116:騎士と書庫。⑥
またしても遅くなってしまいました!
俺はサラさんをお姫様抱っこしながら、出入口とは逆の方向に走っていた。つまり歪な魔力を感じることができる先になる。ここの空間を支配している奴をまだ倒せていない以上、出入り口に向かっても戻されるかもしれない。それは歪な魔力の方に向かっても相手が気に食わなければ同じことなのだが、このままここを見逃してはおけない。
もし俺たちがここから抜け出した後にここで何か起きてフローラさまたちに何かあれば、俺は絶対に後悔する。サラさんも俺の意見に同意してくれたし、何より、歪な魔力の近くで誰かと誰かが戦っている。何かが起こっているのなら、なおさら見逃せない。
「サラさん、危なければすぐにサラさんを連れて逃げますので安心してください」
「多少危険でも大丈夫ですよ? アユムさんがいるのですから、安心できます」
サラさんがこちらに進むことを同意してくれたものの、この場では最優先でサラさんの安全の確保をしなければならない。だからこそ安心してくださいと言ったのだが、俺を信頼してくれているということはそれだけのプレッシャーになるが、これくらいのことをできなくてフローラさまの騎士などできるか。
「身体の方は大丈夫ですか? 先ほどの戦いでどこか傷めている場所はありませんか?」
「それは大丈夫です。アユムさんが後ろにいてくれたおかげで、どこも怪我をしていません」
俺が気が付かないところに怪我をしていないかとサラさんに聞いたが、どうやら怪我はないようだ。怪我をしていれば≪自己犠牲≫で治すことができるから、サラさんがいつ怪我しても問題はないが、体力が戻らないことにはどうしようもない。だから俺はサラさんを抱っこして体力を少しでも回復してもらっている。そう思いながら走っていると、ふと視界の端でサラさんがこちらを見ていることに気が付いた。サラさんを見ると、俺を見て笑みを浮かべている。俺の顔に何かついているのだろうか。
「どうしましたか? どこかおかしなところでもありますか?」
「えっ? い、いえ、何もおかしなところなんてありませんよ。いつも通り格好いいです」
「格好いいなんて、お世辞でも嬉しいです」
「そんな、お世辞ではないのですが・・・・・・」
あぁ、そうだ。この美醜逆転世界では俺はそれなりに格好いい方だったな。スッカリと忘れていた。だけど美醜逆転した世界で格好いいと言われても、嬉しいわけではない。いや、もちろんサラさんに言われれば嬉しいが、俺の感覚では本当の感覚ではない。だからこそその言葉は受け止められない。
「それで、何か自分に言いたいことでもあるのですか?」
「あぁ、・・・・・・あー、言いたいことではないです。ただ、少しだけ感慨にふけっていただけです」
ならどうして俺のことを見ていたのだろうか。言いたいことはなくて、俺の顔を見て感慨にふけっていた。何を思っていたのだろうか、気になるな。感慨にふけっていただけなら、教えてくれるだろう。走りながら、≪完全把握≫を使っているから余裕がある。少しくらいの話なら許される。
「何を思っていたのですか?」
「そんなに大したことではないのですが、先ほどの戦闘のことを思い出していました」
「戦闘ですか? 何か気がかりなことでもありましたか?」
さっきの戦闘で俺は何も感じなかったが、もしかしたらサラさんが何か感じていたのかもしれない。サラさんは人の感情を読むことができるのだから、何か見えても不思議ではない。俺にそういう能力はないからな。
「いえ、そういうことではないです」
あっ、違うのかよ。真面目な顔して考えていた俺が恥ずかしくなったじゃないか。まぁ、完全に俺が勝手に思っていたことだから仕方がないんだけどな。そもそも感慨にふけっていただけなのに気になったことがあるはずがない。
「先ほどの戦闘を行って、ようやく今までの努力が報われたんだなって、思ったんです」
「さっきの戦闘で、ですか?」
「はい。・・・・・・先ほどお話した通り、私は才能を持たずに生まれました。そして、今まで父に、周りの人に認めてほしくて必死に努力しましたが、何も実を結ぶことがありませんでした。戦闘でも魔法でも、自分には本当に才能がないのだと実感しました」
俺は何も言わずに相槌を打ちながらサラさんの話を聞く。サラさんがどんなことを思っていたのか、サラさんが何を思っているのか、俺は友人として聞かなければならない。相手を理解するには相手の話を聞かなければ始まらない。
「これからこんな惨めな人生を送るんだと覚悟していましたが、フローラさんやアユムさんたちと出会い、この学園に入学してから、才能がないと思うのが馬鹿らしくなるくらいに楽しい生活になっていきました。今までは、窮屈で圧迫されてきた家庭で育ってきましたが、そんな生活を忘れさせてくれるくらいに、アユムさんたちと楽しい時間を過ごすことができました」
そう言われると、何だか恥ずかしくなってくるな。俺は何もしていないのだが、フローラさまやブリジットたちがサラさんと打ち解けて楽しい生活になったのだろう。
「だからこそ、才能がない自分が許せませんでした。こんなにも才能がない自分が、アユムさんたちみたいな才能のある人たちと楽しい時間を過ごしていいわけがないと思っていたからです」
俺に才能がある? それは何かの間違いだ。俺はクラウ・ソラスしか取り柄のないただの人間。俺こそ何も才能がないつまらない人間に過ぎない。それは誰よりも俺自身が分かっている。それを考えるたびに虚しさを覚える。
「前にアユムさんがルネさんの悩みを解決しているところを見て、私はフローラさんやルネさんに思い切って話してみることにしました。アユムさんに相談するのは国の復興などで忙しい時期だったのでやめておきましたが、比較的に一緒にいる時間が多いフローラさんたちに相談しました」
あー、良かった。俺のことを信用していなかったり、俺のことを避けているのかと思った。密かにそんなことを思っていて、ここでうっかり口が滑ったとかだったら、俺は人を信用できなくなるぞ。でも最初から深く信用していないのかもしれない。俺が人格形成した時からそういう人間なのかもしれないが。
「フローラさんたちに相談すると、思った以上に乗り気になってくれました。フローラさんたちも前々からアユムさんとの実力の差を悩んでいたらしく、空いた時間を一緒に鍛錬しようということになりました」
フローラさまは、シャロン家にいた頃に俺と一緒に修行されていたが、最近は修行をしなくなったな。それに他のルネさまやニコレットさん、ブリジットもそう思っていたということだよな? 守るべき人たちが、強くなりたいと思うことに対して喜ばしいことだと思う。だけど、またしても一切聞いていないということに少し傷ついた。
「アユムさん以外に誰に師事してもらおうとなった時、アユムさんの師であるラフォンさんに頼むことにしました。ラフォンさんは忙しいながらも快く引き受けてくれました」
「ラフォンさんが?」
それも初耳だ。俺の知らないところで色々なことが起きているな。何もかも話してくださいと言うわけではないから文句を言うつもりはない。ただフローラさまたちが頑張りすぎて倒れないかは心配になるが、それはブリジットやニコレットさんがいるから心配ないか。
「ラフォンさんに、私の魔力保有量や魔法の才能から、戦える術を教えてもらいました。それが先ほどの戦い方です。フローラさんたちもラフォンさんから戦い方や身体の鍛え方を師事してもらっていました」
七聖剣で、俺の師匠でもあるラフォンさんであるから、師事しているのがラフォンさんであることに何も疑いはない。俺の方がラフォンさんに師事してもらいたいくらいなのだからな。これだけ聞いたら嫉妬しているみたいで恥ずかしいな。
「ラフォンさんに戦い方を教えてもらい実戦で戦える形になってから、先ほどの戦いが初めての実践でした。・・・・・・今までの自分の不甲斐なさと先ほどの戦闘を振り返って比較すると、本当にうれしくなりました」
俺の首に回しているサラさんの腕の力が少しだけ強くなる。サラさんは本当にさっきの戦闘で自分が戦えると分かって嬉しくなっているのだろう。サラさんの自信をつけてもらえただけでも、俺がサラさんと一緒に戦った価値はあった。
「努力しても無駄だと思っていた事実が覆され、私が無能だと自他ともに認めていた事実は少しずつ消えていきます。・・・・・・このことが、私にとってはとてつもなく嬉しいことなのです。自分は無能じゃない、自分は才能がないわけではない、自分はアユムさんと一緒に戦える。それが分かったら、嬉しくないわけがないじゃないですか」
そんなにも俺と一緒に戦えることが嬉しいのだろうか。まぁ、一人で戦うより誰かと戦う方が意識を割くことは多くなるが、安心度は高くなる。そう考えれば嬉しいことではある。今のところ俺が心配せずに安心して戦える相方と言えば、ラフォンさんくらいしかいないだろうな。グロヴレさんとかショーソンさんとかは未知数で分からない。勇者たちは論外。
「アユムさんは、私と一緒に戦えて嬉しいですか? 私はアユムさんの役に立ててましたか? 私はアユムさんの隣にいても良いですか?」
サラさんは続けざまにそのようなことを聞いてくる。しかし、どの答えにも素直に頷くことはできない。サラさんを喜ばせたいだけなら、どの答えにも頷いていれば良い。だけど、それではダメだ。ここは俺の本心を言うべきだ。肯定だけが優しさではない。
「・・・・・・正直に言えば、今のサラさんではこれから先一緒に戦っていくことは難しいと思います。先ほどの相手はそこまで強くはありませんでしたが、自分が戦っている相手はあれよりもより強い敵です。それを相手にすることは、今のサラさんでは敵わないでしょう」
「・・・・・・そう、ですよね。ちょっとしたことで調子に乗っていたんですよね。すみません、変な話をしてしまって」
「ですが」
俺の言葉を聞いたサラさんが、ものすごい悲しい顔で俺から顔をそらして話を斬ろうとしてきた。だけど、俺の話はまだ終わっていない。これからが本番だ。
「これからサラさんが自分の隣に立って戦いたいと思い、鍛錬を続ければ必ず自分の隣に立てると思います。この短期間でここまで戦えるようになったサラさんですから、きっと自分の隣で戦えるようになりますよ。何より、自分の隣で戦いたいと言ってくれたサラさんには、絶対に自分の隣に立ってほしいと思います。形はどうあれ、二人の方が安心しますから」
何か、すごく上から目線で喋った気がする。だけど、フローラさまや周りの人たちを守る俺の隣で戦うということはそういうことではないだろうか。フローラさまでも言えることではあるが、サラさんにも俺の隣に立ってほしくはない。俺の後ろにいてほしい。守るべきものに背中を見せることこそ、騎士の本懐だ。
それでも俺の隣に立つと言うのなら、それ相応の強さがなければならない。俺はその強さを超えてほしくはないが、超えてほしいとも思っている。二つの感情に挟まれた結果が、この言葉だ。超えてほしいという思いが強すぎだろう。
「・・・・・・本当に、強くなれるでしょうか?」
「強くなれますよ。何なら自分がお手伝いしますから、一緒に強くなりましょう」
「・・・・・・はいッ!」
俺の言葉を聞いたサラさんは満面の笑みで答えてくれた。これで俺の隣に立つまではいかなくても、フローラさまと一緒にいるから俺にもしものことがあればサラさんが何とかしてくれるかもしれない。まぁ、そんなことは万が一にも起きはしないが。騎士がそんなことを想定して動くなんて馬鹿にもほどがある。
そんなことを思って走り続けていると、歪な魔力がどんどんと近づいてきて濃くなってきているのが分かる。それも≪完全把握≫で感知しないでも分かるほどにだ。こんなにも気持ち悪い魔力があるのかと思うくらいに歪んだ魔力だ。
「大丈夫ですか? サラさん」
「何とか、大丈夫です。これがアユムさんが言っていた魔力ですよね?」
「はい、そうです。ですが、これは思ったよりまずそうですね」
サラさんは少し顔をしかめているくらいで、問題なさそうだ。サラさんは魔力にそれなりに抵抗があるのかもしれないから、魔法使いが天職かもしれない。俺はそこまで抵抗があるわけではなかったが、戦って行き順応していった。
さらに奥へと進んで行くと、扉が一つあるだけで行き止まりに当たった。ここから先は俺の≪地形把握≫でも地形を見ることができない。だが、歪な魔力はこの先からこちらを呑み込もうとしてきている。この魔力が俺のスキルを阻害しているのか、この先が異空間なのか。どちらにしても入ればわかることだ。
「今から、この扉に入ります。準備は良いですか?」
「はい、いつでも大丈夫です」
サラさんを降ろして俺は扉の持ち手に手をかけようとする。その時に、サラさんが俺の服の裾を掴んできた。その手は少し震えているようだったから、俺は安心してもらえるようにサラさんの手をつないだ。するとサラさんの手の震えはなくなった。本当はこんなところにサラさんを連れてくることはいけないが、これも仕方がないことだ。
俺は左手にサラさんの手を掴み、右手に未だに黒くなっているクラウ・ソラスを握り、意を決して扉を開いた。扉を開いた瞬間、開く前までに感じていた気持ち悪い魔力が序の口だと思わせるくらいの濃度が高い魔力が雪崩のようにこちらに押し寄せてきた。
俺はすぐさまサラさんを俺の後ろに隠して、気持ち悪い魔力を俺の身体で一身に受ける。その気持ち悪い魔力は俺を侵食してこようとするが、俺のスキルに≪不可侵領域≫があるため俺の身体を侵食することはできない。だが、この魔力の質と量は異常だ。〝終末の跡地〟にいた時でもこんな魔力を持ったモンスターは数体しかいなかった。
「サラさん、進みますから自分の後ろから離れないでください」
「はいっ!」
さて、進むのは良いが後ろのサラさんがこの魔力を受けるかもしれない。こういう時こそ、俺のスキルに≪浄化の剣≫がある。不浄のものを浄化する剣であるが、これもまた不浄のものであっているだろう。今までは魔法で不浄になっていたものを浄化していたが、魔法の源である魔力でも問題ない。
俺はクラウ・ソラスの剣先を突き出して≪浄化の剣≫を発動する。するとこちらに襲い掛かってきている歪な魔力はクラウ・ソラスにどんどんと吸収されて行っている。・・・・・・今のクラウ・ソラスに不浄のものを吸収させて浄化する能力はあるのだろうか。この黒いクラウ・ソラスを見ていると不安で仕方がない。
そう思いながらも、クラウ・ソラスの≪浄化の剣≫を発動させながら先へと進み始める。進むにつれて魔力濃度と魔力量は上がっているが、気にせずに進みだした。ここでクラウ・ソラスに何か起こるとは思わないが、この黒くなっている正体が分からないから早めに終わらせることにしよう。上のフローラさまたちも心配だしな。
次こそは、