119:騎士と違和感。
それなりに早く投稿できました。
無事に魔導書の無力化に成功した俺たちは、一先ず地上へと戻ることになった。機能していない魔導書が危険なことに変わりないため、倒れていた女性騎士二人が魔導書を見張っていることになり、俺はサラさんを安全な場所に向かうため、そして助けてくれた女性騎士さんはすぐさま魔導書の封印をするように伝えるために地上に戻る。
「そう言えば、あなたは騎士王のアユムさんですよね?」
「えっ、あぁ、そうですよ」
女性騎士さんはサラさんを抱えながら走っている俺と並走しているが、走りながらさっきとは違う雰囲気で話しかけられたため、俺は少し動揺しながらも答えた。
「どうりで強いわけです。騎士王決定戦の試合を見ましたが、あれほどの強さは痺れるものがありました」
「ど、どうも」
直接言われることなんてあまりなく、慣れていない人が見れば吐きそうな光景だったため、誰にも言われることはなかった。しかし、俺の強さに痺れると言う人がいるとは思ってもみなかった。
「自己紹介がまだでしたね。私はホーリー・パラディンのレナ・サルモンです。この機会に仲良くなってくれると嬉しいです」
「ご丁寧にどうも。シャロン家に仕えている騎士のアユム・テンリュウジです」
俺を助けてくれた時のサルモンさんと、今話しているサルモンさん、キャラが違い過ぎてどちらが本当の彼女なのかイマイチ分からないが、今は気にしないでおく。
出口へと走っている途中、騎士と盗賊の集団が倒れている辺りにたどり着いたが、そこにはすでに何もなくなっていた。≪完全把握≫でいないことは分かっていたが、誰がやったかということは見当がついている。俺たちを閉じ込めたり、移動させたりしていた人物だ。
「ところで、神器や、神器所有者を目の敵にしている集団とかありますか?」
「いきなりどうしましたか?」
俺はサルモンさんが何か知っていないかと思い、ここで襲われたことを伏せてそういう集団がないかを聞いてみた。あれが少数の集団だと思うことができない。あいつらが使っていた武器が、完全に量産された武器なため、大きくないと量産できないと思う。
「そんな感じの話を冒険者ギルドで聞いたことがあって、今思い出したので聞いてみただけです」
「そんな話が流れているのですか? ・・・・・・そこまで情報が出回っているのか」
サルモンさんの最後の言葉と表情で、何かしら知っているのだと判断した。ここでサルモンさんに聞いておいて正解だった。サルモンさんから何も聞けなくても、ラフォンさんから聞ける可能性がある。
「結論から言えば、その集団はあります。組織の名前は、〝神性人類教会〟」
あっさりとその集団の名前を教えてくれたが、全然聞いたことのない名前の教会だった。フローラさまたちが所属なされている教会や、その他もろもろの教会などをそれなりに知っているが、その協会の名前だけは聞いたことがない。
「それは大規模なのですか?」
「大規模、とは言い切れませんが、小規模ではありません。その存在自体を確認したのも最近ですし、組織が最近まで露骨に活動しているわけではありませんから、組織の全容を確認できていないわけです」
「最近? その組織は最近活動し始めたのですか?」
「はい、主にアユムさんのおかげで」
「自分、ですか?」
話の中で名指しされたが、あの集団に狙われたこともあるため特別驚きはしなかった。小規模ではないにもかかわらず、狙われていることに少しフローラさまたちに迷惑がかかってしまうかもしれないと思うくらいだ。
「そうです。神性人類教会は、神の加護を受けたとされる人間を教皇とし、その教皇の教えを受けた者も神の加護を受けるとされています。神性人類教会の考えでは、神の加護を受けたのはこの教皇しかいないらしく、神器はまさにその考えを否定するものです。アユムさんが出てくるまでは、神器所有者の存在はそれほど神との関係性を重視されていませんでした。ただの魔王を討伐する人たち、という認識です」
サルモンさんが説明するにつれて、サルモンさんが何を言おうとしていることが分かってきた。
「ですが、アユムさんの強すぎる力と、何者かによって神器が神によって作られた武具だと広められたため、神性人類教会も無視できない事態になってきました」
「なるほど。神器と神器所有者が狙われている、というわけではなく、自分が狙われているわけですね」
「その可能性の方が高いでしょう。ですが他の神器所有者でも、アユムさんほどの力を持つ人が現れる可能性もあります。ただ、アユムさんの強さと≪順応≫があれば、その強さを持つ人が現れる可能性は低いと思いますが」
神性人類教会の話を聞き、面倒だと思わざるを得なかった。俺はただシャロン家やフローラさまたちの障害となるものを排除していただけなのに、その力が厄介だと来た。身勝手にもほどがある。次来たら情報を吐かせるとかして、本拠地を破壊したいなと思いながらも出口へと近づいてきた。
「忘れていないとは思いますが、私のことを秘密にしておいてくださいね」
サルモンさんに先ほどの俺の中の歪な魔力を祓った力を秘密にしておくように少し冷たい声音で念を押された。俺はそれに頷くが、サルモンさんがどうしてここまで隠すのか分からなかった。しかし、人それぞれの事情があるため、目立ちたくないとか、力をあまり人に知られたくないとかあるのだろうと納得した。
「あそこです。上には六聖天や七聖剣がいますから大丈夫でしょうが、油断せずに行きましょう」
「はい、分かっています」
出口である魔法陣が見えてきたため、サルモンさんが先頭で魔法陣に飛び込んだ。一瞬だけ光に包まれたが、すぐに光は晴れた。光が晴れた先は、この魔法陣しかない薄暗く床や壁にひびが入っている空間だった。
「・・・・・・異常は、ありませんね」
「そうですね。自分が辺りを感知した感じでは、敵意を持った人間はいません」
俺が≪完全把握≫で確認したが、戦いの音や敵が潜んでいることはなかった。これだけを見れば、上でも収まったと考えるべきか。≪完全把握≫ではもちろんフローラさまたちを確認したが、いつも通りの気配を感知できた。
「それでは、一度あのクソ六聖天のショーソンの元に向かいましょう」
「はい。・・・・・・はい?」
一度は普通に聞いたが、よくよく言葉を再生するとやばいことを言っていることに気が付いた。それにそれを言ったサルモンさんは何食わぬ顔で先に走り始めた。
「何だか、すごく闇が深そうに人ですね」
「まぁ、人それぞれですからね」
サラさんがぼそりと俺に言ってくる。全面的にそれには同意するが、あの口ぶりから察するにショーソンさんとそれなりに関係している人なのだと思った。主に悪い面であることは言うまでもないが。
薄暗い空間を抜け、窓から日の光を久しぶりに受けたと錯覚しながらも、ようやく俺が知っている場所である図書館に戻ってきた。今は結界が張られて安全なのだろうが、揺れの影響で本棚は倒れ、本は散乱している。だが、大きな穴ができるほどの揺れとは思えない規模だ。俺たちがいた場所が特に揺れが酷かった、ということなのだろうか。
「いましたね」
図書館の中にフローラさまたちの姿を確認した。≪完全把握≫でご無事なのは分かっていたが、ご無事なお姿を目視するとより一層安心する。だが、サラさんから教えてもらったイケメンの貴族の男、モンリュソンが中心に、フローラさまやルネさまたちがおられる。
しかも、フローラさまたちはモンリュソンに対して俺に向けるような笑顔を向けられていた。それに胸の奥に少しの痛みを感じながらも、サラさんを降ろしてフローラさまたちの元へと近づく。
「フローラさま!」
「あっ、アユム。無事だったのね」
俺がフローラさまに声をかけると、フローラさまは笑顔から普通の表情に戻りそれほど興味がないと言わんばかりの声音だった。俺はそれを聞いた瞬間に思考が停止したが、案外すぐに元に戻った。
「・・・・・・えっ?」
隣からサラさんの困惑の声が聞こえたため、サラさんを見た。サラさんはフローラさまやルネさま、ニコレットさん、ブリジットの全員の顔を見て、驚きを隠しきれていない。俺から見ても少しおかしいと思っているが、サラさんほどではない。サラさんからは何が見えているのだろうか。
「そんなところで何を楽しそうに喋っているのですか? 仕事しろ」
俺とサラさんが驚ているところに、サルモンさんがショーソンさんに怒ったような感じで言い放った。確かにショーソンさんもモンリュソンに笑顔を向けているが、そこまでなのかと不思議に思った。
「そんなに怒らないの、レナちゃん」
「私には仕事を押し付ける割には、どういう了見ですか? 図書館に引きこもって常識とか倫理をなくしたのですか? サルですか?」
「あなたたちを待っていたのよ。そこまで言わなくても良いじゃない」
「待っているだけなら他のこともできますよね? これだけの人数で待っている必要はありましたか? 避難やこちらの増援の指示ができていたはずでは?」
サルモンさんの一方的な言葉に、俺はサルモンさんの不満の一端を垣間見た気がした。しかもショーソンさんが悪気がないところを見る辺り、サルモンさんが苦労しているんだと認識した。
「そんなことないわ。だって、こっちにも賊が来ていたのだから少し手間取ったのよ」
「手間取った? あなたが手間取るほどの相手だったのですか?」
「あら、随分と高評価なのね。まぁ、相手が悪かったと言ったところかしら」
「そうですか。なら早く下に向かってください。魔導書の封印が解けてますから」
「封印が解かれているの?」
サルモンさんの魔導書の封印が解かれている話を聞いたショーソンさんが驚いた表情をした。そして少し考える素振りをした後に一つ頷いた。
「分かった。私が魔導書を封印してくるわ。レナちゃんは避難状況を他の騎士から聞いておいて」
「分かっています」
「それから、アユムくんもできたらレナちゃんを手伝ってあげて? あなたの騎士の力は役に立つから」
「・・・・・・分かりました」
これから働くのがサルモンさんだけかと思いきや、俺にも再びお達しが来た。断りたい気持ちが大きかったが、ここで断ったらフローラさまから何か言われるかもしれないため渋々了承した。身体は本調子であるが、精神的に調子が出ていないため休みたかったが、ここは鞭打ってでも働くしかない。
俺の返答に満足そうに頷いたショーソンさんは、俺たちが戻ってきた道に走って向かった。そう言えば、フローラさまに何も確認を取らずに返事をしてしまった。俺は恐る恐るフローラさまの方を向いたが、フローラさまの表情に特に変化はなかった。
「フローラさま、そういうことですが、自分がお手伝いしてきてよろしいでしょうか?」
「えぇ、良いわよ。私はここでイレールと少しお話をしているから」
フローラさまはあっさりと承諾してくれたが、俺よりもモンリュソンと一緒にいたいように感じる。だが、何か大事な話があるかもしれないと思い、先ほど獲得した≪明鏡止水≫を使い心を落ち着かせた。
「初めまして、モンリュソン子爵家のイレール・モンリュソンです。あなたの主とは仲良くさせてもらっています」
「初めまして、シャロン伯爵家で騎士をしておりますアユム・テンリュウジです」
爽やかな笑みでこちらに自己紹介をしてきたモンリュソン。こういうやつを見ていると、嫌でも稲田を思い出してしまう。だが、稲田とは違い、見た感じは稲田の肉食系とは言えない爽やか系のイケメンだ。
「それでは、シャロンさん」
「シャロンじゃなくてフローラで良いわよ。そんな他人行儀は良いわ」
「じゃあ、フローラ。それに他の人もここは危険かもしれないから少し落ち着ける場所に行かないかな? そっちの方がゆっくりと話せるだろうから」
「えぇ、良いわね」
フローラさまとモンリュソンたちは、楽しそうにどこかで話しに行こうとする。そんな光景を見て、俺は≪明鏡止水≫を使って何も思わないようにしているが、どこか不安な気持ちが溢れてくるが、その気持ちを抑え込んだ。
「サラ、あなたも行く? 別にサラが行っても良いわよね、イレール?」
「もちろん。どんな人でも大歓迎だよ」
フローラさまがサラさんを誘っているが、先ほどからサラさんの顔色はよろしくない。フローラさまが気づいていないはずがないが、誘ってこられた。俺は疑問に思いながらも、俺が断ろうとした。
「い、いえ、私はアユムさんと一緒に行くので大丈夫です」
「そう? こっちの方が楽しいと思うわよ?」
「だ、大丈夫です。アユムさんと話したいことがあるので」
「・・・・・・分かったわ」
サラさんはフローラさまの申し出に頑なに断った。フローラさまは渋々ながらも引き下がった。そして、フローラさまたちはモンリュソンたちと図書館から出て行く。そんな中、フローラさまとルネさま、ニコレットさん、ブリジットの誰もこちらを見ることはなかった。
「もう良いですか? アユムさんも行くんですよね?」
「・・・・・・はい、大丈夫です」
フローラさまたちの後ろ姿を見えなくなるまで見て、しばらくそちらを見ているとサルモンさんに声をかけられた。思考停止したい気持ちや今すぐフローラさまの元に行きたい気持ちなど、色々な気持ちが混在しているが、今は俺のすべきことを考えることにした。
「サラさん、大丈夫ですか?」
「・・・・・・私は、大丈夫です」
未だに顔色が悪いサラさんに声をかけると、サラさん自身は大丈夫だと言っているが、他のことが大丈夫じゃないと言っている気がしてならない。
「どういう事情かは分かりませんが、あの女性たちはアユムさんが仕えている伯爵家の人たちですよね?」
「はい、そうです」
「ふぅん・・・・・・、それは、まぁ、お気の毒に」
「どういうことですか?」
サルモンさんと話している途中で、意味が分からない言葉をサルモンさんが言ってきた。お気の毒に、という言葉はどういうことを意味しているのか文脈からでも分からない。
「いや、お気になさらず。ただの独り言ですから」
そう言われても、気にならないわけがないが、これ以上言及するわけにもいかない。俺は諦めてサルモンさんの手伝いをすることにした。時間が経つごとにフローラさまたちとモンリュソンの関係が気になる気持ちが大きくなっているが、どうしようもない気持ちも出てくる。
「アユムさん」
「はい、何ですか?」
「あの・・・・・・、いや、何でもないです」
そして、この三人の中で俺だけが何も分かっていない感じがしてならないのは気のせいだろうか。俺たち三人も図書館から出て、そこら中に倒れている賊やその対処をしている騎士さんたちに状況の説明を受けて、賊の片付けや取り残されている人がいないかを確認しながら、後片付けをした。
まぶしき希望は、深き絶望からしか生まれない。