124:騎士と没落貴族の少女。⑤
毎度誤字脱字報告ありがとうございます。こんなにも誤字脱字をしているのかと恥ずかしくなります。さらに評価者数が百人を超えました、ありがとうございます。
今回でサラさんとの冒険を一区切りつけようとしたのですが、終わりませんでした。
赤い毛に覆われて大きなくちばしを持った巨大な鳥、ブレスバードもこちらを認識して向かってきている。ブレスバードは、口から五属性のブレスを吐くことができるAランクの魔物だと聞いた。こいつは俺が元々討伐しようとしていた魔物であったが、ティラノワームとサラさんとの戦いの音でこちらに来たのだろうと判断した。
「グギャアアアアアッ!」
ブレスバードは奇妙な叫び声を上げながら口から炎をあふれ出した。さっきのスラッシュベアーは単純な戦闘力でAランクであるが、ブレスバードは確実に特殊性によりAランクにランク付けされていると判断した。
そしてブレスバードの口から勢いよく炎が吐き出され、俺とサラさんの元に来た。俺は白銀の盾を取り出して、スキル≪絶対防御≫を使って防いだ。炎は数十秒ほど勢いよく放出されていたが、ブレスバードは途中で止めた。
「グギギギギッ!」
次に何をするのかと思ったら、今度はブレスバードから突風が吹き荒れた。俺はこの風が害を与えるものだといけないと思い、クラウ・ソラスを振り下ろして突風を押し返した。俺から突風を受けたブレスバードはバランスを崩れそうになったが、何とか持ちこたえた。
「ギャアアアアアアアアッ!」
俺からの風を受けたブレスバードは怒りの血相で叫んでいる。今のサラさんは疲れ切っている状態ではあるためブレスバードとの戦いを見ることをしなくても良いと思ったが、見るだけならば休憩がてらできると考えた。
「サラさん。余裕があればで良いのですが、ブレスバードとの戦いを見ていてください。今回の相手は単純な戦闘力ではなく、特殊性でAランクに指定された魔物です」
俺が疲れの色が見えるサラさんに強制はせずに戦闘を見るように言った。サラさんを見て疲れているから無理かと思ったが、サラさんは頷いた。
「はい、絶対に見ておきます。私は得られるものはすべて得るつもりなので、アユムさんとAランクの戦い、このAランクの魔物がどういう風に動くのか目に焼き付けます」
「分かりました。ですが、疲れていればこちらを見ずに休憩を取ってください」
サラさんの回答に頷いてブレスバードを一撃で倒すのではなく見せるような戦いに変更した。そして俺は飛んでいるブレスバードの元へと走り出そうとしたが、その瞬間にブレスバードが何かを吐き出そうとしてきた。俺は一旦止まって様子を見る。
「うん?」
ブレスバードが吐き出してきたのは数個の氷塊であった。俺はそのことに驚いたが、冷静に氷塊をクラウ・ソラスで砕いて考え始める。
火・水・風・土・雷の五属性以外のブレスと言う名の固体を吐き出してきたため、俺は多少驚いた。しかし、水から氷を作ることができないわけではないことを考慮すれば、五属性に派生する属性も使うことができると思った。
「なるほどね」
何が来ようとも、スラッシュベアーのように威力もないため受け負けることはない。しかしサラさんはそうではないため、どうやって戦うかも考えてもらわなければならないと思った。
俺は色々なブレスが来ることを考慮した上で再びブレスバードに走り始めた。すでに俺の射程にブレスバードが入っているが、被害が及ばないように少しだけサラさんから離れる。
その間にブレスバードが今さっき吐いてきた氷塊や、炎の息、雷など様々な種類の属性のブレスや塊を一度に吐き出してきた。一度に吐き出してきたが、雷が一番早く来たりと一度にすべてが来るわけではないため、こちらの動きを止めるつもりでいるのだと判断した。
俺がこれらを避ければ、サラさんに少しばかり被害が及ぶかもしれないためそれらすべてをクラウ・ソラスで打ち砕いた。色々な属性の攻撃をしてくるが、圧倒的に威力が足りなすぎると感じた。
もうそろそろでブレスバードの元に向かおうかと思いながら、吐き出される属性攻撃を打ち消しているとブレスバードはこれまでにないほどの、すべての属性を吐き出しているのではないかと思うくらい大量の属性攻撃を放ってきた。
「来たか」
吐ききったブレスバードは、俺を倒す一手として急降下してきて低空飛行で俺にくちばしを向けてそれなりの速さで突進してきた。ここまで俺にすべての攻撃を無効化されたのだから、次の一手を打たないわけがない。
時間がかかりすぎる戦い方だが、飛んでいる敵が遠距離攻撃を向けてきてそれが効かないと相手が思ってくれたのなら、こういう風に接近戦を挑んでくる可能性が出てくる。それは魔物の頭脳があればの前提であるが。自身の強みを捨てるということは、余程のバカか接近戦に自信のある二通りだ。
「ギ、ギャアアアアアアアッ!」
甲高い奇声をあげてこちらに向かってくるブレスバードは、おそらくは前者と判断できる。目でとらえきれないほどの突進ではなく、サラさんでも辛うじて反応できるくらいの速度だ。ブレスバードに他の攻撃手段があるのかと頭の片隅に置きながら、俺はブレスバードをクラウ・ソラスで受け止める。
ブレスバードのくちばしとクラウ・ソラスが衝突した時に衝撃が少し出たが、俺はブレスバードのくちばしを完全に受け止めている。これからブレスバードがどうするのかと思ったその時、ブレスバードは俺が近くにいる状態で炎を口から吐き出そうとしている。
「そう来たか」
相手からすればクラウ・ソラスが塞がっており、絶好の攻撃チャンスだ。しかし、所詮は魔物の浅知恵と言えば良いのか、俺はブレスバードを腕力だけで後方に吹き飛ばした。ブレスバードは飛ばされて姿勢を崩しながらも炎を放ってきた。
それをクラウ・ソラスを一振りして消し飛ばし、身動きが取れていないブレスバードのすぐそばに一歩で近づいた。ブレスバードの動きや、属性攻撃をふんだんにサラさんに見せれたと判断したため、俺はブレスバードを討伐することにした。
これをサラさんが見ているのかと思って少しだけサラさんの方を見ると、疲れていることなど関係なしにこちらを見ていた。
俺はブレスバードの方に視線を戻し、眼前にいるブレスバードの腹に狙いを定める。今にも体勢を元に戻そうとしているブレスバードの腹に、俺はクラウ・ソラスを振り切った。
「ギャアアアアアアアッ!」
胴体を斬られ血を噴き出させて悲鳴を上げるブレスバードは、この場から逃げようとしている。俺は一度地面に降り、もう一度ブレスバードに向けて空へと跳び、今度はブレスバードの胴体を真っ二つにする勢いで切り裂いた。
「ギ、ギャ、ガ、ガ・・・・・・」
俺に胴体を斜めに真っ二つにされたブレスバードは、息絶えながら地面へと落下した。≪完全把握≫で確認するまでもないが、ブレスバードの討伐を確認した。そしてクラウ・ソラスを消して休憩、はしていないサラさんのところに戻った。
「しっかりと見ていたようですね、サラさん」
「はい、しっかりと観察しました」
多少、サラさんの顔には疲労の色が見えるものの、かなり回復した様子だ。朝聞いた体力の回復が早いというのは早いという言葉を思い出して納得した。
「ティラノワームに続いてブレスバードとの戦いでゴタゴタしましたから、少しだけ落ち着きましょう」
「はい、さすがにお言葉に甘えます」
それなりに回復しているとは言え、また次の戦いに向かうことは時間に追われているようで酷な話だ。少しは休憩を入れても時間的に何も問題ない。
「残りはどの魔物が残っているのですか?」
近くにあった丁度いい大きな石の上に二人で並んで座り、落ち着いているとサラさんが魔物のことについて俺に質問してきた。
「ブラッドスネークとスニークウルフの二体ですね」
「どちらもAランクの魔物なんですか?」
「ブラッドスネークは単体でAランクですが、スニークウルフは単体でならBランクです。スニークウルフについては、常に集団で動いている魔物です。一体で数えるのではなく集団を一としてAランクとなっています」
「・・・・・・あの、その二体のうち、どちらか私が手伝える方はありませんか?」
サラさんは俺に遠慮がちに手伝えるかどうかを聞いてきた。こういうサラさんを見ていると、自分から進んで仕事を受けるサラリーマンがこんな感じなのかと思いながら、少し考えてサラさんに答える。
「・・・・・・ブラッドスネークの方は難しいかもしれませんが、スニークウルフならどうにかなるかもしれません」
「本当ですか⁉」
「はい。スニークウルフは集団でAランク、単体ではBランクですが、森などの障害物が多い場所を生息地としていることでその機動力と隠密性を最大限に活かし、Bランクになっているそうです。要は、生息地を障害物のない場所にしてしまえば、スニークウルフの強みの一つは消すことができます。機動力の方は残っていますが、そこら辺はスニークウルフを見てみないと分かりませんが、やるのならスニークウルフですね」
ブラッドスネークの方は話を聞いた限り、サラさんが介入するのは無理だと判断したが、スニークウルフの方はサラさんに言った通りだ。スニークウルフがいる場所は地図で森林だと分かっているから、森林を吹き飛ばせば、ただのウルフになるはずだと浅知恵を働かせてみた。
「分かりました。それではスニークウルフの方を手伝わせてください」
「お願いします、と言いたいところですが、スニークウルフがどんなものかこの目で見たことがないので、見てからですね」
さっきのサラさんの動きを見れば、大丈夫だとは思うが、ティラノワームがあまり参考にならなかった。だが、ある程度の動きは分かっているからカバーに入れる。
「そろそろで向かいましょう。まずはブラッドスネークから討伐します」
「はい、しっかりと見ておきます」
俺とサラさんは立ち上がり、≪完全把握≫で確認済みのブラッドスネークがいる場所に向けて走り出した。ブラッドスネークはここから北におり、冒険者ギルドの地図には岩場と記されていた。
サラさんが相手にしたティラノワームを中央に、南にスラッシュベアー、東にブレスバード、北にブラッドスネーク、西にスニークウルフがいる図になっている。これを考えれば、ティラノワームを相手にしようとしても、行こうにも行けない場所だということが分かる。
だが、魔物同士の距離が開いているとは言え、魔物同士が干渉し合わないことに対して不思議に思った。ここに住み着いたのはここ最近で、近くに魔物がいれば気にするはずだ。魔物という括りは人間が行っているだけで、近所に別の種がいるなら攻撃してもおかしくはないと思う。
今ここで考えても仕方がないため、俺はサラさんが追い付ける速さで走りながら≪完全把握≫で取得した情報を整理しつつ周りに危険な魔物がいないかを確認していく。さらにサラさんにブラッドスネークの詳細を説明しておく。
「ブラッドスネークは岩に擬態して獲物を長い身体で囲んできます。自分がいますから大丈夫ですが、頭に入れておいてください」
「いることが分からなかったら、知らない間に食べられるということですよね。・・・・・・私もアユムさんのように魔物を感知する方法を手に入れなければいけない気がします」
「後々は必要になってくると思いますが、今は実践と訓練をして地力を上げていくことだけを考えましょう。もしかすると、その間にそういう方法が手に入るかもしれません」
俺のような≪完全把握≫がなければ、確かに魔物の居場所は正確に分からない。だが、実践を積んでいく上で感知するスキルが必要となるわけではない。ラフォンさんのような強者は感知する方法を持っていないが、それに近しい実践で培った感覚を持っている。
スキルを得られなくとも、この感覚を磨けば俺のようなスキルと限りなく同じようなことはできるとラフォンさんから聞いた。これを今サラさんに言えば、サラさんはそれを気にしすぎると考えられるため、これは後になって言うことにした。
「・・・・・・どうしたものか」
「どうしましたか?」
俺が走りながらサラさんのことについて考え事をして少し口に出たことで、走りながらサラさんは俺の横に並んできた。
「いや、サラさんにAランクの魔物との戦いを見てもらうのは良いのですが、遠くから見るのだとあまり迫力が伝わらないのかと思っただけです」
「いやいやいや、遠くからでも十分に迫力は伝わっていますよ。あれで伝わっていないわけがないです」
「ですが、一度も近くで見ていないのですから、十分に迫力が伝わっていると言い切れますか?」
「・・・・・・確かに、そう言われてみれば、そうですね」
俺の言葉にサラさんは納得したように頷いていた。そして、俺は危険ではないが傍から見れば危険だと言われるであろう提案をサラさんに口にした。
「サラさん、自分が抱きかかえていますので、Aランクの魔物との戦いを近くで見てみませんか?」
「えっ?」
「もちろん、サラさんの安全は絶対に保障します。ですが一度だけAランクの魔物との戦いを近くで見ていた方がためになると思ったのですが、どうでしょうか? これは強制ではないので、断ってもらっても大丈夫です。サラさんの意見を尊重します」
サラさんに怖い思いをあまりさせたくないが、一度だけ近くで見ていた方が、もっと轟音や魔物の迫力、どういう目線で戦っているのか、それを経験できる。だが、遠くからでもAランクの魔物の動きを確認できているため、必要か不必要かで言われれば、不必要だと言わざるを得ない。
「やります。Aランクの魔物との戦いを近くで見たいですっ」
俺とサラさんは一旦止まり、サラさんは少し考えた後にやると答えてくれた。サラさんが考えている間に少しだけこの質問をしたことに後悔していたが、安心した。
「分かりました。それではブラッドスネークのいる場所の近くになったらサラさんを抱きかかえるようにしましょう。サラさんには少しのかすり傷もつけませんから、そこは安心してください」
「アユムさんなのでそこは心配していませんよ。ただ、私が遠くで見ていたあの迫力に耐えられるかどうかを考えていただけです。ですが、それもアユムさんがいるので大丈夫だと甘い考えで判断しただけです。こんな機会を与えてもらって、本当にありがとうございます」
「いえ、自分も急にこんなことを言いだしてすみません。これが何の得になるのかは、あまり自分でも分かりませんが、経験にはなるはずです。一緒に頑張りましょう」
「はいっ!」
俺とサラさんは頷き合って再びブラッドスネークの元に走り始めた。この経験で何かになるかは分からないが、俺のように何も分からない状態で最強の魔物と戦わされてから他の魔物との戦いにさほど恐怖を覚えなかった、という前例はある。それが良いか悪いかは、俺にも分からないが。