113:騎士と書庫。③
誤字脱字報告ありがとうございます! 自分で気が付いていない部分だったり、勘違いしていた部分があったので、本当に助かりました!
俺はショーソンさんと一緒に揺れの中でフローラさまたちの元へと向かう。まだショーソンさんから揺れのことを聞いていないが、この図書館の中ではすぐにフローラさまたちの元へとたどり着ける。それに、さすがはラフォンさんの師匠と言ったところか、魔法使いの動く速さではない。
「ショーソンさまは、この揺れの正体や何が来るのかお分かりになられているのですか?」
「いいえ、詳しくは分かっていないわ。だけど、何が起こっているのかくらいなら見当がつくわ」
この移動している少しの間で、これを聞けただけで十分だ。何も考えなしに俺を呼んだわけではないのだから、何か手を打っているのだろう。・・・・・・それにしても、フローラさまたちがいる場所は把握しているが、フローラさまのすぐそばに誰か知らない男がいる。一体誰なのだろうか、分からない。稲田ではないことは確かだ。
「いたわ、あそこね」
「はい、≪完全把握≫で見えています」
ショーソンさんもフローラさまたちがいる場所が分かっているようで、俺と同じ方向に向かっている。ちょうどフローラさまたちは本棚の裏におられるようで、こちらからは姿が見えないが、存在は確認することができる。
「ッ! アユムくん! 倒れそうな本棚だけを壊せる⁉」
「お任せを!」
俺たちとフローラさまたちを遮る本棚が、この揺れで今にもフローラさまたちの方に倒れそうになっている。俺はすぐさまクラウ・ソラスを取り出して本棚を木っ端微塵にしようとするが、ここの本棚を木っ端微塵にしても良いのだろうか? まぁ、ショーソンさんがやれって言ったのだから大丈夫なのだろう。
「≪一閃・瞬粉≫!」
俺は≪一閃≫と≪剛力無双≫が合わさった技を、倒れそうになっている本棚に向けて放った。本棚は一瞬にして粉々になり、フローラさまたちのお姿が見えるようになったが、俺は目を見開いてしまった。そこには、フローラさまと髪が立つまで短く切っている黒髪の俺から見てイケメンな男が抱き合っていた。
それを見た瞬間、俺はクラウ・ソラスを握りしめる力が強くなるが、すぐに思考を切り替えてこの場を乗り越えることだけに考えを絞ることにした。この状況だけを見て何かを決めつけることは良くないだろう。
「無事? フローラ、ルネ、それにみんなも」
どんどんと揺れが強くなっている中、立っていられるのは俺とショーソンさん、そしてイケメンの男だけだったから、イケメンの男にフローラさまが抱き着いており、ルネさまたちはクラウ・ソラスをしまった俺が近くに行き倒れないように俺に抱き着かれた。
「はい、私たちは無事です。それよりもこの揺れは何が起こっているのですか?」
未だにイケメンの男に抱き着きながらショーソンさんに質問するフローラさまに俺はモヤモヤしながらも、また思考を切り替える。これくらいのことでモヤモヤするとか、どんだけ嫉妬深いんだよ。ていうか、フローラさまに対して俺がやっていることが、今、身に染みて理解することができた。
「この図書館にある本を狙ってきた賊が襲撃してきたのよ。今からアユムくん以外は私と一緒にこの図書館から出るわ」
・・・・・・えっ? あ、まぁ、俺は賊を仕留めるために呼ばれたんだから、俺は残されるのは当然だ。それを考えれば、無防備になられているフローラさまたちに六聖天のショーソンさんを付けるのはむしろありがたいことだ。納得だ。
「それは他の者ではダメなのでしょうか? どうしてアユムなのですか? 確かにアユムはこの国で一番強いのでしょうが、他の者でも事足りるのでは?」
そのことにフローラさまが異を唱えられた。だが、一刻も早くこの件を解決するのなら、俺が行くことが一番だろう。
「いいえ、フローラ。これはアユムくんにしか頼めないことなの。アユムくんの強さでなければ、ここは任せられない。分かって頂戴、フローラ」
「・・・・・・はい」
ショーソンさんの言葉に、何も言えずにフローラさまは力なく返事をした。何の根拠もなしにフローラさまが納得されたことに驚いた。それほどまでにショーソンさんの言葉を信用されているということなのだろうか。それよりも、俺はいつまで経ってもフローラさまと知らない男が抱き着かれていることが気になって仕方がない。
「それじゃあ、アユムくんに抱き着いている女の子は私が受け持つわ。そこからアユムくんにはこの図書館の奥に行ってもらいたいの」
「はい、分かりました」
俺は揺れている中でショーソンさんに近づいていき、一人ずつ確実にショーソンさんに任せる。ルネさま、ニコレットさん、ブリジットの順でショーソンさんの元へと行ってもらい、最後にサラさんを慎重に移動してもらおうとした時に、揺れがひどくなり始め、俺たちの地面が一瞬で崩れて大穴ができた。
「くそっ」
「きゃぁ!」
ショーソンさんたちとフローラさまたちは無事に大穴から逃れることができたようだが、俺とサラさんだけが大穴に落ちて行く。こうなれば≪魔力武装≫をして、いや、ダメだ。俺は跳ぶことができても飛ぶことはできない。
「掴まっていてください、サラさん」
「わ、分かりました!」
サラさんは俺に必死で抱き着いてきて、俺はサラさんを守るように抱きしめる。そうしながら上を見ると、こちらを見ている全員の姿が見えた。ルネさまは俺たちのことを助けようとなさっているが、それはショーソンさんに止められている。
そして、俺が一番が目を引き付けられたのは、フローラさまとその隣にいるイケメンの男の姿だった。俺はその姿を見えなくなるまで見ながら、下へと落ちて行った。
落ち続けること一分くらいで、ようやく地面が見えてきた。そもそも、下に何かがあるとは思っていたが、図書館の下にこんな大きな大穴はなかった。誰かがこの大穴を魔法か何かで作ったということだよな? それじゃあ狙いは俺か? 俺を狙い撃ちにするのか、それとも俺を上から離すのか。
「落ちます。口を閉じていてください」
「はい、ですッ!」
俺はサラさんに衝撃が及ばないように綺麗に着地した。敵がいないかと用心深く≪完全把握≫を張り巡らせているが、今のところ人の気配はない。周りを見渡すと、どこかの遺跡のようなコンクリートで作られた建物が洞窟の中にある。
ここはどこだ? ショーソンさんに図書館の奥に行けと言われたが、これでは行くに時間がかかる。敵は俺が来ることを予想していたのか? そうでないと俺をここに落とすことはできないだろう。ただショーソンさんを落とそうとしていただけ? 分からない。
「ねぇ、アユムさん、ここはどこですか?」
サラさんは俺の服の裾を掴んで周りを見渡しながら不安そうな声で俺に問いかけてきた。それは俺も聞きたいくらいだが、今はサラさんを守ることに専念しないと。それに騎士が守る人を不安にさせてどうするんだよ。俺がいるから、安心させないといけないだろうが。
「大丈夫です、サラさんは自分が守ります。ですから安心してください。サラさんを無事に地上まで送り届けて見せます」
「・・・・・・そう、ですよね。アユムさんはこの国で一番強いのですから、不安になることはありませんでした。私は、アユムさんを信じます」
俺はサラさんと目と目を合わせて誠心誠意込めて言うと、サラさんは俺に俺を信じてくれる眼差しを送ってきてくれた。何だかこうして見つめ合っていると恥ずかしくなるものがあるが、今はそんなことをしている場合ではない。
「それじゃあ、自分から離れないでください」
「分かりました」
俺は≪完全把握≫の感知範囲を少しずつ広げながら、クラウ・ソラスを出現させた。ここにいても意味がないから、早くここから出る方法を探さないと。この上は出口になるが、俺だけならまだしもサラさんがいる場合では上からの脱出は厳しい。
「あ、アユムさん、剣が・・・・・・」
「はい?」
サラさんに剣のことを言われて、出現させてから初めてクラウ・ソラスを見た。俺の手には、いつもの美しい白銀の刀身、ではなく、ほぼ黒になっているクラウ・ソラスがあった。これには俺でも驚いてしまった。一体どうなってこんなことになっているんだ? ・・・・・・俺の精神状態に左右されるから、こんな黒くなっているのか? それ以外考えられない。
だが、あんなことだけだぞ? それなのにこんな黒くなっているとか、どんだけ嫉妬しているんだよ。やはりそれとは因果関係はないのか? 俺的には心当たりがないとしか言いようがない。気になりはするが、こんなにもどす黒くなるものか?
「・・・・・・気にしないでください。たまにあることなので」
「あっ、そうなのですね。すみません、こんなことで呼び止めてしまって」
「いえ、気にしなくて構いません。自分が言ってなかったことが悪いのですから」
俺はクラウ・ソラスのことを何とかサラさんに誤魔化して、先に進むことにした。こういう時に、あの白銀の女性が出てきてくれれば便利なのだが、今では幻覚だったのではないかと思うくらいに何の音沙汰もない。驚くくらいにだ。
そんなくだらないことは置いておくとして、俺は先が続いている道を進んで行く。洞窟の中であるから音が響いており、俺とサラさんの足音だけが響いている。何とも不気味な感じがする。むしろ何かありそうな感じがするが、周りに気配は一切ない。
「何か出てきそうですね」
「そんな雰囲気はしますね。ですが、特に気配はしません。大丈夫だとは思います」
だが、そう思って油断する俺ではない。俺が感知できない何かが出てくるかもしれない。それに騎士が油断するなど以ての外だ。気配もしない相手が出てきても良いように戦闘態勢を解かないように進んで行く。
「あの、アユムさん」
「はい、どうしましたか?」
「あの男の人、気にならないのですか?」
俺とサラさんが黙って延々と続いている道を歩いていると、サラさんが俺に声をかけてこられた。沈黙が続くと、サラさんを不安にさせるかもしれないから、サラさんが話題を出してくれるのはありがたいと思ったが、話題が絶対にフローラさまとくっ付いていた男だよな。それがサラさんの口から言われるとは思わなかった。
「あの男とは、フローラさまと一緒にいた男ですか?」
「はい、そうです。・・・・・・あの時のフローラさんのことを見ていたアユムさんの顔、何を考えているのか分からない無表情でしたよ?」
えっ? マジか。表情はバレないようにしていたのだが、サラさんには気づかれてしまったのか。もしかしたら他の人にもバレているかもしれない。俺はどうしようもなく表情を隠すのが下手らしいからな。
「そんな顔をしていましたか? そんな顔をしていたなんて実感はないですね」
「私もアユムさんのあんな顔を始めて見ましたから、驚きました。アユムさんもあんな顔をするのですね」
「・・・・・・ちなみに、どんな顔に見えました?」
「すべての人を殺して、自分も死ぬ。みたいな顔でしたよ?」
それこそ本当かよ。俺はただモヤモヤしていただけなのに、そんな表情になっているとは思ってもみなかった。でも、よく俺の顔を見ていたと思う。あんな揺れている中で俺の顔を見れているとは思ってもみなかった。
「それで、あの男性のこと気になりますよね?」
「まぁ、気になるか気にならないかとで聞かれれば、気になります。一体誰なのですか?」
素直に気になると白状した。ここで意地を張っても仕方がないし、気になるのは事実だ。俺が見た状況はフローラさまとあの男がくっついている姿だが、それは揺れ始めたからだろう。たぶん。聞かないと断定できない。
「あの男性は、モンリュソン子爵家のイレール・モンリュソンさんです。フローラさんと同じ学年の生徒です」
モンリュソン子爵家、聞いたことがない子爵家だ。俺がそんなに知らないということもあるだろうが、少なくとも前からフローラさまとお知り合い、というわけではなさそうだ。そんな子爵家がどうしてフローラさまたちと一緒にいたのだろうか。
「そのモンリュソンも図書館の片づけをしていたのですか?」
「はい、そのようです。ショーソンさまが彼のことを知られていたようなので、おそらく前からお手伝いをしていたのだと思います」
まぁ、そこはショーソンさんやモンリュソンの関係だから、俺が聞く話ではない。モンリュソンがどこの誰であろうと知ったことではない。だが、俺が今一番知りたいのは、フローラさまとモンリュソンの関係だ。
「・・・・・・その顔、フローラさんとモンリュソンさんの関係について知りたいと思っていますね?」
「そんなに顔に出てますか? 真顔でいるつもりなんですけど」
「分かりますよ、それくらいの顔の変化なら。でも、それはフローラさんやルネさん、ニコレットさんやブリジットさんにもできることです。アユムさんの顔は分かりやすいですから」
えっ、全員に気が付かれているじゃないか。そんなに顔に出ているものなのか? それは無表情に努めている意味がないんじゃないのか。まぁ、それならそれで良いのだが、ここまで来ればテレパシーの域に達している気がする。
「・・・・・・知りたいので、お願いします」
「はい、分かりました」
どうせバレているのなら、ここも素直に聞くことにした。モンリュソンと深い関係があったとしても、それはフローラさまがお選びになられたことなのだから、俺はとやかく言うつもりはないし、俺の忠誠は変わらない。だけど、それを知っているか知っていないかで俺の身の置き方は変わってくるだろうな。
「フローラさんとモンリュソンさんは、フローラさんがショーソンさまにお手伝いを頼まれた初日にお知り合いになりました。モンリュソンさんはショーソンさまの代わりに私たちに図書館の内部を教えてもらったことがきっかけです」
モンリュソンは図書委員みたいな感じなのか? あんなにも広いのだから、ショーソンさんだけでは網羅できないだろう。それなら学生ではなく他で雇うとかするはずだろう。ここは貴族が通う学園なのだから、お金には困っていないだろう。
「それから、モンリュソンさんはフローラさんと行動し、私とブリジットさん、ルネさんとニコレットさんの二人一組でショーソンさんのお手伝いをしていました。フローラさんは、最初モンリュソンさんと一緒にいることを嫌がっていましたが、段々と文句は言わなくなりました」
・・・・・・何だよ、それ。めっちゃ仲良くなっているじゃないか。しかし、俺はそのモンリュソンと一緒にいることを全く知らなかったんだが。ハァ、何だかんだ言って、最近はフローラさまたちと過ごす時間は少なくなっていたし、俺がフローラさまのお話を積極的に聞こうとしなかったからな。知らなかったのは自業自得なのか。
「それから二人は図書館で一緒にいる時間が多くなっていきました」
「そんなにですか? ・・・・・・ハァ、不甲斐なくて捨てられるとかありますかね?」
薄気味悪い場所であてもなく歩いているのに、俺はどうでもいいことでテンションが低くなっている。今はそんな話をしている場合ではないのに、どうしても気になってしまう。これは俺の心が狭いせいだろうな。
「えっ? いやいやいや、それは絶対にないですよ。フローラさんがアユムさんを捨てることなんて、万が一にもあり得ませんよ」
俺の負の言葉に、サラさんは全力で否定してくれた。これは俺への慰めか、それとも俺への気遣いなのか。何だか、今の俺は負の感情しか湧いてこない気がする。そんなことないと思っていたとしても、何でか負の感情が無尽蔵に湧いてくる。これは重症だな。
「ありがとうございます、そう言っていただけると嬉しいです」
「その顔は信じていないですね? 何度も言うようですが、あのフローラさんがアユムさんを手放すわけがないですよ。アユムさんに一途なフローラさんが」
「そういうことにしておきますね」
今の俺にはどんな言葉も無意味に聞こえてくる。・・・・・・本当に、今の俺はどうしてしまったのだろうか。
次は、早く、出します。