120:騎士と没落貴族の少女。
何だか、書く気が戻ってきている気がします。
賊が襲撃して来てから一夜が明けた。昨日は生きている賊の捕縛や、俺の≪完全把握≫で逃げ遅れていない人や怪我人がいないかの確認をしていた。幸い、やはり揺れが大きかったのは図書館のあの穴があいている場所だけだったため、他の場所で建物の崩壊など気にしなくてよかった。
夜には終わり、俺は人がほとんどいないタランス学園の寮で過ごした。いつもならフローラさまたちやブリジットと部屋にいたが、昨日は一人だ。フローラさまのことが心配になり≪完全把握≫で探しに行こうとしたが、その前にニコレットさんが来てモンリュソンの家が王都にあるからそこに泊まり、しばらくの間執事の仕事はしなくて良いと言い残して戻って行った。
それを言われれば俺は何もすることができず、一人で寝た。いや、一人ではなくサラさんも一緒にだった。隣の部屋にいたサラさんが、俺がいるフローラさまの部屋まで来て一緒に寝てくれと言われた。断ろうとしたが、怖い思いをしただろうから、俺は承諾した。
「すぅ・・・・・・、すぅ・・・・・・」
俺の隣で規則正しい寝息を立てて寝ているサラさんがいる。ぐっすり眠ってくれていることに安堵しながらも、いつものように早起きしてしまったが今日は特に何もすることがない。
「・・・・・・こっちの世界に来て、こんなに時間に追われないのは久しぶりだな」
学園に来てから色々なことがあり、時間がゆっくりと進む感覚を覚えるのは久しぶりだと言っても良いだろう。だが、それは同時にフローラさまやルネさまが近くにいないということを意味しているため、喜べるわけではない。
フローラさまたちのお顔を見ておきたいところではあるが、ああも来るなと言われると行けなくなる。なら俺は自分ができる仕事をするしかないと考えた。ここでしばらく休む、という手もありはするが、労働意欲に飢えた俺にはできないらしい。
そうなれば、できることは三つ。一つ目は国の復興の手伝い。二つ目は冒険者ギルドの手伝い。三つ目は前野勇者一行の手伝い。まず、二つ目が一番俺がしやすいことで優先してするべきことだ。魔物は今も活発に動いている。それこそ冒険者が最低限の人数しか国に留まらないほどにだ。
一つ目については、住居が出来上がった時点で落ち着いたところであるから、急いで作る物はない。あるとすれば、生産ラインを確保することくらいだ。いつまでも近くの街や冒険者に頼るわけにはいかない。そうなれば、国の外の魔物の対処も必要になってくる。
そして、一番しなくて良いことが三つ目だ。これは選択肢から排除しても良いだろう。ただ、ラフォンさんの頼みを無下にすることはできない。それに昨日のことだから、今日する必要はない。
「・・・・・・んっ」
そう考えている内に、俺の隣で寝ていたサラさんがうっすらと目を開け始めた。意識が覚醒しきっていないサラさんは最初に横にいる俺の方に視線を向けた。俺の顔をじっくり見ると、可愛らしい笑みを浮かべている。俺もそれに応じて笑みを浮かべた。
「サラさん、おはようございます」
「はぁい、おはようございまぁす」
サラさんは目をこすりながらおはようを返して上半身を起こした。よく考えたら、これだけを見れば一夜を共に過ごし、一線を越えたと捉えられても不思議ではないが、決して一線を越えていない。
「・・・・・・うん? ・・・・・・あっ」
サラさんは自身がどういう状況かを、意識が段々としっかりとしながら周りと俺を見て気が付いたようで、顔を赤くしている。こちらも恥ずかしい気持ちはあるものの、それは寝る前に感じることだから俺はもう恥ずかしさは感じない。
「あの、昨日は無理なお願いを聞いてもらってありがとうございます。本当に心細かったので、はしたないとは思いましたが、アユムさんにお願いしてしまいました」
そう言ってサラさんはベッドで正座になって深々と頭を下げてくる。だけど俺は気にしていないし、気にしていないからこそ了承した。謝られる方が困る。
「いや、別に大丈夫ですよ。だから頭を上げてください。昨日は穴に落ちたり賊に襲われた変な魔力に襲われたりとか、怖い重いとか色々ありましたから心細くても仕方がありませんよ」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
俺の言葉にサラさんは頭を上げた。そしてベッドから抜け出して俺の方を向いた。
「今日はどうするつもりですか? フローラさんたちのところに行くんですか? そもそも昨日は聞いていなかったんですけど、フローラさんたちはどこにいるんですか? 一緒にいないなんて珍しいですね」
サラさんにそう言われて、フローラさまたちのことを言っていなかったことに気が付いた。昨日の夜はフローラさまたちはいないとだけしか伝えていなかったため、サラさんのこの質問は尤もな質問だ。
「実は、昨日フローラさまたちがどこにいるのか分からなかったので探しに行こうとしたんですけど、ニコレットさんが来てフローラさまたちがモンリュソンのところに泊まるということを伝えてきました。それにしばらく執事の仕事をしなくて良いと言ってきたので、それまでの間、暇になりました」
「えっ⁉ ・・・・・・そうですか、ニコレットさんが」
大体のことを適当にサラさんに伝えると、サラさんは驚いた後に考え込んで意味深げな言葉を発した。俺はどういうことか分からず、昨日のことも分かっていないから今ここで聞くことにした。
「あの、サラさん」
「は、はい、何ですか?」
「昨日から何か分かっている様子ですけど、何が分かっているんですか? 自分では全然分からないんで、教えてもらえると嬉しいです」
「えっ⁉ な、何のことですか⁉ わ、私は、なななな何も、知りませんよ⁉」
隠し事が下手なのか、それとも隠す気がないのか定かではない答え方をしてきたため、俺は戸惑うしかなかった。だが、サラさんが何か知っているのは確かなのは分かった。
「本当ですか?」
「ほ、本当ですよ! 信じてください! 絶対にアユムさんの不利な状況にはしませんから!」
信じてくださいとまで言われれば、追及することはサラさんのことを信じないことになる。ここは大人しく引き下がることにした。これを見逃して、後々面倒なことになる、なんてことにならなければ良いのだと嫌な予感を抱える。
「分かりました。サラさんのことを信じましょう」
「はい! ありがとうございます! アユムさんは安心していてください!」
本当に隠す気がないのだろうかと心配になる。俺を思ってサラさんが何かをしてくれる、なら嬉しいことではあるけれど、危険な真似だけはしないでほしいと切に思う。
俺はそんな思考を切り替えて、最初にサラさんから質問に戻すことにした。サラさんは今までフローラさまと一緒に行動していたため、今日はどうするのかも気になったためでもある。
「それで、今日はどうするのか、でしたね」
「あっ、はい。良ければアユムさんと一緒に行動したいなと思いまして」
「自分は一緒に行動しても構いませんよ」
サラさんが一緒に行動するとなれば、復興の手伝いか冒険者ギルドの手伝いのどちらかになる。前野たちの手伝いは論外だ。そうなれば、サラさんにどちらがしたいかを聞いてみるのもアリだと思った。
「復興の手伝いか、冒険者ギルドの手伝い。どちらがしたいとか、サラさんはありますか?」
「復興か冒険者ギルド、ですか? ・・・・・・冒険者ギルドの手伝いってどんなことをするんですか?」
「国の周りで活発になっている魔物を処理する仕事です。活発になっていると言っても、それほど危険な魔物は出ないはずです。何せ、数が多いと聞いています」
「魔物、ですか・・・・・・」
冒険者ギルドの手伝いを聞いて、サラさんは悩んでいる様子だ。俺がいるのだから、サラさんに怪我をさせることはない。だが、魔物の前に出る以上危険なことであることは変わりない。だから復興の手伝いと言ってくれても俺は尊重する気だ。
「魔物相手でも、私は戦うことができますか?」
「えっ? まぁ、あれだけ動けていればできると思いますけど・・・・・・」
どうしてそんなことを聞くのか、という言葉がでかかったが理由が分かり言うのを止めた。そう言えば賊を相手にしている時に実戦が初めてだと言っていた。それまではラフォンさんと修行していたと聞いた。
「魔物相手に、サラさんの技術が通用するか。それを聞いているのですね?」
「はい。まだ人間相手はラフォンさんが師事してくださったので、昨日は戦えたのですが、魔物だと要領がつかめるかどうか不安です」
サラさんが言っていることは分かる。俺も最初魔物相手に戦いに明け暮れたが、いざ人間相手となった時は一瞬だけ迷ったことがあった。俺とサラさんの違いは、最小限の技術であるか、最大限の火力の違いにあるから、俺の場合は人間相手にそれをぶっ放せば問題は解決した。
「・・・・・・やってみないとハッキリとは分かりませんが、自分の見立てでは大丈夫だと思いますよ。だって、あれだけ動けるのなら人間相手も魔物相手も大差ないですから」
「そんなに大差ないですか?」
「人間だって魔物だって同じく脳を持ち、心臓を持っています。身体の違いや攻撃の種類は人間でも言えることです。何より、経験しなければ分かりませんから、ここで頭ごなしにできるできないを言うよりも経験してみてもいいのではないですか?」
「・・・・・・そうですね。アユムさんの隣に立つということは、魔物も相手にしないといけないんですよね。・・・・・・私もやってみます」
「分かりました」
俺の言葉にサラさんは力強く答えた。サラさんが強くなることは悪いことではなく、良いことだ。だから最初は俺がサラさんに危険が及びそうなときに助ければいい。だが、良く考えてみれば昨日戦ったばかりなのにサラさんは平気なのだろうか。俺は全然平気だが、休みたいとか思わないのか。
「今更ですが、サラさんは体力は大丈夫なのですか?」
「はい、大丈夫ですよ。私って、体力の回復が早いのだけが取り柄ですから」
「昨日戦ったばかりですから、今日は休んでも良いんですよ? 今日だけではないですから」
「お気遣いありがとうございます。ですが、本当に大丈夫です。時間は待ってくれないですから」
サラさんの顔色からもいつも通りだと感じる。念のため≪完全把握≫でサラさんを見ると本当に全快だった。最近鍛え始めたご令嬢の回復能力ではないことに俺は驚いた。俺やラフォンさんならまだしも、これを今の段階でできているのはかなり大きい。
「大丈夫そうですね。それでは、着替えて冒険者ギルドに向かいましょうか」
「はい!」
俺とサラさんは動きやすい服に着替え、復興がひと段落して安どの雰囲気を漂わせている国で冒険者ギルドに向かっている。いつもなら俺は執事服で、サラさんは制服なのだが、今日は気分を変えて私服を着ていた。こうしていると、本当に自分が執事で騎士であることを忘れてしまいそうだ。
「あっ、サラさん」
「何ですか?」
冒険者ギルドに向かって二人で手伝いをするにあたって、俺はサラさんがどれくらいできるのか知っていなければならないと思った。サラさんの戦い方は分かったが、それ以上のことは分かっていない。
「サラさんはどれくらいの時間戦い続けられるのですか?」
「そうですね・・・・・・。魔力を全開で使い続けて、一分も戦い続けれないです。最低限の魔力を纏うだけなら、一時間は持ちます」
昨日のあの状況でサラさんのことをよく見てなかったから分からないが、全開で一分は短すぎる。今後の課題はやはり魔力の増強だとしか考えられない。魔力で戦うということは、魔力が生命線で、それが尽きれば武器が無くなってしまう。魔力の他に、あと何個か手数を増やしておくのも良いか。
「分かりました。それを含めて今日は様子見をしていきますか」
「はい、お願いします」
「とは言っても、自分ではラフォンさんのように教えることはできないので、実戦経験を積んでそこからラフォンさんに師事してもらうことをおススメします」
「実戦経験でも大事だと思いますよ。練習だけでは実戦の経験は積めませんから」
そうこう会話している内に、例にもれず建物が破壊されたため簡易的な椅子や机しか設置されていない仮冒険者ギルドにたどり着いた。遠目から見ていても冒険者ギルド区域では、相変わらず慌ただしい。それほど魔物の活性化が顕著に表れているということなのか、それとも別の要因があるのか。
「すみません、マティスさん。少し良いですか?」
「あっ、アユムさん! どうされましたか?」
簡易的な冒険者ギルドの掲示板で次々に冒険者に指示している紫色の長い髪を大きな白のリボンでポニーテールにしている柔らかな雰囲気の受付嬢こと、リュシール・マティスさんがひと段落終えたところで話しかけると、良い笑顔で挨拶してくれた。さっきまで忙しそうにしていたのに、すぐに切り替えられるとはさすが受付だと感心した。
「時間が空いたので、国の周りの魔物の処理を手伝おうと思いまして。まだ魔物の処理は忙しいのですか?」
「はい、今もまだ忙しいです。ですからアユムさんの申し出はとてもありがたいです。アユムさんがいれば百人力ですね」
「そうですか?」
「そうですよ。もっと自分に自信を持ってください。アユムさんはすごい人なんですから」
そう言ったマティスさんは、自然に俺の隣に来て俺の手を両手で包み込んだ。その行動には戸惑うところはあるが、特に嫌ということではない。でも、どうしてこんなことをしてくるのかは分からない。
「それは、ありがとうございます」
「ここにいる私を含めて、冒険者ギルドの人たちは全員アユムさんのことを高く評価しています。だから、今後とも冒険者ギルドに来てくださいね」
「嬉しいことを言ってくれますね。冒険者ギルドは必要な場所なので、今後も来ますよ」
「それは何よりです! あっ、今度交流を兼ねて――」
「良いですか?」
マティスさんが何かを言い終える前に、俺とマティスさんの近くにサラさんが来てマティスさんの言葉を遮った。サラさんは少し怖い笑みでマティスさんを見ている。
「どうされましたか?」
一瞬だけ鋭い視線をサラさんに向けたがすぐにいつもの笑顔に戻ったマティスさんは、サラさんに問いかけた。俺はどういうわけか分からないが、背筋がぞくぞくとする感覚に見舞われた。
「すみませんが、早く仕事をしてもらっても良いですか?」
「すみません、ただ私はアユムさんと世間話をしていたのですが・・・・・・」
「ふふっ、あれが世間話だと言うのなら笑えますね。冗談がお上手なことで」
「ふふふっ、そうですか? そんな笑える世間話を邪魔したあなたは一体どこのどなたですか?」
「冒険者ギルドの受付嬢さんより、仲が良い隣人です。ただの冒険者ギルドの受付嬢さんには関係ないことですが」
「仕事仲間として、常日頃から仲良くさせていただいている受付嬢の私には、ただの隣人にしか見えない人のことなど、確かに関係のないことですね」
笑みを浮かべながら二人は話しているが、険悪な雰囲気が漂っており、俺たちの近くにいた人たちが全員離れていった。どうしてこんな雰囲気になっているのか分からないため、俺はどうしていいか分からずため息を吐き出した。
絶望よ、世界を満たせ。いずれ出る希望のために、どれだけの犠牲を払ってでも。