114:騎士と書庫。④
もう少し早く書きたいものです。
俺とサラさんが会話しながら洞窟の中を歩くこと数十分が経ったが、まだどこにも出口らしい場所は見当たらないし、遺跡のような建物はずっと続いている。ループしているということはないだろうが、随分と長い場所だな。
「・・・・・・いつまで経っても、つかないですね」
「そうですね、何か妙です」
ループしているわけではないとは思うが、もしかしたらこの空間には終わりがないのではないのか? ここは現実ではない別の空間か? それならいつまで経ってもここから抜け出せない。だが、ループは空間を捻じ曲げて同じ場所を歩かせるが、ループではないのなら俺たちが歩き続けるだけの場所を作り上げていることになる。そんな膨大な魔力をここで使っていると言うのか?
注意深く周りを≪完全把握≫で感知すると、俺たちの周りに誰かの魔力が漂っている。ここまで集中しないと分からない魔力なんてあるのかよ。まさか、俺が空間に閉じ込められていることに気が付かないとは思ってもみなかった。だから油断できない。
「サラさん、ここから抜け出します」
「ここって、どういうことですか?」
「どれだけ歩いても抜け出せないはずです。自分たちは誰かが作った空間の中に閉じ込められています。ですから、この空間を破壊して脱出します」
「破壊って、どうするのですか?」
「そんなものは決まっています」
俺はサラさんから少し離れた場所に立ち、未だに黒と言っても良いくらいのクラウ・ソラスを構えた。空間を壊すことは簡単にできることではない。空間を壊す方法は空間が耐え切れないほどのありえない負荷をかけるか、空間を壊すだけの攻撃をぶっ放すか。
俺ができる方は後者の空間を壊すだけの攻撃を放つことだが、それよりも確実にこの空間を壊すことができる方法は俺にはある。≪断絶≫というすべてのものを断ち切ることができるスキル。これさえあればこの空間から抜け出すことは簡単になる。
この≪断絶≫と≪剛力無双≫を合わせた≪断絶・破≫で、一気にこの空間を破壊する。そうすればここから出ることができる。早くフローラさまの元へと・・・・・・、いや、あそこにはラフォンさんの師匠であるショーソンさんがいるのだから、俺は必要ないか。せめてサラさんを安全なところに送り届けないといけない。
「≪断絶・破≫っ!」
俺はクラウ・ソラスを至る場所に振り回した。一見すれば変なことをしているように見えるが、俺が斬った空間は切れ目ができており、切れ目の隙間から別の光景が見えている。ここから抜け出すためにはこれだけで十分だろうが、それだけではまだ足りない。
斬って、斬って、空間を切り刻んで、この空間を崩壊させる。これだけの空間を作り出すために魔力を消費したのなら、この空間を壊せば当分何もできなくなるはずだ。崩壊させないと、またこの空間が使われるかもしれない。
俺は数秒の間に、空間に百以上の切れ目を入れた。最後に、この空間が維持できないような大きな切れ目を入れてやった。すると空間は維持できなくなり、ボロボロとガラスのように崩壊し始めた。俺はすぐにサラさんのすぐそばに向かい、サラさんを抱き寄せた。
「サラさん、決して自分の傍から離れないでください」
「これは、空間が壊れているのですか?」
「そうです。もう空間が維持できなくなっています」
空間が崩壊して、どんどんと空間の切れ目から見えていた現実の世界が出現し始めた。現実世界の光景は、こちらの世界とは変わらない洞窟の中で遺跡のような建物が見えた。だが、こちらとは決定的な違いである、俺とサラさんの他に人がいる。
「あの、アユムさん。これは、どういう状況なのでしょうか?」
「さぁ、どういう状況なのでしょうね。ただ、安全な状況ではないことは確かです」
そして、俺とサラさんは無事に別の空間から抜け出すことができた。が、抜け出した先の方がヤバかったということは考えていなかった。俺とサラさんは、片や重そうな鎧を着ている騎士の集団、片や顔を布で覆って素性が分からない盗賊みたいな恰好をした集団、その二つに挟まれているのだ。こんなところに出るとは思わなかったな。本当に。
さて、ここからどうしたものか。盗賊みたいな恰好をしている集団は、まず間違いなく盗賊だろう。なら俺が味方するのは騎士の集団の方か? だが、騎士の集団の素性が分からない以上、手を貸すのは危ない気がする。どちらも倒してしまう方が面倒じゃなくなるから良いんだが。
いや、ここはとりあえず逃げるか。この国の人間か、そうじゃないかが分からない以上、迂闊に手を出して話をこじらせるわけにはいかない。そうと決まれば、俺はしっかりとサラさんを抱きしめた。
「ど、どうしたんですか?」
「ここから離れます。どちらが誰か分からない以上、手を出せません。掴まっていてください」
ここから離れるために、≪完全把握≫と≪地形把握≫を一気に広げてどちらが逃げ道かを確認する。しかし、この洞窟には一切の出入り口がない。・・・・・・いや、盗賊の集団がいる先に魔法陣が張られているから、そちらが出口か? そうじゃないと、こいつらはどこから来たんだという話になる。もしかしたら、ここに入るための道具があるのかもしれないが、その時は盗賊みたいな恰好の集団から奪おう。
だが、そうじゃないことを祈っておこう。騎士の集団がいる先は行き止まりであるものの、歪な魔力を感じ取ることができて不気味で気になるけど、今はそんなことを考えている場合ではない。今は上に戻ることだけを考える。
「≪神速無双≫」
今までの俺は≪剛力無双≫や≪神速無双≫、≪強靭無双≫を使う時は四割以上使えばコントロールができなくなっていたが、一か月前の≪魔力解放≫で六割までならコントロールできるようになった。それに使い続けていても結構身体が耐えられるようになっている。
それを応用して、≪神速無双≫の五割を一瞬だけ使って盗賊の集団の後ろにコンマ一秒もかけずに移動した。後ろの奴らは俺がどこにいるのか認識できていない。だが、これ以上使ってしまえばサラさんの身体に大きな負担をかけてしまうから、ここくらいまでが精一杯だ。
「消えたッ⁉ どこにいる⁉」
「ッ! 後ろです、親分!」
「追え! あいつらは絶対に逃がすな!」
盗賊の集団が俺を見失ったことで探していたが、遠くに行ったわけではなく盗賊の後ろに移動しただけだからすぐに見つかった。騎士などに目もくれずに俺たちを追おうとしている。どういうことだ? 俺たちはさっき登場したばかりなのに、どうして俺たちの方に来ようとしているんだ?
ここから誰も帰したくないと言うのなら分かるが、全員来てまでのことなのだろうか。騎士たちの方を放っておいていいのだろうか。そもそも、俺たちをあの精密な空間に閉じ込めた凄腕の魔法使いは、どちら側かに属しているのだろうか? くそっ、情報が少なすぎる。今は逃げるか。
「待て!」
そう言って追いかけてきている盗賊の一人が、俺たちの方に手を突き出し魔法陣を展開して魔法を放とうとしている。魔法を使えるとは思ってもみなかったが、そちらがその気なら俺は手加減をするつもりはない。それに、逃げながら倒すことだって可能だ。
「喰らえッ!」
「≪一閃≫」
盗賊の一人が俺たちに向けて数十の火球を放ってきたから、俺は足を止めずに構えを必要としない≪一閃≫を火球に向けて放った。俺の≪一閃≫と盗賊の火球は、当然俺の≪一閃≫の方が強く火球は消えていった。
「おい! 簡単に消えたぞ! 真面目にやれ!」
「真面目にやっていますよ! でも、相手が悪いですよ! 相手は神器所有者ですよ⁉」
「それでもやるんだよ! 武器やスキルを持っている奴はあいつの足を止めろ!」
俺のことを知っているのか? いや、今や俺のことを知っていても不思議ではない。だが、俺が神器所有者だと知っていても俺を狙っている。何より、あいつらは俺が現れたことに驚かなかった。それは適当ではないな。厳密に言えば俺が出現したことには驚いていたが、クラウ・ソラスの所有者である俺が出てきたことに驚きはしてなかった。俺がいることを知っていたのか?
盗賊たちが、俺に対して暗器や短剣を投てきしてきたり、走りながら器用に矢で弓を放ってきたりとしてきているが、俺は的確に≪一閃≫や≪裂空≫を使ってすべての攻撃を弾き返した。俺はその間もスピードを落とさずに、むしろ早くなってきているため、盗賊たちと距離が空いていく。
「顔を隠した人たち、見えなくなりましたね」
「見えなくなりましたが、一本道なので追いかけてくるでしょう。現に追いかけてきているのが分かります。それよりも、サラさんは大丈夫ですか? 酔っていないですか?」
「それは全然大丈夫です! アユムさんが極力揺れないように配慮してくれていたので、何も異常はありません」
良かった。ここで気分が悪いとか言われた日には、盗賊との戦闘は避けられない。だから俺は気を遣って揺れないように頑張った。・・・・・・だけど、ここは一体どこなんだ。盗賊がいたり、騎士がいたり、地下の洞窟に遺跡まで。まるで秘密の空間みたいだな。
「・・・・・・さっきの人たち、何だか焦っていましたね」
「焦って、ですか? そんな表情見えましたか?」
突然サラさんが妙なことを言い始めた。目元以外の顔を隠していた盗賊たちの表情が見えていたとでも言うのか、サラさんは。俺は全く見えなかったし、見ようともしていなかったから、もしかしたら俺が見えていなかっただけかもしれない。
「あぁ・・・・・・、えっと、表情が見えていた、というのは正しくないですね。その、何と言いましょうか・・・・・・」
サラさんが俺の質問に言い淀んでいる。何に対して言い淀んでいるのかは分からないが、言い淀んでいるくらいだからこれ以上の詮索はしない方が良いのだろう。しつこい男は嫌われるとか言われるからな。
「言いたくないのなら大丈夫ですよ。無理に聞くつもりはありませんから」
「あっ、いえ、そう言うわけではありませんので大丈夫です。配慮していただいてありがとうございます」
何だ、そういうわけではなかったのか。勘違いしていたから少しだけ恥ずかしいな。となれば、言い淀んでいたのは言葉を見つけようとしていたということなのだろう。俺は走りながらサラさんが言いだすのを待つことにしたが、案外すぐに言い出してくれた。
「私は、昔からスキルとか、魔法とか、そういう類のものに恵まれたことがありませんでした。何をするにも才能はなく、ただ人並みにできるくらい。そんな私に、父は落胆や怒り、絶望の眼差しを送ってきました、それも暴力や罵倒付きで」
えっ、急にする話が何だか重い話になっているんだけど。これを話すためなら言い淀むのは確かだが、俺はそんなことを聞いた覚えがない。まぁ、とりあえず最後まで聞いておくことにしよう。どう反応していいのか分からないけれど。
「物心をついてから、そんな家庭状況で育った何の才能もない私でしたが、いえ、そんな私だからこそ、そんな環境にいた私だからこそ、ある一つの才能を開花することができました。それは、相手の心情を読むことができる才能です」
「心情、ですか?」
相手の心情を読むことができる才能? スキルや魔法ではなく、才能なのか? いや、そもそもスキルと何が違うのかが分からないし、相手の心情を読むことなんてすごいことじゃないか。俺みたいに苦労しなくても済むということになる。
「はい。私は父の機嫌を取るために、父の機嫌が悪い時や父の機嫌が良い時を判断できるようにずっと観察してしました。すると、知らぬ間に父の機嫌や心情を表情だけではなく雰囲気でも感じ取れるようになりました。そして、それは父だけではなく他の人でも同じことができます」
「だから、あいつらが焦っていたと分かったのですね」
にわかには信じられないことだが、この世界で信じられないものなどいくつもある。サラさんが言っているのだから、俺はこのことを信じることにした。信じるとすれば、どうしてあいつらは焦っていたんだ、という話になる。
「それよりも、どうして今までこんなことを言ってくれなかったのですか? フローラさまたちは知られているのですか?」
「・・・・・・だって、気味が悪くありませんか? 相手の心情を勝手に覗き見るような真似をされて、気持ちがいい人なんていないと思いますから。ですから、フローラさんたちにも教えていません」
「なら、どうして自分には教えてくれたのですか?」
「どうして、ですか。・・・・・・あの人たちが焦っていることをアユムさんに伝えたかった、ということもありますが、アユムさんなら気味悪がらないと思いましたから、お伝えしました。勝手な押し付けですよね」
「相手の心情を読み取れるのなら、自分がどう感じているのか分かりますよね? 自分はそんなことで気味悪がりませんし、あいつらが焦っているということを教えてくれたのですから、本当にありがたいです。便利な才能です」
心情を読み取れるとか、めっちゃ良い才能じゃないか。俺の壊す能力よりよっぽど使い道のある才能だ。良い使い方をすれば、今みたいに敵がどう思っているのか分かるし、何より相手が今機嫌が悪いとか機嫌が良いとか分かるのは大きい。
「・・・・・・そう言われるとは、思ってもみませんでした。今まで誰にもこのことを話していませんでしたが、アユムさんにそう言うわれると元気が出ます。・・・・・・やっぱり、ここは暖かくて心地が良いです」
「どういう意味ですか?」
「えっ⁉ いえ、何でもありません!」
そんなことを話している内に、俺は目的の場所である魔法陣が地面に張られている場所が見えてきた。相変わらず後ろから盗賊たちに追われているが、当然こちらの方が早い。そして、俺は魔法陣の前に立った。
「これが、出口なのですか?」
「分かりません。ただ、ここしか出入口が見つからないので、ここが出入口であればいいのですが」
「つまり、賭けということですか?」
「そういうことです。ですが、どこに出るのか分からない転移魔法陣ですから、サラさんが嫌なら引き返して盗賊みたいな恰好をしたやつらから出入口を聞くのも良いですよ」
今の俺たちは、早くここから抜け出してサラさんを安全な場所に連れていくことが最優先事項で、次に大事なことはショーソンさんから言い渡された賊の討伐。あいつらが例の賊なら、願ってもないことであるが、そんなわけがないか。最優先事項のためなら、一瞬で盗賊を片付けた方が早い気がする。
「いえ、大丈夫です。この転移魔法陣の中に入りましょう。アユムさんがいるのなら、どこへだって行けますよ」
「それは良かったです。それでは行きま――」
俺たちが転移魔法陣の中に入ろうとした瞬間に、突如俺たちの周りの空間が歪み始めた。俺はすぐにクラウ・ソラスを構えて≪断絶≫を放ったが、空間を斬れなかった。上手く空間を曲げて俺の攻撃を受けていないのか。厄介な避け方をしてくる。
どうしようかと思っていると、俺とサラさんは魔法陣から移動させられてしまった。
他の作品のアイデアの方が浮かび上がってきます。