108:騎士と勇者。④
新章突入しました!
雲一つない青空、いつも通り俺たちに温かさを与えてくれる太陽、身体を労わってくれるそよ風、何をとっても非常に良い天気だと言わざるを得ない。こんな良い日には、昼寝とか、ラフォンさんとの修行とかが一番有意義な過ごし方なのだろう。
「はぁっ!」
「ハァ」
前野妹が深紅の剣で斬りかかってくるが、俺はそれをため息を吐きながらクラウ・ソラスで受け止める。そして深紅の剣、ジュワユーズを弾いて腹に蹴りを入れて吹き飛ばした。俺と前野妹が離れたと同時に青い杖を持っている三木の詠唱が終わった。
「≪幾千の轟雷≫」
「≪一閃≫」
俺の真上から数多の雷が降り注いできそうであったから、俺は俺のスキルの中で一番早い≪一閃≫で雷を相殺しつつ、雷の雨から抜け出した。そしてついでにこれを放ってきた三木に斬撃をお見舞いしてやる。三木は避けきれなかったが命中は避けたようだ。あと一人の方を見ると、佐伯はすでに俺の方に深緑の弓を構え終わった後で魔力で作り上げた矢を放っていた。
俺はクラウ・ソラスで矢を弾き飛ばした。そして佐伯に向けて三木と同じく斬撃を繰り出す。佐伯は俺の攻撃を想定していたようで素早く俺の斬撃を避けた。これくらいは避けてもらわないと勇者としての名が廃るだろう。
「まだまだ!」
「しつこいな」
後方で前野姉の橙色の腕輪で回復してもらった前野妹が、再び俺にジュワユーズで斬りかかってくる。俺は辟易しながらも、またしてもクラウ・ソラスでジュワユーズを受け止める。剣同士がぶつかっている間も、神器は強い光を放ち続けている。
こんな天気がいい日に、どうしてこいつらと会って、こいつらの修行に付き合わないといけないんだよ。この訳を話すには、数日前にさかのぼらなければならない。
アンジェ王国が侵攻を受け、建物や王城の復興が進む中、俺は復興を手伝っていた。これはフローラさまから命じられたことだから、黙ってやるが、このまま完成するまで手伝わなければならない気がする。それでも作業が早く終わるだけだから良いんだが、着々と国の人たちを仲が深まっている。
こんなことをするために騎士をやっているわけではない。まぁ、騎士の仕事は守ることや手伝うことであるから騎士の仕事ではない、と言うことではない。国の人たちと仲良くするために騎士をやっているわけではない。そもそも、俺はそんなに人付き合いが好きなわけではないから、大勢と付き合うのは疲れる。
国の復興をしていることと、フローラさまたちが通う学園も所々壊れているため、フローラさまたちも魔法を使うなどして街の復興をお手伝いされている。主がお手伝いされているのだから、仕える騎士である俺がしないわけにはいかない。
そう言うわけで俺とフローラさまたちは復興を手伝っているが、何せ国が広いせいで全く作業が終わらない。俺が手伝おうとしても、俺は建築ができないから物を運ぶことや物をどかす作業しかできない。それに近隣の魔物が活発になっているから、冒険者ギルドの冒険者が忙しそうに働いている。
国を早く直さないといけないことは分かっている。だが、こんなに働き詰めであることはこの国の人たちにとっても身体に悪いだろう。休みが欲しいな、本当に。こんなことをこの世界で思うとは思ってもみなかったぞ。
そんなことを考えながら働いていること一ヶ月で、国の人たちの住居は建て直すことができた。一ヶ月で終われるとは思ってもみなかったが、国の人たちが一致団結したおかげだろう。建て直される間、フローラさまのような人格者ではない貴族たちは、自分の屋敷に帰るやつが多く見受けられた。本当にフローラさまを見習ってほしいものだ。
「少し良いか、アユム」
「何ですか? ラフォンさん」
フローラさまやルネさまたちが学園の方で何やらやることがあるらしく、暇を頂いた俺が一人で街を歩いているとラフォンさんが俺のところに来た。ラフォンさんの顔を見ると、何やら困った顔をしていた。何か起こったのか? 国に何かあったなら俺が気が付くはずだ。何か国とは違う問題なのだろうか。
「アユムに少しお願いしたいことがあるのだが、ついてきてもらえるか?」
「ラフォンさんの頼みなら、大丈夫ですよ」
「そうか、ありがとう。では付いてきてくれ」
俺はラフォンさんに言われてラフォンさんの後を付いて行く。後ろを付いて行きながら、俺は街の様子を見る。一か月前まではあんなにも辛そうにしていた人たちの顔は、今では余裕を持って楽しそうな表情をしている。これも国が立ち直りそうなこともあるだろうし、住居を建て直すにあたって人との絆が深まったこともあるだろう。
「おう、アユム! 今日はあの嬢ちゃんと一緒じゃないのか?」
「今日は一緒じゃないですよ」
歩いていると唐突に身体ががっしりしているおっさんに声をかけられた。この人は建築家ギルドでそこそこの地位にいる建築家で、コロンヴィルさんだ。一ヶ月でこの人と一緒にいることが多かったから、フローラさまのことを知っている。
「何だ、騎士を首にでもなったのか?」
「こんな優秀な騎士を首にすると思いますか?」
「ハハッ! そりゃ違いねぇ。お前さんみたいな騎士を首にするわけがねぇもんな。だが、騎士を首になったらうちに来ると良い。手厚く歓迎するぜ」
「ないと思いますが、一応覚えておきます」
コロンヴィルさんは手を振りながらどこかへと去って行った。あの人ががさつだが良い人なのは一ヶ月近くにいて分かった。だが、あのがさつさをフローラさまは苦手なご様子であった。あのがさつさと言うか、あの暑苦しさか。あれは仕方がない。
「あら、アユムちゃん! こんにちは」
「こんにちは、マイヤールさん」
今度はおしゃべりが好きなおばちゃんであるマイヤールさんに声をかけられた。マイヤールさんはただのおしゃべり好きなおばちゃんではなく、立派な医療者ギルドの人間だ。けが人が出た時に俺が運ぶのを手伝ったりして面識がある。
「今日は違う女の子を連れているのね、色んな女の子を連れまわすなんてモテモテじゃない」
「モテモテじゃないですよ。そんなことはマイヤールさんが分かっていると思いますが?」
「どんなにモテモテでも、女の子を悲しませるようなことをしちゃいけないのよ」
「あの、聞いてますか?」
「分かるわ、その持て余している性欲を女の子にぶつけたいのよね。それは若いから仕方がないわよ」
「マイヤールさん? そんな生々しい話をしないでくれますか?」
「うちの旦那も若い頃はそうだったけれど、男は女の気持ちをちっとも分かってくれないんだから! 私が何度悲しい思いをしたことか」
これは、もうおしゃべり大好きおばちゃんだな。こっちの話を一切聞いてくれないところが質が悪い。悪い人ではないのだが、何度かこういう場面に遭遇したことはある。そういう時は決まって話が長くなっている。今回も長いのだろうか。
「でもね、アユムちゃんにはそんな心配はないと思うの。アユムちゃんと一緒に歩いている女の子たちの全員が嬉しそうな顔をして歩いている。だからアユムちゃんは女の子を悲しませないと思うわぁ。そこの女の子も嬉しそうな顔をしているじゃない」
「なっ、わ、私は、別に嬉しそうな顔など・・・・・・」
マイヤールさんが俺のことを褒めてくれるから何だか恥ずかしい気分になる。そしてその流れでラフォンさんにも流れ弾が飛んできた。流れ弾を受けたラフォンさんは顔を真っ赤にしてあたふたとしている。だが、俺はさっきまでラフォンさんの顔を見ても嬉しそうな顔をしていたとは見えなかった。
これもおばちゃんのなせる業なのだろうか。それともマイヤールさんの勘違いなのか。いや、ラフォンさんの慌てようを見ると本当なのか? 俺がついてきてくれたことを嬉しく思ったのだろうか。
「女の子を悲しましちゃダメよ、アユムちゃん」
「心配せずとも自分が悲しませるようなことはしませんよ」
マイヤールさんは俺とラフォンさんに手を振りながらどこかへと歩いて行った。そして街を歩いているとコロンヴィルさんやマイヤールさん以外にも多くの町の人たちに話しかけられた。ふぅ、最近街に行くとこういうことが多くなってきた気がする。少し前までは陰で悪口ばかり言われていたのに、すごい変わりようだな。
「何だか、街の人たちとすごく馴染んでいるな」
「馴染んでいるというか、馴染まされていると言った方が正しいと思います。最初はただ復興を手伝うだけで終わりと思っていましたが、この国の人たちは良い人が多いですからどんどんとこの国の人たちと馴染んでいきました」
「それは良いことだ。それが真に騎士王としての姿なのだろう。民を守り、民の心を動かす。段々と騎士王らしくなってきたのではないのか?」
「そんなことありませんよ。自分はただフローラさまたちが復興を手伝っているから、復興を手伝っただけです。こんな助ける気持ちを持っていない騎士王なんて居ませんよ」
「だが、結果として国民が心を開いている。過程がどうあれ、アユムが思うほどアユムはそこまで汚い心を持っていない。それを国民が一番分かっている。人生経験が豊富そうなおっさんやおばちゃんたちがあんな良い顔をして話しているのだから、自己評価を上げてみたらどうだ?」
そんなことを言われてもな・・・・・・。もしこの国がもう一度危機に瀕して、俺でも勝てない相手となれば、俺はフローラさまたちを抱えて逃げる自信がある。アンジェ王国の国民を救う気などないだろう。俺が思う騎士王は、国民のために自分の命を賭して相手と戦う王と考えている。
俺の考えている騎士王は、俺とは全く違う。だから俺は自分が騎士王だとは思わないし、騎士王相応の言動をしようとは思わない。ただ、自分が正しいこと、フローラさまに命じられたこと、フローラさまが自分にやってほしいことを全力でやるだけだ。
「考えておきます。それよりも、今からどこに行くつもりですか? そろそろで教えてもらいたいのですが」
「あぁ、そう言えばそうだったな。行き先を言っていなかった。別に秘密というわけではなかったのだが、・・・・・・少しだけアユムには言いづらいことだから言えずにいたんだ」
「もう了承してしまったので、何を言われても大丈夫ですよ」
いや、待て。俺に対して言いづらそうにすること言えば、俺は一つしか思い浮かばないぞ。前野妹たちのことしか思い浮かばない。それならばラフォンさんが言いにくそうにしているのも分かる。だが、それが分かったとしても、了承してしまったからな。契約書にサインする時に契約書をよく見てなかった気分だ。
他にもステファニー殿下や現国王とか思い浮かぶ節はあるものの、一番高い確率で前野妹たちだ。まだ現国王から先の戦いの褒賞を貰っていないからとも考えたが、今はまだ復興が終わり切っていないから今ではない。
「そう言ってもらえると助かる。実はだな、ユズキたちのことで少し困ったことができたんだ。それでアユムに手を貸してもらいたい」
「・・・・・・分かりました」
「そんなに嫌な顔をしないでくれ。嫌な顔をされるとは分かっていたから言わなかったが、嫌ならついてこなくても構わない」
俺は前野妹たちの名前を出されて無意識に嫌な顔をしていたようだ。それを見たラフォンさんが落ち込んだ顔をしてしまった。・・・・・・承認してしまったのだから、断るつもりはない。それに、ラフォンさんにそんな顔をしてほしくないからな。
「多少嫌ではありますが、ラフォンさんのお願いを断るつもりはありませんよ。だからそんな落ち込んだ顔をしないでください、ラフォンさん」
「本当か⁉ それはありがとう、助かった! 本当のことを言ったら断られるかと思ったぞ」
「ラフォンさんのお願いですから。それよりも、そういうことは前もって言ってほしいものです。騙し討ちみたいなことはやめてください」
「うっ、それは悪かった。今度からはこんな真似はしない」
ラフォンさんの頼みと、今はあいつらとの距離はルネさまたちのおかげで遠いが前よりかは近いものとなったことから、あいつら関連のことであっても断ることはできなくなった。断ったらルネさまに何か言われそうだからな。言われるというか悲しい顔をされそう。
「今から騎士育成場に向かう。そこにユズキたちが待っている。詳しくはそこで話そう」
「はい、分かりました」
俺とラフォンさんは騎士育成場に向かうこととなったが、騎士育成場に行くのは久しぶりだな。この一か月間の間俺はずっと復興の手伝いをしていたからラフォンさんとまともに修行をしていなかった。久々に向かうのならラフォンさんとの修行の時が良かったな。
少し長くなりそうだったので、短めになってしまいました。