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123:騎士と没落貴族の少女。④

誤字報告ありがとうございます。あと、何か更新していない時にも評価とかブックマークが増えて嬉しいです。ありがとうございます。

 休憩が終わり走り始め、今回は俺が先頭で走っていた。ここからティラノワームの方に走って行くと先に出会う魔物は、俺が相手にするAランクの魔物、スラッシュベアーだ。巨大な身体に鋭い爪、そして巨大にもかかわらず素早い動きが特徴的で、鋭い爪は鎧を紙のように切り裂くことで有名だと聞いた。


 このスラッシュベアーについては、サラさんに介入してもらうわけにはいかない。Aランク魔物を相手にするほど、サラさんはまだ強くない。今はこの魔物がどういう存在なのかを確認してもらうだけで十分だ。


「最初に遭遇する魔物、スラッシュベアーは自分が相手をしますが、なるべくサラさんが見えるように戦います。サラさんはそれを見ておいてください」

「私が見えるように?」

「はい。今のサラさんが無理でも、よくよくはAランクの魔物と戦うことになると思います。ですから、Aランクの魔物がどれくらいのものか確認しておいてください。今回はそれだけで十分です」

「分かりました、目に焼き付けておきますね」


 Aランクの魔物なら、俺は一瞬で簡単に倒すことができる。だが、それだとサラさんにAランクの魔物がどれほどのものか見せることができないため、サラさんが見えるスピードで倒す必要がある。


「それと、自分が指示した場所より前に出ないでください。万が一にもありませんが、一対一の戦いを見せたいので」

「はい、そちらも分かりました」


 俺が先頭で走っているとは言え、サラさんの胸当てに魔力を流した状態でのペースに合わせて走っていると、段々とスラッシュベアーの気配が近づいてきているのが分かる。それに、サラさんの魔力を纏っている状態もそれなりに良い状態に見える。


「そろそろで見えてきます。気を引き締めてください」

「はいッ!」


 俺の問いかけにも普通に答えることができているサラさんは、胸当てに魔力を流し込むことをそれなりにできている。早くもものにできているサラさんに感心しながらも、目視できた魔物に集中する。


 茶色の毛を纏った五メートルを超える巨大な身体に、遠くからでも分かる鋭い爪が見える。これが間違いなくスラッシュベアーだと理解した。目視できて、しばらくして止まってサラさんの方を向いた。


「ここからなら大丈夫です。十分に見えるはずなので、ここで見ていてください」

「はい、お気をつけて」


 俺はサラさんにそう言われて頷き、スラッシュベアーの元へと走り出す。走っている時にクラウ・ソラスを出現させた。すると、俺の気配に気が付いたスラッシュベアーがこちらを見て大きな叫びと共に殺気を浴びせてきた。


「ガアアアアッ!」


 その叫びは大地を震わせ、俺の身体にもその振動が伝わってくる。だが、それでも俺は止まることなくスラッシュベアーに走って行く。俺が動じることなく向かっているため、スラッシュベアーも俺の方に四足歩行で突進のように向かってきた。


 そしてスラッシュベアーの攻撃範囲に俺が入ると、スラッシュベアーは大きく鋭い爪を振り上げて俺に振り下ろしてきた。俺はギリギリ当たらないようにスピードを一気に殺して横に移動した。スラッシュベアーの爪は地面に深々と刺さり、それがどれほどの切れ味と威力なのかを認識させられる。


「ガアアアアアアアッ!」


 さらにスラッシュベアーはもう片方の爪で俺に攻撃してこようとした。しかし、それも紙一重でかわして、繰り返し行われる爪の攻撃を何度も同じように避けていく。


 こいつを倒すだけなら、スラッシュベアーの攻撃範囲に入る前に遠距離から倒すことは可能だが、こいつの速度や攻撃をサラさんに見せるのならこうして避けていく方が良い。避けている最中にサラさんの方を見るとサラさんはこちらを食い入るように見ていた。


「ガアァッ!」


 避けられていることに焦燥感を滲み出しているスラッシュベアーは、攻撃が大雑把になり隙だらけになっているのが丸わかりだった。俺は一度スラッシュベアーの爪を弾きバランスを崩して一旦距離を取った。


 魔物のランク付けは純粋な戦闘力と他の魔物にはない特殊性の二つを考慮して付けられ、Aランクのスラッシュベアーは単純な戦闘力によってAランクの魔物としてランク付けされている。そのため、クラウ・ソラスのおかげで得た強大な戦闘力が上回っていれば恐れるほどではない。


 こういう純粋な戦闘力だけの魔物なら、サラさんでも相手取ることができるかもしれないと思っていると、スラッシュベアーは飛びかかって襲ってきた。俺は再び避けるが、それを予測していたのか次に爪の攻撃を仕掛けてきた。


 それを避けるために少し遠くに移動すると、一瞬で俺の位置を把握したスラッシュベアーが一秒もせずに襲い掛かってきた。最初よりも速度が上がっていることに気が付いた俺は、また少し遠くの位置に移動する。するとまたスラッシュベアーは俺をすぐに見つけて襲ってきた。


「これは、知れて良かった」


 スラッシュベアーがスロースターターだということが分かり、サラさんにスラッシュベアーと戦ってもらう時があったらこれを知らずに戦ってもらっていたら痛い目にあったかもしれないが、俺がいるから大丈夫だと思った。


「ふっ」

「ガアアアアッ!」


 もう十分だと思い、俺はスラッシュベアーの爪を弾き、スラッシュベアーの胴体を逆袈裟で切り裂いた。切り裂いた傷口は深く、内臓まで届いている感じで血が勢いよく噴き出してきた。そのため、俺は血が届かない場所まで移動してスラッシュベアーの様子を見る。


「ガアァァ・・・・・・」


 致命傷なはずだが、スラッシュベアーは最後まで俺に殺気を送り続けてきたが、ついに息絶えた。普通の生物なら即死レベルの攻撃だったはずだが、Aランクの魔物だけあって、生命力は凄まじいものを感じた。


「Aランクの魔物との戦いを見てどうでしたか?」


 俺が指定した場所でずっと待っていたサラさんの元へと戻り、先ほどの戦いがどうだったかをサラさんに聞いた。鍛え始めて最初の方だから、見えなかったとかでも問題ない。ただ、問題なのはスラッシュベアーとの戦いを傍から見て恐怖を抱いてしまい、戦いを恐れてしまうことが一番問題だ。


「何だか・・・・・・、アユムさんの動きとあの魔物の動きが早くて目で追いつくのがやっとでした。私はあんな動きをできるようになるのでしょうか?」


 サラさんの言葉を聞き、俺は一安心した。間近で魔物の脅威を知った上でその発言ができるということは、魔物と戦う時に怯むことはない。恐怖は大切だが、今は向上心があればいいと思った。


「大丈夫ですよ、動きが見えてさえいれば。今は動きについてこれなくても、鍛えていくにつれてあの動きについてこれるようになります。それに、今のサラさんが、自分が戦っている場所との差を認識してくれればそれで良いです」

「それで、良いのでしょうか? ・・・・・・私があのスラッシュベアーと戦えるようになるくらい強くなった姿が思い浮かびません」


 サラさんは恐怖は抱かなかったようだが、不安そうな顔をしている。


「サラさんはどうして強くなるんでしたっけ?」

「どうして・・・・・・、それはアユムさんの隣に立って一緒に戦うためです」

「そうですね。その隣に立って戦うことが難しいと、自分が超巨大モンスターと戦った時から分かっていたはずです。ですが、それでもサラさんは自分の隣に立つと言いました。さっきの戦いを見ただけで自信を無くすほどの、そんなに軽い言葉だったのですか?」

「ち、違います! 私はそんな覚悟で言っていたのではありません!」

「それなら問題ないですね。その想いさえあれば強くなれますよ」


 恐怖以前の問題のやる気と向上心、これさえあればあとはラフォンさんが何とかしてくれるはずだ。俺は人に教えるほどのことはできないため、サラさんの傍にいてサラさんを見守りつつ実戦を積んでもらうことしかできない。


「それじゃあ行きましょう。今度はサラさんの番です、心の準備は良いですか?」

「ふぅ・・・・・・すぅ・・・・・・、はい、大丈夫です」


 サラさんに大丈夫かと確認すると、深呼吸をして大丈夫だと答えたが、少しだけ緊張している面持ちであるが、これくらいなら心配ないと感じた。


「実戦ですが、恐れずに行ってください。そのために自分がいます。それから、戦闘で鎧に流し込む魔力が安定しなければすぐに鎧を介さずに魔力を纏う方法に切り替えた方が良いと思います。ですが、失敗しても自分がいますからそこら辺も不安にならずに向かってください。今回は魔物を倒すというよりかは魔物と戦うことを意識しましょう」

「はいッ!」


 気合が入った良い返事をしてくれたサラさんだが、俺がサラさんに戦闘前に言えることはこれくらいしかなく、俺が待機しているとしても不安に感じるかもしれないと思った。俺が完璧な騎士なら、それくらいの不安もなかったのかと思った。


「ティラノワームはあっちにいます。向かいましょう」

「はい、サポートお願いしますッ!」


 サラさんは胸当てに魔力を流し込み、全身に魔力を纏わせて俺が示したティラノワームの元へと走り始めた。さっきよりも胸当てに流し込む魔力が安定しているように見える。ここまで短時間で安定するのかと感心した。


 そうしてサラさんのことを観察しながらサラさんの横を同じ速度で走っていると、段々とティラノワームの近くまで来ているのが分かる。サラさんは先ほどよりも調子がいいように見え、これならもしかするとティラノワームを倒せるかもしれないと少し思った。


「見えてきました」


 走っていると遠くからでも分かるくらいの薄茶色の巨体で、ミミズのような柔らかそうな身体に頭の方には口しかついておらず、特徴的な口からは立派な歯が見える。そして十分に近づいたくらいでサラさんは俺の方に顔を向けたため、俺は行っても良いかという意図を理解して頷いた。


「行きますッ」


 サラさんはそう言ってティラノワームに向かっていき、俺はサラさんから少し離れた。サラさんはティラノワームに近づいて行くが、サラさんの足音の振動に気が付いたのか、ティラノワームはサラさんの方を向いた。


 ティラノワームはサラさんが出した音の方にめがけて口を大きく開けて頭から突っ込んでいった。しかし、サラさんはすでにそこにはおらずティラノワームの攻撃は意味がなく終わる。地面に突っ込んだティラノワームは土を口にしただけで、それが土だと分かり吐き出した。


 サラさんは音を出さないようにティラノワームの背後に回り込み、ティラノワームはサラさんがどこにいるのか分かっていない。気が付いていないティラノワームの背後にサラさんは立ち、魔力を纏った状態でティラノワームの背中を殴った。


「ッ⁉」


 だが、サラさんの攻撃はティラノワームには効いておらず逆にティラノワームにサラさんの居場所を教える結果となった。ティラノワームはすぐにサラさんの方を向いてサラさんを食べようとするが、動きが遅いため動揺の顔を浮かべていたサラさんでもすぐにその場から離れることができた。


 何かを考えたサラさんは、すぐに次の攻撃に移した。またサラさんの場所を見失っているティラノワームの背後に立ち、再びティラノワームを殴ったが、効果がなく、ティラノワームがサラさんの方を向いたところでまたその背後に立ち殴るを繰り返していった。


「ふぅぅぅぅっ・・・・・・」


 しばらく続いたところで少し疲労が見えるサラさんは攻撃をやめてティラノワームから距離を置いた。ティラノワームはすでに至る所から攻撃を受けたため、どこにサラさんがいるのか理解していない。


 サラさんの最初の一撃で分かっていたことだが、今のサラさんではティラノワームを倒すことができない。戦えることはできているが、それでも倒すための決定打が足りていない。ただ、その決定打がサラさんにないというわけではない。


 サラさんがこちらを見てどうしたらいいのかと訴えてきているため、俺は自身の腕を上げてもう片方の手で指さした。するとサラさんは理解したのか自分の籠手に手を当てた。


 女性店主さんからもらった白銀の軽装備の中で、籠手と靴には魔力を込めることで爆発的な力を放つことができると聞いた。それなら籠手に魔力を流せば、決定打になるのではないかと思った。


「ふふっ・・・・・・」


 俺が言いたいことを理解しているサラさんだが、引きつった笑みを浮かべている。俺もおそらく同じことを思っており、ぶっちゃけ本番をしているというところだ。それでも俺がいる状況では試す価値があるはずだ。


 それもサラさんも思っているようで、顔を引き締めて目の前に籠手を上げてそれに集中するように目を閉じる。振動を出していないため、サラさんが胸当てにも魔力を流していない完全な無防備な状態でもティラノワームは気づくことができていない。だが、ふとした拍子にサラさんが気づかれる可能性があるため、クラウ・ソラスを握り直しながら細心の注意を払う。


 魔物を目の前にしているにもかかわらず、サラさんは今も目を閉じて集中している。それを見た俺は静かに笑ってしまった。こんなにも度胸があるのなら、サラさんが大物になるイメージしかない。少なくとも、この世界に来る前の俺ではできなかったことだ。


「・・・・・・ッ!」


 数十秒ほど目を閉じていたサラさんだが、ついに籠手から魔力があふれ出してきた。籠手から溢れている魔力は今までの纏っていた魔力とは違い、魔力の濃さが全く違うように見える。


「よし・・・・・・ッ⁉」


 サラさんが気が付いていないティラノワームに向けてその籠手で攻撃しようとしたが、振動を立てていないサラさんに気が付いて動き始めた。サラさんが籠手の魔力を解こうとするが、移動が間に合うかどうか分からないため、少しだけ介入することにした。


「こっちだ!」


 介入と言っても、大きな声を出すだけだ。しかしそれだけでティラノワームはサラさんから俺に狙いを変えた。俺の声にサラさんも驚いていたが、すぐに籠手に魔力を込め直してティラノワームに素の身体能力で向かい始めた。


 ティラノワームが俺の元にゆっくりと来る前に、サラさんがティラノワームの元へとたどり着き、サラさんはティラノワームに振りかぶった魔力を纏った拳を食らわせた。ティラノワームは吹き飛ばずに、サラさんに殴られた部分があと少しで真っ二つになっているくらいにえぐられていた。


 しかし、ティラノワームは未だに動いており俺に向けて進んできていた。サラさんがとどめを刺すかと思ったが、サラさんはその場に座り込んで肩を揺らして呼吸をしていた。俺はこれ以上の続行は無理だと判断して、クラウ・ソラスを振ってティラノワームを縦に真っ二つにして絶命させた。


「大丈夫ですか?」


 俺は座り込んでいるサラさんの元に向かい、しゃがんでサラさんの目線に合わせる。サラさんは酷く魔力を消費しているように見える。


「ハァ、ハァ・・・・・・だ、大丈夫です」

「大丈夫には見えませんよ。これを飲んでください」


 サラさんにマナ・ポーションを渡し、マナ・ポーションを受け取ったサラさんはそれを飲んで少し落ち着いた。


「魔力を込め過ぎましたか?」

「ふぅ、いえ、全然込めていなかったはずなのですが、こんなに魔力が消費してしまいました」

「魔力を籠手に吸われたのですか?」

「そんな感じです。籠手に魔力を流したところまでは良かったのですが、殴った後にとても魔力が消費していることに気が付きました」


 サラさんの話を聞くに、籠手には一定以上の魔力が必要であったため、その分を強制的に吸われたと判断した。それに加えて、サラさんは魔力を流す時に漏れているためより一層魔力の消費は激しいと思う。


「籠手の使い方は要注意ですけど、帰ったらそこの部分を含めて魔力制御をラフォンさんに教えてもらいましょう」

「はい、今後の課題が分かって良かったです。・・・・・・それよりも、あの、どうでしたか? その、私の戦いぶりは?」


 サラさんはとても気になっている様子で先の戦いについて聞いてきた。それについては俺は言うことは決まっており、すぐに答えた。


「とても良かったですよ。魔物との戦い方が初めてだとは思いませんでした。昨日遭遇した賊たちの時でも思いましたが、サラさんは実戦に強いのですね」

「で、では、これからも一緒に魔物討伐とか、しても良いですか?」

「はい、一緒に強くなっていきましょう。サラさんは強くなれますよ」


 俺の言葉に、サラさんは満面の笑みを浮かべた。俺はその笑顔にドキッとして少しだけ他の方向を向いた。その瞬間、ここに別の魔物が来ていることが察知できた。


「サラさん。すみませんがここでじっとしていてください」

「えっ? ど、どうしましたか?」

「新しい魔物です。サラさんはここで休憩してもらっていて大丈夫です」


 サラさんにそう言って、俺はこちらに来ている魔物を視界に捉えつつクラウ・ソラスを構えた。視線の先には、巨大な身体にもかかわらず飛んでいる赤い毛が生えて巨大なくちばしが付いた鳥が上空にいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アユムがサラさんへ戦い方の見取り稽古みたいで楽しかったです。 アユムの心の準備は良いですか? のセリフはとても良かったです。 サラさんはAランク冒険者になってほしいですね。 鎧に魔力を流し…
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