこにあったのか分からなかった白い剣が出現した。
だがその白い剣はどこかの誰かが魔法か何かを使ったことで、ひとりでに浮き始めてその場から姿を消した。今の≪完全把握≫では追跡することは不可能だった。
色々なことが起こって、何が起こっているのか分からないが、とりあえず稲田の気配が全くしなくなったのは確かで時間を喰ってしまったと思いながら今度こそサラさんの元に向かおうとする。
「……次から次へと……!」
稲田の血の海から、俺が稲田の体内で見た欠片がいくつも浮かび上がってきた。その欠片は俺の方に向けて飛んできた、というより俺に引き寄せられている感じがした。
その向かってきた得体の知れない欠片を危険だと感じて避けようとするが、俺の反応よりも早く白銀の鎧に欠片がぶつかったことで白銀と深紅の欠片は鎧に溶け込んでいく。次々と溶け込んでいる中でクラウ・ソラスの力が増幅していることを感じているものの、すべての欠片が俺の鎧に溶け込むと増幅していた力が元に戻った。
「……行くか」
何が起こっているのか分からないが、気になることは後回しにして少し状況が悪いサラさんたちの元に向かった。